2020年12月04日

「ぴえん」とは何だったのか

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――はじめに

『三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2020」』選考発表会が11月30日、都内で行われ、大賞には「ぴえん」が選出された。「ぴえん」とは2018年から使われるようになった擬態語で、泣いている様子を現す若者の言葉の一つである。2019年にはAMFの「JC・JK流行語大賞2019」コトバ部門の1位、TWIN PLANETの「2019年ギャル流行語大賞」の2位、2020年にはInstagramメディア「Petrel(ペトレル)」の「2020年上半期インスタ流行語大賞」流行語部門の1位に選ばれるなど、若者を中心に広く使われている。筆者は過去のレポート1で若者言葉は、「語感の良さ(ノリの良さ)」と「曖昧さ」が関係すると述べたが、「ぴえん」は当にその典型的な例であり、若者は「ぴえん」という音の響きを楽しむ一方で、その一言が持つ言葉の意味をその都度汲み取っているのである。本レポートでは、「ぴえん」が流行した要因を、筆者の専門である消費文化の側面から考察する。  

2――泣きの擬態語(オノマトペ)

2――泣きの擬態語(オノマトペ)

泣いている様子を現す擬態語は「しくしく」や「ぽろぽろ」「ほろっと」など数多く存在する。泣きわめく表現としては「えんえん」や「わんわん」などは古くから使われている。マンガのように絵で感情の起伏を表現するコンテンツの中では、「びえーん」など泣きわめいている様子を如何にして文字で表すか創意工夫がされてきた。実際に現実の赤ちゃんがそのような音を発しているかは別として、赤ちゃんが泣く擬態語として古くから「ぴいぴい」と言う言葉が存在していたという。ドラマで「赤ん坊のようにぴいぴい喚くな」といった旨のセリフを誰しもが聞いたことはあるだろう。“ぴ”という音を用いて泣く様子を現すことで、赤ちゃんや幼児性を表現することができるという土壌は少なからずマンガやアニメ、ドラマといったコンテンツを嗜好する人々の中にあったといえるだろう。例えば2004年から2009年の間に週刊少年ジャンプで連載していた『D.Gray-man』においても「ぴえええええ」という表現が用いられている。

本レポートで扱う「ぴえん」もこれらの派生であり、「びえーん」という擬態語に“ぴ”という音を宛てがい、「ぴえーん」と表記(発声)することで、とりわけ幼さを表現してきたことが起源であると筆者は考える。しかし、現代の「ぴえん」のような多様性を含んだ言葉ではなく、あくまでも泣きわめいているさまを表すものであった。
 

3――「ぴえん顔」の登場と若者言葉としての「ぴえん」

3――「ぴえん顔」の登場と若者言葉としての「ぴえん」

前述した通り「2020年上半期インスタ流行語大賞」流行語部門の1位に選ばれるなど、昨今の「ぴえん」の流行はSNSを中心に広がりをみせた。LINEリサーチによると10代の34.4%が「ぴえん」を日常で使っていた。筆者が10代、20代を対象に行った「ぴえんに関する調査」で、どこで「ぴえん」を使用するか聞いてみたところ、LINEが94%と最も高く、日常会話(88.5%)2、Twitter(70%)と続くなど、主に文字媒体でのコミュニケーションで使用されている(図1)。
図1 どこで「ぴえん」を使用しますか(複数回答, N:200)
若者言葉としての「ぴえん」が使用されるようになった背景として、絵文字環境の標準化が挙げられると筆者は考える。2018年、符号化文字集合や文字符号化方式などを定めた文字コードの業界規格であるUnicodeに「Pleading Face」が追加された。大きな瞳に下がった眉毛をした何かを訴えかけようとしている絵文字は、Androidが8月に9.0Pie、Appleが10月にiOS12をそれぞれリリースするタイミングで追加されると、そのデザイン性から若者を中心に使用されることとなる(図2)。
図2 Pleading Faceの一例
「ぴえん」という言葉がこの絵文字と一緒に使われている点や、言葉の流行のタイミングを考慮に入れると、「ぴえん」という言葉と絵文字に関係性がある事は容易に推測がつくが、決してこの絵文字が誕生したことで「ぴえん」という造語が生まれたわけではない。「ぴえん」と言う言葉自体はそれ以前から存在していた。Pleading Faceが存在する以前は、涙を流している絵文字や顔文字とともに「ぴえん」という言葉もSNSで投稿されていたが、大泣きしている絵文字や少し泣いている絵文字など、泣いている度合いが「ぴえん」という言葉を使う人同士でも様々であった3。この理由として当時の「ぴえん」は、あくまでも「びえーん」の派生語である「ぴえーん」を簡略化したものとして使用していた者と、“ぴ”と“ん”の間の“え”の文字数で泣きわめく声の大きさや長さを視覚化するという方法に由来して使用していた者がいたからである。
 

