2021年04月27日

高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに

急速な高齢化と、子との同居世帯の減少などにより、高齢者の移動手段をどのように確保するかが重要な課題となっている。加齢によって身体機能や認知機能が低下し、マイカー運転を続けることは難しくなる一方、地域の鉄道やバス等の公共交通は衰退し、安心して出掛けることが難しくなっているためだ。国は、地域における交通弱者等の移動手段を確保するため、近年、活発に法制度を見直し、市町村も公共交通網の構築に向けた計画作成に取り組んでいるが、交通施策に積極的に取り組む市町村は少数派であり、移動環境は十分整っていない。一人暮らしの高齢者や、老親と離れて暮らす子、高齢者の生活支援に当たる関係者からは、改善を求める声が上がっている。

本稿では、高齢化が移動にもたらす問題と、2020年に発生した新型コロナウイルスの影響等について概観するとともに、これまでの国・自治体による公共交通、移動支援政策の動向を整理する。その上で、現時点の主な課題として、国や自治体、交通事業者に、住民の移動ニーズの把握や、生活者目線に立った検討が不足している点を指摘する。さらに、市町村を中心に、地域の特性に応じて、高齢社会に見合った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援を目指していくことが必要だと指摘する。

(下)では積極的に移動支援、交通政策に取り組む市町村の事例をいくつか挙げつつ、生活者目線に立った移動支援政策の論点や課題を取り上げる。
 

2――高齢者の生活環境

2――高齢者の生活環境

1急速な高齢化
まず、高齢者の生活環境から考察する。ここでは、(1)急速な高齢化、(2)要支援・要介護高齢者の増加、(3)高齢単身世帯等の増加、(4)高齢ドライバーの増加と免許返納――といった需要サイドの話を取り上げる。その後、(5)鉄道、バス路線の縮小、(6)バス、タクシーのドライバー不足、(7)新型コロナウイルスの影響――といった供給サイドの側面を取り上げる。

まず、急速な高齢化である。国内では、世界各国に比べて急速に高齢化が進んでいる。特に、後期高齢者と呼ばれる75歳以上人口の増加が目立つ。1970年に65~74歳の前期高齢者は約512万人、75歳以上の後期高齢者は221万人と、それぞれ総人口の4.9%と2.1%に過ぎなかったが、2020年は65歳~74歳が1,684万人、75歳以上はそれを上回る1,872万人に急増し、それぞれ13.4%と14.9%に上昇すると推計されている1(図表1)。

さらに2040年には、団塊ジュニア世代と呼ばれる人口の多い世代が皆、高齢者となり、前期高齢者は1,682万人、後期高齢者は2,239万人に膨らみ、総人口に占める割合はそれぞれ15.2%と20.2%となる見込みである。もちろん、地域によって、より高齢化率が高い地域もある。2020年時点で、65歳以上の高齢者人口が既に4割に到達している市町村は、全国で400以上と推計されている。
図表1 前期高齢者と後期高齢者の人数と総人口に占める割合の推移
 
1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」(出生中位、死亡中位推計)
2|要支援、要介護認定者の増加
介護保険の要支援、要介護認定者数も増加し続けている。厚生労働省によると、2007年度には要支援1、2と要介護1~5を合わせた認定者は計453万人だったが、2018年度には計658万人に増加した(図表2)。2018年度の認定者数の内訳を年齢区分ごとに見ると、40~64歳(第2号被保険者)は13万人、65~74歳は73万人、75歳以上は572万人であり、後期高齢者が全体の9割近くを占めている。また、年齢区分ごとの被保険者数に対する認定者数の割合をみると、65~74歳の前期高齢者については、要支援は1.4%、要介護は2.9%であったのに対し、75歳以上の後期高齢者になると要支援は8.8%、要介護は23.0%に上昇する(図表3)。後期高齢者になると、前期高齢者に比べて格段と要支援、要介護リスクが上がることが分かる。

認知症についても、前期高齢者に比べて後期高齢者の発症率は高いことも分かっている2。2-1|でみたように、今後はさらに後期高齢者が増加していくため、要支援、要介護認定者や認知症の高齢者が各地域に増えると予想され、移動支援の必要性は一層、増していくと考えられる。 
図表2 年齢区分ごとの要支援、要介護認定者数の推移
 図表3 年齢区分ごとの要支援、要介護認定率の比較
 
