2021年02月02日

中央銀行デジタル通貨の「攻め」と「守り」-ECBによるデジタルユーロの取り組み

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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補論2――法的議論、機能設計、技術的議論

以上が、報告書でメインとみられるデジタルユーロの発行目的と課題である。さらに報告書では、法的議論、機能設計、技術的議論にも触れているので、本稿でも簡単に押さえておきたい。
1法的議論
まず、法的議論について述べる。

報告書のポイント簡潔に言えば、EUの一次法(primary law)51はデジタルユーロを法定通貨として発行する可能性を否定していない、という点である52

具体的には、ユーロ圏で流通する通貨は一次法やESCB規程53で定められており(図表10)、ユーロシステムは、唯一の法定通貨であるユーロ紙幣54を発行する権利を持つ55。ECBはこの権利には、ユーロ紙幣の形態を決めることも含まれていると解釈できると述べている。なお、デジタルユーロを法定通貨でない通貨として発行する場合、準備預金に類するものとして、(準備預金の利用者は参加を許可された金融機関に限るが、それを拡大して)利用者を個人まで広げた通貨を発行し得るとも言及している。
(図表10)ユーロ圏通貨の法的根拠
 
51 EUの憲法にあたる条約で、EU条約(TEU:the Treaty of European Union)およびEU機能条約(TFEU:the Treaty of the Functioning of the European Union)のこと。現在は、リスボン条約として改定された条約が発効している。
52 ただし、デジタルユーロの法貨性を定める二次法(secondary law)が必要となる可能性に言及しているなど、EU機関としての何らかの立法手当は必要であると見られる。
53 EU機能条約の付属議定書に定められている中央銀行設立に関する規程のこと(Protocol on the Statute of the European System of Central Banks and of the European Central Bank)。
54 日本の場合は硬貨も法定通貨であるので、ユーロ圏と異なる。
55 具体的にEU機能条約第128条1項は次の通り「The European Central Bank shall have the exclusive right to authorise the issue of euro banknotes within the Union. The European Central Bank and the national central banks may issue such notes. The banknotes issued by the European Central Bank and the national central banks shall be the only such notes to have the status of legal tender within the Union.」ただし、法定通貨としての効果(強制通用力など)については、詳細に述べられていない。各国間での解釈の違いは、図表11の「法貨性」の論点として挙げられている。
2機能設計
続いて機能設計について見ていきたい。

ここでは第3章や補論1で見たような、要件を満たすデジタルユーロの具体的な設計について検討している。具体的な検討事項については、図表11の通りである。

本稿では詳細には立ち入らないが、設計上、明確な立場を示しているのは、アクセスモデルが「間接型」という点のみであると考えられる56。その他の項目については、どのような設計にするかは明確にしておらず、要件との関連(論点)を整理するにとどまり、広い選択肢を残している。また、第3章で言及したように、オンラインで要件を満たす形態、オフラインで要件を満たす形態の双方について、互いに互換性を持たせ、2つの形態を同時に発行することもあると言及している。
(図表11)デジタルユーロの機能設計
 
56 第3章で見たように日本銀行の方針と同じである。
3技術的議論
最後に技術的議論に触れたい。技術的な議論はバックエンド(運用者側)、フロントエンド(利用者側)、そして両者をつなげる部分について議論されている。

まずバックエンドシステムを考える前提として、ECBはデジタルユーロを「P2:ユーロシステムの負債」として発行するからには、バックエンドインフラはユーロシステムが管理すべきであり、また、前節でみたように「間接型」として民間事業者(仲介者)が付加価値となる決済サービスを提供すべきだとしている。

この前提の中で、ECBはバックエンドの機能である記帳(取引記録)の管理と仲介者の役割について、それぞれ2つの選択肢を提示している。
(図表12)デジタルユーロのバックエンドシステムのパターン 具体的には、取引記録場所として「ユーロシステム(中央集権)による直接の記録」と「利用者や仲介者での記録(非中央集権)」の2種類、仲介者である民間事業者の役割として、「本人確認(認証)のみ実施」と「決済まで実施」の2種類に分けている(図表12)。

このそれぞれの分類に応じて、本稿では、「①(中銀口座への)直接接続型」「②(中銀口座への)間接接続型」「③トークン型」「④ハイブリッド型」と呼ぶことにする。
例えば、①②の場合(つまり、取引記録場所がユーロシステムの場合)は、民間銀行の預金残高が上下するイメージで、中央銀行のCBDC残高が動き、デジタルユーロが異動する。そして、このうち①仲介者が本人確認(認証)のみ行うということは、利用者のデジタルユーロ端末が中銀口座に直接接続しており、そこから資金異動を行う指図をするイメージとなる。