「ぴええええええええええええええええええーーーん」
「ぴええん」
※上の方が下よりも泣き喚いている様子を表すことができる

その後Pleading Faceが登場することで、“え”の個数で悲しさを表現していた人々が、大泣きするまでもない感情を、この絵文字と「ぴえーん」を最少の“え”の数で「ぴえん」と表現するようになったことからPleading Faceは、「ぴえん顔」として定着していったと筆者は考える。元々絵文字は感情を表現する一つの方法として作られているが、Pleading Face(ぴえん顔)の場合は、絵文字に「ぴえん」という感情が後付けされたといえるだろう。
 
2 ぶりっこをしていると捉えられてしまうため、ネタとして使われることが多いようである。
3 可愛らしく泣いている様子を表す顔文字「(ノω≦。)ピエーン」が語源という説もあるが明確なソースは存在しない。
 

4――ぴえんから分離された「ぴえん顔」

4――ぴえんから分離された「ぴえん顔」

「ぴえん」と「ぴえん顔」がセットで一つの若者文化として定着したことで、若者文化としての「ぴえん」から言葉と絵文字が分離されて消費されるようになる。前述した通り、「ぴえん」という言葉はPleading Faceによって、その言葉の持つ感情のニュアンスが体系化されたもので、一方Pleading Faceは言葉としての「ぴえん」を表すものとして定着した。そのため、一種の相互補完によって、文字、絵文字がそれぞれ単独で若者文化としての「ぴえん」を表現できるようになったのである。言い換えると「ぴえん」という言葉は絵文字の「ぴえん顔」を表し、「ぴえん顔」は「ぴえん」という言葉の持つニュアンスを表すようになったのである。
図3 それぞれの「ぴえん」が表すこと
最初は「ぴえん」という言葉とともに使われることで、造語である「ぴえん」と言う感情を補足する意味合いで使用されていた「ぴえん顔」であるが、そのデザイン性から絵文字そのものも人気を博すこととなる。その結果、「ぴえん顔」そのものが一種の独立したアイコンとしてアパレルや小物などにデザインされ、文字通り消費されていったのだ。もちろんこれはSNS上でのテキストとしての「ぴえん」及び「ぴえん顔」の人気がきっかけであるものの、「ぴえん」という文化が一種の記号となり、現実社会における物理的な消費対象となったことを意味する。

しかし、このような絵文字に固有名詞がつけられ、独立したデザインとして消費された事例は過去にも存在する。匿名ネット掲示板「2ちゃんねる」を中心にコミュニケーションの一環としてAA(アスキーアート)が楽しまれていたころは、特定のAAに名前が付けられ、一種のネットスラングとしてネットユーザー同士で共有されていた。2005年のアキバブームの際は映画『電車男』が2ちゃんねるの掲示板を基に作られたこともあり、当時はAAや顔文字がメディアで取り上げられることも多々あった。そのため、AAや絵文字をデザインした土産物やグッズが販売されるなど、一種のオタク文化として消費対象となっていた。
図4 顔文字に特定の名前がつけられた例
今回のPleading Faceも「ぴえん顔」という固有名詞が付与されることで、一種の独立した記号として消費対象となっていったのである。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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