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2021年度介護報酬改定を読み解く-難しい人材不足への対応、科学化や予防重視の利害得失を考える
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
6――介護報酬改定の内容(4)~介護人材の確保・介護現場の革新~
このほか、テクノロジーやICTを活用する観点に立ち、特養などの施設で見守り機器の導入を図るため、少ない人員配置を認める規制緩和が実施された。さらに、▽医療・介護関係者だけで開催する多職種連携の会議に関して、テレビ電話の活用、▽居宅療養管理指導で情報通信機器を用いた場合に1回当たり45単位を加算する措置の創設、▽グループホームに関して、夜勤職員体制の部分的な緩和――などが盛り込まれた。近年の「はんこ」廃止論議に合わせる形で、署名・押印を求めずに電磁データによる利用者の説明・同意も認められた。
7――介護報酬改定の内容(5)~制度の安定性・持続可能性の確保~
そこで、最近の改定では必ず見直し項目が盛り込まれており、2021年度改定でも、▽デイサービスなどを対象に、20人以上の同一建物に住む高齢者を対象にサービスを提供する場合、限度額を特例的に減らしたり、基本報酬を抑えたりする措置の見直し、▽限度額に占める利用割合が高い場合、市町村が居宅介護支援事業所を抽出するとともに、居宅介護支援事業所を傘下に入れている併設事業所も特定する点検・検証の仕組み――などの制度改正が盛り込まれた。さらに、ほとんどのサービスで基本報酬が引き上げられる中、訪問看護でリハビリテーション専門職が訪問した場合の報酬単価がカットされたほか、介護医療院への移行が決まっている介護療養病床の基本報酬も減額となった。
このほか、ケアプランに関する規制も強化された。これは2018年10月から始まったルールであり、食事や洗濯などの生活援助を中心とした訪問介護を対象に、その利用回数が通常のから大きく乖離しているケアプランに関しては、市町村への届出が義務付けられたほか、多職種で構成する「地域ケア会議」の議論を通じて、市町村がケアプランの再考を求めることも想定されている。2021年度改定では「限度額に占める割合が高い」「訪問介護がサービスの大部分を占める」というケアプランを作成している居宅介護支援事業所を事業所単位で抽出する点検の仕組みも2021年10月から始まることとなった。5番目では「制度の簡素化」も位置付けられており、処遇改善加算に関しては、「上位区分の算定が進んでいる」として、5つに分かれた現行の加算区分のうち、加算額が低い2つの下位区分が廃止された。
8――介護報酬改定から見える制度の将来像
以上、厚生労働省資料の整理に従って、改定項目を網羅してきたが、ここまで読まれた方はウンザリされたかもしれない。それだけ細かい改定が数多く盛り込まれており、筆者が傍聴したセミナーなどでも厚生労働省の担当者が自ら「かなりの分量ですが…」と口にする場面もあった。
しかし、余りに細かい改定項目にこだわり過ぎると、介護保険の現状、あるいは制度の将来像が見えて来なくなる危険性がある。以下、「木を見て、森を見ず」のような状態に陥らないため、制度の現状と将来像を模索したい。
まず、制度の現状に関しては、人材と財源という2つの「不足」に見舞われている点を踏まえる必要がある。つまり、人材不足の関係では、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上となる2025年に向けて、約55万人の労働力が不足すると試算されている。一方、財源不足という点でも、高齢者に課される介護保険料の平均基準保険料(2018~2020年度)は全国平均で5,869円であり、これは天引きされる基礎年金の平均支給額の1割近くに相当するため、大幅な引き上げは困難な情勢となっている。実際、保険料の滞納者は少しずつ増えており、2019年度現在では5年前の約2倍に相当する1万9,221人に上る。
中でも、悩ましいのが人材不足である18。これまで厚生労働省が実施して来た対応策を整理すると、(1)介護職員の給与を引き上げる処遇改善、(2)外国人労働力の受け入れ拡大、(3)介護ボランティアの受け入れ拡大、(4)技術革新、ロボットの導入、(5)文書量削減――などに整理できるが、これらで慢性的な人材不足を根本的に解消するとは考えにくい。現場からも「介護現場の外国人労働者は少しずつ増えているとはいえ、訪問介護では困難」「人材確保に取り組んでいるものの、全体のパイは増えておらず、他の市町村と取り合い(筆者注:になっている)」「こうした状態だと、在宅ケアが困難となり、介護保険以前に戻るのではないか」との懸念が示されている19。つまり、地方部では訪問介護を中心に人手不足が著しくなっており、十分にサービスを提供できない危険性が懸念されている。
そこで今回の改定では、人員配置基準の見直しとか、テクノロジーの導入に伴う加算・人員基準の特例が盛り込まれたことで、人材不足への対応策として、「報酬・人員基準の緩和」という選択肢が加わったと考えられるが、これで問題が解決するとは考えにくい。この結果、「2つの不足」、中でも人材不足への対応策として、「予防重視の傾向→実質的な給付対象を縮小」という流れが一層、加速する可能性が考えられる。
しかし、この路線にも様々な問題点が想定される。以下、予防重視の狙いとともに、その方針が引き起す矛盾を詳しく見て行こう。
18 人手不足の論点については、介護保険20年を期した連載コラムの第20回を参照。
