2021年03月11日

福島原発事故から10年、「こころの減災」への鍵 (2)―ソーシャル・キャピタル―

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1――はじめに

2011 年の東日本大震災の後、メディアには「絆」という言葉が溢れた。この「絆」という言葉で表されるような人と人とのつながりは、学術的に「ソーシャル・キャピタル」と呼ばれ、災害復興の鍵概念としても注目を集めてきた。しかし、その役割について因果関係に迫る実証研究は多くない。本稿では、筆者ら1が行ってきた福島県双葉町の住民を対象とした継続的なアンケート調査の分析から浮かび上がってきた「こころの減災」への3つの鍵(ソーシャル・キャピタル、損失回避、現在バイアス)のうちの1つ目として、ソーシャル・キャピタルの役割について説明する。具体的には、災害下のソーシャル・キャピタルの役割に関する先行研究と、筆者らが福島県双葉町のデータを用いて行ったその役割に関する分析結果を紹介する2
 
1 東京大学「災害からの生活基盤復興に関する国際比較」プロジェクト(東京大学大学院経済学研究科 教授 澤田康幸、ニッセイ基礎研究所 研究員 岩﨑敬子)
2 筆者らが行ってきた調査の概要や3つの鍵に注目するきっかけについては以下を参照。
岩﨑敬子(2021年3月10日)『福島原発事故から10年、「こころの減災」への鍵 (1)』基礎研レター
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=67164?site=nli
 

2――災害下におけるソーシャル・キャピタルの役割に関する研究

2――災害下におけるソーシャル・キャピタルの役割に関する研究

災害下におけるソーシャル・キャピタルの役割については、どのような研究が行われてきているのか。ここでは、ソーシャル・キャピタルが復興の鍵概念である可能性を示した代表的な研究であるAldrich(2012)と、災害下でソーシャル・キャピタルがこころの健康を守る役割の可能性について検証したいくつかの研究を紹介する。
1| ソーシャル・キャピタルが災害復興を促す可能性
ソーシャル・キャピタルが復興の鍵概念である可能性を示した代表的な研究であるAldrich(2012)は、定量的な手法と定性的な手法の両方を用いて、時間や場所の異なる4 つの巨大災害下においてソーシャル・キャピタルが復興に果たした役割を検証した。1923 年の関東大震災と、1995 年の阪神・淡路大震災、2004 年のインド洋大津波、2005 年に米国で発生したハリケーン・カトリーナである。Aldrich(2012)はこれらの4つの災害下で、綿密な定性調査のもと、さまざまなソーシャル・キャピタルの指標(投票率、政治的デモの回数等)を用いて、高いソーシャル・キャピタルを持つ地域が効率的な復興を果たしたことを実証した。
2| ソーシャル・キャピタルがこころの健康を守る可能性
Aldrich(2012) の研究で示されたようにソーシャル・キャピタルによって復興が迅速に行われれば、住民の健康状態にもよい影響がもたらされることが予想される。また、災害直後の対応期においても、ソーシャル・キャピタルからもたらされる社会的サポートや社会統制は死亡や健康悪化を防ぐ可能性が考えられる。実際にこれまでの実証研究では、多くの場合ソーシャル・キャピタルは、災害による健康被害を和らげ、回復を促進する可能性があることが示されてきた。筆者らが双葉町の研究を始めた2013 年当初は、こうした災害下のソーシャル・キャピタルと健康の関係を検証する研究による示唆のほとんどは、災害後にソーシャル・キャピタルと健康に関する質問を行って得られた一時点のデータを用いた相関関係をもとにしたものであり、そうした研究は世界各国の災害で行われてきた。

たとえば、ハリケーン・カトリーナ3や、ナイジェリアの暴動(1995 年)4、パキスタン地震(2005 年)5>、英国モーペスの洪水(2008 年)6、米国のハリケーン・サンディ(2012 年)7、米国のメキシコ湾原油流出事故(2010 年)8等で、災害後にソーシャル・キャピタルと健康指標を含む調査が行われ、その相関関係によって、ソーシャル・キャピタルと災害発生後の健康維持の間にポジティブな相関関係があることが示されてきた。これらの研究で使われた健康アウトカムについては、PTSD(PostToraumatic Stress Disorder:外傷後ストレス障害)や抑うつのリスクに注目した研究が多い。

しかしながら、近年では、相関関係のみでなく、災害下におけるソーシャル・キャピタルと健康アウトカムの因果関係に迫る研究が進んでいる。日本老年学的評価研究(JAGES)のプロジェクトが、東日本大震災や熊本大地震の前にそれらの被災地域で取得していたソーシャル・キャピタルと健康に関する情報を含むデータを取得していたことで、そのフォローアップ調査を含めて震災前後の情報で構築したパネルデータを用いた推定が可能になったことが大きな要因の1つである。JAGES のデータを用いた研究では、例えば、東日本大震災の前にソーシャル・キャピタルの高い(地域の人への信頼の高さ、助け合いの頻度の多さ、地域への所属意識の高さによって定義)地域に住んでいた人は、震災後のPTSD のリスクが低かったことが報告されている9
 
