2021年03月03日

インド経済の見通し~制限緩和と感染改善を受けて3期ぶりのプラス成長、今後はワクチン普及につれて景気回復が安定的に(2020年度▲7.4%、2021年度+10.1%)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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経済概況:3期ぶりのプラス成長

(図表1)インドの実質GDP成長率(需要側) インド経済は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に急速に景気が悪化した。新型コロナの感染拡大を受けて3月下旬に全国に厳格な都市封鎖を実施すると、4-6月期の成長率が前年同期比▲12.2%と急減、過去最大のマイナス成長を記録した。その後は成長率が7-9月期に同▲7.3%、10-12月期に同+0.4%と、インド経済は順調な回復をみせている。

2020年10-12月期の実質GDP成長率は同+0.4%と3四半期ぶりにプラス成長となり、Bloombergが集計した市場予想(同+0.1%)を上回った1(図表1)。10-12月期の景気の持ち直しは、活動制限措置の緩和と感染状況の改善によって投資を中心に内需が回復した影響が大きい。
インド政府が昨年3月に実施した全土封鎖は必需品の販売店を除く全商業施設の閉鎖や工場の操業停止、州間移動の制限、そして公共交通機関とタクシーの利用の禁止など厳格なものであったが、6月から段階的な封鎖解除2が進められている。政府は感染状況が深刻な「封じ込めゾーン」の封鎖を継続する一方、10月から5期目の封鎖解除を開始して映画館や劇場、プールなどの営業再開を許可したほか、地方政府の判断での学校の再開を許可するなど、行動制限の更なる緩和を実施している。こうした社会経済活動の再開が進んだことにより、インドでは人の移動が持ち直してきている(図表2)。また新規感染者数は9月中旬に1日あたり10万人弱に達したが、その後は感染拡大ペースが和らぎ、12月末にかけて1日あたり2万人を下回るまで縮小(図表3)、感染状況の改善によって消費者や企業のマインドが回復した。結果として、10-12月期は総固定資本形成が同2.6%増(前期:同6.8%減)とプラスに転じたほか、GDPの約6割を占める民間消費が前年同期比2.4%減(前期:同11.3%減)と持ち直した。

政府消費は同1.1%減(前期:同24.0%減)と減少幅が縮小した。連邦政府が需要拡大に向けて支出を拡大(同29.1%増)させたことが下支えとなった。

純輸出は成長率寄与度が+0.1%ポイント(前期:+0.8%ポイント)となり、小幅のプラス寄与となった。輸出は同4.6%減(前期:同2.1%減)となり、世界的な新型コロナの感染再拡大を受けて低迷した一方、輸入は同4.6%減(前期:同18.2%減)と、内需拡大を反映して減少幅が縮小した。
(図表2)インドの移動傾向/(図表3)インドの新規感染者数の推移
(図表4)インドの実質GVA成長率(産業別) 2020年10-12月期の実質GVA成長率は前年同期比1.0%増(前期:同7.3%減)と上昇した(図表4)。

産業別に見ると、第一次産業は同3.9%増(前期:同3.0%増)となり、堅調な拡大が続いた。これは農業が都市封鎖の影響を受けにくく、乾季(ラビ)の作付けと雨季(カリフ)の生産が好調であったことによるものとみられる。

第二次産業は同2.7%増(前期:同3.0%減)と上昇した。製造業が同1.6%増(前期:同1.5%増)と6期ぶりのプラス成長となると共に、電気・ガス(同7.3%増)と建設業(同6.2%増)が大きく増加した。一方、鉱業は同5.9%減(前期:同7.6%減)と引き続き減少した。

第三次産業は同1.0%減(前期:同11.3%減)と3期連続のマイナス成長となったが、大きく持ち直した。対面型サービス業を中心に行動制限の影響が残っており、商業・ホテル・運輸・通信が同7.7%減と回復が遅れているものの、金融・不動産(同6.6%増)が大幅に増加したほか、行政・国防(同1.5%減)の減少幅が小幅に止まった。
 
1 2月26日、インド統計・計画実施省(MOSPI)が2020年10-12月期の国内総生産(GDP)統計を公表。
2 インド政府は4月14日から感染が抑制されている地域で製造業や建設業、貨物輸送などの操業再開を許可、5月4日と18日にも対象業種を拡大するなど部分的な活動制限の緩和を先行的に実施した。そして、6月1日から「アンロック1.0」を開始して封鎖措置の緩和に舵を切った。人やモノの無制限の移動を許可したほか、夜間外出禁止令の時間を短縮、ショッピングモールやホテル、レストラン、宗教施設などの再開を許可した。7月1日から「アンロック2.0」を開始して、夜間外出禁止令の時間を短縮。8月1日から「アンロック3.0」を開始して夜間の外出を解禁、スポーツジムを再開した。9月1日から「アンロック4.0」を開始、地下鉄を再開したほか、宿泊・飲食の人数制限を緩和した。10月1日から「アンロック5.0」を開始、学校や収容率に制限を設けて娯楽施設を再開した。
 

