2020年12月02日

ソルベンシーIIの2020年レビューを巡る動向-欧州委員会の市中協議文書とそれへの保険業界団体等の反応-

中村 亮一

文字サイズ

3―Insurance Europeの反応

この欧州委員会による市中協議文書の公表を受けて、Insurance Europeは、10月22日にポジション・ペーパーを公表2した。ここでは、Insurance Europeによるこのポジション・ペーパーの概要を報告する。
1|ポジション・ペーパーの概要
ソルベンシーIIは一般的にはうまく機能しているが、過度に保守的であり、重大な測定上の欠陥があり、欧州の保険会社に不必要な運用上の負担を課している。

これらの測定の欠陥は、顧客が評価し、社会の高齢化などの深刻な社会的課題に対処する上で重要な役割を果たす可能性のある保証付きのものを含め、保険会社が長期貯蓄及び年金商品の提供者として重要な役割を果たすことを不必要に制限している。

また、欧州の景気回復と持続可能な成長に不可欠な長期投資を保険会社が行うことを不必要に制限している。さらに、これらの欠陥は、欧州の会社が欧州以外の保険会社と国際的に競争する能力を弱体化させる。

これらの測定上の欠陥に対処することは、資本要件と運用上の負担の正当な全体的な削減につながり、投資やその他のリスクを引き受ける保険会社の能力を高める。したがって、このような目標を定めた改善は、セクターにとっても、欧州の社会と経済全体にとっても非常に重要である。

これらを達成するために、ソルベンシーIIのレビューは次のことを導出すべきである。

・ボラティリティ調整(VA)やリスクマージンにおける現在の技術的欠陥に対処しつつ、現在の補外方法やマッチング調整などの機能している要素を維持することによる、負債のより適切な評価

・内部モデル使用者の動的VAをそのまま維持し、標準式使用者の現在のスプレッドリスクチャージと組み合わせて拡張することによる、標準式の資本要件のより適切な測定。長期株式の基準を改善し、不動産リスクの較正を修正する必要がある。金利計算で適切なマイナス金利を考慮に入れるための変更も導入する必要がある。

・報告要件を簡素化及び合理化することによる、より負担の軽い運用上のフレームワーク

・保険会社がその活動の規模、性質、複雑さに応じてソルベンシーIIに準拠できるように、比例性のより良い適用を通じての、より多様で効率的な保険市場

さらに、ソルベンシーIIの改善は、保険会社の長期的なビジネスモデルと業界がさらされている実際のリスクをより適切に把握することにより、フレームワークのリスクベースの性質を維持し、さらに強化する必要がある。このようにして、保険契約者保護のレベルは非常に高いままであり、金融の安定性が強化される。
2|ポジション・ペーパーにおける全体的な意見
個々の質問項目に対する回答内容の詳細については触れないが、ここでは全体的な意見について報告しておく。

Insurance Europeは、ソルベンシーIIのレビューに関する欧州委員会の協議に貢献する機会を歓迎する。

ソルベンシーIIは業界から強力にサポートされている。ソルベンシーIIは、2016年1月に最初に適用されて以来、実際にその価値を証明している。しかし、それは過度に保守的であり、測定上の欠陥や過度の運用上の負担があり、特に長期商品の提供と投資に関して不必要なコストと障壁を生み出している。

業界は、レビューが次のことにつながると考えている。

・現在の技術的欠陥(ボラティリティ調整、リスクマージン)に対処し、機能しているもの(現在の補外方法、マッチング調整)を維持することによる、負債のより適切な評価

・標準式での資本要件のより適切な測定(例えば、スプレッドリスク評価に動的VAを含める、長期株式の基準を改善する、不動産リスクの較正を修正する、金利計算にマイナス金利を含める)

・フレームワークの技術的欠陥に対処する際にこれが正当化される分野での資本要件の削減による、投資及びその他のリスクを引き受ける保険会社の能力の全体的な増加

・報告要件を簡素化及び合理化することによる、負担が少なく、運用上重くないフレームワーク

・比例の実際の適用を強化することにより、より多様で効率的な保険市場

・EU企業が国内及び海外市場で外国企業と競争できるようにする。

上記の全ての目標とする結果は、最終的には、特に高齢化社会、貯蓄ギャップと緊張した国家予算に照らして、欧州市民の長期的な幸福の鍵となる長期貯蓄/年金商品の提供者としての役割を維持する上で保険会社をサポートする。また、個人、企業、社会全体に保護を提供し、気候変動によってもたらされる課題を考えると、これまで以上に重要な保障ギャップを埋めるために政府と協力する上で、保険会社をサポートする。