3 Beaudoin(2007, 2011)
4 Beiser et al.(2010)
5 Ali et al.(2012)
6 Wind et al.(2011), Wind and Komproe(2012)
7 Lowe et al.(2015)
8 Gaston et al.(2016), Rung et al.(2017)
9 Hikichi et al.(2016)
3| 災害下におけるソーシャル・キャピタル研究の課題
ソーシャル・キャピタルの役割は、災害の種類や程度、災害復興段階によって、異なる可能性がある。澤田(2014)は、災害を「自然災害」「技術的災害」「経済危機」「暴力的紛争および戦争」の4 種類に分け、後者3つを人災と分類している。こうした災害の種類や程度によって個人や社会への影響が異なるため、ソーシャル・キャピタルの役割が異なる可能性があることは想像に難くない。また、災害には災害が発生する前の防災段階、災害発生直後の応急段階、そして災害復旧・復興段階があり、それぞれ異なる課題があるため、ソーシャル・キャピタルの役割も段階ごとに変化することが予想される。さらに、ソーシャル・キャピタルは多面的な概念であることから、その要素ごとにも、役割が異なる可能性がある。また、検討すべきアウトカムの種類についても、精神的な健康や身体的な健康等さまざまである。さらに、性別や社会経済的な状況によっても、ソーシャル・キャピタルの役割は異なる可能性がある。

こう考えると、災害の種類×復興段階×ソーシャル・キャピタルの種類×アウトカムの種類×社会経済的な状況について、それぞれソーシャル・キャピタルの役割が検証される必要がある。さらに、ソーシャル・キャピタルは必ずしもよい影響をもたらすわけではなく、負の影響をもたらす状況も観察されていることから、ソーシャル・キャピタルがより一般化して災害政策向上に活かされていくためには、多くの実証研究の積み重ねが必要であることがわかる。これまでは、自然災害下で災害直後の精神的な健康状態をアウトカムとした研究が多く行われてきたが、より長期的な復興段階でのソーシャル・キャピタルの役割や人災下での役割、社会経済的な状況の違いを考慮に入れた役割の違いの検討なども今後の重要な課題である。さらに、さまざまな災害によってソーシャル・キャピタルのそれぞれどういった側面がどのように変化するのか、そして、そこにはどういった要因が考えられるのかを検証することも重要な課題だろう。

また、因果関係について、先述した日本老年学的評価研究プロジェクトによって震災前のデータを得られたことは、災害下でソーシャル・キャピタルと健康の因果関係を把握するのに多大な貢献があるが、このように震災前の情報が得られる状況は非常にめずらしい。そうした状況のなかで注目されるのが、自然実験や操作変数法の活用である。双葉町では、原発事故による突然の避難で居住地が分散してしまったことにより、外生的に人々のつながりが変化させられてしまった。後述する研究では、そうした自然実験の状態を利用して、ソーシャル・キャピタルとこころの健康の因果関係に迫っている。震災前後のソーシャル・キャピタルや健康に関するデータが手に入らない場合でも、こうした外生的な状況や情報を用いた工夫によって、因果関係に迫る研究が積み重ねられていくことが必要である。
 

3――双葉町のデータで示されるソーシャル・キャピタルが…

3――双葉町のデータで示されるソーシャル・キャピタルがこころの健康を守る可能性

ここまで紹介したように、災害下におけるソーシャル・キャピタルの役割に関する研究では、ソーシャル・キャピタルが事前の防災や減災、事後の復興を担う鍵概念であることや、ソーシャル・キャピタルの蓄積は、災害による死亡率の低下や身体的・精神的健康の悪化を防ぐ効果がある可能性があることが示されてきた。しかし、災害前後のソーシャル・キャピタルの変化に注目した研究はまだ多くなく、因果関係に迫る実証研究も積み重ねが必要な状況である。特に、原発事故の避難者にとっては、長期化する避難生活のなかでソーシャル・キャピタルの喪失は重大な課題であるが、彼らのソーシャル・キャピタルに関する研究はほとんど存在していない。

そこで筆者らは、双葉町の復興政策と、そうしたこれまでの研究で取り組まれてこなかった分野への貢献を目的として、双葉町民のソーシャル・キャピタルとこころの健康の関係に関する実証分析を行った10。この分析では、双葉町民のソーシャル・キャピタルが震災によって低下し住民にストレスを与えている、というメカニズムの存在の可能性を定量的に検証した。この分析は、災害によって避難を強いられたことでソーシャル・キャピタルがある程度外生的に変化させられた、という自然実験的な状況を用いて、そのこころの健康への影響を検証することで、ソーシャル・キャピタルとこころの健康の間の因果関係に迫ったものである。この分析の結果、震災後に双葉町からの隣人を多く持つことや、ボランティア活動やお茶会に参加するといったソーシャル・キャピタルを持つことは、周りの人への信頼感の向上を通して、こころの健康を良好に保つ可能性があることが示された。

