2021年04月27日

高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――これまでの国と自治体による取り組み

1|国の取り組み
(1)地域公共交通ネットワークの形成促進
国は近年、公共交通政策の見直しを活発に行ってきた。従来、地域公共交通が衰退してきた背景の一つとして、行政は赤字分を補助するだけで、事業内容については民間事業者任せになりがちだった、という点がある。これにより、電車の運行時刻が乗客の通勤通学時間に合っていない、電車とバスの乗り継ぎが悪いなど、住民の利便性低下を招いていた。

そこで、地域公共交通については、市町村が音頭を取って再構築するようにと、2007年、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(以下、活性化再生法)が施行された。同法では、国が策定する基本方針に従って、市町村が事業者らと協議会を組織し、「地域公共交通総合連携計画」を策定する制度が創設された。これにより約600件の計画が策定されたが、その中身をみると、総合的な交通ネットワークの計画づくりに欠け、廃止路線を補充する代替交通の運行など、局所的な対応にとどまっているケースが多かった17

2013年には交通政策基本法が施行され、交通の意義について「国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図るために欠くことのできないもの」などとして、国や自治体、事業者の役割が明確にされた。

2014年には活性化再生法が改正され、地域全体で面的に公共交通ネットワークを形成すること、交通政策を、まちづくりや観光振興などと連携して実施することが掲げられた。また、モータリゼーションによる市街地の拡散が公共交通や地域経済衰退を招いたという反省から、今後のまちづくりには、公共交通ネットワークを軸として、その周辺に住宅や都市機能を集約するという「コンパクトシティ」の概念が導入された。また、市町村の役割は強化され、関係者と合意して「地域公共交通網形成計画」(旧地域公共交通総合連携計画)を作成できる制度が創設された。

しかし、この制度下においても、市町村によって取り組みには差があり、計画作成に未着手の自治体も多かった。一方で、人口減少やドライバーの人手不足が本格化し、地域公共交通の維持は一層、困難を増してきたため、2020年、同法は再び改正され、スクールバスや民間の送迎バス、自家用有償旅客運送、貨客混載等、地域における輸送資源を総動員して、地域の移動手段を確保することが掲げられた。市町村には、「地域公共交通計画」(旧地域公共交通網形成計画)を策定することが努力義務とされた。

バス事業者の経営改善を図るため、別の観点からも、法制度の見直しが進められた。経営が厳しい地方の路線バス等に限り、共同経営などを認める独占禁止法の特例法が同年、成立した。これにより、例えば、複数のバス事業者が同一エリアで運行している場合に、各社が協議し、減便によって経営を効率化したり、複数事業者のバスを乗り継いだ場合の割引運賃を設定して利用促進することができるようになった。

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大による影響で、公共交通の利用が減少していることから、2020年12月に交通政策基本法が改正され、国が、公共交通施設やサービスの衛生確保のために支援することが定められた。新型コロナ対策として、2020年度に編成された補正予算でも地域公共交通事業者に新技術導入などを促す事業が盛り込まれた。
 
17 「交通政策審議会交通体系分科会地域公共交通部会最終とりまとめ」(2014年8月10日)
(2)新たな移動手段の制度化と促進
従来型の鉄道・バス等による公共交通維持が困難になる中で、それらを補う手段として、2006年に創設されたのが、マイカーによる輸送を認める「自家用有償旅客運送」制度である。道路運送法では、自家用車を用いて、他人を有償で輸送することは禁止されているが、公共交通が成り立たない公共交通空白地域において、例外的に、地域住民等を輸送することを認める制度である。元々は地域限定で規制を緩和・撤廃する「構造改革特区」の枠組みでスタートした後、全国化された。運営主体は市町村やNPOなどで、セダン型やバス型など様々な車両が用いられている。

