2020年11月30日

骨太方針に盛り込まれた「社会的処方」の是非を問う-薬の代わりに社会資源を紹介する手法の制度化を巡って

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――社会的処方に関する国内の事例

1|川崎市を拠点とした社会的処方研究所など現場の動向
実は、国内でも社会的処方の実践が試みられている。その一例として、神奈川県川崎市を拠点とした「社会的処方研究所」の取り組みが挙げられる。この研究所は、がん専門医と看護師を中心に、民間有志で運営されており、市民や専門職を対象とした会合が定期的に開催されている。筆者も会合に2回ほど足を運んだことがあるが、「地域資源の調査→資源の蓄積→資源の創出」という流れを意識しつつ、参加者が地域を歩き、「県人会のサークルを見付けた」「音楽を楽しめる喫茶店があった」といった形で社会資源となり得る地域の実情を調査。それを会合で紹介し合ったり、他の参加者が社会的処方の「処方先」として発展させる可能性を議論したりする。さらに事例をベースに、その人の状態に沿った社会資源の在り方なども議論しており、研究所の目指す姿や実践、議論の様子などは書籍やウエブサイトで紹介されている10

このほか、栃木県医師会が社会的処方の活用を視野に入れつつ、「在宅医療・社会支援部」を創設11しており、地元新聞の『下野新聞』が健康格差と社会的処方の特集を展開している12
 
10 西智弘編著(2020)『社会的処方』学芸出版社を参照。筆者が知る限り、社会的処方を本格的に取り上げた国内初の単行本である。
11 2019年6月27日『下野新聞』、2020年1月20日と同月27日の『m3.com』配信記事を参照。
12 『下野新聞』ウエブサイト「なぜ君は病に…~社会的処方 医師たちの挑戦~」
https://www.shimotsuke.co.jp/feature/social-prescription/
2|プライマリ・ケア連合学会などの動き
学術的な議論も活発になりつつある。例えば、全人的なケアを提供するプライマリ・ケア専門医で構成する学会、日本プライマリ・ケア連合学会は2018年3月に公表した「健康格差に対する見解と行動指針」で、健康の社会的決定要因に着目しつつ、健康格差の是正に取り組む際の方法論として、社会的処方に言及した。

さらに、研究論文やシンクタンクのレポート、報告書などでも「社会的処方」という言葉が使われる機会が増えて来た。例えば、2018年1月にプライマリ・ケアの専門誌で特集された13ほか、2017年に早くも「制度化」に言及する論文が公表されるなど、現場の実践者や研究者の間では社会的処方の認知度や関心が少しずつ高まっていた14

しかし、「制度化」の論議が政府内で浮上した経緯を振り返ると、唐突な印象は否めなかった。以下、骨太方針に至る政府、自民党内での議論、さらに現在の政府内の議論を見る。
 
13 『治療』2018年1月 Vol.100 No.1。
14 例えば、西岡ほか(2020)前掲論文、同(2018)前掲論文、高守徹(2019)前掲レポートに加えて、熊川寿郎ほか(2016)「地域社会的処方箋の可能性」『保健医療科学』Vol.65 No.2、国際長寿センターの前掲報告書、日本医療政策機構が2017年10月に取りまとめた報告書『認知症の社会的処方箋』などが挙げられる。さらに、いち早く「社会的処方の制度化」に言及した論文として、近藤尚己(2017)「健康の自己責任論は不毛」『月刊保団連』No.1252がある。
 

5――骨太方針に至る自民党の議論、審議会の動向

5――骨太方針に至る自民党の議論、審議会の動向

1|骨太方針の記述
先に触れた通り、2020年7月17日に閣議決定された骨太方針では、社会的処方のモデル事業実施に向けた文言が入った。骨太方針が閣議決定される9日前の経済財政諮問会議に提出された原案レベルでは「いわゆる社会的処方についてモデル事業を実施し、制度化に係る課題を検討する」と書かれていたため、最終段階で「制度化」の文言が消えたことになるが、それでも閣議決定の文書に盛り込まれた意味合いは無視できない。

