2020年11月26日

ソルベンシーIIの2020年レビューを巡る動向-3月以降の全体的な流れと影響評価を巡る動向-

中村 亮一

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3|予測される影響の予備的評価
イニシアティブの効果については、現時点では十分に予測できないCOVID-19危機を契機とした今後の経済・金融動向にも左右される可能性がある、としている。

予想される経済的影響
イニシアティブによって直接影響を受ける主な利害関係者は、保険及び再保険会社、それらを監督する監督当局、及び現在及び将来の保険契約者である。

特定の政策オプションは、資本要件の増加につながる可能性があるが(例えば、標準式のマイナス金利のリスクを反映する)、他の選択は逆にそれらを減らす可能性がある(例えば、長期及び/又はグリーン投資の資本要件を減らす)。資本要件への全体的な影響は、COVID-19危機の余波におけるEUの景気回復の資金調達に対する保険会社の重要な貢献を考慮に入れて、好ましい政策オプションが何であるのかによって異なる。

このイニシアティブは、保険会社が長期商品に保証を適切に提供し、長期投資を行うことを不当に妨げる潜在的な障害に対処し、したがって、資本市場同盟の目的に沿って、実際のEU経済、特に中小企業の長期資金調達への保険会社の貢献を促進する可能性がある。さらに、このイニシアティブは、長引く低利回り環境を資本要件に反映することで、保険会社がさらされているリスクをより適切に定量化かつ管理できるようになり、したがって、金融ショックに対する耐性が高まり、新契約を引き受け、長期的な視点で投資する能力を改善させる。平均して、保険会社の自己資本のレベルは、フレームワークで必要とされるレベルの2倍以上であるため、このイニシアティブは、殆どの場合、重要かつ即時の資本ニーズを生み出すべきではない。したがって、ソルベンシーIIの潜在的な修正が、経済の長期資金調達に対する保険会社の貢献を妨げることはないと予想される。

最後に、再建や破綻処理の枠組みなどの分野で新しい措置を導入する可能性があり、国境を越えた活動の監督を強化し、監督上のコンバージェンスを促進することを目的とすることにより、イニシアティブはEUでの競争を激化させ、 保険及び再保険サービスの単一市場の秩序ある効率的な機能に貢献し、潜在的な金融安定性の懸念に対処する。

予想される社会的影響
このイニシアティブは、保険者によるより健全なリスク管理慣行を促進することによって、保険契約者保護の改善に貢献することができる。保険セクターが財務的に強く、適切なリスクベースの枠組みの下で監督され続けることを確保することによって、保険会社の社会の強靱性を支援するための行動を促進することもできる。加えて、国のIGSの調和や再建と破綻処理のための調和した体制などの新しい規定の潜在的な導入は、保険会社と再保険会社の破綻によって生じるリスクとコストから保険契約者と納税者をさらに保護することができる。

ソルベンシーIIは、(ユニットリンク又はインデックスリンクの商品を介して)保険契約者へのリスクと報酬の移転を促進することを目的としていなかった。ただし、リスクに敏感なフレームワークは、提供される保険商品の設計に影響を与える可能性があり、長引く低金利環境の中でさらに進化する可能性がある。このイニシアティブは、保険商品の設計にさらに影響を与える可能性がある。これには、保証、流動性、及び提供されるリターンの点で機能の新しい組み合わせを備えたものが含まれる。このような潜在的な新商品は、欧州の人口の高齢化が退職のための追加の個人貯蓄の必要性に影響を与える可能性があるため、特に年金の分野で、保険の適用範囲に対する消費者のニーズの高まりに対応できる。

予想される環境への影響
レビューの結果は、気候リスクと環境リスクのより良い管理と金融システムへの統合に貢献することも目的としている。第一に、保険会社が投資に対してより長期的な視点を持つよう奨励することを目的とすることにより、このイニシアティブは、経済のグリーン化と欧州の気候目的に対する保険セクターの貢献を強化することができる。第二に、引受方針における持続可能性リスクのより良い統合は、持続可能性リスク、特に自然災害から生じるリスクに対する回復力を高めるのに役立つ。