19 筆者も加わった2021年3月19日『厚生福祉』第6637号・合併号の座談会における熊本県山鹿市福祉部の佐藤アキ部長の発言。
そもそも、予防重視の傾向とは制度創設時の議論と関係する。例えば、介護保険制度の創設に至った1994年12月の高齢者介護・自立支援システム研究会報告書では、制度の理念の一つとして、「予防重視の考え方は、介護サービスの提供においても貫かれる必要がある」という考え方が強調されていた。さらに、制度創設時には保険料を負担するだけで給付を受けられない「保険あってサービスなし」の状態が政治的に懸念されたことで、介護保険の給付対象は広げられた。実際、厚生労働省OBのオーラルヒストリーでは、「『空くじなしにしろ』という政治的な要請に応えて、『要支援』をつくることになった」とのコメントが残されている20。さらに要支援者向け給付に関しては、十分に整理されないまま、要介護1~5の人とほぼ同じ内容となった。
その後、制度創設後に初めて大規模な改正となった2006年度改正では、要介護度の中・重度の人に限定するという案も考えられたようだが、「積極的に軽い時に対応して、重度にしないという予防のほうに行く」という予防重視の選択肢が選ばれた21。その結果、要支援を1区分から2区分に細分化するとともに、要支援・要介護状態になる恐れがある「特定高齢者」を対象とした介護予防事業がスタートしたものの、参加者が振るわなかった。
そこで、2015年度改正の結果、「介護予防・日常生活支援総合事業」(総合事業)が創設された。これは要支援者を対象とした訪問介護とデイサービスを介護予防事業と一体化するとともに、市町村の裁量で基準や報酬を変えられるようにすることで、住民やNPOなど多様な参加者の参画を促すことが企図された。さらに2018年度の制度改正では、要介護認定率の引き下げに成功したとされる埼玉県和光市や大分県の事例を参考にしつつ、市町村主導による要介護状態の維持・改善を促す「保険者機能強化推進交付金」が創設された22。このほか、同じ時期の2018年度報酬改定では、身体的な自立支援を目指す観点に立ち、先に触れたADL等維持加算なども創設された。
つまり、軽度者向け給付を中心に、介護予防の強化は以前から焦点となっており、試行錯誤が続いていることになる。こうした経緯を踏まえつつ、「2つの不足」に伴う制約条件を考慮すると、思い切った財源確保、あるいは給付抑制に取り組まない限り、軽度者を中心に予防を強化していく流れは今後も避けられないと考えられる。
その典型例として、今回の改定では科学的介護の本格化とADL等維持加算の拡充が特筆される。まず、科学的介護に関しては、政府の「未来投資会議」(当時)で議論が始まった際に「良くなるための介護のケア内容のデータがなく科学的分析がなされていない」と説明されていた経緯を踏まえると、予防重視の一環であることは明らかである。さらに、ADL等維持加算についても加算額の大幅引き上げや要件の撤廃・緩和など本格実施に舵が切られており、予防重視の傾向が一層、強まったと解釈できる。
しかし、これは被保険者から見ると、保険料拠出の対価として給付を受け取れる権利性が失われる側面を持つ。つまり、被保険者から見ると、「要介護状態になったらサービスを受けられる前提で保険料を支払っていたのに、給付を受け取るような身体・心身状態になっても、予防を求められる」という危険性である。例えば、先に触れた総合事業に関しては、軽度者向け給付の選択肢を奪う意味合いを持っており、制度創設に関わった厚生労働省OBからは「保険給付の対象範囲を縮小したのは社会保険制度としての裏切りだ」という手厳しい意見も聞かれる23。
このため、予防強化の流れを一層、強化するのであれば、予防に振り向ける財源に関しては、反対給付を前提としない租税を用いるなど、本来であれば税制改革を視野に入れた議論が必要になると思われるが、そうした機運は現在の政府や国会では見受けられない。一方で今後、人材不足が深刻化し、全体として予防重視の傾向が進めば、権利性を巡る矛盾は一層、大きくなることは避けられない。
さらに全ての要介護者の状態が維持・改善するとは限らない点にも留意する必要がある。確かに要支援の軽度者に関しては、短期的かつ集中的なリハビリテーションを通じて、身体状態が維持・改善する可能性があり、2019年度の『国民生活基礎調査』を見ると、要介護・要支援状態が半年間で改善した人は8.0%に上る。
しかし、それでも全ての人が改善することは考えにくく、個人差があるとはいえ、加齢に伴って身体・認知機能が下がって行くのは避けられない。むしろ、予防を重視し過ぎると、その反動として要介護になった人が「予防できなかった人」と周囲から見なされるようになり、介護サービスを使いにくくなる危険性にも留意する必要がある。
さらに今回の改定を見ていると、医療機関向けの診療報酬の改定論議と重なる面を見て取れる。つまり、診療報酬のように極端な制度の複雑化が進んでいる点、さらにデータを重視し過ぎる弊害という2つの点である。以下、診療報酬と介護報酬を対比させつつ、この2つの点を論じる、
20 中村秀一(2019)『平成の社会保障』社会保険出版社p314。
21 同上pp314-315。
22 その後、2020年度予算では介護予防に取り組む市町村を支援する「保険者努力支援制度」が創設された。
23 日本経済新聞社編(2018)『2030年からの警告 社会保障砂上の安心網』日本経済新聞出版p127、堤修三氏インタビュー。
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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