2021年03月11日

新型コロナから見る、中国保険会社の未来像

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――春節連休明け、保険会社の株価急上昇

今年の春節(旧正月)連休明けに、ネット専用の保険会社-衆安保険の株価が急上昇したことが話題となった1。保険経営のデジタルトランスフォーメーションの成功例とされる平安保険も同様だ。今年は、新型コロナ後の堅調な成長もあり、市場全体として過去最高値を更新していることも影響したのであろう。

新型コロナウイルスを経て、社会の疾病予防や健康リスクに対する意識、保険加入意識が高まったのは事実である。しかし、中国では医療保険商品を中心とする「健康保険」の需要は元より高い2。近年、健康保険は保険料収入の伸びがそれ以外の保険(年金、養老など)を凌駕している。2020年の収入保険料は5年で3倍の9,347億元となり(生保市場全体では2倍にとどまる)、生保市場全体に占める規模も1割ほど増加し、全体では3割を占めるまで拡大している(図表1)。
(図表1) 収入保険料推移(生保)と前年比増加率
1人あたりの健康保険料の拠出額を見ると、直近4年で3倍の505元まで増加している(2019年)。同年の生保全体の1人あたりの拠出額が2,214元であることを考えると、いまだ拠出額は小さいものの、近年の需要の拡大状況が見られる(図表2)。健康保険についてはGDPに占める割合がいまだ0.7%にとどまっている。新型コロナを経て、今後更なる需要の拡大が見込まれ、生保市場を牽引する商品の1つと捉えることもできるであろう。
(図表2)1人あたりの生命保険/健康保険の保険料拠出額と対GDP 比の推移
 
1 「2020年全球保険科技融資創新高」、中国銀行保険報、2021年2月22日(2021年3月5日アクセス)。なお、衆安保険の2月17日の株価は終値で78.80HKドルでおよそ半年ぶりに高値を更新した。同社の株価は春節初日の11日より42.0%上昇。
2 中国では、保険を人保険(「人身保険」(広義の生命保険))、物保険で分けている。人身保険は生命保険(定期、終身、養老)、 健康保険(医療、疾病、介護、所得保障、傷害保険)、年金保険を指す。図表1は、広義の生命保険での健康保険の保険料収入を示したものである。
 

2――ネット保険の販売拡大も、自社ではなく…

2――ネット保険の販売拡大も、自社ではなく、第三者プラットフォームによる貢献が大きい。

また、社会のデジタル化が進展する中で、ネット保険の需要も拡大している(図表3)。

新型コロナ前からアンダーライティング、保全手続き、保険料の支払い、保険金給付など多くのサービスの自動化やオンライン化が進められていた。新型コロナ以降は、当局によって非接触型の販売、関連手続きのオンライン化が更に進められている。

これまで、ネット保険は、仕組みが分かりやすく、保険料が割安で、手続き等が簡単であったことから若年層を中心に実損填補型の医療保険、重大疾病保険の加入が進んでいた。今後は、新型コロナで健康アプリやネット決済の利用を開始した中高年層の需要拡大、対象年齢や疾病などを絞ったテーラーメイド型の商品によるニッチ層の取り込みも見込まれる。
 
中国保険業協会によると、2019年のネット保険の収入保険料(生保)は前年比55.7%増の1,858億元であった。ただし、生保市場全体でみると占有率は5.6%にすぎず、その規模はまだ小さい。

2017年、2018年は当局による生保市場の健全化指導に伴ってネット市場も縮小している。2019年、当局による保障型商品の販売強化を受けて、健康保険は前年比92.0%増の236億元と大幅に増加している(図表3)。

ネット健康保険の保険料収入は2015年からのわずか4年間で23倍に拡大しており、健康保険市場全体の増加率を上回る勢いで成長している。

なお、このような成長動向、新型コロナを経て、2020年はネット保険関連企業の新規登録数が前年比93%増の7,741社となり、この10年来最も多い登録数となった。2021年初時点で、ネット保険関連企業は全国で
合計2万社ほどとなっている。
(図表3)ネット保険の収入保険料推移(生保)とネット健康保険の種別構成
では、ネットにおける保険の販売、更には商品や新たなサービスの開発、営業のオペレーションなど保険事業におけるイノベーション、保険ビジネスモデルの革新といったインシュアテックは、生保険業界全体をみた場合、どのように浸透しているのであろうか。
 
