2021年02月22日

日米株高でも欧州株が冴えないワケ-資本市場の構造問題、英国離脱の影-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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コロナ禍で求められる資本市場の機能

資本市場の強化と統合の重要性は2つの側面から高まっており、現状打開の転機となる可能性を示す動きもある。

コロナ禍と、その後遺症への対応、さらに復興の促進のために資本市場のニーズは高まっている。成長のための投資を妨げるおそれがある過剰債務には、資本の増強が解決策となる。証券化市場の拡充は、銀行の与信能力を確保するためにも、増大が見込まれる不良債権のオフバランス化という面でも期待される。イタリア銀行の不良債権比率は、15~16年には16%を超える水準にあったが、20年9月時点では4.3%まで低下している。不良債権の削減には、不良債権化の証券化による売却の加速が貢献した。

グリーン・リカバリーによる復興実現にも、長期の投資資金は不可欠だ。温暖化ガス実質ゼロの実現には革新的な技術が必要とされる。実績はないものの革新的な技術力が期待される企業の資本調達のためにも市場の機能の強化が必要とされる。

EUの欧州委員会は、資本市場同盟の行動計画とは別に、コロナ危機下での企業の資本市場調達促進策として、7月24日に「資本市場回復パッケージ」を提案、優先的な取り組みが進められてきた。パッケージは、2018年1月に施行された第2次金融商品市場指令(MiFIDII)と、目論見書規則、証券化の枠組みの修正からなる。うち、MiFIDIIと目論見書規則の修正は、2月15日の閣僚理事会で採択を終え、証券化の枠組みの修正は3月の欧州議会本会議での採択を経て、閣僚理事会での採択を目指す。

MiFIDIIの修正は、企業の市場へのアクセスの改善、コスト軽減、ユーロ建てとコモディティ・デリバティブ市場の育成を狙いとする。機関投資家などを対象に限定した情報に関する要求の簡素化、紙ベースの投資情報の段階的廃止、中小の発行体に関するアンバンドリングの適用除外(リサーチ料と取引手数料との一体化を認める)、コモディティ・デリバティブ取引のポジションに関する上限規制の適用などが行われる。

目論見書規則修正は、企業の資本調達支援のため、22年末までの期間に自己資本残高の150%までの資本調達を行う場合に簡略版の目論見書(EU回復目論見書)の利用を認めるものだ。

証券化の枠組みの修正は、世界金融危機で縮小した証券化市場の活性化のために導入された単純で透明で標準化された(STS)証券化商品を優遇するEUの枠組み(STSラベル)をシンセティック(合成)型の証券化商品に拡張するものだ。シンセティック型の証券化商品は、銀行が保有するローンの信用リスクを投資家に移転する信用リスク管理の手段として必要とされるもので、枠組みの拡張には銀行の貸出余力を高めると同時に、幅広い投資の資金を復興に活用しようという狙いがある。新たなルールには、銀行のバランスシートの管理を支援するため、不良資産の証券化に関わる障壁の除去も含まれる。

「資本市場回復パッケージ」は、難局打開に資本市場を活用するために既存の枠組みを修正するものであり、資本市場の単一化に向けた抜本的改革を狙いとするものではない。
 

復興基金で予定される7500億ユーロのEU債発行

復興基金で予定される7500億ユーロのEU債発行

ユーロ建て資本市場の活性化としてプラスに働くと見られているのは復興基金「次世代EU」のための7500億ユーロのEU債発行だ。

2月の閣僚理事会では、「次世代EU」のうち、6725億ユーロを占める「復興・強靭化ファシリティー(RRF)」の規則が採択された。加盟国は、原則として21年4月30日までに「復興・強靭化計画」を提出し、提出から2カ月以内に欧州委員会が審査、欧州委員会の提案から4週間以内に閣僚理事会が特定多数決で承認するというプロセスで資金を利用できるようになる。

基金の原資となるEU債の発行は、EUの独自財源についての、すべての加盟国による批准手続きが完了後に始まり、調達は26年まで、償還は最長の場合、2058年となる。

復興基金のために、過去、EUが融資の枠組みの原資として発行してきた額を大きく上回る規模の債券を発行することは、ユーロ建て債券市場の安全資産の不足という問題の改善に貢献する9
 