基本的権利への予想される影響
この計画が基本的権利に直接影響を与えるとは思われない。

簡素化及び/又は管理上の負担に対する影響の可能性
このイニシアティブは、2つの補完的な方法で、小規模であまり洗練されていない保険会社に対する過度な規制負担を軽減することを目的としている。まず、ソルベンシーIIの適用をトリガーする臨界値を更新する可能性があるため、このイニシアティブは、単純なリスクプロファイルを持つ小規模保険会社を指令の範囲からさらに免除する可能性がある。第二に、報告と開示、先制的な再建と破綻処理の計画に関連するものを含め、フレームワークの全ての分野で比例原則の適用を強化しようとする。ただし、これは保険契約者及び受益者の保護レベルに重大な影響を与えるべきではない。
 

5―これらの影響評価に関する協議文書等に対するInsurance Europeの見解

5―これらの影響評価に関する協議文書等に対するInsurance Europeの見解

ここでは、これらのEIOPAと欧州委員会からの影響評価に関する協議文書等に対するInsurance Europeの見解を報告する。

1|EIOPAの影響評価に対する6月の見解
Insurance Europeは、6月24日に、2020年3月から6月の間に実施されたEIOPAの全体的影響評価に関して、「EIOPAの全体的影響評価に関する見解」を欧州委員会に提出したと公表5した。

Insurance Europeは、2020年のソルベンシーIIのレビューにおいて、EC(欧州委員会)、EIOPA、及びその他全ての利害関係者との継続的な関与を楽しみにしており、以下で提起された見解をより詳細に議論する機会を歓迎する、と述べている。

また、EIOPAは、「バランスの取れた結果」の達成を目指しており、金利リスク・サブモジュールを除き、欧州保険会社の総所要自己資本を増加させないことを目的とした技術的助言の提供にコミットしているが、バランスのとれた結果が適切であるという証拠を提供していない、とし、国及び欧州レベルでバランスのとれた結果の目的を達成すべきである、と述べている。

また、Insurance Europeは、ソルベンシーIIは不必要に保守的であり、総資本水準の純減が正当化されると考えている、と述べている。

キーメッセージと特定の提案に対するコメントのポイントは、以下の通りとなっている。

キーメッセージ
EIOPAは、「バランスの取れた結果」の達成を目指しており、金利リスク・サブモジュールを除き、欧州保険会社の総所要自己資本を増加させないことを目的とした技術的助言の提供にコミットしている。しかし、EIOPAはバランスのとれた結果が適切であるという証拠を提供しておらず、いずれにせよ、国及び欧州レベルでバランスのとれた結果の目的を達成すべきである。

逆に、Insurance Europeは、ソルベンシーIIは不必要に保守的であり、総資本水準の純減が正当化されると考えている。

HIA(全体影響評価)で検証されていない政策措置、例えばグループに対する政策措置は、バランスのとれた結果の一部として含めるべきである。同様に、IBOR(銀行間取引金利)の移行の影響も考慮されるべきであるが、そのような移行は、そもそもマイナスの影響を及ぼすべきではない。

EIOPAが、第2のHIAを通じて、COVID-19の影響を受ける市場状況下での潜在的な変化をテストしようとする試みを歓迎する。しかし、3月以降の金融市場の回復により、実際には前回とは大きく異なるデータセットが提供されない可能性がある。EIOPAは、ECに対する最終勧告の中で、提案が幅広い経済状況の下で実際に機能することを確保すべきである。例えば、2008年又は2011年の危機で経験したのと同様の市場状況の下で、提案の影響を評価すべきである。

特定の提案に関するコメント
RFR(リスクフリー・レート)の補外:Insurance Europeは、既存の補外方法とパラメータを引き続き支持している。マッチング基準と残存債券基準は、RFRの枠組みの重要な要素である。補外アプローチでは、これらの2つの基準をアンカーポイントとして維持する必要がある。

VA(ボラティリティ調整):EIOPAがVAに損害を与える非経済的な変化を追求し続けていることに失望している。

・リスク補正を変更する十分な根拠がない。既存の方法論は、危機後に発生するかもしれないデフォルトによる損失のレベルに関する懸念をカバーするのに十分に保守的である。EIOPAが当初の提案に少し手を加えただけでは、リスク修正が一般的なスプレッドの割合として設定されているという業界の強い信頼できる懸念に対処できない。さらに、この提案はフレームワークにおけるプロシクリカリティを増加させる。