このパターンとは別に、公共交通空白地域ではなくても、一人で電車やバスに乗降することが難しい身体障害者や要介護、要支援認定者等を対象に、自家用車による輸送を認める福祉運送のパターンもある。福祉の場合は、寝台車や車いす車、セダン型などの車両が用いられている。

いずれのパターンでも、第2種免許を持っているプロのドライバーだけではなく、地域住民も、第1種免許の他に、大臣認定講習を受講すれば、ドライバーとなることができる。ドライバーが受け取ることができる対価は、燃料費など実費の範囲内とされている。

ただし、自家用有償旅客運送を新たに導入する際には、自治体と地域の交通事業者、住民らで組織する「地域公共交通会議」や「運営協議会」で協議が整うことが条件とされている。そのため、これまでは、市町村が導入を検討しても、タクシーよりも利用料が安いことなどから、地域の交通事業者が反対して頓挫するケースもあった。

しかし、従来型の交通事業だけでは移動手段の確保が困難になっていることから、地域住民の力を借りた自家用有償旅客運送を拡充しようと、政府は2019年に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)の中で、市町村等が交通事業者等に運行管理を委託する「協力型」の制度を整備することを盛り込んだ。交通事業者にも導入のメリットを持たせることで、地域公共交通会議等での反対を防ぐと同時に、輸送の安全性も高めようというものである。さらに、観光客も利用できることを明確化する方針を打ち出した。これを受けて2020年に道路運送法が改正され、ドライバーの対価についても「タクシーの半額を目安」という規定が廃止された18

国はその他、後述するように、市町村が運営主体となる「コミュニティバス」や「デマンド交通」など、多様な移動手段を活用して、地域の公共交通ネットワークを維持するようにを促している19。2020年法改正により市町村の策定が努力義務とされた「地域公共交通計画」においても、自家用有償旅客運送やスクールバス、福祉輸送など、多様な移動手段についても必要に応じて盛り込み、地域の持続可能な旅客運送サービスを確保するように求めている。

さらに、近年注目が高まっているMaaS(Mobility as a Service)20について、地域の交通サービスの利便性を向上し、高齢者等の移動手段確保につながる可能性があるとして、普及を促進している。具体策として、地域の複数の交通事業者が連携して運賃設定を行う場合などに、各事業者から運輸局に許可申請しなくても、ワンストップで手続きできるようにする特例措置などが設けられた。
 
18 国土交通省「交通空白地有償運送の登録に関する処理方針について」(令和2年11月27日公示第67号)
19 例えば国が2015年に策定した「交通政策基本計画」では、デマンド交通の導入数を2013年度の311市町村から、2020年度700市町村に増やす目標が掲げられている。
20 国土交通省は、「スマホアプリ又はwebサービスにより、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて経路検索・予約・決済等を一括で行うサービス」と定義している。
(3)介護保険制度における移動支援の導入
3-2|で述べたように、高齢者の介護予防や生活支援の観点から、移動に対する問題意識が高まり、2015年度以降、介護保険制度の中で、移動支援の取り組みが新たに位置付けられた。介護保険制度では従来、移動支援サービスは無かったが、高齢者が、一定の自立を保ちながら、自宅で生活していくためには、外出を支援する必要がある、と認識されるようになったからである。

新たな事業は、「介護予防・日常生活支援総合事業」と呼ばれ、介護保険では「訪問型サービスD」に分類される21。これにより、地域の介護福祉事業所やNPO、自治会等が移動支援の取組を行う場合に、一定の条件を満たせば、市町村が介護保険事業の財源から補助金を交付することができるようになった。例えば、高齢者の通院や買い物などに付き添う場合や、高齢者サロンや体操教室などへの送迎を行う場合である22。具体的に利用できる行先や補助額等は各市町村が決定する。補助の条件として、利用者の過半数が、要支援1または要支援2の認定を受けていることなどがある23

