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世界の70の保険会社のESGアプローチのランキング公表-ShareActionの報告書の概要報告-
中村 亮一
1―はじめに
今回のレポートでは、この報告書の概要を、報告書からの記載を抜粋することで、紹介することとする。
2―ShareActionによる報告書の背景と目的
1|ShareActionについて
英国のNGO(non-governmental organizations)であるShareAction2は、1990年代に英国大学退職年金基金(Universities Superannuation Scheme:USS)にESG投資を呼びかけるキャンペーンとして生まれ、2005年にNGOとして法人化された。以後、機関投資家を始めとする金融機関にESG投資を推進する活動を展開している。
保険業は、リスクを評価・管理し、リスクの予防・低減に貢献することを中核事業としている。したがって、保険会社はこれらの環境的・社会的リスクに対処することに明確な関心を持っている。保険会社は、持続可能な保険のための原則などの協働イニシアティブを通じて、これらの問題のいくつかに取り組み始めている。例えば、Net-Zero Asset Owner Alliance3には多くの保険会社が参加しており、Net-Zero Insurance Allianceの結成についての議論が始まっている。
世界はまだ気候目標を達成し、生物多様性の損失を止める軌道に乗っておらず、社会問題が存続し、人権侵害が続いている。事実、保険会社は問題の一部であると非難されている。例えば、Insure Our Futureによる最近の報告書は、多くの大手保険会社が気候危機の主因である化石燃料に関連する企業やプロジェクトに投資し、保険をかけ続けていることを示している。
保険業界はこれ以上何ができるのか、そして何をすべきなのか? この報告書で、ShareActionは気候、生物多様性、人権の課題への対応について、世界の大手保険会社70社をランク付けしている。ShareActionは、10年以上にわたり、グローバルな問題に対する投資業界の様々なセクターの反応を調査・ランキングしており、2018年には気候関連のリスクと機会に対する世界の大手保険会社80社の反応を評価している。今回は初めて、生物多様性と人権も保険業界の評価に含めている。
ShareActionは、この報告書とその推奨事項の目的を以下の通りとしている。
・保険会社は、個々の業績のベンチマークとし、改善すべき点を報告する。私たちが提起している問題のいくつかに主導的な同業他社がどのように対応しているかを示すために、ポジティブなトレンドの例を含めている。
・投資家は、株式を保有している保険会社に挑戦し、業績の改善を促し、主導的プレーヤーが設定した前向きなトレンドを強調する。保険業界への投資家の関与は、保険セクターが保有する、環境、社会、ガバナンス (ESG)のリスク・プロファイルを改善するのに役立つ。また、保険セクターが全てのセクターの機能を可能にするという重要な役割を担っているおかげで、保険セクターのESGパフォーマンスの向上は、経済全体のリスク削減につながる。
・政策立案者と規制当局は、業界全体の強みと弱みを特定し、保険サービスの消費者と公益の保護に役立つ政策措置を決定する。
3―ShareActionによる調査と評価手法
1|今回の報告書の調査対象会社
今回の報告書では、欧州、北米、アジアに均等に分割された15カ国からの70の保険会社が調査対象になっている(欧州23社、北米24社、アジア23社)。
その内訳は、39の純粋な生命保険会社や健康保険会社、31の損害保険又は複数事業保険会社(この種の保険会社を、この報告書では「損害保険事業を行う保険会社」 と呼んでいる)が含まれる。
なお、アンケートの一部(例えば、石炭関連プロジェクトの除外基準)は、純粋な生命保険会社や健康保険会社には適用できないため、報告書は2つの別々のランキングで調査結果を提示している。
2|調査プロセス
2020年10月に選定された保険会社にアンケートを送付した。調査は、ガバナンス、気候変動、生物多様性、人権を対象とし、投資活動と引受活動の両方を調査した。
保険会社の47%(70社中33社)が、直接回答したか又は事前に記入されたアンケートの見直しに同意した。参加しないことを選択した53%については、一般に公開されている情報に基づいて調査回答を入力し、これをレビューするよう求めた。
一般的に非開示会社の方が開示会社よりも調査結果が悪い。これについて、ShareAction は「我々が考慮できない個別情報がある可能性が高いという事実からも説明できる。しかし、私たちの調査に協力したくないということは、私たちが提起する問題の重要性が低いことを示唆していると考えることも妥当である。」と述べている。
