2021年02月22日

日米株高でも欧州株が冴えないワケ-資本市場の構造問題、英国離脱の影-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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勢いを欠く欧州株 

米国株は史上最高値を更新し、日経平均株価も30年半振りに3万円台を回復したが、欧州株には日米のような勢いは見られない(表紙図表参照)。PER(株価収益率)では米国のS&P500指数の23倍に対して、MSCI欧州指数(除く英国)は18倍で割安感が感じられそうだが、地域的にみて今年、欧州株のパフォーマンスが最も良好と見る投資家はごく少数だという1

コロナ禍による感染被害や経済的打撃の大きさを考えれば当然かもしれない。2020年の実質GDPは、米国は前年比マイナス3.5%、日本の同マイナス4.8%に対して、ドイツは同マイナス5.0%、フランスは同マイナス8.3%、イタリアは同8.8%、英国は同9.9%と、欧州主要国の落ち込みは深い(図表1)。
図表1 主要国の2020年実質GDP/図表2 主要国のコロナ対応の経済対策
図表3 主要中銀の資産残高/図表4 ワクチン接種率(人口100人当たり接種回数)
米国との対比で見て、財政・金融政策の大胆さが足りないと見られているかもしれない。欧州主要国は、感染拡大抑制のための行動制限が、失業や企業破綻につながることを阻止する異例の規模の財政措置を継続している(図表2、青の棒)。7500億ユーロ(19年GDP比5.4%)の復興基金「次世代EU」の始動に向けた手続きも着実に進展しており、中期的に財政を下支える役割を果たすだろう。しかし、米国は、20年12月末時点でGDP比16.7%と欧州主要国を上回る規模の対策に加えて、さらに1.9兆ドル(20年GDP比9%)の経済対策に動こうとしており、欧州との差はさらに開くことになる。金融政策面でも、20年のECBの総資産は1.5倍に増加しており、日本の1.2倍は超えているが、FRBの1.8倍には及ばない(図表3)。

感染収束の決め手と期待されるワクチンの普及のスピードの問題もある。EUは、接種が始まったばかりの日本には先行しているが、英米には大きく遅れをとっている(図表4)。その分、経済が本格回復に転じる時期も遅れると見られやすい。
 
1 ‘The consensus is wrong on European stocks’  Financial Times, February 15, 2012
 

欧州の資本市場の未発達と分断という根本の問題

欧州の資本市場の未発達と分断という根本の問題

より根本的な問題として、欧州の資本市場が未発達で国ごとに細分化されている構造要因の影響も少なくないと思われる。

EUは、単一市場の始動(93年~)、単一通貨の導入(99年~)により、金融面での統合を深めてきたが、株式、債券、デリバティブなどさまざまな金融商品の取引は、各国それぞれ仕組みの下で運営されている。単一通貨圏の中でも、資本市場は、監督体制、税制、破産法などの法制度、取引慣行などによって分断されている。銀行同盟として、単一規則集を基礎に、金融監督と破綻処理制度を一元化している銀行市場と比べて、統合のレベルは低い。

「資本市場同盟」は、2014年に始動したユンケル前委員長率いる欧州委員会が政策課題として掲げた資本市場の強化と国境を越えた投資を阻む障壁を除去し、共通のルールを基盤とするEUの資本市場の単一化のプロジェクトだ。

資本市場同盟には、資本市場が高度に発達した米国を強く意識し、域内外の投資家や企業の資本市場へのアクセスの自由度、利便性を高めることによって、欧州の国際競争力の向上につなげる狙いがあった。
 

進展した資本市場同盟の行動計画

進展した資本市場同盟の行動計画

資本市場同盟は、2015年2月に欧州委員会が最初の「行動計画」が公表2され、17年に「中間レビュー」、20年9月24日に「新たな行動計画」が公表されている。新たな行動計画は、19年11月に欧州委員会が委託して立ち上げた専門家によるハイレベルグループの最終報告書を踏まえたものとなっている3。新たな行動計画には、(1)中小に重点を置いた企業の資金へのアクセス改善、(2)個人が安心して長期の貯蓄・投資をできる環境の整備、そして(3)各国資本市場の統合による真の単一市場化の3本の柱とする16の行動計画が示された4。新たな行動計画は、12月3日の閣僚理事会では承認され、中小企業の資金調達の円滑化に優先課題として取り組む方針を確認している。

過去6年の資本市場同盟の第1段階では、行動計画のすべてに取り組み、13の法規制の提案のうち12は欧州議会、閣僚理事会の同意を得て実行段階にあるなど5、法規制整備の面では一定の成果を挙げている。