中国の場合、ネット保険の保険料収入(生保)のうち、保険会社の自社による販売は全体の1割程度にすぎず、9割は第三者のプラットフォームからとなっている(図表4)。第三者のプラットフォームには、(1)ネット・スマホ銀行(銀行系)に加えて、(2)アリペイ(EC系)、テンセント系の「微保(WeSure)3」(SNS系)、京東金融(EC系)など、元は金融事業とは異なるITプラットフォーマーの存在が挙げられる。

ネット・スマホ銀行(銀行系)の活用については、中郵人寿(中国郵政集団が出資)、工銀安盛人寿(中国工商銀行が出資)、建信人寿(中国建設銀行が出資)、農保人寿(中国農業銀行が出資)などの銀行や郵便局が出資している保険会社で販売が進んでいるが、親会社が運営する金融機関の決済アプリや資産運用アプリの活用がその背景にある(図表5)。

銀行系(郵便局系)の保険会社を除く、その他の保険会社については、社会にすでに浸透しているアリペイなど第三者が運営する決済アプリや資産運用アプリの活用が見られる。ただし、平安人寿、中国人寿など最大手は、ネット保険についても、むしろ自社での販売や自社アプリの活用を中心としている。例えば、平安人寿を含む平安保険グループは、他社との連携もあるが、グループによるネット上の金融エコシステム(経済圏)内でのクロスセルを促進している。

このように、中国においては、手続きなどの自動化やオンライン化が進み、ネット保険の販売も拡大しつつある。資金力があり、様々な金融サービスを含むエコシステムの形成が可能な最大手の保険会社は、自社が抱えるエコシステム内もしくは外からの利用顧客に向けた販売が強化される傾向にある。一方、資金力が大手ほどなく、自社でのエコシステムの形成が難しい中小規模の保険会社は、第三者のプラットフォームとの連携が強くなる傾向にあると考えられる。
(図表4)ネット保険(生保)における販売チャネル(収入保険料ベース)/(図表5)ネット保険(生保)における上位10 社(収入保険料ベース)と占有率
 
3 「微保(WeSure)」の正式名称は微民保険代理有限会社。テンセントが提供するプラットフォーム上での保険代理販売を行っている。生保・損保・健康保険専門の保険会社など合計50社ほどと提携。テンセントが展開するSNSなどを通じて、幅広いユーザーにアクセスが可能。ウィーチャットペイの月間アクティブユーザー数は8億人を超え、ウィーチャットミニプログラムの1日あたりアクティブユーザー数は4億人を超えている。2016年10月設立。
 

3――へルステック企業との連携強化

3――へルステック企業との連携強化―「微医」(WeDctor)を例に

では、中小規模を中心とした保険会社にはどのような動きがあるのであろうか。健康保険分野でみると、自社での保険商品の開発や販売もあるが、ヘルスケアに関するサービスの提供やそれによって集まった健康データの分析を行うヘルステック企業との連携が進んでるのが1つの特徴であろう。
 
例えば外資系生保のAIAは、テンセント・グループが出資するオンライン医療サービス大手の「微医(WeDoctor)」、同じくテンセント系の鎂信健康(MediTrust/2020年9月、テンセント系の「微保(WeSure)」の前総経理の謝邦烈氏が総裁に着任)と提携し、乳癌保険「守護麗人医療保険」を開発・販売している。

中国では、乳癌が女性の悪性腫瘍の罹患率で1位、罹患率の増加は世界平均の2倍とされている4。また、罹患の発生年齢は欧米より10歳若く、5年生存率も83.2%と米国の90%と比較しても低い状態だ。ちょうどテンセントなどが提供するSNSをよく利用する子育て世代がそれに該当するといえよう。保険会社とヘルステック企業の連携には、こういった性別や年齢、保障対象をある程度しぼったテーラーメイド型の保険の開発が進んでいる。