2020年11月から2021年2月までの情報を収集した。2月以降に公表された情報はスコアリング・プロセスで考慮されていなかったが、可能な限り最新であることを確認するため、このレポートの分析にはそれ以降の情報を含めた。
なお、アンケートの全文は報告書の付録に添付されている。
スコアは、調査内の個々の回答オプションに割り当てられた。質問の中には、重要性や関連性に応じて、そのセクションで他の質問よりも重視されるものがある。各セクションの重み付けは、以下の通りになっている。
ガバナンス 31% 生物多様性 23%
気候変動 23% 人権 23%
気候変動、人権、生物多様性に関するセクションは、それぞれ投資と引受に関するセクションに分かれている。損害保険事業を行う保険会社では、これら2つのセクションの重みは等しく、それぞれが合計スコアの11.5%に貢献している。純粋な生命保険会社や健康保険会社の場合、このタイプの保険会社がこれらのトピックに与える影響が少ないため、次のように加重される。
気候変動 : 投資:15%/引受:8%
生物多様性: 投資23%/引受0%
人権 : 投資23%/引受0%
気候変動が生命保険会社や健康保険会社によって提供される商品に関連しているということがますます受け入れられてきているが、生物多様性及び人権との関連性はそれほど明確ではなく、したがって、生命保険会社や健康保険会社がこれらのトピックに関連して引受活動を行っているかどうかについては評価していない。純粋な生命保険会社や健康保険会社に適用されない残りの質問又は回答の選択肢は、この種の保険会社がランキングで不利にならないように、標準化された。
各保険会社に絶対スコアを割り当てた後、平均スコアからの標準偏差の数に基づいて同業他社と比較して、評価バンドを計算した。各参加者には、AAAからEまでの総合スコアに基づく評価が割り当てられた。
なお、アプローチ全体を通じて先進的な取り組みを行っている保険会社は見つからなかったことから、AAAやAAの格付けを取得している会社はなかった。
4―報告書の主要な結果
第1章:世界の大手保険会社の殆どは、気候変動や生物多様性の損失といったシステミック・リスクに十分に対処していない。
保険会社の責任投資と引受に対する現在のアプローチは不十分である。調査対象者のほぼ半数(46%)が最も低い評価(E)を受け、17%がDと評価された。AA又はAAAの格付けを受けた保険会社はなかった。気候変動、生物多様性、人権の分野と比較して、一般的なガバナンスのパフォーマンスが高い。投資については、引受と比べて進展が見られるが、全般的にパフォーマンスは低い。今回の調査で最も結果が良好なのは欧州の保険会社で、特に米国と中国の保険会社は後れを取っている。
第2章:保険会社の取締役会は、自らの組織の環境的・社会的影響を適切に管理する態勢が整っていない。
調査対象となった保険会社の半数では、取締役会レベルで責任投資や引受業務に関与していた証拠はなく、殆どの取締役会は関連するトレーニングやインセンティブを受けていなかった。取締役会レベルでのジェンダーの多様性も低く、取締役会レベルでの女性の割合はわずか25%である。少数の保険会社とその経営者だけが、顧客や投資先企業とのエンゲージメントを十分に高めるための強固なスチュワードシップ戦略を持っている。スチュワードシップ活動に関する全般的な透明性も低く、情報を公表しているのは全体の3分の1にも満たない。運用担当者の雇用とモニタリングに対する責任投資に十分な注意が払われていない。
第3章:気候変動に関する進展は不十分であり、殆どの保険会社は明確かつ包括的な政策を欠いている。
気候変動に関しては、我々が調査した他の2つの分野よりも多くの進展が見られたが、保険会社、特に引受業務に関しては、まだ長い道のりがある。気候変動政策を持っているのは半数以下であり、これらの政策の中で保険引受活動に言及しているのはわずか3分の1である。13%がネットゼロのコミットメントを行っているが、通常は投資活動のみを対象としている。気候関連の関与は、顧客よりも投資先企業ではるかに一般的である。シナリオ分析を実施しているか、何らかの気候関連指標を使用しているか、石炭に制限を導入する方針を採用しているのは、調査した保険会社の半数未満である。評価対象となった保険会社のいずれも、従来の石油やガスに対する規制を導入しておらず、タールサンド、シェールオイル、北極オイルを除外しているのはごく少数である。バイオマスへの正式なアプローチを採用した会社はない。評価を受けた保険会社の半数以上が、気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告に沿った報告を開始していない。