9 Weeklyエコノミスト・レター2020-10-28「復興基金「次世代EU」でEUの地盤沈下は止まるのか?」もご参照下さい。
 

資本市場が発展した英国の…

資本市場が発展した英国の金融単一市場から離脱というチャンスとリスク

資本市場同盟の重要性は、英国の単一市場からの離脱への対応としても必要とされている。

EUの資本市場同盟の構想は、そもそも欧州で資本市場が最も発達している英国をEUの単一市場につなぎ留める目的があり、ユンケル委員長率いる欧州委員会では、英国出身のジョナサン・ヒルが金融安定・金融サービスを欧州委員となった。しかし、16年の国民投票で英国がEU離脱を決めたことでヒル委員は辞任、出鼻を挫かれる形となった。

資本市場同盟は、英国の離脱で推進力を失ったと見られる反面、英国が加盟国であり続けたならば実現が困難な政策の実現を促す面もある。巨額の資金を共同で調達する復興基金はその代表であり、資本市場同盟の第一段階の成果である非銀行投資会社に対するIFRも、対象となる会社の55%が立地する英国は反対の立場だった。

英国とEUは、21年初から貿易協力協定(TCA)に基づく関係に移行したが、金融分野では実質的に「合意なき離脱」に近い状態にある10。EUが英国との規制の同等性を認めたのは中央清算機関(CCP)と証券決済機関の2つのみ、これも経過措置として2022年6月末までと21年6月末までと期間を区切った。EUは、米国に対して23、日本に対して22の同等性評価を認めており、これまでルールを共有してきた英国の方が、日米よりも同等性が低いという変則的な状態にある。

英国とEUは、3月末までに規制協力の枠組み構築に関する覚書締結を目指すが、同等性評価は含まれないと見られている。英国にとって金融と専門サービスは、対EUで競争上の優位にある産業であり、米国と並ぶグローバルな金融市場としての地位確保のための金融規制の見直しに意欲的だ。EUは第3国となった隣接する金融センターの規制改革による影響を警戒している。金融システムの安定のためという建前で、英国からの金融サービス提供には厳しいスタンスを採り続けるだろう。
 
10 TCAに基づく英国とEUの新たな関係については、Weeklyエコノミスト・レター2020-12-28「英EU貿易協力協定発効へ-主権回復の見返りはEU市場へのアクセスの悪化-」、Weeklyエコノミスト・レター2021-1-29「英国のEU完全離脱からの1カ月で見えてきたこと」もご参照下さい。
 

英国からの業務移転先は分散

英国からの業務移転先は分散、都市毎の専門化が強まる傾向も

金融サービスの実質的な「合意なき離脱」を受けて、同等性評価が関わるEU株業務は、英国からEU圏内に、ユーロ建て金利デリバティブ取引は、EU圏内だけでなく、同等性が認められている米国にもシフトした。混乱が生じなかったのは、単一市場からの離脱の方針は、16年9月には表明されていたため、金融機関の事前準備が進んでいたこととともに、同等性評価が関わるビジネスが一部に留まることにもよる。

金融機関の事前準備として進めたロンドンからの業務の移転は、英シンクタンク「New Finance」によれば、件数としてはダブリン(アイルランド)が最も多く、パリ(フランス)、ルクセンブルク、フランクフルト(ドイツ)、アムステルダム(オランダ)が続いた11。パリ以外の都市では分散と専門化傾向が見られ、ブレグジット以前から欧州のファンドの2大拠点であったダブリン、ルクセンブルクは資産運用会社が多く、フランクフルトには銀行や投資銀行、取引所と株式関連業務はアムステルダムという形だ。21年に入ってから、欧州のIPOでは、アムステルダムがロンドンを凌ぐ勢いを示しているという12