ソルベンシーIIの改善は、保険会社のビジネスモデルと業界がさらされている実際のリスクをより適切に把握することにより、フレームワークのリスクベースの性質を維持し、さらには強化する必要がある。このようにして、保険契約者保護のレベルは非常に高いままであり、金融の安定性が強化される。

保険会社が欧州経済の主要な投資家としての役割を継続し、回復と持続可能な経済への移行を支援できるようにするためにも、適切で野心的なレビューが必要となる。

ソルベンシーIIのレビューは、政策立案者にとって次のような重要な機会である。

・グリーンディールと資本市場同盟で設定されたより広範な欧州の目標を達成し(特に、保険会社が長期投資するための規制上の障害を取り除くことに関するアクション4に関連して)、欧州の社会と経済回復のための次世代EU計画をサポートする。

・グローバルな舞台で欧州産業の競争力をサポートし、それによって世界における欧州のリーダーシップを強化するというEC(欧州委員会)の野心を実現する。

同時に、業界はレビューが次のことを行わなければならないことを強調している。

・ソルベンシーIIは既に世界で最も保守的な制度であるため、全体的な資本要件の増加につながるべきでない。さらに保守的になると、保険会社が投資して価値のある商品を欧州の保険契約者に提供する能力だけでなく、国際レベルでの競争力にも深刻な打撃を与えることになる。

・適切なままの技術的分野(補外や最終流動性点(LLP)など)に不必要な変更や複雑さをもたらすべきでない。

・国際レベルで合意されたものを超えるシステミックリスク関連の措置(再建や破綻処理など)を導入すべきでない。代わりに、ソルベンシーIIに既に固有のマクロプルーデンスの側面と、ソルベンシーIIフレームワークにおけるソルベンシー資本要件(SCR)及び最低資本要件(MCR)の役割と強さを認めるべきである。

・気候変動に対処するためのインセンティブとして、リスクベースではない資本要件の削減を導入すべきでない。不当なソルベンシーIIの障壁を取り除くことは、ECの強力な規制イニシアチブ(例:持続可能な財務開示規制(SFDR)、分類及び非財務報告指令(NFRD))及びより広範なEUグリーンディールとともに、保険会社自身の自然な利益及びビジネスモデルと組み合わせると十分に強力なインセンティブを生み出す。

・調和された保険保証制度(IGS)など、ソルベンシーIIに加えて追加の規制層を導入すべきでない。ソルベンシーIIは、適切に実装された場合、十分に高い保護を提供する。焦点は、ソルベンシーIIが適切に調整及び適用されていることの確認、規制と監督のコンバージェンス、及び監督当局又は破綻処理当局間の協力と調整にあるべきである。

ソルベンシーIIフレームワークの目的に関して、保険業界は引き続き、保険契約者の保護と金融の安定性という主な目的を強力にサポートしている。これらに加えて、業界は、欧州委員会の包括的な優先事項に沿って、以下の目的を追加する必要があると考えている。

・ソルベンシーIIは、保険セクターによる長期的な持続可能な投資を支援するものであり、妨げるものではない。

・ソルベンシーIIは、欧州及び国際的な欧州の(再)保険会社の競争力を妨げるものではなく、サポートするものでなければならない。

レビューの目的に関して、業界は以下が重要であると考えている。

・このレビューでは、長期的で持続可能な資産への保険会社の投資に対する障害を取り除くために、ソルベンシーIIフレームワークの既存の欠陥に対処する必要がある。

・このレビューは、保証を含む長期貯蓄及び年金商品の提供に対する既存の規制上の障壁を容易にし、除去することに焦点を当てるべきである。保険会社がこれらの商品を提供し続けることを許可することは、保険契約者に価値をもたらすだけでなく、欧州経済に長期投資する能力の重要な前提条件でもある。

・レビューは、比例関係を実際に機能させ、報告要件の簡素化と合理化、規制と監督のコンバージェンスを改善することにより、規制の不必要な負担とコストを削減する必要がある。

レビューにおける業界の主要な優先事項は次の通りである。

・保険会社が以下を行えるようにするためには、長期契約の扱いを修正することが重要である。1)保証を含む長期貯蓄及び年金商品を提供する。 2)市民と企業に価値のある保障商品を提供し、EUの保護ギャップを埋めることを支援する。 3)欧州経済に長期的かつ持続可能な方法で投資し、ECの目標をサポートする。 したがって、業界は次のことを求めている。