第4章:大多数の保険会社は、まだ生物多様性の損失に対するアプローチを開発し始めていない。
生物多様性の喪失に関連する最も重要な問題については進展が見られない。評価された保険会社の大多数は、ポートフォリオに対する自然関連のリスクを管理するアプローチをまだ開発しておらず、投資及び引受活動が生物多様性危機をどのように進めているのか又は影響を受ける可能性があるかについて殆ど理解していない。調査回答者の3分の1だけが生物多様性についてポートフォリオ企業と関わっており、クライアントに自然関連の懸念を提起する会社はさらに少なくなっている。殆どの保険会社は、第三者のESGスコアリングを使用して企業の全体的な環境パフォーマンスを評価するだけであり、特定の生物多様性関連のリスクと影響が投資の意思決定に適切に統合されていないことを示唆している。評価を受けた保険会社のいずれも、生物多様性への影響と依存度を測定し、これらの影響を最小化するための目標を設定するための包括的な戦略を公表していない。
第5章:世界の大手保険会社の殆どは、投資及び引受活動全体にわたる人権及び労働権への影響について重度な怠慢を示している。
評価された保険会社の4分の3は、人権と労働権をカバーする投資方針を持っていない。北米の保険会社は、最悪の違反者である。米国又はカナダからの24の保険会社のいずれも、方針を持っていない。評価された保険会社の13%のみが、故意に人権や労働権を侵害している企業には投資しないとコミットしており、業界が企業の直接的かつ意図的な人権侵害に目をつぶろうとしていることを示している。また、被保険者の人権に関する取り組みが不十分であり、被保険者の人権問題に積極的に取り組んでいると評価された保険会社はわずか15%であった。損害保険事業を行う保険会社の3分の2は、人権と労働権を対象とした保険引受方針を持っておらず、その多くは具体的なコミットメントをしていない。
5―保険会社毎の評価結果の概要
1|全体的
・調査対象となった保険会社のほぼ半数が 「E」 と評価されており、重大なリスクと機会の管理が不十分であることが示されている。
・保険会社のパフォーマンスは、責任投資と引受に関する一般的なガバナンスに関しては最も強いが、テーマ領域では弱い。
・一般的に、損害保険事業を行う保険会社にとって、投資のパフォーマンスは引受のパフォーマンスよりも優れている。
・責任投資と引受のアプローチ全体にわたってリーダーシップを発揮する保険会社はない。
2|地域別
地域別の特徴は、以下の通りとなっている。
・欧州の保険会社がこの調査で最もパフォーマンスが良かった。
A評価を受けたのは、損害保険事業を行う会社3社(AXA、Allianz、Aviva)、純粋な生命保険会社や健康保険会社2社(Legal&General、Aegon)で、全て欧州の保険会社である。
・特に米国の保険会社でパフォーマンスが悪く、その75%がE評価を受けていた。
5つの米国の保険会社(Nationwide, AIG, Allstate, Genworth Financial、Protective Life Insurance Company)がランキングの下位10社にランクインしている。
・アジアでは、日本の保険会社は同業他社を上回っているが、全体的なパフォーマンスはよくない。
調査対象となった日本の保険会社10社のうち4社がCCC~Cの評価で、E評価は1社だけだったが、中国の保険会社6社は全てE評価、韓国の保険会社3社も全てE評価となっている。アジアで、B以上の評価を受けたのは1社のみである。
6―まとめ
今回の報告書の内容と結果については、低い評価を受けている会社の観点からは必ずしも正当に評価されていないといった意見等もあるものと思われる。一方で、これまでのShareActionのESGに対する取組等を踏まえた上で、保険会社のESGアプローチに対する1つの評価軸を示したものとして、評価する向きもあるものと思われる。また、欧州と米国の保険会社に対する評価結果の差異は、これまでの両地域における監督当局のスタンス等が影響していた点も否定できないものと思われる。
いずれにしても、今回の報告書が、今後の保険会社におけるESGアプローチの評価の検討において、報告書自体が述べているように、保険会社だけでなく、投資家や政策立案者・規制当局にとって、1つの参考になる有用なものになっていくことが期待されることになる。
世界各国における保険会社のESGアプローチの動向については、大変注目を浴びている事項であり、今後も引き続き注視していくこととしたい。
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(2021年05月28日「保険・年金フォーカス」)
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