英シンクタンクZ/YenがCDIとともに作成している国際金融センター・ランキングとそのベースとなるスコアの動きは、英国のEU離脱の完全離脱以前から、ロンドンの地位低下とEU圏内の他都市の金融機能の向上が進みつつあったように見える。しかし、NYと並ぶグローバルな金融センター・ロンドンとEU圏内の他都市とのスコア、ランキングの差は大きい。欧州金融市場協会(AFME)が作成する資本市場同盟の進捗度を測るためのパフォーマンス指標の順位でも、主要都市で、機能強化が期待されるリスク資本や、今後の成長が見込まれるフィンテックの順位が最も高いのは英国だ(図表10)。

AFMEのランキングでは」、英国は、EUが力を入れるサステナブル・ファイナンスでは後塵を拝している。しかし、今年、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の議長を務めるジョンソン首相は、2050年までの温暖化ガス実質ゼロを目指す「緑の産業革命」を復興の中軸に据える方針を示す。グリーンファイナンスとイノベーションも10の行動計画の1つに据え、今後の意欲的な取り組みが見込まれる。
図表9 国際金融センターのスコアとランキングの変化/図表10 欧州主要都市の資本市場パフォーマンス指標のランキング
欧州圏内での統合やグローバルな統合が最もEUの同等性評価に対する厳しい姿勢と、EUの規制による制約を嫌う英国のスタンスから、EUの顧客を対象とする業務やユーロ建ての取引については、規制を理由とするシフトはさらに進むと見られる。

しかし、EUは、ロンドンから業務を奪還したとしても、圏内に業務が分散し、障壁によって市場が細分化した状態が続けば、効率性は低下し、EUの家計や企業には却って不利益になる。

圏外となったロンドンからの金融機能の移転を、EUがよりバランスのとれた金融システムへの転換の契機と出来るかが注目される。
 
11 ‘Early post-Brexit observations on the City of London’ , PIIE event, January 27(https://www.piie.com/events/early-post-brexit-observations-city-london)でのWilliam Wright氏の講演による
12 「アングル:欧州の金融ハブ争奪戦、伏兵アムステルダムが先行」ロイター、21年2月21日
 

急務となる資本市場の強化と統合

急務となる資本市場の強化と統合。しかし各国当局の抵抗は強く、欧州議会の理解の問題も

EUが目指すコロナ禍からのグリーン・リカバリーの実現、戦略的自立を目指すEUの産業政策の成功、英国離脱の悪影響を緩和し、EUの金融システムの構造転換の機会に変えるためにも資本市場の統合を通じた強化は欠かせない。

すでに見た通り、コロナ禍への対応として資本市場の活用を探る動きは見られるが、構造を抜本的に変えるような動きは未だ見られない。復興基金は、コロナ禍からの復興のための一回限りの枠組みという位置づけられており、これを機に、共通債が定着する訳ではない。税制などが関わる資本市場調達に関わるルールの単一化、監督機関の単一化と権限強化など抜本的改革への抵抗は根強いとされる。法制化のプロセスでは、欧州議会が果たす役割も大きくなっているが、欧州議会議員の資本市場の重要性に関する理解が十分ではないという面もあるようだ。

真の「資本市場同盟」への道のりは遠いと言わざるを得ないが、今後の展開に期待したい。

[参考資料]
  • AFME (2020) ‘A Capital Market Union Key Performance Indicators – Third Edition’, October 2020
  • ESMA(2020)‘Performance and costs of Retail Investment Products in the EU’, 06 April 2020
  • European Commission(2015)‘Action Plan on Building a Capital Markets Union’, 30.9.2015
  • European Commission(2020)‘A Capital Markets Union for people and businesses-new action plan’, 24.9.2020
  • High Level Forum (2020) ‘A new vision for Europe’s capital markets’ Final Report
  • of the High Level Forum on the Capital Markets Union, 10 June 2020
  • Valentina, Bianchi and Thomadakis (2021) ‘How (more) equity financing for SMEs can become reality’ ECMI Event Report, 2 February 2021
  • Lanno and Thomadkis (2020) ‘Europe’s capital market puzzle’, ECMI Policy Brief no 28, November 2020, European Capital Market Institute.
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2021年02月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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