2020年11月27日

中国経済の見通し-コロナ禍をいち早く克服したかに見える中国、これからどうなるのか?

三尾 幸吉郎

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1.中国経済の概況

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国武漢で広まって1年が経過した1。中国政府が防疫を優先し武漢を都市封鎖するなど経済活動を厳しく制限したため、20年1-3月期の成長率は実質で前年比6.8%減と大きく落ち込むこととなった。しかし、4月8日に武漢の都市封鎖を解除し経済活動再開に舵を切った4-6月期には、成長率が同3.2%増まで回復し、7-9月期も同4.9%増と2四半期連続で前年水準を上回った。そして、20年累計(1-9月期)でも前年比0.7%増とプラス成長に転じた。コロナ禍が襲来する前(19年10-12月期)の実質GDPを基準=100として指数化したのが図表-1である。これを見ると、1-3月期に89.4まで落ち込んだあと、4-6月期には100.6と若干ながら基準を上回り、7-9月期には103.6と基準を明確に上回り、新型コロナ前の成長トレンド(年率6%強)まであともう一歩のところまで漕ぎ付くこととなった。

国内総生産(GDP)を産業別に見ると、宿泊飲食業や卸小売業はコロナ禍が人々に与えた恐怖心やその対策として導入された厳しい行動制限の影響で回復が遅れ、20年累計(1-9月期)ではそれぞれ前年比16.9%減、同2.1%減とマイナス成長を脱していない。但し、四半期毎に見ると宿泊飲食業は1-3月期に前年比35.3%減まで落ち込んだあと、4-6月期には同18.0%減、7-9月期には同5.1%減とマイナス幅を縮め、卸小売業も1-3月期に前年比17.8%減まで落ち込んだあと、4-6月期には同1.2%増、7-9月期には同3.1%増と前年水準を上回ってきた。

一方、コロナ禍が追い風となった産業もある。テレワークやオンライン教育・医療などが盛り上がった情報通信・ソフトウェア・ITだ。1-3月期にも前年比13.2%増と高成長を続け、4-6月期は同15.7%増、7-9月期も同18.8%増と勢いが衰えない。また、GDPの3割近くを占める製造業を確認すると、1-3月期に前年比10.2%減まで落ち込んだあと、4-6月期は同4.4%増、7-9月期も同6.1%増と順調に回復している。いち早く生産体制を立て直し、輸出を伸ばしたことが背景にある。

他方、インフレ動向をみると、アフリカ豚熱(ASF)の影響で消費者物価は20年1月に前年比5.4%まで上昇率を高め、その後もしばらく高止まりしたが、コロナ禍による需要減を背景に交通通信、居住、衣類などは下落、10月には食品・エネルギーを除くコア部分で同0.5%上昇、全体でも同0.5%上昇と、今年の抑制目標(3.5%前後)を下回る水準まで低下してきた(図表-2)。
(図表-1)中国の国内総生産(GDP)/(図表-2)消費者物価指数(CPI)の推移
 
1 新型コロナウイルス感染症の経緯に関しては、「中国におけるコロナ禍との闘いを振り返って~今後の政策運営にどう影響するのか?」(ニッセイ基礎研レポート 2020-10-30)にで、より詳細に分析している

2.景気動向

2.景気動向

(図表-3)小売売上高の推移 1|個人消費
個人消費の代表指標である小売売上高を見ると(図表-3)、1-2月期に前年比20.5%減まで落ち込んだあと、コロナ禍が収束に向かうにつれて持ち直し、10月には前年比4.3%増まで回復してきた。但し、20年度累計(1-10月期)では前年比5.9%減と、マイナス圏を抜け出せずにいる。

他方、コロナ禍による行動変容が追い風となったネット販売(商品とサービス)は、1-2月期に前年比3.0%減まで落ち込んだあと、早くも3月には同3.6%増(推定2)と前年水準を回復し、10月には同21.7%増(推定)とコロナ前の成長トレンド(19年は前年比16.5%増)を上回り、20年度累計(1-10月期)でも前年比10.9%増と2桁成長している。

内訳が公表される一定規模以上の小売統計を見ると(20年1-10月期)、飲食が前年比17.8%減、衣類等が同9.7%減、家具類が同8.7%減、家電類が同7.0%減、自動車が同4.5%減とマイナス圏を抜け出せずにいる一方、化粧品は同5.9%増、日用品類は同7.4%増とプラス圏に浮上してきた。