しかし、骨太方針の作成に至る経済財政諮問会議の民間議員ペーパー、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)建議、厚生労働省の審議会などの資料を見ても、「社会的処方」の文言は見当たらない。6月25日に示された全世代型社会保障検討会議の中間報告では「かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる、いわゆる社会的処方についてモデル事業を実施し、制度化にあたっての課題を検討する」と書かれていたが、こちらも唐突な印象があった。過去に敢えて政府系の文書として取り上げられた事例としては、僅かに2019年版の『高齢社会白書』でコラムとして社会的処方が取り上げられた程度である。

むしろ、制度化の議論を主導したのは自民党の議員連盟であり、その動きを下記で紹介する。
2|自民党議員連盟の提案
「社会的処方」と呼ばれる取り組みを厚生労働省が推進することになりました――。2020年6月、こうしたニュースがNHKで流れた15。発火点となったのは2019年11月に発足した自民党の「明るい社会保障改革推進議員連盟」であり、議員連盟では年明け以降、「個人の健康増進」「社会保障の担い手の増加」「成長産業の育成」を同時に実現する「明るい社会保障改革」に向けた議論を進めていた16。その後、2020年6月に公表した報告書では様々な健康づくり政策の一環として、「社会とのつながりを処
 
・「社会的処方」とは、薬を処方するのではなく、治療を困難としている社会生活上の課題の解決に向けて「社会とのつながりを処方する」という考え方である。

・かかりつけ医等が、患者の健康面に加えて社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげることによって健康面と社会生活面の支援が一体的に実施されるとともに、地域社会も、その地域の人が自然と健康になれる環境になっていく。個々人からすれば、日々抱える漠然とした不安に寄り添い、解消することにもつながるものであり、この際、医師のみならず多様な職種が当該取組みに関与することが重要である。

・「社会的処方」の推進に向け、かかりつけ医が本人(家族)の社会的状況を確認し、医療保険者や行政機関等の地域社会の資源を活用した健康面と社会生活面の支援につなげていく取組みを推進すべきである。

・その際には、個別介入のみならず、ポピュレーションアプローチ(地域環境づくり・組織同士のネットワークづくりなど)を組み合わせた取組みを推進し、地域での課題解決力の向上につなげるべきである。

要するに、治療が困難な患者を対象に、社会との繋がりを処方することが本人だけでなく、地域づくりにも貢献する点を強調したわけである。さらに報告書では、糖尿病と認知症の悪化で服薬管理が難しくなった患者のケースを例示。こうした患者を支援する社会的処方を通じて、高齢者の総合相談窓口として中学区単位に設置されている「地域包括支援センター」に相談したり、患者に対して糖尿病の患者会に参加を促したりすれば、患者の生き甲斐づくりや服薬を見守る機会が増えるため、血糖値をコントロールしやすくなると論じた。

つまり、こうした自民党議員連盟の動きが骨太方針の策定論議に反映された結果、唐突に閣議決定文書として盛り込まれたわけである。
 
15 2020年6月22日、NHK配信記事。
16 明るい社会保障議員連盟の動きについては、2020年6月5日『日経メディカル』掲載記事、2019年11月8日『日経BP Beyond Health』掲載記事、上野賢一郎衆院議員ウエブサイト(http://uenokenichiro.jp/)などを参照。首長や研究者で構成する「Smart Wellness City 首長研究会」が2020年8月、自民党に提出した資料でも「社会的処方」の活用が言及されていた。
3介護給付費分科会の議論
骨太方針の決定を受けて、2021年4月からの介護報酬改定を議論している社会保障審議会介護給付費分科会で、社会的処方の制度化が論じられている17。具体的には、医師の在宅ケア支援を介護報酬で評価する居宅療養管理指導の在り方を論じた8月19日の分科会で、厚生労働省が「かかりつけ医等が患者さんの社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組についてどう考えるか」というテーマの一つとして、社会的処方に言及した。