経済見通し

経済見通し:ワクチンが普及するに従って景気回復が安定的に

インド経済はコロナ禍から立ち直りつつある。足元では製造業PMIの改善や発電量の増加など経済の活動レベルが上がってきており、1-3月期も景気持ち直しの動きが続きそうだ。インド経済監視センター(CMIE)によると、2月の失業率は6.9%と、コロナ禍前(昨年2月)の7.8%を下回るまで低下しているほか(図表5)、1月16日に国内で新型コロナウイルスワクチンの接種が始まって景況感が改善しており、消費の持続的な回復が期待される。

21年度はワクチンの普及により、これまで回復が遅れていた対面型サービス業が持ち直し、景気回復は安定感が増していくものとみられる。また国内外の需要拡大を受けて製造業が経済成長の牽引役となるほか、緩和的な金融政策の継続と積極財政による景気の底上げも見込まれる。2月1日に公表された来年度予算は、インド政府が財政赤字の拡大を容認して拡張的な予算編成(歳出が前年度比+14.5%)となった。公共部門の民営化によって収入を確保する一方、歳出面では新型コロナ対策など保健関連(同+10.5%)とインフラ関連(同+34.5%増)を拡大させる予算内容となっている。

もっとも、このままV字回復に至るかどうかは、今後も新型コロナの感染状況に左右されることとなりそうだ。1日あたりの新規感染者数は今年2月に1万人前後で推移していたが、足元では1.5万人前後まで増加しており、感染第二波が到来して再び都市封鎖が実施されるリスクが浮上している。

また13.5億人もの人口を抱えるインドが新型コロナウイルスのワクチンの投与で集団免疫を獲得するには時間がかかる。現在インド政府は今年8月までに3億人に予防接種を行う計画だが、順調に計画が進んだとしても集団免疫獲得には程遠い水準である。EIU調査によると、インドでワクチンが十分に行き渡るには2022年末までかかると予測されている。集団免疫を獲得までは感染再拡大のリスクがくすぶるほか、外出の自粛やソーシャルディスタンスの確保等の感染予防の取り組みを継続せざるを得ず、景気は不安定化しやすい状況が続くとみられる。

実質GDPは20年度後半にプラス成長を確保するが、年度前半の大幅な落ち込みが響いて20年度の成長率が▲7.4%(19年度:+4.1%)と、過去最大のマイナス成長を記録すると予想する(図表6)。21年度は前年度の実質GDPが低水準だったことによる反動増やワクチン普及による経済正常化などから成長率が+10.1%まで上昇すると予想する。
(図表5)失業率の推移/(図表6)経済予測表

物価の動向

(物価の動向)経済再開と商品価格の高騰を受けて再びインフレ圧力が強まる展開に

(図表7)消費者物価上昇率 インフレ率(CPI上昇率)は昨年、野菜などの食品インフレが続いて+7%前後の高めの水準で推移(図表7)、インド経済は高インフレ下の経済収縮が続いてスタグフレーションの状況にあった。しかし、農業生産の拡大や都市封鎖で滞っていた物流の改善などにより食料品の価格上昇が一服して、インフレ率が12月に+4.6%に低下、インド準備銀行(中央銀行、RBI)が中期的な物価目標(4±2%)の上限と定める6%を下回った。

先行きのインフレ率は、短期的には良好な収穫量が見込まれるラビ作物が国内市場に流通するなかで食品価格を中心に安定するとみられるが、経済再開による需要拡大や世界的な商品価格の高騰を受けて再び上向きに転じるだろう。インフレ率は19年度の+4.8%から20年度が+6.0%に上昇、その後も物価目標の中央値を上回って推移し、21年度が+4.9%と予想する。
 

金融政策の動向

(金融政策の動向)年内は金利据え置きを予想

(図表8)政策金利と銀行間金利 RBIは昨年、新型コロナの大打撃を受けた経済状況を踏まえ、3月と5月に緊急利下げを実施、政策金利をそれぞれ0.75%、0.40%ずつ引き下げた(図表8)。またRBIはコロナ禍で市場機能の改善や輸出入支援、金融ストレスの緩和などを目的とした大規模な流動性供給や規制緩和を打ち出してきた。

先行きについては、RBIは年内まで政策金利を据え置くと予想する。足元ではインフレ率が目標内に収まってきたが、コアインフレ率の高まりに警戒感が広がることや経済再開によって景気の回復傾向が続くとみられることから、当面は現行の緩和的な金融政策を維持するだろう。ワクチンの普及が進み、景気回復が安定する22年度は物価上昇が続いて調整的な利上げを実施する展開を予想する。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

(2021年03月03日「基礎研レター」)

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