2021年02月19日

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(2) 企業のオフィス投資方針
前回の「リーマン・ショック」時は、企業の景況感が大きく後退した後に設備投資意欲が減退し、続いてオフィス市況も悪化に向かった。内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「非製造業」の「国内の景況判断BSI」6は、2007年第4四半期に▲6.2とマイナスとなり、2009年第1四半期には▲72.2へ大きく悪化した。(図表-12)。また、「設備投資BSI」7は、2008年第4四半期に▲0.9とマイナスとなり、翌2009年第1四半期には▲6.0へ低下した。その後、2010年第4四半期までマイナスで推移した。Aクラスビルの空室率も上昇し、2009年第4四半期に7.4%にまで上昇した。

これに対して、今回の「コロナ禍」では、「国内の景況判断BSI」は、2020年第2四半期に▲71.7と一気に悪化したが、その後は回復に向かい、2020年第4四半期は+1.1とプラスに転じている。また、「設備投資BSI」は、2020年第2四半期に▲3.7へ悪化し、2020年第4四半期の▲1.7まで3期連続でマイナスが続いている。

このようにしてみると、企業の景況感が大きく後退した後に、設備投資意欲が減退する動きは、前回の「リーマン・ショック」後の動きと似ている部分が多いとも言える。「リーマン・ショック」後は、設備投資意欲の低迷が9四半期にわたり続いた。そのため、今後のオフィス需要を考えるうえでは、特に設備投資意欲の動向を注視する必要がありそうだ。
図表-12 「国内の景況判断BSI」と「設備投資BSI」の推移(非製造業)
ところで、森ビルの「東京23区オフィスニーズに関する調査(2020年)」によると、「新規賃貸する理由」として、「賃料の安いビルに移りたい」との回答が37%(前年19%)となり第1位となった(図表-13)。事業環境の悪化等に伴い、企業のオフィス投資の優先順位が「コスト削減」にシフトしており、前回の「リーマン・ショック」時でも同様の動きを確認することができる。一方、前回と異なり、「立地の良いビル(28%⇒29%)」や「耐震性能の優れたビル(18%⇒21%)」「設備グレードの高いビル(18%⇒20%)」、「セキュリティーの優れたビル(15%⇒19%)」が増加している点にも留意したい。(図表-13)。近年は「働き方改革」を背景に、企業は従業員満足度の向上や優秀な人材確保などを目的に、快適なオフィス環境の整備に取り組んでいる。企業の生産性を高めるため、リフレッシュルームなどの共用部や打ち合わせスペースの充実したオフィスへ移転する企業も増加しており、引き続き、企業に前向きなオフィス需要が東京都心部Aクラスビルの需要を下支えすることが期待される。
図表-13 新規賃借する理由
 
6 企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感
が悪いことを示す。
7 設備投資が「不足」と回答した割合から「過大」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど設備投資意欲が低い(設備過剰)ことを示す。
(3) サードプレイスオフィスの動向
東京都都心部のオフィス需要を支えていた要因の1つに、「レンタルオフィス」や「シェアオフィス」、「コワーキングスペース」等のサードプレイスオフィスの増加が挙げられる。企業は、「働き方改革」の一環として、従業員の働きやすさを担保しワークライフバランスの向上を図るため、働く場所に関して多様な選択肢の提供が求められている。サードプレイスオフィスは、こうした働き方改革への対応等を目的とした大企業の利用のほか、スタートアップ企業やフリーランスによる利用をターゲットとしている。

一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターによれば、2020年第3四半期の国内ベンチャーへの投資額は328億円と前年比で▲44%の大幅減少となった(図表-14)。また、労働政策研究・研修機構の調査によれば、「新型コロナによる雇用・収入への影響」に関して、「影響があった」との回答(「大いに影響があった」と「ある程度影響があった」の合計)は、正社員では39%、非正社員では44%であったのに対して、フリーランスでは65%を占めた(図表-15)。

スタートアップ企業の資金調達が減少し、フリーランス市場が厳しい経済環境に直面するなか、これまでサードプレイスオフィス需要の一端を担っていたスタートアップ企業やフリーランスの利用は減少する可能性がある。
図表-14 国内ベンチャーへの投資額/図表-15 新型コロナによる雇用・収入への影響
一方で、ザイマックス不動産総合研究所「働き方とワークプレイスに関する首都圏企業調査(2020 年12 月)」によれば、サテライトオフィス8を導入している企業は約4割を占めた。このうち、コロナを機に強化・拡大した企業が6.6%、コロナを機に導入した企業が12.2%であった(図表-16)。

コロナウィルス感染拡大を受けて、従業員の通勤時間の削減や事業拠点のエリア分散を図るため、サードプレイスオフィスを利用する企業が増加していると考えられる。
図表-16 サテライトオフィスの導入状況
 
8 メインオフィスや自宅とは別に、テレワークのために設けるワークプレイスの総称。専門事業者がサービス提供するものや企業が自前で設置するものがある。
(4) 在宅勤務の普及
新型コロナウィルス感染拡大への対応で、東京では「在宅勤務」が急速に普及している。東京商工会議所によれば、東京のテレワーク実施率は、2020年3月調査で26%、4~5月調査で67%、9~10月調査で53%となった(図表-17)。
図表-17 従業員のテレワーク実施率
こうしたなか、一部の企業ではオフィス戦略の見直しを行い、「在宅勤務」の割合を増やしてオフィス床面積を削減している(図表-18)。富士通は、在宅勤務を原則した働き方にシフトし、オフィススペースを2023年までに現状の半分まで縮小すると発表している。また、クボタも在宅勤務を併用し、東京都内のオフィス面積を約3割削減するとしている。
図表-18 オフィス戦略の見直し(例)
「在宅勤務」を併用し、オフィス面積の見直しを行う際には、オフィス出社率(オフィスと在宅での勤務割合)の設定が1つのカギとなる。森ビルの調査によれば、コロナ禍収束後に想定する出社率は、「100%」が32%、「80~99%」が25%、「50~79%」が33%、「50%未満」が10%、平均で76%となり現在の65%から増加した(図表-19)。また、従業員数に対する個人デスクの数は、「ほぼ同数(もしくは従業員数よりも多い)」との回答が67%を占めた(図表-20)。コロナ収束後に、オフィス勤務の割合を大きく減らし、座席数を削減しようと考える企業は、現時点では一部に留まっている模様だ。