さらに10月22日の分科会でも居宅療養管理指導の介護報酬が話題となった。ここでは介護保険サービスなどを調整するケアマネジャー(介護支援専門員)に対し、医師や歯科医師が提供する情報を増やす一環として社会的処方の言及があり、日本医師会代表は「かかりつけ医には医療的機能と社会的機能があり、その社会的機能に合致する提案。ぜひ進めて欲しい」と支持。厚生労働省は居宅療養管理指導の介護報酬を改定する際、医師、歯科医師がケアマネジャーに対する情報提供に用いる書類の様式を見直す考えを説明し、その際に社会的処方に関する記載欄を新設する意向を示した。

居宅療養管理指導への反映方法については、2021年4月からの介護報酬改定に向けて詳細が議論されていく見通しだが、介護報酬あるいは介護報酬改定論議の全体で見ると、居宅療養管理指導のウエイトは小さい。このため、骨太方針の原案段階で制度化をうたった割には「小粒」な印象は否めない。
 
17 居宅療養管理指導を通じた制度化を巡る経緯については、社会保障審議会介護給付費分科会資料や議事録、2020年10月30日『シルバー新報』、10月27日『Jointニュース』などを参照。
4|制度化に向けた展望
では、どうして「小粒」になったのか。この背景として、2021年度は医療・介護の大規模な制度改正が予定されていない点が考えられる。例えば、2年に1回見直される医療機関向けの診療報酬は2022年度であり、3年に一度の介護保険制度改正は今年の通常国会で法律が成立した直後である。このため、いずれも制度改正に反映できるタイミングではない。社会的処方が主に医療的なアプローチであるにもかかわらず、介護報酬改定での制度化が論じられているのは、後述する制度的な制約に加えて、2021年4月からの改定を控えたタイミングで取り上げやすいという側面があると思われる。

その一方、骨太方針に記載された以上、今後も制度改正に向けた議論が取り沙汰される可能性がある。実際、加藤勝信官房長官は厚生労働相時代、社会的処方の「制度化」をいち早く提唱した社会疫学の研究者との対談で、顧問を務める明るい社会保障改革推進議員連盟の議論を振り返りつつ、「『その人のためにとって何が大切かを把握し、地域の中で必要な繋がりをつくり、その人の状況や症状が改善するようにしていく』という社会的システムを作り上げていきたい」「それぞれの地域において、モデル事業のような形で推進していく中で、社会的処方の活動が自然と広がっていくことを目指していきたい」と前向きな姿勢を示している18

こうした発想自体、向こう10年程度で深刻化する認知症ケアや社会的孤立などの問題に対処する上で非常に重要であり、分野横断的な生活支援に向けて政府が目指す「地域共生社会」19との考え方とも符合している。

さらに政府は2021年度からの介護保険制度改正に際して、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」の充実を図ろうとしていたが、新型コロナウイルスの影響で場を開催しにくくなっており、高齢者の健康・生活を改善する上で社会的処方は有益との意見も示されている19。確かに外出機会を失った高齢者に対し、かかりつけ医などが社会資源を紹介すれば、コロナ禍を切り抜ける有効な方法になると思われる。

しかし、筆者は本格的な制度化については、慎重に取り組むべきと考えている。居宅療養管理指導への反映という小さな制度化であれば、特に大きな問題を感じないが、診療報酬などで対応する本格的な制度化については疑問である。

その理由としては、(1)英国の医療制度との違い、(2)ソーシャルワークとの違いが不鮮明――という2つの疑問を挙げることができる。以下、2つの疑問を順次、論じる。
 
18 2020年9月1日『東洋経済ONLINE』における京都大学大学院の近藤尚己教授との対談を参照。
19 地域共生社会の定義については、厚生労働省が2017年2月に取りまとめた「「『地域共生社会』の実現に向けて(当面の改革工程)」に沿って、「制度・分野ごとの縦割りや支え手、受け手という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」とする。
20 2020年8月24日『週刊医学界新聞』における近藤克則千葉大学教授と東大高齢社会総合研究機構の飯島勝矢機構長による対談。
 

6――社会的処方を巡る疑問(1)

6――社会的処方を巡る疑問(1)~英国の医療制度との違い~

1|診療報酬制度の違い
第1に、英国との医療制度の違いである。ほとんど全ての費用を税金で賄っている英国のNHSと、日本の医療保険制度には異なる点が多々あるが、ここでは社会的処方に関する部分として、1) 診療報酬の違い、2) 代理人になり得るGPの存在――という2つの点に絞って論じる。

