文在寅政府は、就任初期から不動産価格の安定を目指し、6.17不動産対策、7.10不動産対策、8.2不動産対策等25回にわたる不動産対策を実施した。しかしながら、ソウルを中心とした不動産価格、特にマンション価格は下がるところか、むしろ大きく上がっている。なぜこのような現象が起きているだろうか。
まず、不動産価格が上昇した原因として考えられるのが首都圏への人口集中が続いていることと、それにより住宅に対する需要が供給を上回っていることが挙げられる。ソウル特別市、仁川広域市、京畿道で構成されている首都圏の面積は韓国全体面積の11.8%に過ぎないものの、首都圏の人口は増え続け、ついに2019年時点での首都圏の人口は人口全体の半分を超えることになった。このように首都圏の人口が増え続ける理由は、首都圏の経済規模が大きくなり、雇用が量・質ともに首都圏以外の地域を上回っていることに加え、名門大学への進学率が高い高校や有名塾等の教育インフラが整備され、子供の大学進学等に有利であるからだ。
実際、2019年におけるGRDP(地域内総生産)や活動企業数に占める割合は首都圏がそれぞれ51.8%と52.5%で首都圏以外の地域を上回っている。また、2020年に大学受験をした高校3年生1000人当たりのソウル大学に入学した学生数は、ソウル市が14人で最も多く、最も少ない忠清北道や蔚山市の3.1人より4.5倍も多いことが明らかになった。学歴社会と言われている韓国ではソウルやソウルへ近接している新都市に居住することは、子供の将来のために選択すべき最優先の選択肢として認識されている。さらに一人世帯を中心に世帯数が増加したことも住宅に対する需要を増やす背景になっている。
しかしながら、文在寅政府は不動産価格が高騰する理由を不動産投機をする輩の仕業と判断し、供給を減らす政策を実施する。その結果、2015年に765,328戸であったマンションを含めた全国の住宅建設の認可数は2020年には457,514戸まで減少した。特に、ソウル市の認可数は2017年の113,131戸から2020年の58,181戸へと、ほぼ半分近くまで減少した。
不動産価格が上昇した次の原因としては、規制強化を中心とした不動産政策が失敗したことが挙げられる。文在寅政府は不動産価格を安定させるために、就任した2017年の5月から今年の2月まで総25回の不動産対策を実施した。しかしながら、まだ大きな成果はなく、2020年以降は伝貰
1やマンションの価格が上昇し、支持率下落につながった。
文在寅政府は就任1年目に、多住宅保有者に対する譲渡所得税の重課が適用される調整対象地域を追加指定した「6・19対策」、ソウル全体を投機過熱地区として11区を投機地域に指定した「8・2対策」、多住宅保有者が賃貸事業者に登録して住宅を賃貸した場合、財産税や所得税などの税金や健康保険料を減免する「賃貸住宅登録活性化政策」等の多様な政策を実施した。その中でも12月13日に施行された「賃貸住宅登録活性化政策」が注目を浴びた。同制度の施行以降、2018年1月から7月までの新規賃貸事業登録者数は80,539人に達する等伝貰物件が増え、伝貰指数
2は文在寅大統領の就任直後であった2017年6月の106.0から2018年6月には88.5まで低下した。
しかしながら、与党である「共に民主党」を支持する支持層を中心に、賃貸事業者に対する税制優遇措置に反対する声が高まった。結局、韓国政府は2018年9月13日に政策の内容を修正し、税制優遇措置を縮小する決断を下した。肝煎り政策を自ら蹴とばすことにより、不動産政策に対する文在寅政府の信頼性は大きく失われることになった。
不動産関連税率を引き上げた政策も失敗したと評価されている。2020年8月4日に開かれた国会では所得税法、法人税法、総合不動産税法の改正案が成立した。所得税法改正案では、2年未満の短期所有の住宅と住宅の複数所有者の調整対象地域内の住宅に対する譲渡税重課税率を引き上げ、法人税法改正案では、法人が所有する住宅の譲渡税の基本税率に上乗せする法人税の追加税率を、現行の10%から20%に引き上げた。
また、総合不動産税改正案では、3戸以上または調整対象地域に2戸の住宅を所有する人に対し、課税標準区間別に税率を現行の0.6~3.2%から1.2~6.0%に大きく引き上げた。住宅に対する総合不動産税は課税対象額(課税標準)に税率をかけて算出する。韓国政府は、不動産関連税率を引き上げると、多住宅保有者が税金に対する負担増加を回避するために住宅を市場に手放すことを期待した。しかしながら、韓国政府の期待とは異なり、所有者はいつか政権が変わると不動産政策も変わり、税の負担が軽くなると共に不動産価格も上昇すると考え、市場に不動産を手放す人は少なかった。
さらに、冒頭で言及した「住宅賃貸借保護法」いわゆる「賃貸借3法」のうち、「契約更新請求権」
3と「伝貰・月貰
4上限制
5」が施行されてから、伝貰物件が急激に減り、伝貰価格が跳ね上がる「伝貰大乱」が起きた。韓国不動産院の全国住宅価格動向調査によると、ソウル市のマンションの伝貰受給指数は2020年7月の117.5から2020年12月には133.5に上昇した。ソウル市の伝貰受給指数133.5は統計を発表してから最も高い数値である(2021年2月のソウル市の伝貰受給指数は126.3)。
上述した内容以外にも低金利が長期間続いたこと(韓国銀行の政策金利は0.5%)、市中に供給された通貨量が増加したこと、民間を中心とした再建築や再開発が継続的に規制されていたこと、不動産貸出を規制したこと等が不動産価格を上昇させた原因として考えられる。
文在寅大統領は1月18日に開かれた新年記者会見で「今まで不動産投機を防ぐための対策を主に実施したものの、不動産の安定化は成功できなかった」と不動産政策の失敗を事実上認めた。そして、2月4日には公共部門を中心に住宅建設を大幅に加速し、2025年までにソウルに32万戸、ソウル以外の地域に51万戸の住宅を建設すると発表した(2・4対策)。
文在寅政府が次々と不動産対策を発表しているものの、今後不動産価格が安定し、マンションの供給が増えると予想する人は多くないだろう。その理由は文在寅政府に代わって以来、住宅建設の認可件数が大きく減少したからである。今から認可件数を増やしても供給量は増えず、実際に供給量が増えるのは早くてもこれから3~4年後である。また、本文でも言及したようにソウルを含めた首都圏中心の経済が改善されない限り、ソウルやその付近の不動産価格の上昇を防ぐことは難しい。さらに、今後も一人世帯が増加すると予想されており、住宅に対する需要はしばらくの間は減らないと予想される。
文在寅政府は、今まで不動産価格を安定化させるために規制を強化してきた。また、今後も投機を抑制するために、公共部門を中心に再開発や再建築を進め、不動産関連税率も現在の水準を維持する方針である。なぜか強硬策に偏っているような気がして心配である。
今年と来年の住宅の建設量を大きく増やせないことを考えると、住宅市場に供給量を増やすためには多住宅保有者の積極的参加を誘導する必要がある。そのためには強硬策のみならず懐柔策も必要だろう。