2020 年7 月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2020」では、新型コロナウィルスの感染拡大を踏まえて、「新たな日常」を支える地域社会を構築し、「東京一極集中」の是正を進めて行く方針が掲げられた。実際に、テレワーク等を取り入れた事業拠点の地域分散や東京からの人口流出の動きが見られるが、現時点では限定的と言える。
図表-19 オフィス出社率/図表-20 コロナ禍収束後の従業員数に対するデスク数の予想
国土交通省「企業等の東京一極集中に関する基本調査」によれば、東京本社の部門・部署の配置見直し(全面移転/一部移転/縮小)について、検討を行っている企業は26%となった。「2020年に入ってから具体的に検討した企業」は14%、「2019年以前から具体的に検討していた企業」(12%)であった(図表-21)。ただし、移転候補先も「東京23区内」が7割を占めており、地方への移転を検討している企業は少ない(図表-22)。コロナ禍を機に、事業拠点の大幅な見直しを行う企業は少数で、様子見姿勢の企業が多いと思われる。
図表-21 東京本社の部門・部署配置見直しの検討状況/図表-22 本社事業所の配置見直しにおける移転先候補
一方で、企業は人手不足の解消に向けて、高齢者および女性就業者の雇用増加や介護離職の防止に積極的に取り組む必要がある。東京都「テレワーク導入実態調査結果」では、「テレワークの導入効果」として、通勤時間の削減や非常時の事業継続とともに、育児・介護対応等で効果があったとしている(図表-23)。アフターコロナの世界においても、「在宅勤務」と「オフィス勤務」を最適に組み合わせた働き方が予想され、オフィス需要への影響を注視したい。
図表-23 テレワークの導入効果

3. 東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3. 東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3-1. 経済見通し
ニッセイ基礎研究所の中期経済見通し(2020年10月)では、今後10年間の国内実質GDP成長率(2021~2030年度)を平均1.5%と予想している9。過去10 年間の平均値を上回るが、2020 年度の急激な落ち込みの反動で2020 年代前半が高めとなることが影響しており、この影響を除いた実質的な成長率は、過去10 年と同水準の1%程度となる見通しである。(図表-24)。
図表-24 実質GDP成長率見通し
 
9 経済見通しは、ニッセイ基礎研究所経済研究部「中期経済見通し(2020~2030年度)」(2020.10.13)、斎藤太郎「2020~2022年度経済見通し(21年2月)」(2021.2.16)などを基に設定。
3-2. Aクラスビルの新規供給見通し
三幸エステートの調査によれば、2020年の新規供給量は約20万坪となり、2003年(約24万坪)、2018年(約23万坪)に次ぐ高い水準となった。

2021年と2022年の新規供給量はともに約6万坪となり、2020年の3分の1以下の水準に留まる見通しである。しかし、2023年は、港区虎ノ門地区で大規模ビルの竣工が複数棟予定されており、新規供給は再び約20万坪に達する。2024年は一旦落ち着くが、2025年は品川駅周辺等で大規模開発が予定されており、新規供給量は約30万坪と、過去最高を上回る見通しである(図表-25)。
図表-25 東京都心部Aクラスビル新規供給見通し
3-3. Aクラスビルの空室率および成約賃料の見通し
今回の「コロナ禍」に伴う雇用環境の悪化は、前回の「リーマン・ショック」時と比較して今のところ限定的である。また、これまでオフィス需要を担ってきた「情報通信業」や「学術研究,専門・技術サービス業」のオフィスワーカー数が大きく減少する懸念は低いと言える。

企業のオフィス需要面ではコスト圧縮が強まる一方、生産性向上に向けたオフィス環境の整備は今後も継続することが予想される。サードプレイスオフィスについても、従業員の通勤時間削減や事業拠点のエリア分散などの理由から企業の利用が増加している。ただし、「在宅勤務」の影響は不透明であり、引き続きオフィス需要への影響を注視する必要がある。

以上のことを鑑みると、2021年と2022年の新規供給が限定的なこともあり、東京都心部Aクラスビルの空室率は、当面の間、現時点と同水準で推移する見通しである。その後は、2023年と2025年の大量供給を受けて空室率は緩やかに上昇し、2025年には4%台へ上昇する見込みである(図表-26)。ただし、過去10 年平均(3.8%)に近い水準に留まると予想する。

東京都心部Aクラスビルの成約賃料(月・坪)は空室率が落ち着くなか、既に賃料の水準調整が進んでいることから、当面の間、3.4万円台で推移する見通しである(図表-27)。2023年以降は空室率の上昇を受けて弱含みとなり、2025年には3.2万円台(現行対比▲6%)への下落を見込む。ピーク(2019 年末)対比では▲23%下落するものの、2015年の賃料水準と同程度に留まる見通しである。
図表-26 東京都心部Aクラスビルの空室率見通し/図表-27 東京都心部Aクラスビルの成約賃料見通し
 
 

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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2021年02月19日「不動産投資レポート」)

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【「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し(2021年)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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