ただし、実際に訪問型サービスDを行うかどうか、また事業内容をどう設計するかは市町村の裁量に委ねられている。市町村が総合事業の中で実施していなければ、地域の団体が移動支援の取り組みを行っても、介護保険の財源から補助金を受け取ることはできない。
 
21このほか、利用者の自宅を訪問して掃除や洗濯などの「生活援助」サービスを行う場合に、それらと一体となった支援として、買い物等へ送迎するパターン(「訪問型サービスB」)もあるが、この場合は送迎にかかる費用は補助対象外である。
22 送迎先のデイサービス施設や体操教室等を運営する介護事業者と、送迎する主体が別であることが条件となる。この場合、送迎(輸送)自体にかかる燃料費や車両維持費なども補助対象となるが、実費の範囲を超えて、ドライバーへの報酬分含めた対価を補助対象とする場合は、道路運送法の許可・登録が必要となる。
23 市町村によって、過半数に達していない場合でも、一部を補助してもらえるケースもある。
2|自治体の取り組み
(1地域公共交通ネットワークの形成促進
4-1|で述べたように、従来、地方で交通事業の許認可を行っていたのは専ら国土交通省の地方運輸局であり、都道府県や市町村は交通施策を主体的に担っていなかった。しかし、活性化再生法施行以降は、市町村が公共交通網形成の主役となるよう、仕組みが大きく変更された。国土交通省によると、同法に基づき、市町村が地域の交通事業者や住民と協議して「地域公共交通網形成計画」を策定した事例は2020年4月時点で592件となった24

なお、新型コロナ対策の関係では、各自治体が感染症対策の費用を支援したり、減収分を助成したりするための経費を2020年度補正予算や2021年度当初予算で計上している25
 
24 国土交通省資料「地域公共交通網形成計画の策定状況一覧(令和2年4月末時点)」(https://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/content/001349491.pdf
25 自治体の事例については、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構のウエブサイト(https://www.jrtt.go.jp/ship/technology/covid-info/measure.html)、「くらしの足維持に向けて、交通事業者、行政、学識、市民らと連携し、情報共有を行う特設サイト」(https://covid19transit.jp/finance/support-gov/)で紹介されている。
(2新たな移動手段の導入
これまで述べてきたように、民間の交通事業者が独立採算で公共交通を維持することが難しくなり、バス路線廃止などが相次いだことから、2000年頃から、多くの市町村が自ら、代わりの交通手段を運営してきた。それが、コミュニティバスや乗合タクシー、自家用有償旅客運送などである。実際の運行業務は、市町村が地元の交通事業者に委託するケースが多い。

なお、「コミュニティバス」の正確な定義はないが、国土交通省のガイドラインでは「交通空白地域・不便地域の解消等を図るため、市町村等が主体的に計画し、運行するもの」としており、「 (1) 一般乗合旅客自動車運送事業者に委託して運送を行う乗合バス(乗車定員11人未満の車両を用いる『乗合タクシー』を含む)」と「(2) 市町村自らが自家用有償旅客運送者の登録を受けて行う市町村運営有償運送」という2パターンを挙げている。

一般的には定員11人未満のワゴン型やセダン型を用いたものは「乗合タクシー」と呼ばれる場合が多いため、本稿でも、特筆しない場合はコミュニティバスと乗合タクシーを分けて記載する。また、道路運送法上、自家用有償旅客運送の登録をしているものについては、コミュニティバスや乗合タクシーに当てはまる場合でも「自家用有償旅客運送」と呼ぶことにする。
図表13 「コミュニティバス」の導入市区町村の数と車両数の推移
コミュニティバスの特徴は、前述のように、市町村が交通空白地の解消などを目的に導入し、交通事業者に運行を委託するというスキームにある。また、路線バスでは大型バスが用いられることが多いが、コミュニティバスは、定員29人以下の小型バスやワゴン型を使用している場合が多い。1995年に武蔵野市が運行開始した「ムーバス」が先駆けと言われており、その成功が知られるに従って、多くの自治体に波及した。