2 2019年6月20日、社会保障審議会第78回介護保険部会資料。
3|高齢単身世帯、夫婦のみ世帯の増加
高齢者の家庭環境も大きく変化してきている。移動に関して大きな影響を与えているのが、子と同居している高齢者世帯の減少である。

厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、65歳以上の高齢者がいる世帯の家族構成は、1986年時点では、「未婚の子と同居」や「三世代同居」が全体の過半数を占め、単独世帯や夫婦のみ世帯は合わせて3割程度だった(図表4)。しかし、若者の都市部への流出などが進み、2019年には単独世帯と夫婦のみ世帯の合計が、全体の約6割に上っている。同居する子がいれば、買い物や病院まで送迎を頼むこともできるが、それができない高齢者が増えている。単身高齢世帯は、今後さらに増えると見込まれている。
図表4 65歳以上高齢者がいる世帯の世帯構造の年次推移
4高齢ドライバーの増加と免許返納
高齢ドライバーの人数も増え続けている。警察庁によると、75歳以上の運転免許保有者は2002年には175万人だったが、2019年には583万人に増加した(図表5)。
図表5 75歳以上の運転免許保有者数の推移
しかし、運転技術は加齢によって衰えていく。視力が落ち、視野が狭くなるなど、身体的特性が低下したり、複雑な情報を同時に処理することが困難になったりするためである3。実際に、後期高齢者の死亡事故の発生割合は相対的に大きい(図表6)。警察庁の発表によると、2018年の免許人口10万人あたりの死亡事故発生件数は、免許取得が可能になったばかりの16~19歳では11件を超え、20~24歳になると4.6人に減る。25~29歳以降になると、2~3件台で推移しているが、70~74歳になると4.4件に増え、75~79歳では6.2件と再び上昇し、80~84歳で9.2人に増える。85歳以上では16.3件と突出して多く、危険性が高いことが分かる。警察庁によると、75歳以上のドライバーが起こした死亡事故原因で多いのは、ハンドルやペダル操作などの操作不適、安全不確認である。
図表6 年齢層別の死亡事故件数(免許人口10万人当たり)
2019年には、東京・池袋で80歳代のドライバーの運転で母子が死亡し、高齢で運転を続ける危険性に関する認識が社会に広がった。警察庁によると、同年、運転免許を自主返納した人は当時として過去最高の約60万人に上り、うち75歳以上は35万人だった4。返納件数は年々、増加している(図表7)。各都道府県警も、高齢ドライバーに自主返納を促すため、運転免許証に代わって身分証明書として使用できる運転経歴証明書を発行したり、自治体がクーポン券を発行したりしているが、返納者はまだ一部にとどまっている。
図表7 高齢ドライバーの運転免許の自主返納件数推移
しかし、高齢で運転を続けている人の中には、返納すると移動手段が無くなるため、仕方なく運転を続けている人がいることにも、注意が必要である。

内閣府が2018年度に60歳以上の男女約3,000人に行った「高齢者の住宅と生活環境に関する調査」5で、普段マイカーで外出している人に、今後も運転を続けるかどうか尋ねると、「一定の年齢になったら、車の運転をやめようと思っている」が40.4%、「視力の低下などにより運転の支障を感じたら、車の運転をやめようと思っている」が39.8%、「年齢や身体的な支障の有無にかかわらず、車の運転を続けようと思っている」が11.5%、「公共交通機関のサービスレベルが上がれば、車の運転をやめようと思っている」が4.5%となっており、運転をやめることに消極的な回答が1割以上あった。

また同じ調査では、「年齢や身体的な支障の有無にかかわらず、車の運転を続けようと思っている」と回答した人に理由(複数回答)も尋ねており、それによると、「買い物や通院など自分や家族の日常生活上、不可欠だから」が73%に上り、生活環境の影響が大きいことが示された。

2-1|でみたように、今後も75歳以上人口は増加するため、高齢者がマイカーを手放しても生活できるように、地域の移動手段を確保することが喫緊の課題となっている。
 
3 所正文、小長谷陽子、伊藤安海(2018)『高齢ドライバー』文芸春秋
4 警察庁(2020)「運転免許統計 令和元年版」
5 同調査により、普段の移動手段を尋ねると、1位「自分で運転する自動車」(56.6%)、2位「徒歩」(56.4%)、3位「自転車」(22.4%)、4位「家族が運転する自動車」(20.5%)――などとなっていた。性別でみると、「自分で運転する自動車」と回答したのは、男性 73.6%、女性41.8%で、男性の方が高かった。
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保険研究部

三原 岳 (みはら たかし)

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