この結果は、被災前のつながりを保つことを企図した避難の実施や、避難先での人と人とのつながりをつくる施策の重要性を示すものである。実際に東日本大震災後の仮設住宅や復興公営住宅の入居の際に取り入れられたり、被災前のつながりを保つように配慮した入居者の配置や、災害つながりカフェ、おしゃべりサロンといった被災者が他者とつながる機会を提供する活動が行われたりしてきており、筆者らの分析結果はこうした活動を支持するものである。筆者らは、こうした、ソーシャル・キャピタルを高める活動への支援や、仮設住宅・復興公営住宅の入居への配慮はより拡大していくべきであると考えている。
 
本稿では、災害下におけるソーシャル・キャピタルの役割について、先行研究と筆者らが行った研究の概要を紹介をしたが、筆者が執筆した『福島原発事故とこころの健康-実証経済学で探る減災・復興の鍵』(日本評論社、2021年3月15日発売開始)11には、災害下におけるソーシャル・キャピタルの役割についてのさらに詳しい先行研究の紹介に加え、ソーシャル・キャピタルの概念や計測方法を整理して紹介している。また、本稿で紹介した筆者らの分析についても、具体的な分析モデルや数値的な結果を示して詳しく説明している。読者の興味に合わせてぜひごご参照頂きたい。
 
10 Iwasaki et al. (2017)
11 岩﨑敬子『福島原発事故とこころの健康-実証経済学で探る減災・復興の鍵』(日本評論社、2021年3月15日発売開始)に関するWEBサイト: https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8515.html

参考文献

澤田康幸(2014)「グローバル社会と巨大災害・リスク」澤田康幸編『巨大災害・リスクと経済』日本経済新聞出版社:13-39。
Aldrich, D. P.(2012)Building Resilience, Chicago: The University of Chicago Press
Ali, M., Farooq, N., Bhatti, M. A. and Kuroiwa, C.(2012)“Assessment of Prevalence and Determinants of Posttraumatic Stress Disorder in Survivors of Earthquake in Pakistan Using Davidson Trauma Scale,” Journal of Affective Disorders, 136(3): 238-243.
Beaudoin, C. E.(2007)“News, Social Capital and Health in the Context of Katrina,”Journal of Health Care for the Poor and Underserved, 18(2): 418-430.
Beaudoin, C. E.(2011)“Hurricane Katrina: Addictive Behavior Trends and Predictors,”Public Health Reports, 126(3): 400-409.
Beiser, M., Wiwa, O. and Adebajo, S.(2010)“Human-Initiated Disaster, Social Disorganization and Post-Traumatic Stress Disorder above Nigeria's Oil Basins,” Social Science & Medicine, 71(2): 221-227.
Gaston, S., Nugent, N., Peters, E. S., Ferguson, T. F., Trapido, E. J., Robinson, W. T. and Rung, A. L.(2016) “Exploring Heterogeneity and Correlates of Depressive Symptoms in the Women and Their Children's Health(WaTCH)Study,” Journal of Affective Disorders, 205:190-199.
Hikichi, H., Aida, J., Tsuboya, T., Kondo, K. and Kawachi, I.(2016)“Can Community Social Cohesion Prevent Posttraumatic Stress Disorder in the Aftermath of a Disaster? A Natural Experiment From the 2011 Tohoku Earthquake and Tsunami,” American Journal of Epidemiology, 183(10): 902-910.
Iwasaki, K., Sawada, Y., and Aldrich, D. P.(2017)“Social Capital as a Shield Against Anxiety Among Displaced Residents from Fukushima,” Natural Hazards, 89(1): 405-421.
Lowe, S. R., Sampson, L., Gruebner, O. and Galea, S. “Psychological Resilience after Hurricane Sandy: The Influence of Individual- and Community-Level Factors on Mental Health after a Large-Scale Natural Disaster,” PLoS One, 10(5): e0125761.
Rung A. L., Gaston S., Robinson W. T., Trapido E. J. and Peters E. S.(2017)“Untangling the Disaster-Depression Knot: The Role of Social Ties after Deepwater Horizon,” Social Science & Medicine, 177:19-26.
Wind, T. R. and Komproe, I. H.(2012)“The Mechanisms that Associate Community Social Capital with Post-Disaster Mental Health: A Multilevel Model,” Social Science & Medicine, 75(9): 1715-1720.
Wind, T. R., Fordham, M. and Komproe, I. H.(2011)“Social Capital and Post-Disaster Mental Health,” Global Health Action, 4.
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

(2021年03月11日「基礎研レター」)

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