2021年01月27日

新型コロナウイルスと各国経済-英国の変異種による感染拡大と経済活動状況

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1――概要

中国で新型コロナウイルスの発見が報告されてから1年以上が経過するが、感染は拡大を続け、収束が見えない状況となっている。

特に、英国では感染力が強いとされる変異種が発見され、足もとの人口当たり新規感染者数は世界の中でも多く、冬には昨年春以来となる厳しい封じ込め政策を講じている。

そこで本稿では、英国経済を分析する上でも重要となる、新型コロナウイルスの感染状況、および封じ込め政策による人々の行動変化について高頻度データの状況などをもとに調査した。
 

・英国の新規感染者は年末年始にかけて急増しており、死者数も増加している。最近の人口当たりの感染者数・死亡者数は主要国のなかでも多い。

・イングランドでは昨年春を含めて、「ロックダウン(都市封鎖)」と呼ばれる封じ込め政策を3回実施している。1回目は昨年春(3月末~5月上旬)、2回目は昨年終盤(11月)、3回目は今年初め(1月~)である。

・人々の行動(混雑度や交通機関の利用状況など)はロックダウンを講じている時期に大きく減少した。ここから読み取れるロックダウンの厳格度は、1回目が最も厳しく、続いて3回目、2回目の順に穏やかになっていると考えられる。

・月次GDPからも、2回目のロックダウンによる経済の落ち込みは1回目と比較して全体的に軽微であったことが分かる。3回目のロックダウンによるGDPへの影響はまだ明らかになっていないが、行動データからは経済の落ち込みは1回目のロックダウンよりは軽微であるものの、2回目のロックダウン(11月)よりは落ち込む可能性が十分に考えられる。

・ONS(英国国家統計局)の感染率データでは、2回目のロックダウンを解除した12月以降には、変異種による感染が主流となっていたことが示唆されている。特にロンドンでは2回目のロックダウン期間中も明確な感染者の低下は見られず、ロックダウン解除後に感染が急拡大している。したがって3回目のロックダウン解除には慎重にならざるを得ない状況とみられる。

・一方、足もとでは感染者が減少に向かっていることに加えて、大規模なワクチン接種が開始されている。今後は、ワクチン普及による感染抑制効果も注目される。

2――世界のなかでの英国の状況

2――世界のなかでの英国の状況

まず、英国の新型コロナウイルスの感染状況について、世界の中での状況を確認しておきたい。

英国の新型コロナウイルスの感染拡大は、昨年春の第1波と秋以降の第2波に大別される(第2波は冬の2回目のロックダウンでやや低下したため、その低下も考慮すると現在は第3波となる)。

春の第1波では、3月末からのロックダウンによる厳しい封じ込め政策が奏功し、夏にはいったん感染者がかなり抑えられていた。しかし、秋ごろに第2波が拡大し、感染者数は第1波と比較するとかなり大きくなり、死亡者数も第1波並みに拡大している(図表1・2)。この辺りの推移はほぼユーロ圏(大陸欧州)と類似している。
(図表1)新型コロナウイルス新規感染者数/(図表2)新型コロナウイルス新規死亡者数
国別の感染者や死亡者を主要国と比較すると1、絶対数では米国が突出して大きいが、人口当たりの感染者数や死亡者数で見ると、最近の英国は米国を上回っていることが分かる(図表3・4)。足もとでは、感染力の強い変異種(変異株、VOI–202012/01と呼ばれる)が発見されており、政府も英国の感染被害が大きい要因として変異種による影響を指摘している。
(図表3)新型コロナウイルスの感染者数(1日平均)/(図表4)新型コロナウイルスの死亡者数(1日平均)
 
1 本稿以前に「新型コロナウイルスと各国経済」『ニッセイ基礎研レター』シリーズでMSCI ACWIの指数を構成する49 カ国・地域についての調査をしており、本稿でも特に断りがない限り、これらの国・地域を対象とする。世界比較ではこれら49か国・地域にベトナムを加えた地域のうちデータが取得可能な国・地域を対象としている。なお、昨年11月からACWI指数の構成国となったクウェートは除いている。
 

3――イングランドの封じ込め政策

3――イングランドの封じ込め政策

続いて、イギリスが実施してきた封じ込め政策について時系列にそって概観しておきたい。なお、イギリスでは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各地域で異なる封じ込め政策を講じてきているが、本稿では主に感染者の多いイングランドに焦点を置いてみていくことにする。
(図表5)英国の厳格度指数とイングランドの封じ込め政策 まず、図表5は、オックスフォード大学が公表している封じ込め政策を数値化した厳格度指数2の推移を示している。厳格度指数は昨年3月後半に急上昇(厳格化)し、その後は一貫して高水準で推移している。ただし、政府が要請してきた行動制限に注目すると、昨年3月以降の封じ込め政策は、大きく3つの時期に分けられると考えている。

それは、①春のロックダウン期(昨年3月末~7月頃)、②両立模索期(昨年7月頃~10月頃)、③冬のロックダウン期(10月頃~現在)の3つとなる。具体的な封じ込め政策の状況は以下の通りである。
 
2 「厳格度指数(Stringency index)」は「集会制限」「イベント中止」「職場閉鎖」「水際対策」「国内移動制限」「外出制限」「休校」「公共交通機関制限」と「新型コロナウイルスに関する情報発信」レベルの数値を合成した指数となっている。
① 春のロックダウン期(昨年3月末~7月頃)
この時期は、世界的にも感染拡大の初期であり、イングランドは3月23日夜から外出制限と営業制限を中心とした厳しいロックダウンを実施した。感染の収束とともに制限を緩和したのは5月11日からで、まず製造業などの出勤推奨などから段階的に緩和、6月1日に学校再開、そして7月4日に飲食店などで営業が再開され、厳しい封じ込めからは脱している(飲食店の営業再開は「パブ解禁」として報じられた)。