なお、今後の消費動向を占う上で重要な指標を確認しておくと、全国住民一人当たり可処分所得は1-6月期に実質で前年比1.3%減まで落ち込んだが、1-9月期には同0.6%増とプラスに転じ、7-9月期は筆者推定で同4.4%増とプラスに転じた模様である。また、調査失業率(31大都市)は5月に5.9%まで上昇したものの、10月には5.3%まで低下しており、新型コロナ前(19年12月)の5.2%まで0.1ポイントのところまで回復してきた。なお、消費者信頼感指数(中国国家統計局)も底打ちした模様である。6月に112.6まで落ち込んだあと、9月には120.5まで持ち直しており、新型コロナ前の126.6まであともう一歩のレベルにある。
 
2 中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。
2|投資
他方、投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)を見ると、1-2月期に前年比24.5%減まで落ち込んだあと、早くも3月には同0.2%増(推定)と前年水準を回復し、5月以降は前年比10%増前後の高い伸びを示している。内訳を見ると(20年1-10月期)、製造業は前年比5.3%減とマイナス圏を抜け出せずにいるものの、インフラ投資は同0.7%増と前年水準を上回り、不動産開発投資が同6.3%増と前年水準を大きく上回ってきた。但し、新型コロナ対策で主役となったインフラ投資の推移を見ると(図表-4)、1-2月期に前年比30.3%減まで大きく落ち込んだあと、早くも3月には同1.5%増(推定)と前年水準を回復し、5月には同15.7%増(推定)とV字回復したが、8月以降は伸びが鈍ってきている。さらに、国有・国有持ち株企業の投資を見ると、6月の前年比22.4%増(推定)をピークに頭打ちとなっており、景気対策の効果には息切れ感が見られる。
3|輸出
一方、輸出(ドルベース)の動きを見ると、1-2月期に前年比17.1%減まで落ち込んだあと、農民工(農村からの出稼ぎ労働者)が職場復帰した4-6月期には前年水準を回復し、欧米先進国の経済活動再開とともに伸びを高め10月には同11.4%増まで回復してきた(図表-5)。しかし、ここもと欧米先進国では再びコロナ禍が拡大し始め、輸出の先行きには暗雲が垂れ込めてきている。
(図表-4)インフラ投資の推移/(図表-5)中国の対米輸出(ドルベース)
4|その他の注目指標
その他の指標として、COVID-19の新規確認症例の推移を確認しておくと(図表-6)、中国各地で散発的にクラスター(感染者集団)が発生してはいるものの、新規確認症例は50名を下回る状態であり、小振りな感染に留まっている。但し、経過観察中の濃厚接触者や無症状感染者が9月上旬をボトムに増加傾向にある点は気がかりで、来たる春節((旧正月、2月12日)は要注意である。

また、景気動向を総合的に確認すべく「景気インデックス(工業生産、サービス業生産、建築業PMIの3つを筆者が合成加工したもので、月次の景気指標を実質成長率に換算するとどの程度かを表示)」を見ておきたい。最近の推移を見ると(図表-7)、2月に前年比9.7%減まで急減速したあと、4月には同0.6%増と前年水準を回復し、10月には同6.7%増まで伸びを高めてきている。
(図表-6)COVID-19の新規確認症例/(図表-7)景気インデックス

3.財政金融政策

3.財政金融政策

1|財政政策
新型コロナ対策として中国政府が取った財政面の施策としては、5月22日~28日に開催された第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)第3回会議で、「積極的な財政政策はより積極的かつ効果的なものにする必要がある。今年の財政赤字の対GDP 比は3.6%以上とし、財政赤字の規模は前年度比1兆元増とするほか、感染症対策特別国債を1 兆元発行する」としたのに加えて、「今年は地方特別債を昨年より1 兆6000 億元増やして3 兆7500 億元」にするとし、20年の財政支出は19年よりも3.6兆元(日本円換算約57兆円)上乗せしたことがある。その資金を調達すべく中央政府と地方政府が債券発行を増やしたため、20年1-10月期に増加した政府債残高は7.3兆元(日本円換算で116兆円)と前年同期の4.3兆元を3兆元も上回っている3(図表-8)。

そして、公共衛生インフラの建設や老朽化した集合住宅の改良工事を本格化するとともに、 “新型インフラ”の建設に財政資金を投じ、次世代情報ネットワークを発展させてデータセンターの構築や新エネルギー車の普及を後押しし、コロナ後の経済発展を支える礎を築こうとしている。
 