一方、②の仲介者が決済を行う場合は中銀口座に接続して決済(指図)を行うのは、仲介者となる。利用者のデジタルユーロ端末は、仲介者(民間事業者)のシステムに接続してデジタルユーロの決済(指図)をするように「依頼」をするということになる。つまり①②の違いは、利用者(の使う端末)が中銀口座に直接接続するかどうかである。ただし、①のパターンについては、ECBは多数の利用者の接続を受信し、かつ多数の口座を資金異動させなければならず、ユーロシステムの持つITインフラや業務負荷に照らすと困難であるとしている。

③の直接トークン型は、記帳(取引記録)自体が、利用者のデジタルユーロ端末で行われる。主にオフラインでの電子マネー(カード)決済や分散型管理台帳(DLT:digital ledger technology、いわゆるブロックチェーンなど)57による決済で実現されているものである。この場合、決済自体は手元のデジタルユーロ端末でできてしまう。したがって、仲介者による本人確認(認証)は、端末の交付時や、端末にデジタルユーロを(外部から)チャージするときなどに限られることになる。また、この仕組みでは、決済が中央銀行の口座(システム)からは離れて行われるため、ユーロシステムは暗号化方法や何をもって決済の承認とするかなど、決済基準を定める必要がある。

④のハイブリッド型は、トークン型と口座型の混合を意味している。このケースでは、記帳(取引記録)は、仲介者(の保有するシステム)で行われることになる。利用者は②と同様に仲介者に対して決済の「依頼」をし、仲介者間同士で(利用者を代行して)トークン型の決済を行うことになる。
(図表13)バックエンドシステムのイメージ 一方、利用者にしてみれば、民間預金のように仲介者(民間決済サービス事業者)に口座を持ち、その資金異動を仲介者に依頼しているような状況である。ただし、これはあくまで利用者から見た印象であり、仲介者(のシステム)が記帳する(保管・異動させる)のが、中央銀行に対する負債であるデジタルユーロという意味で、民間預金とは異なっている。デジタルユーロの最終的な責任者は中央銀行ということになる。同様に、利用者は仲介者(のシステム)を通して、自身の保有するデジタルユーロの口座関連情報を見ることができるが、これは、中央銀行への債務情報を、仲介者を介して見ているということになる。なお、ECBはウェブサイトで、図表13のようなバックエンドシステムのイメージを示している。
続いてフロントエンドである。フロントエンドは物理端末(ハードウェア)とソフトウェアで選択肢となる具体的なケースを列挙している。

まず、物理端末としては利用者端末(携帯電話、パソコン、ICカード、ウェアラブル端末、セキュリティトークンなど)および事業者端末そしてATMを挙げている。

次に、ソフトウェアとしては、アプリケーションプログラム、ウェブサービス、デジタルウォレット、バーチャルカード58を挙げている。

ECBはこれらの選択肢を詳細に検討している訳ではないが、報告書で強調していることは、どのフロントエンドプログラムの選択肢を取るにしても、第2次決済サービス指令(PSD2:Payment Service Directive 2)59で定められている本人確認、認証(authentication)や承認(authorisation)の要件を満たす必要があるという事項である。
 
最後に、バックエンドとフロントエンドを結ぶ部分の仕組みとして、取引記録が利用者や仲介者でなされる(上記③④の)場合、ユーロシステムで把握しているデジタルユーロの流通額(つまり、中央銀行の負債額)が利用者・仲介者の取引記録と整合的でなかった場合の対処法について言及している。

ECBが提示している対処法は3種類で、(1)「利用者・仲介者の使用するシステムを中央銀行が提供し、エラーがでないようにする方法」(2)「中央銀行がリアルタイム監査(audit)を自動実施する方法」(3)「利用者の利用する端末が自動的に中央銀行の記録を問い合わせる方法」である。このうち、(1)については利用者の制約や、ユーロシステムの負荷が増えるという課題があるとしている。一方、(3)については、取引前後に自動的に中央銀行に問い合わせを行うことで(仲介者などによって)意図しない取引が実施されないようにすることが期待できるとしている。
 