・改正された流動性適用比率基準は依然として欠陥があり、業界は強く反対している。流動性は、第一の柱ではなく、第二の柱と第三の柱で取り扱うべきである。

・しかしながら、提案されているVAの変更のいくつかは、VAが低すぎて人為的なバランスシートの変動に十分に対応していないという業界の立場を反映しており、正しい方向へのステップとして歓迎される。これには、「再スケール係数」の追加、GAR(一般適用比率)の65%が低すぎるとの認識、強化された国の構成要素(オプション7)が含まれる。

リスクマージン:ラムダ係数を含めるというEIOPAの提案は正しい方向への一歩だが、このスカラーの較正が適切であることを保証するにはさらに作業が必要となる。EIOPAのリスクマージンに関する提案は、その過剰な規模とボラティリティに対処するには不十分である。ラムダの0.975という値は高すぎ、0.5という下限は適切に正当化されていない。EIOPAは、リスクマージンを次のように改善する必要がある。

・長期的なリスク依存性の影響をよりよく反映させるために、ラムダパラメータとその提案されたフロアを再調整する。

・同一会社内の生命保険事業と損害保険事業の間、又はグループ内の異なる企業間での分散化を認める。

・資本コスト率を3%に引き下げる。これは業界が提示している証拠に沿ったものである。

金利リスクSCR:EIOPAの提案は過度に懲罰的で非経済的である。標準式金利リスク要件は、金利の実効下限を適切に反映し、標準補外法を用いてストレス曲線の非流動性部分を計算しなければならない。

・データを要求する2つの「オプショナルな」構造も、業界の懸念を解決するには不十分である。特に、EIOPAが提案する金利の下限水準は、実効性がなく、金利の下限を反映していない。

動的ボラティリティ調整(DVA:Insurance Europeは、DVAが内部モデルの有効なツールとして認識され、DVAの標準式がテストされることを歓迎する。

・内部モデルについては、業界は、DVAプルーデンス原則の強化が追加的な不当な計算負荷と不安定なクリフ効果を生み出す可能性があることを懸念している。

・標準式については、提案されているアプローチは過度に保守的であり、ECの資本市場同盟の目的にとって有害な無格付債を除外している。

長期株式(LTE:EIOPAの改訂LTE提案は、LTEサブモジュールの範囲を拡大することは期待されておらず、そのため価値は限定的である。

・生命保険会社にとっては、流動性規制の不備や過度のデュレーション要件により、一部の長期年金 商品にしか適用されない。

・生命保険以外では、バイナリーアプリケーションアプローチと制限付きHQLA(適格流動資産)評価は、不必要にその使用を制限している。

自己資本バッファー:信用スプレッドが過度に圧縮された場合に適用される追加的な裁量的バッファーを含めることは不要であり、システミックリスクに対処するための追加的な資本アドオンを効果的に創出する。Insurance Europeはこれに強く反対している。

非比例再保険:Insurance Europeは、非比例再保険を損害保険料リスクで認識するための代替的なアプローチのテストを歓迎する。しかし、これを実行可能な解決策にするために克服する必要があるいくつかの技術的課題が残っている。

2|欧州委員会による開始影響評価への見解
Insurance Europeは、8月31日に、欧州委員会からの開始影響評価に関するロードマップについての協議への回答を公表9した。

これによると、その概要は以下の通りとなっている。

概要
Insurance Europeは、EC開始影響評価を歓迎し、その目的と政策オプションに相当程度同意する。しかし、正しい結果を保証するために必要ないくつかの重要な欠落といくつかの改良がある。

ソルベンシーII(SII) は強く支持されているが、過度に保守的であり、特に長期的な商品と投資の提供に関連して、不必要なコストと障壁を生み出すいくつかの測定上の欠陥と過度の運用上の負担がある。SIIのレビューは、資本要件の増加につながるべきではなく、また、特定の商品については、実際のリスクをより良く反映することが、資本の正当なリリースにつながる。この結果は、保険者が長期的な商品を提供し、再建、持続可能な成長、及びネットゼロ炭素経済への転換を支援する役割を果たすために必要である。