保険会社(AIA)としては、他社との商品の差別化、顧客体験(UX)の向上につなげることができる。一方、微医(WeDoctor)は、自社のプラットフォームが持つ医療・健康データの分析を通じて保険商品の開発に貢献し、顧客が乳癌の診断やその疑いの診断があった場合、専門医の手配、セカンドオピニオンの紹介、入院手配、メンタルケアなど一連のサービス提供も可能だ。

「守護麗人医療保険」では、鎂信健康は癌治療薬などの治療薬提供企業として、乳癌治療で使用する分子標的治療薬5種の提供を行う。中国において、5種のうち2種類は保険収載されており、公的医療保険が適用される。しかし、先進的な残りの3種類の治療薬については収載されておらず、100%自己負担となっているとしている。治療に際してはこの自己負担が重いことから、当該保険では最長3年、最高200万元を限度に5種を100%給付する内容となっている。
 
このように、健康保険分野においては、保険会社とヘルステック企業が連携することで、よりニッチな層に向けた商品開発を実現している。更に、既存の保険商品が持つ現金給付の機能にとどまらず、疾病が発生した場合の病院や医師の手配、治療薬の手配や提供、メンタルケアといった治療に係る一連のサービスを完結させている。微医は乳癌に関する罹患前の予防、罹患後の服薬、リハビリに関する専門サービスも提供している。つまり、既存の保険商品が持つ現金給付の機能に、予防やその先の回復までをサポートするサービスや現物給付も可能としている。健康保険加入から健康回復まで完結する提供体制は、保険最大手が形成する金融エコシステム、アリババや京東などのITプラットフォーマーによる消費中心のエコシステムとは異なり、ヘルスケアに特化した新たな経済圏を形成する可能性もある。

また、業種を跨いだ提携は人材面でも見られ、2020年4月にはそれまでAIA中国地区の責任者であった祭強氏が微医にCFOとして加入するなど(ただし、2020年12月には退任)、保険―ヘルステック業界間での人材面での取り込みも活発になっている。
 
4 「女性朋友福音来襲:友邦守護麗人医療保険上市!譲乳腺癌遠離你的美好生活」、捜狐網、2019年6月26日(2021年3月9日アクセス)
 

4――「国民の健康向上」を命題とした…

4――「国民の健康向上」を命題とした健康保険商品への規制緩和

上掲で紹介した健康保険加入から健康回復まで完結する提供体制の実現については、その布石として、先行実施されていた政府による諸施策の効果が大きいと言えよう。もともと中国政府は国の施策として、「健康中国2030計画綱要」(2016年)、インターネット+戦略の一環として「インターネット+医療・健康」(2018年)など、国民の健康向上を経済成長に次ぐ至上命題に据えると同時に、それに関連するヘルスケア産業、医療提供体制のデジタル化を成長戦略の1つとして位置付けている。

それにともなって、一翼を担う健康保険についても規制が緩和されている。特に、新型コロナの影響が大きい2019年の後半から2020年にかけてはその傾向が強く表れた。2019年11月に発出された「健康保険管理弁法」の改正では、保険会社がヘルスケア企業、ヘルステック企業、医療機関との連携によって、保険商品の多様化のみならず、健康に関するリスク評価や疾病予防、健康診断や慢性病管理、健康促進といった健康に関するサービスを提供し、疾病罹患による損失の減少をはかるよう求めている。また、2020年9月には「保険会社の健康管理サービスの規範に関する通知」が発出され、保険会社が提供する健康管理サービスの範囲やその費用水準(純保険料の20%以下)を定めるなど、更に促進されている。

このように、中国においては、健康保険分野は国の成長戦略としての後押しを受けながら、国民の健康向上を実現する一翼としての役割が期待されている。新型コロナを経て、疾病予防や健康リスクに対する意識が高まる中で、保険会社が果たす役割とそれに対する期待は更に大きくなっている。保険会社とヘルステック企業による健康関連サービスのパッケージ化や、ヘルスケアに特化した経済圏の形成など新たな取り組みは今後更に深化、多様化していくであろう。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2021年03月11日「基礎研レポート」)

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【新型コロナから見る、中国保険会社の未来像】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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