2020年11月27日

多様化する株式市場への上場手段を考える-IPOに代わる上場手段「SPAC」、「ダイレクトリスティング」

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――新たな手段による株式市場への上場が増加

米国株式市場において、特別目的買収会社(Special Purpose Acquisition Company:SPAC)、ダイレクトリスティングといった従来のIPOに代わる手段による株式市場への上場が増加している。本稿では、これらSPAC、ダイレクトリスティングといった株式市場への新たな上場手段、上場手段の多様化、課題や今後について考えたい。

SPACとは、主に未公開企業の買収を目的とした投資ビークルである。SPAC自体は実際の事業を持たないが、企業を買収することを約束し、IPOにより株式市場から資金を調達する。その後、調達した資金を用いてスタートアップなど未公開企業の買収を行う。SPACはブランク・チェック・カンパニー(白紙小切手の会社)とも呼ばれている。

図表1は米国でのIPO全体とSPACのIPOの件数の推移を示している。これを見ると、2020年第三四半期にはIPO全体の171件の内、SPACのIPOは80件となっている。SPACのIPOが増加しており、IPO全体の半数近くを占めていることが分かる。
図表1 米国のIPO全体、SPACのIPOの件数と金額の推移
また、SPACを通じた株式市場への上場が増加するとともに、「ダイレクトリスティング」による上場も増加している。ダイレクトリスティングとは、上場時に新株を発行せずに、既存の株式のみを上場する手法である。従来のIPOで行われる証券会社を通じた株式の引き受け・募集を行わないため、引受手数料などのコストを削減できる。また、IPOよりも簡潔なプロセスで上場を行えるメリットがある。一方で、上場時に資金調達ができないため、既に十分に資金調達している未公開企業でしか活用できない。しかし、ベンチャーキャピタル等の投資家にとっては上場によって既存投資の速やかな売却が可能となり、企業にとっても上場によって知名度が上がるなどのメリットもある。

ビジネス用コミュニケーションアプリを提供するスラックや音楽配信サービスのスポティファイといった注目されるスタートアップがダイレクトリスティングにより、取引所に上場している。このように、米国株式市場では従来のIPOに代わって新たな手段による市場への上場が増加している1
 
1 日経新聞(2020a)

2――SPAC、ダイレクトリスティングの増加の背景

2――SPAC、ダイレクトリスティングの増加の背景

SPACやダイレクトリスティングの増加は、これらの上場手段が従来のIPOよりもコストを抑え、簡潔なプロセスで上場を行えることが背景となっている。

従来のIPOでは、幹事となる証券会社が機関投資家などに需要のヒアリングを行い、公募価格を決定する。しかしながら、一般的にIPOでは公募価格は上場初値を下回る傾向がある。証券会社は、引き受けた株式が売れ残った場合、自ら在庫を抱えることとなる。

こうしたリスクを避けるために、IPOでは公開価格を低めに設定しがちと言われている。フロリダ大学のジェイ・リッター教授の研究によれば、過去10年間(2009年7月1日から2019年6月30日)に米国で行われたIPOの上場初値は公募価格よりも平均16%高かった2

これは、資金調達を行う企業から見れば、上場初値で株式を発行できた場合と比べて少ない金額しか資金を調達できないことを意味する。既存の投資家にとっては、株式の希薄化の影響が大きくなることとなる。

近年では、未上場のスタートアップへのベンチャーキャピタルなどによる投資が増加している。Bloombergによれば、世界のスタートアップへの投資は2010年の258億米ドルから2019年には2274億米ドルに増加した。スタートアップは未上場の段階でも資金調達を行いやすくなっており、IPOによって資金を調達する必要性が低下している。このような背景から、従来のIPOに代わってダイレクトリスティングやSPACによる上場を選択するスタートアップが増加している。
 
2 Jay R. Ritter (2019)
 

3――多様化する株式市場への上場手段に向けたニューヨーク証券取引所の取り組み

3――多様化する株式市場への上場手段に向けたニューヨーク証券取引所の取り組み

このような中、米国ではニューヨーク証券取引所によりダイレクトリスティングの普及に向けた取り組みが行われている。米国では上場企業の数が減少しており、証券取引所は市場の活性化が求められている。米国の上場企業の数は1996年の8090社をピークに2018年には4397社と、約半数に減少している(図表2)。株主訴訟の増加や上場維持に係るコストなどから、非上場化を選択する企業もあり上場の意義が問われている3

こうしたことから、ニューヨーク証券取引所はダイレクトリスティングの普及に向けた実証実験やダイレクトリスティングによる上場の際に資金調達を可能にするといった取り組みを行っている4
 
米国の上場企業減少の背景

・スタートアップがベンチャーキャピタルから資金調達を行いやすくなった
・SOX法(2002年制定)など上場企業への規制強化
・アクティビストや株主訴訟の増加

図表2 米国の上場企業数の推移
 
3 Wall Street Journal(2018)
4 日本経済新聞(2020b) , ロイター通信(2020)
 

4――日本での上場手段の多様化に向けて

4――日本での上場手段の多様化に向けて

一方で、日本ではダイレクトリスティングは1999年に杏林製薬が行った事例があるものの、普及には至っていない5。また、SPACについては制度自体が整備されていない。日本では、こうした上場手段の多様化は進んでいないのが現状だ。