目的及び政策オプション:
・目的1は支援する。しかし、人為的なボラティリティの緩和が鍵となる一方で、保険者の債務、特に長期債務が過大にならないことの確保投資に対する資本チャージが適切であることの確保という2つの要素を追加すべきである。SIIが債務や一部の資本要件を過大評価し、人為的なバランスシートのボラティリティを生み出す可能性があるという懸念を踏まえ、資本要件全体の、正当化され、必要とされる削減をもたらす政策オプションが検討されることも、より明確にすべきである。

・目的2を支援する。

・目的3において、SIIは適切に実施されれば十分に高い保護を提供するので、保護を強化する必要はない。焦点は、SIIが適切に適用されることを確保すること、及びFOS(サービスの自由)/FOE(設立の自由)の監督上の調整に置かれるべきである。IGSを調和させる代わりに、加盟国は市場に最も適した機能を選択する柔軟性を持つべきである。

保険セクターのシステミックリスクは限定的であり、SIIは既に非常に包括的である。いかなる新しい措置も、IAIS(保険監督者国際機構)の包括的枠組みを適用し、プロシクリカリティを回避することに限定されるべきであり、ECのCfA(助言要請)を超えるべきではない。

・Insurance Europeは、気候変動に対処するためのインセンティブとして、リスクに基づかない資本要件の削減をサポートしていない。SIIの障壁を取り除くことは、ECの強力な規制イニシアティブ(SFDR(サステナビリティファイナンス開示規制)、分類法、NFRD(非財務情報開示指令))及びより広範なEUグリーンディールとともに、保険会社自身の自然な利益及びビジネスモデルと組み合わせると十分に強力なインセンティブを生み出す。

次の2つの目的を追加する必要がある。
欧州業界の国際競争力の確保。SIIは、測定上の欠陥及び較正に対する全体的なアプローチのため、極めて保守的である。他の管轄区域では、規制の枠組みの設計と調整において、保険会社の長期的なビジネスモデルの特別な特性や経済的及び社会的目的に対してはるかに大きな考慮を払っているようにみえる。

・監督報告要件に関するECの適合性チェックに沿っての報告要件の簡素化及び合理化
経済的・社会的影響について

ECは、産業の資本化が強力であることは、資本要件(例えば、金利に対して)の増加が悪影響を及ぼさないことを意味すると指摘している。これは誤りである。なぜなら、たとえ保険者が増資を 「行うことができる」ように見えても、資本の絶対水準は依然として重要であり、人為的なボラティリティは高いバッファーを必要とするからである。保険会社は通常、どの商品や関連する投資戦略が実行可能であるか、また顧客にどの程度チャージする必要があるかを評価する際に、商品に資本を配分する。さらに低いリスクフリーレートを予測したり、金利リスクショックのためにSCRを引き上げたりすることは、保険会社が長期保証付き商品を提供する能力を阻害し、保険契約者にリスクを転嫁させるなど、重大な負の影響をもたらす可能性がある。

影響評価について:
管轄区域及びEU全体のレベルで、通常の市場条件とストレスのある市場条件の両方に対して、政策オプションの累積効果(資本と運用コスト)を完全に理解して測定することが重要である。
 

6―まとめ

6―まとめ

以上、今回のレポートでは、ソルベンシーIIのレビューを巡る2020年3月以降の全体の流れと、全体的な影響評価に関するEIOPAの情報要求、欧州委員会による市中協議及びこれらに対するInsurance Europeの反応について報告した。

EUは2016年からのソルベンシーIIの導入においても何回かの影響評価を行い、各種の制度設計やその変更が実際の保険業界や金融市場に与える影響等の分析を行うことで、意思決定を行ってきた。こうすることで、制度設計の合理性や透明性等を確保しつつ、利害関係者への説明責任を果たしてきた。こうしたプロセスは、IAISにおけるICS(保険資本規制)や日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の導入や検討においても重要なものであり、大変参考になるものである。

次回のレポートでは、ソルベンシーIIのレビューの具体的な内容についての欧州委員会の市中協議文書及びそれに対するInsurance Europe等の反応について報告する。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年11月26日「保険・年金フォーカス」)

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