3 国務院は景気対策として準備した2兆元のうち1.7兆元を地方に分配する計画であり、9月末までに1.57兆元を実施済としている
2|金融政策
他方、金融政策に関して前述の全人代では、「穏健な金融政策はより柔軟かつ適度なものにする必要がある。預金準備率と金利の引き下げ、再貸付などの手段を総合的に活用し、通貨供給量(M2)・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が前年度の水準を明らかに上回るよう促す」とした。さらに、3月1日に開始した「疫情融資4」の期限を、6月30日までから21年3月末までに延長した。そして、通貨供給量・社会融資総量は増加ペースを速めていった。但し、8月6日付の貨幣政策執行報告で中国人民銀行は、通貨供給量(M2)と社会融資総量残高の伸びに関して「合理的増加」という表現を用いており、過剰債務問題がさらに深刻化したことを背景に、金融政策は“じゃぶじゃぶの緩和”から引き締め方向へと、小幅に軌道修正したようだ(図表-9)。
(図表-8)政府債残高(中央+地方)の増加ペース(鮮度累計前年比)/(図表-9)社会融資総量残高のGDP成長率比の推移
 
4 資金繰りに窮した中小零細企業を救済するために、元本償還・利払いを一時的に延期するモラトリアム措置のこと
 

4.今後の見通し

4.今後の見通し

(図表-10)経済予測表 以上を踏まえて、20年の成長率は実質で前年比2.0%増、21年は同6.7%増、22年は同5.3%増と予想している(図表-10)。20年はコロナ禍に翻弄される年となったが、3.6兆元の財政出動と「疫情融資」と呼ばれるモラトリアム的な金融措置によって失速に歯止めをかけ、新型コロナ前の成長トレンドまでもう一歩というところまで回復してきた。しかし、前述のように景気対策の効果には息切れ感があり、欧米先進国では再びコロナ禍が拡大し始め、輸出の先行きにも暗雲が垂れ込めてきた。

他方、中国国内では、COVID-19の新規確認症例が50名を下回る状態が続いており、経済活動を正常化する流れは途切れていない。そして、国民の恐怖心が薄れるのに伴って“リベンジ消費”が盛り上がり、中国政府もそれを後押ししている5。さらに、中国政府は“新型インフラ”の建設に財政資金を投じ、次世代情報ネットワークを発展させてデータセンターの構築や新エネルギー車の普及を後押しし、新型コロナ後の経済発展を支える礎を築こうとしている6。そして、上海市が23年までに2700億元、重慶市が22年までに3983億元、深圳市が25年までに4119億元の行動計画を打ち出すなど地方政府も動き出し、それに呼応して民間企業もデジタル投資を加速している。したがって、10-12月期の成長率は7-9月期よりも加速し前年比6.6%増と予想している。 

しかし、21年1-3月期には調整局面を迎えるだろう。昨冬を振り返ると、武漢で催された春節を祝う会(忘年会・新年会に相当)が大型クラスター(感染者集団)を発生させるとともに、農民工(出稼ぎ労働者)の帰省ラッシュがコロナ禍を全土に拡散させることとなった。したがって、ワクチンの普及が間に合わない今冬も、防疫を優先して経済活動を制限する可能性が高く、成長率は前期比でマイナスに落ち込むだろう。但し、前年比の成長率に関しては、比較対象となる前年同期の水準が極端に低かったということがあるため、前年比14.0%増と高い伸びになるだろう。

その後の中国経済は、潜在成長力(5~6%)の下限に近い水準で推移すると見ている。前述した内需振興策により個人消費や民間投資が勢いを増す一方、新型コロナ対策で拡大した財政赤字は縮小せざるを得ず、新型コロナ対策で膨らんだ過剰債務も縮小せざるを得ず、新型コロナ対策で緩んだ金融紀律を引き締める必要もでてくるからだ。そして、「疫情融資」が期限を迎える21年4月以降は金融危機への心の準備が必要になる。もし「疫情融資」を収束する過程で中国政府がさじ加減を間違えれば、中国で“4月危機”が起きる恐れも排除しきれないためだ。
 
5 中国では10月29日にも国家発展改革委員会など中央14省庁が「内需消費拡大活動方案」と称する内需消費拡大策(オフラインサービスのインターネットとの融合加速、サービス消費の盛り返し、モノ消費の促進、製造業の支援拡大など)を発表するなど、中国国務院が9月に打ち出した「新型消費」のテコ入れが具体化してきている。
6 20年9月末時点の5G基地局数は中国工業情報化部の発表したところによれば69万に達した。
 
 

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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2020年11月27日「Weekly エコノミスト・レター」)

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【中国経済の見通し-コロナ禍をいち早く克服したかに見える中国、これからどうなるのか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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