国土交通省によると、2018年度で全国の市町村のうち約8割がコミュニティバスを導入している(乗合タクシーや自家用有償旅客運送の登録を受けたものを含む)(図表13)。しかし、路線バスが撤退したようなニーズの小さい地域で、比較的低料金で運行することが多いため、収支が悪く、公費負担が膨らむケースが多い。逆に、乗客が多いエリアに乗り入れると、路線バスと経路が重複し、路線バスの経営を圧迫するという事態も起きる26。これらの問題を防ぎながら、地域の移動手段を確保していくためには、経路や時刻表、他の交通機関との乗り継ぎ、待合環境を工夫するなどして住民の利便性を向上することや、鉄道や路線バスとの役割分担を明確にしておくことが必要であろう。

また、従来の路線バスのように、運行ダイヤと経路を固定する方式だと、乗客が0人で空気だけ運ぶ「空気バス」と揶揄されるような事態も発生していたことから、利用者の予約があった場合に運行する「デマンド交通」も促進してきた。

デマンド交通には、予め路線だけを定めておき、予約があった場合だけ運行する「路線不定期運行」、運行できる地域は限定するが、運行する路線は定めず、乗客の行きたい場所まで送迎する「区域運行」の2パターンがある。定員11人以上のバス型を用いる場合と、定員10人以下のワゴン型や、セダン型を用いる場合がある。定員10人以下は、「乗合タクシー」と呼ばれることが多い。

実施主体によって運行方法は異なるが、ドアツードアで送迎してもらえれば、歩行機能が低下した高齢者には利便性が高い。一方で、岡山県玉野市の乗合タクシー「シータク」のように、意図的に、自宅から「最長で徒歩5分圏内」の距離に乗降所を設け、敢えて歩行を促すことによって、健康維持を図るケースもある。近年は、AIを用いて最適なルートを決定する「AIデマンド交通」が注目され、国土交通省も導入を支援している。同省によると、デマンド交通のうち、定員10人以下のワゴン型、セダン型を用いた乗り合いタクシーは、2018年度に555の市町村に導入されている(図表14)。

デマンド交通は、予約がなければ運行しないため、経費を節約できると考えられがちだが、運行に備えてドライバーや事務職員を雇用しなければならないため、人件費やシステムの維持管理費が発生する。逆に、乗客が増えると運行に時間がかかり、到着時刻に遅れが生じる。従って、住民のニーズと事業目的をよく考えて導入しなければうまくいかないという点は、他の交通手段と同じである。
図表14 デマンド型乗合タクシーを導入した市町村数の推移
その他、自家用有償旅客運送を導入する市町村もある。国土交通省によると、2019年度、全国で登録されている自家用有償旅客運送(交通空白)は、市町村が運営主体になっているものと、NPO等が運営主体となっているものを合わせて計556件、登録車両数は3,516台である。2006年度より導入件数は微減したが、車両数は1.7倍となった(図表15)。同様に、福祉は、2019年度で登録が2,578件、登録車両数は15,474台で、2006年度より件数は微増、車両数は約1割増えた(図表16)。
図表15 自家用有償旅客運送(交通空白)を導入している団体数の推移
図表16 自家用有償旅客運送(福祉)を導入している団体数の推移
このほか、市町村が、高齢者のために移動手段を増やすのではなく、既存のタクシーなどを利用しやすいように、助成券を配布するなどして、移動を支援するという取り組みも増えている。自治体によって、配布対象や一人当たり助成金額は様々である。介護保険による要介護・要支援認定者を対象とするケースや、バス停から自宅までの距離や年齢を基準に対象を決めるケースなどがある。
 
26 竹内伝史、古田英隆(2008)「コミュニティバス事業の総括の試み――計画における理念と現実、運行後の実態そして評価――」『土木計画学研究・論文集』Vol.25  No.2など。
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保険研究部

三原 岳 (みはら たかし)

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