日本では、元々スタートアップへの投資が米国などと比較して少ない6。スタートアップの少なさは、日本の株式市場や経済の停滞の一因となっている。

図表3、4は日米の主要企業(時価総額上位100社)の設立からの年数と売上高成長率を示している。これを見ると、米国ではGAFA7をはじめとした設立からの年数が比較的浅いテクノロジー企業が、主要な企業となっている。

これらの企業はインターネットの普及後に急速な成長を遂げて、現在では米国の主要な企業となっている。また、米国ではGAFA以外の企業についても設立からの年数が比較的若い企業が多くを占めている。特に、クラウドデータプラットフォーマーのSnow Flakeやオンライン会議のZoomといった、ユーザーにとって特段の機器などの購入が必要なく速やかに導入できるSaas8関連企業が急速な成長を遂げている。インターネット普及後の情報通信産業の成長が株式市場を牽引し、現在では主要な企業となっていることが分かる。

それに対し、日本の上場株式市場では、設立からの年数が長い企業の割合が多く、若い企業が少ない(図表4)。大きな円で示されている特に時価総額の大きい企業は設立年数30年から90年の範囲に多く分布している。また、成長率の高い企業が少ないことが分かる。日本では、トヨタやソニーなど設立からの年数が長い企業が主要な企業となっている。自動車、電機といった旧来の産業に代わる新たな産業の成長が少なかったことが日本の株式市場や経済の停滞の一つの要因と言える。

日本の株式市場の成長や取引所の活性化には、成長性の高いデジタル産業などのスタートアップの育成を促す必要があるだろう。政府は「オープンイノベーション促進税制」を創設、スタートアップへの投資を促進する取り組みを行っている9。この中で、スタートアップ育成のエコシステムを構築することが必要と指摘している。

そうしたエコシステムを確立する上で、スタートアップへの投資の出口となる上場手段を多様化し、効果的な上場手段を選択できるようにすることは喫緊の課題であろう。ダイレクトリスティングなどは株式の希薄化を抑え、また、投資資金を速やかに回収できる利点がある。上場が簡単になり、投資資金の回収が速やかに行われることで、新たなスタートアップへの再投資が促されることになる。

このように上場手段の多様化は、スタートアップへの投資、上場による投資資金の回収というスタートアップ育成のエコシステムの促進、今後の株式市場の成長に資すると考えられる。
図表3 米国の主要な企業(時価総額上位100位)の設立からの年数と売上高成長率
図表4 日本の主要な企業(時価総額上位100位)の設立からの年数と売上高成長率
 
5 日経ビジネス(2019)
6 原田(2020)
7 米国の主要IT企業であるGoogle、Apple、Facebook、Amazonの総称
8 Software as a Service(サービスとしてのソフトウェア)の略称
9 経済産業省 「オープンイノベーション促進税制」
 

5――おわりに

5――おわりに

本稿では、米国でIPOに代わって増加するSPACやダイレクトリスティングによる株式市場への上場とこれらの日本での活用について述べた。米国では上場企業の数が減少し、取引所の活性化が課題となっている。このような中で、SPACやダイレクトリスティングといった新たな上場手段の普及による上場の促進に向けた取り組みが行われている。

日本でも、上場手段の多様化は証券市場の活性化やスタートアップへの投資の促進に資すると考えられ、本格的な対応が必要だと思われる。

【参考文献】

日経新聞(2020a),「新型コロナで上場手法に多様化の波」, 2020年10月2日 
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO64513040S0A001C2ENI000?s=4
 
Jay R. Ritter University of Florida(2019), 「Why Don’t Issuers Get Upset About Leaving Money on the Table in IPOs?」, 2019年10月1日  <https://site.warrington.ufl.edu/ritter/ipo-data/
 
Wall Street Journal(2018), 「Fewer Listed Companies: Is That Good or Bad for Stock Markets?」, 2018年1月4日<         https://www.wsj.com/articles/fewer-listed-companies-is-that-good-or-bad-for-stock-markets-1515100040
 
U.S. SECURITIES AND EXCHANGE COMMISSION(2020), 「Investing in the Public Option: Promoting Growth in Our Public Markets Remarks at The SEC Speaks in 2020」, 2020/10/8
<https://www.sec.gov/news/speech/lee-investing-public-option-sec-speaks-100820>
 
日本経済新聞(2020b), 「NY証取、「直接上場」で資金調達 SECが認可」, 2020年8月28日
<https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63146000Y0A820C2000000/
 
ロイター通信(2020),「NYSE、企業に直接上場の実証試験参加を勧誘」, 2020年10月16日 <https://jp.reuters.com/article/nyse-direct-listing-idJPKBN27103S>
 
日経ビジネス(2019), 「スラックが活用、直接上場とは? 実は日本企業も実施例が」,  2019年6月21日<https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/062100474/>
 
原田哲志(2020) ,「活発化する世界のスタートアップへの投資~増加するSPACを通じた株式市場への上場」, 2020年8月28日< https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66027?site=nli>
 
経済産業省,「オープンイノベーション促進税制」
<https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/open_innovation/open_innovation_zei.html>
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2020年11月27日「基礎研レポート」)

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