まず、診療報酬制度の違いである。英国の場合、身近な医療需要に対応するプライマリ・ケアの部分は人頭払いで支払われている。具体的には、NHSのシステムでは、患者は最初にかかる医療機関を事前に指名する登録制度が採用されており、診療所に対する支払いの大部分は登録人口に応じて支払われる。この仕組みの下で、医学的な処置を講じても、講じなくてもGPの収入は同じであり、患者にとっては過小診療のリスクを伴う半面、不必要な検査や過剰な診療行為を抑制できるメリットも期待できる。

これに対し、日本の医療制度では、開業医や中小病院に支払われる報酬について、治療、検査ごとに報酬単価を設定する出来高払い(項目別支払い)が採用されている。このため、必要なケアに対して確実に報酬が支払われるメリットがある半面、不必要な医療行為が誘発される「過剰診療」のリスクを伴う。つまり、人頭払い、出来高払いともにメリット、デメリットがあり、どちらの仕組みがベストとは言い切れない。

では、社会的処方に関しては、どうだろうか。英国の場合、GPがリンクワーカーを紹介しても、人頭払いで受け取れる報酬は同じである。このため、睡眠薬の処方など医学的な処置が不要と判断した場合、社会的処方に切り替えやすいインセンティブ構造となっている。

一方、日本の場合、診療報酬で評価するのであれば、「社会的処方加算」のような形を取らざるを得ない。そして診療報酬の価格設定次第の面があるとはいえ、こうした加算ができれば、収入を目当てにした社会的処方が相次ぐかもしれない。
2|代理人になり得るGPの存在
さらに、代理人になり得るGPの存在である。先に紹介した澤氏の事例に代表される通り、GPは全人的かつ継続的なケアを提供する訓練を受けている21。具体的には、患者との対話を重視しつつ、患者の悩みやニーズを引き出しており、社会的処方を含めて様々な支援方法を考えられる。

これに対し、日本ではプライマリ・ケア専門医の育成が遅れており、英国のGPのような医師に当たる総合診療医の育成が漸くスタートした段階である。もちろん、患者との対話を重視する医師は総合診療医に限らないし、近年ではケアマネジャーなどと連携して在宅医療を手掛ける医師、あるいはソーシャルワークに関心を持つ医師が増えているが、全体から見ると少数派である。

こうした中で、社会的処方を制度化すれば、既述した経済インセンティブと相俟って、収入を目当てとした不要な社会的処方が相次ぐ危険性がある。
 
21 英国のGPに関しては、Graham Easton(2016)“The Appointment”[葛西龍樹・栗木さつき訳(2017)『医者は患者をこう診ている』河出書房新社]、澤憲明(2012)「これからの日本の医療制度と家庭医療」『社会保険旬報』No.2489・2491・2494・2497・2500・2513などに詳しい。
3|日英の制度的な違いを踏まえた整理
このように考えると、英国の仕組みを日本に「直輸入」するような方法は考えにくい。例えば、「社会的処方が最適なのか」「どんな社会資源が合致するか」という点は患者の状態やニーズに応じて千差万別であり、全ての症例について、社会的処方を提供すればいいわけではない。

それにもかかわらず、単なる経済インセンティブを期待した社会的処方が増えれば、「処方先」の地域社会は困惑するかもしれない。実際、社会的処方に関しては、要介護認定を受ける際に必要な主治医意見書が例示されるなど、極めて局所的に紹介された経緯もある22

言い換えると、日英では制度面の違いが大きいため、ダイレクトに導入できないのである。恐らく介護保険の居宅療養管理指導のような形で小さく制度化を試みられているのも、既述した制度改正のタイミングという問題だけでなく、こうした限界を踏まえた判断であろう。
 
22 2019年5月27日『m3.com』。発言は日本医師会主催による「かかりつけ医機能研修制度」講演会の席上、産業医科大学公衆衛生学教授の松田晋哉氏が述べたという。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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