保険負債の適切な評価には以下が必要となる。
ボラティリティ調整(VAを改善して、市場のボラティリティをより適切に緩和し、ユーロ圏内の国固有のスプレッドを適切に認識し、保険会社がほぼリスクフリーで稼ぐことができるリスクフリーレートを超えるスプレッドをより適切に反映する。
・VAの改善は殆どの市場にとって重要だが、ポートフォリオが参照ポートフォリオと大幅に異なる場合(たとえば、住宅ローン資産のレベルが大きな影響を与えるオランダ)の全てのボラティリティの問題に対処できるわけではない。これらの国では、動的VAが内部モデル使用者に対して変更なしで維持され、標準式使用者の既存のスプレッドリスクチャージと組み合わせて使用できるようにすることがさらに重要である。
マッチング調整(MAに的を絞った改善を加える。
リスクフリーレートの補外に対する現在のアプローチを維持する。

資産の適切なリスクベースの資本取扱いには、以下が必要となる。
長期株式資産カテゴリの設計を修正する。
内部モデル使用者の現在の動的VAを変更せずに維持し、動的VAを標準式使用者の既存のスプレッドリスクチャージと組み合わせて適用できるようにする。動的VAを適用することは、スプレッドリスクの測定の欠陥に対処し、社債に投資する際の実際のリスクエクスポージャーを認識するための効果的な方法である。内部モデル使用者は現在、監督者の承認を条件として動的VAを適用できる。これは変更せずに続行する必要がある。さらに、動的VAは、標準式使用者が既存のスプレッドリスクチャージと組み合わせて適用できるようにする必要がある。
不動産資産カテゴリの再較正
・適切なフロアを使用し、最初に曲線の流動部分にストレスをかけ、次に非流動部分をそれに応じて補外することにより、資本計算でマイナス金利を考慮する。
グリーン/ブラウン資産に対する人為的なインセンティブ/ディスインセンティブの不存在

・現在の過剰なレベルとボラティリティを下げるためのリスクマージンの設計と較正のレビュー

・最終的に保険契約者が負担しなければならない不必要な費用を回避するためには、実際に比例性が機能するようにすることが重要である。したがって、業界は、ソルベンシーIIにおける比例性の適用を改善するという欧州委員会の野心を歓迎する。保険会社がその活動の規模、性質、複雑さに基づいて過度に負担のかかる要件を回避できるようにするには、変更が必要である。

報告要件の合理化は、報告パッケージが目的に適合していることを保証し、不必要な負担を回避し、保険会社の費用が保険契約者に転嫁されるのを防ぐために不可欠である。

マクロプルーデンス及び国境を越えた監督分野では、ソルベンシーIIが既にいくつかの保護手段を提供しているため、追加のツールの必要性は限られている。
・ECの助言要請で言及されている措置のみが検討を正当化し、ソルベンシーIIフレームワークが 不十分であることが示され、利益がコストを上回り、比例性を十分に考慮している場合にのみ導入する必要がある。したがって、過去に欧州保険年金監督局(EIOPA)又は欧州システミックリスク理事会(ESRB)によって提案されたようなより抜本的な措置は必要ない。例えば、SCR違反、カウンターシクリカルな資本バッファー、システミックリスク又は集中制限に対する資本サーチャージの前に監督上の介入を行う必要はない。
・先制的再建計画は、関連する監督当局によって決定されたように、EU内の金融の安定性に具体的な利益をもたらす保険会社に対してのみ考慮されるべきである。
・破綻処理は最後の手段である必要があり、全ての再建オプションが使い果たされた後にのみ採用する必要がある。破綻処理計画は、保険会社が最終的に生き残れないというリモートの状況にのみ対処する必要がある。
・Insurance Europeは、特定の状況での保険契約の償還を一時的に禁止する公的機関の権限をサポートしている。
・EEA内の監督当局及び/又は破綻処理当局と第三国の間の国境を越えた協力と調整、及び破綻処理行動の相互承認が重要である。

IGSの法的構造の要件は、個々の加盟国の裁量に任されるべきであり、したがって、最小限の調和があるべきでない。

内部モデルは、ソルベンシーIIのコア要素であり、今後もそうあるべきである。内部モデル使用者に標準式による報告要件を導入することは、面倒で不必要で誤解を招きやすく、内部モデルの整合性を損なうため、避ける必要がある。

グループ監督の分野では、NSAsがグループの様々な構造とリスクプロファイルに適応できるように、柔軟性と監督上の対話を維持する必要がある。非常に少数のグループのみを対象とする懸念は、法律の変更によって対処されるべきではなく、監督上のコンバージェンスツールを使用することによってより適切に達成されるべきであり、それは、いくつかの場合において、発散する実務が特定のグループの特異性によって正当化される理由と方法についてのより良い理解を促進するのに役立つ。グループの資本計算に関して、業界は資本計算に大きな変更を加えるべきではないと考えている。

Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ソルベンシーIIの2020年レビューを巡る動向-欧州委員会の市中協議文書とそれへの保険業界団体等の反応-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ソルベンシーIIの2020年レビューを巡る動向-欧州委員会の市中協議文書とそれへの保険業界団体等の反応-のレポート Topへ