②(感染防止と経済活動維持の)両立模索期(昨年7月頃~10月頃)
政府は、「パブ解禁」後はソーシャルディスタンスを中心とした感染防止策を取りつつも経済活動も維持ずる姿勢を見せており、なかでも8月には外食支援策(Eat Out to Help Out scheme3)を実施、経済活動の支援も本格的に講じている。
 
3 8月3-31日に実施された政策であり、月-水曜日限定で、飲食店での店内飲食が10ポンド上限で50%割引となる。
③ 冬のロックダウン期(10月頃~現在)
その後、9月頃から感染者数の増加が目立ちはじめ(前掲図表1)、少しずつ感染防止策の強化がなされてきた。イングランドでは10月14日に、地域別に3段階の警戒レベルを設定、その段階に応じた規制を課す仕組みを導入した4。しかし、感染拡大が続く中で、11月5日から2回目のロックダウンに踏み切っている(12月2日まで)。この2回目のロックダウンは学校や製造業の職場が開いていたり、オンライン注文の商品を引き取るためのサービスが続けられたりと、春と比較すると厳しさは緩和されていた。

12月には予定通りロックダウンが解除されたものの、多くの地域で3段階の警報で最も高いレベル(Tire 3)が設定される状況が続き、それでも感染者数は収束に向かわなかった。こうした状況のなか、ジョンソン首相は12月19日の記者会見で、従来のウイルスより感染力が最大で7割強い可能性がある変異株がロンドンを含むイングランド南東部で流行していると発表、従来の3段階の警戒レベルに加えさらに強い警戒レベル(Tire 4)を設定した5。英国の変異種については、イングランド南東部の感染者数が急増したことと関連して昨年12月中旬から関係者が指摘していたが6、この記者会見で世界的に注目も集まった。

その後、最も強い警戒レベルの地域は拡大、年明けの1月5日には、3回目となるロックダウンに踏み切っている。学校は基本的にオンラインとなり、合理的な理由がない外出に対し罰金を科すなど1回目のロックダウンよりは緩いが2回目よりも厳しめの措置が講じられている7

なお、冬のロックダウンは昨年11月(2回目)と今年1月以降(3回目)に分かれているが、その間の3段階警戒(途中から4段階に強化)でも多くの地域で厳しめの政策が続いていたことから、ここでは一括して冬のロックダウン期としている。

以上、イングランドの封じ込め政策は、①春に厳しいロックダウン、②夏から秋にかけて緩和、③秋から冬にかけて再び厳しいロックダウンと変化している。
 
4 警戒度で中程度(Tire 1)、高い(Tire 2)、非常に高い(Tire 3)の3段階で管理し、それぞれの段階に応じた封じ込め政策を実施。
5 新たに自宅待機(ステイホーム、Tire 4)を新設、さらに厳しい制限措置を導入した。
6 例えばhttps://www.gov.uk/government/news/phe-investigating-a-novel-variant-of-covid-19やマット・ハンコック保健・社会福祉相が下院で出した声明(https://www.bbc.com/news/av/uk-politics-55304340)。
7 遮蔽(シールディング、Shielding)と呼ばれる、感染リスクの高い人への対策も再導入されている(2回目では導入されず、Tire 4の地域で再導入、3回目のロックダウンでも実施されている)。
 

4――イングランドの封じ込め政策の影響・効果

4――イングランドの封じ込め政策の影響・効果

1混雑度・レストラン・交通量データ
では、こうしたロックダウンに対して、人々の行動はどのように変化したのだろうか。ここでは、封じ込め政策による影響を高頻度データと月次GDPを用いて概観したい。
(図表6)英国の高頻度データ/(図表7)ロンドン市の高頻度データ
まず、Googleが公表している混雑度のデータとレストラン予約サービスであるOpenTableのデータから、「小売・娯楽施設の混雑度」「駅の混雑度」「レストランの予約状況」を英国全体とロンドン市8について確認したい(図表6・7)。

共通して読み取れる事項としては、まず、政府の封じ込め政策の強化・緩和に応じて混雑度およびレストランの予約状況が上下していること、特にレストランの予約状況は、飲食店の店内飲食を制限した政府の政策が反映されていることが分かる。次に3回のロックダウン期(濃いオレンジ色の部分)について比較すると、いずれも混雑度やレストラン予約状況が低下しているが、2回目のロックダウン期の低下はやや緩やかで、1回目および3回目のロックダウンの影響(効果)が相対的に大きいことが分かる9

なお、英国全体とロンドン市を比較すると、(この後見るように)感染拡大が目立つロンドン市の方が相対的に混雑度や活動状況のレベルが低いことが分かる。
(図表8)交通機関の交通量 次に英国国家統計局(ONS)が公表する交通機関の利用状況を概観したい(図表8)。

交通機関の交通量も、混雑度などと同じで、ロックダウンの状況にあわせて上下している。また2回目ロックダウンによる交通量の低下が1回目や3回目より緩やかである点も共通している。細かく見ると、3回目のロックダウンの交通量が1回目のロックダウンよりやや多いことも分かる。
 
8 第5節でイングランドやロンドンにおける感染者数の動向などを見ていくが、本第4節におけるロンドンは狭いロンドン市(City of London)であり、後半で見るのは広域の大ロンドン(Greater London)である点に留意。
9 なお、レストラン予約(紫線)は、8月・11月・12月に急増している部分があるが、8月は外食支援策終了への駆け込み需要、11月は2回目のロックダウン公表(10月31日)から実施(11月5日)までの間の駆け込み需要、12月はクリスマスシーズンの需要と見られる。
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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