57 DLT(を利用した決済)については銀行間決済が中心ではあるが、日本銀行とECBの共同調査報告書(Project Stella)が詳しい。具体的な内容は、https://www.boj.or.jp/announcements/release_2020/rel200212a.htm/に掲載されている。
58 アプリケーションプログラムはオフライン(端末内)で動くプログラム、ウェブサービスはオンライン上(サービス提供者のサーバ経由)で動くプログラム、デジタルウォレットはオフラインでもオンラインでも利用可能なプログラム、バーチャルカードは有効期限が短く、支出制限などを設けたオンライン上で決済できる仮想カード、という違いを意識しているように思われる。
59 「各EU加盟国の決済サービス市場を統合し、規模の経済と競争によって決済サービスが一層効率化され、社会全体での決済コストが削減されるような、統一的なEU決済サービス市場を創出すること」を基本的な目的として導入された決済サービス指令(PSD)の改正指令、SCA(Strong Customer Authentication、確実な本人認証)と呼ばれる2段階認証などが義務付けられている。

【参考文献】

参考文献については、できる限り本文・脚注に記載したが、本文中に記した文献以外に参考にした文献も含めて以下に記載する。
 
井上哲也(2020)「デジタル円 日銀が暗号通貨を発行する日」日本経済新聞出版
上野剛志(2020)「通貨覇権を巡る攻防~ドル基軸通貨体制の持続可能性は?」『基礎研レポート』2020-12-07
木村武(2020)「中央銀行デジタル通貨の役割を根っこから考える」『基礎研レポート』2020-09-28
鎮目雅人編(2020)「信用貨幣の生成と展開 近世~現代の歴史的実証」慶応大学出版会
鈴木智也(2020)「中央銀行デジタル通貨の行方-2020年の振り返りと今後の見通し」『基礎研レポート』2020-12-25
日本銀行(2020)「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」2020年10月9日
日本銀行金融研究所(2004)「「中央銀行と通貨発行を巡る法制度についての研究会」報告書」『金融研究』2004.8
日本銀行金融研究所(2020)「「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書」『金融研究』2020.6
日本銀行調査統計局(2019)「マネーストック統計の解説」2019年10月
日立製作所(2010)「欧州におけるSEPA自動引落し(SDD)導入の影響と今後の課題」2010年3月
福本勇樹(2018)「日本のキャッシュレス化について考える」『ニッセイ基礎研所報』2018-07-10
松澤登(2020)「キャッシュレスを学ぼう(1)-クレジットカード・デビットカード」『ニッセイ基礎研レター』2020-04-06
松澤登(2020)「キャッシュレスを学ぼう(2)-前払式支払手段-電子マネー・QRコード決済」『ニッセイ基礎研レター』2020-05-11
松澤登(2020)「キャッシュレスを学ぼう(3)-資金移動業」『ニッセイ基礎研レター』2020-05-29
松澤登(2020)「キャッシュレスを学ぼう(4)-電子決済等代行業」『ニッセイ基礎研レター』2020-06-03
松澤登(2020)「キャッシュレスを学ぼう(5)-暗号資産(仮想通貨)」『ニッセイ基礎研レター』2020-06-17
渡辺真吾・小倉將信(2006)「アジア通貨単位から通貨同盟までは遠い道か」『日本銀行ワーキングペーパーシリーズ』2006年11月
 
ECB Crypto-Assets Task Force(2020), Stablecoins: Implications for monetary policy, financial stability, market infrastructure and payments, and banking supervision in the euro area, Occasional Paper Series, No 247
European Central Bank(2020), Report on a digital euro, October 2020
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Laure Lalouette, Alejandro Zamora-Pérez, Codruta Rusu, Nikolaus Bartzsch, Emmanuelle Politronacci, Martial Delmas, António Rua, Marco Brandi, Martti Naksi(2021), Foreign demand for euro banknote, ECB Occasional Paper Series No 253 / January 2021
Marc Resinek(2019), Floor versus corridor systems in monetary policy regimes – Overview of the euro area experience and forward-looking issues, 13th ECB Central Banking Seminar
See Ferrari, M., Mehl, A. and Stracca, L.(2020), Central bank digital currency in the open economy, Working Paper Series, December 2020
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Sveriges Riksbank(2018), The Riksbank’s e-krona project Report 2, October 2018
Sveriges Riksbank(2020), The Riksbank’s e-krona pilot, February 2020
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The Bank of Canada, European Central Bank, Bank of Japan, Sveriges Riksbank, Swiss National Bank, Bank of England, Board of Governors of the Federal Reserve and Bank for International Settlements(2020), Central bank digital currencies: foundational principles and core features, 09 October, 2020
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年02月02日「基礎研レポート」)

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