但し、法整備の進展は、必ずしもEUの資本市場の単一化の進展を示すものではない。Lanno and Thomadkis(2020)では、第1段階の資本市場同盟の成果として、欧州監督機構(ESAs)、特に欧州証券市場監督局(ESMA)の権限の拡大と、EU圏内の非銀行投資会社をEUの自己資本パッケージCRDⅣと単一監督メカニズム(SSM)下におく規制監督体制の調和(IFR)を挙げている。EU初の全域で移転可能な標準規格の年金商品・汎欧州年金制度(PEPP)の規則(19年4月批准)は骨抜きになったとの評価だ。加盟国や利益団体からの激しい抵抗で、当初の欧州委員会の構想よりも限定的な商品と位置付けられ、欧州保険年金監督局(EIOPA)が果たす役割も大幅に削減されたからだ。結論として、第1段階の資本市場同盟は、「主に資本市場の発展、それも各国レベルでの発展に重点を置き、国境を隔てる壁を取り除き、真の統合された資本市場を創設するという明確で野心的な目標に重点を置いたものではなかった」と評価している。
 
 
2 European Commission (2015)
3 High Level Forum(2020)企業の資金調達、市場インフラ、個人の関与、クロスボーダー投資の障壁の4つの観点から提言を行った
4 European Commission (2020)
5 European Commission ‘Legislative measures taken so far to build a CMU’ (https://ec.europa.eu/info/business-economy-euro/growth-and-investment/capital-markets-union/legislative-measures-taken-so-far-build-cmu_en、21年2月19日アクセス)
 

乏しい資本市場同盟による市場構造の変化

乏しい資本市場同盟による市場構造の変化

資本市場同盟の取り組みが、資本市場の規模という面での米国へのキャッチアップや、欧州域内の家計や企業の行動を変えたようにも見えない。Lanno and Thomadkis(2020)の集計では、GDP比で見た株式市場の規模は、2019年時点で米国の156%に対して、EU27カ国は70%で、EUが米国の半分という構造は、2015年のスタート時点と変わっていない。社債の発行残高の対GDP比は15~19年平均で米国の30.9%に対してEU27は11%でおよそ3分の1に留まっている。

資金循環面でも殆ど変化は見られない6。ユーロ圏の家計の金融資産は、現金・預金の比率が過半を占める日本に比べれば低いが、30%強と米国の2倍程度を占める構図は変わらない。市場性資産では、保険・年金・定額保証の比重が高く、米国では株式、債務証券、投資信託の合計で50%を超えるが、ユーロ圏では30%前後で推移している(図表5)。ESMA(2020)では、投資信託の普及を妨げている手数料の高さにもあまり変化はないという。ユーロ圏の場合は、家計が保有する株式のうち上場株式は20%ほどであり、大半は市場性資産ではない。日米同様に7、ユーロ圏でもコロナ対策の巨額の財政移転で家計の貯蓄率は上昇したが(図表6)、資産運用構造への影響は限定的だった。
図表5 ユーロ圏家計金融資産の構成比/図表6 ユーロ圏家計貯蓄率
企業の資金調達についても借入が金融負債の3割占め、上場株式や債券など市場性の資金調達の割合が低い構造も変わっていない(図表7)。株式は、外部資金調達のコストが最も高く、近年も8%超で推移しており、金融緩和で低下傾向が続いた借入、債券のコストとのい乖離が拡大している。米国に比べて、EUとユーロ圏の中核を構成する欧州大陸諸国が弱いとされるのは、IPO(株式公開)前の企業へのエンジェル投資、ベンチャー・キャピタル、プライベート・エクィティーなどの資本投資だ。Valentina, Bianchi and Thomadakis (2021)によれば、2019年時点で、米国では2010億ドル(GDP比1.2%)に対してEU27カ国は、210億ドル(同0.14%)と10分の1程度に過ぎない。

コロナ禍は欧州の借入依存を強めた面もある。欧州諸国はコロナ禍の経済対策として、所得補償財政措置の他に、企業に対する大規模な資金繰り支援の枠を準備した(図表2、緑の棒)。資金繰り支援は、主に政府保証や公的融資などの形態をとり、その規模は最も大きいイタリアではGDP比35.3%、ドイツでは27.8%に達したが、実際の利用はスペインで同8.7%、イタリアで同6.7%、フランスで同5.1%、英国で同3.7%、ドイツで同1.6%8に抑えられているものの、コロナ禍でGDP比で見た負債の比率は上昇しており(図表8)、非常時の緊急対応として必要とされたとはいえ、資本市場同盟の目指すところとは逆方向に動く結果となった。
図表7 ユーロ圏非金融法人企業金融負債構成比/図表8 ユーロ圏非金融法人企業
 
6 日米のデータについては、日米ユーロ圏の比較を行っている日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」2020年8月21日(https://www.boj.or.jp/statistics/sj/sjhiq.pdf、、21年2月20日アクセス)を参考にした。
7 「チャートは語る たまる消費の反発力」日本経済新聞21年2月21日朝刊参照
8 Bruegel Dataset ‘Loan guarantees and other national credit-support programmes in the wake of COVID-19 Last update: 25 November 2020’ (https://www.bruegel.org/publications/datasets/loan-guarantees-and-other-national-credit-support-programmes-in-the-wake-of-covid-19/、21年2月20日アクセス)による
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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