2020年11月26日

ソルベンシーIIの2020年レビューを巡る動向-3月以降の全体的な流れと影響評価を巡る動向-

中村 亮一

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1―はじめに

EU(欧州連合)におけるソルベンシーIIに関しては、2016年の導入後、各種のレビューが行われてきているが、大きなレビューの第2段階として、ソルベンシーIIの枠組みの見直しが2021年までに行われる予定となっており、その検討が1年半以上前にスタートしている。欧州委員会は、EIOPA(欧州保険年金監督局)に対して、2019年2月11日に指令2009/138 / EC(ソルベンシーII指令)のレビューに関する助言要請1を行った。これを受けて、EIOPAが検討を進めていたが、2019年10月15日に、ソルベンシーIIの2020年レビューにおける技術的助言に関するコンサルテーション・ペーパーを公表2した。これに対して、欧州の保険業界団体であるInsurance Europe(保険ヨーロッパ)は、2020年1月15日に、欧州保険会社のCFO及びCROの集まりであるCFO Forum及びCRO Forumと共同でEIOPAに対して意見提出を行うとともに、その内容を公表3した。

ここまでの動きについては、これまでの保険年金フォーカス等で報告してきた。その後、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大等の影響もあったが、ソルベンシーIIレビューに向けた検討が着実に進められてきている。ただし、EIOPAは、当初の予定では2020年6月30日までに、欧州委員会に対して、ソルベンシーIIレビューに関する最終的な技術的助言を、これらの助言による変更が行われた場合の保険会社のソルベンシーに与える影響を定量化した影響評価とともに提出する予定になっていたが、COVID-19の感染拡大を受けて、助言提出を2020年12月末に延期した、これに伴い、欧州委員会による改正案の提出も2021年第3四半期になることが計画されることとなった。

12月末にEIOPAによる最終的な技術的助言が提出される前に、ソルベンシーIIのレビューを巡る2020年3月以降のこれまでの動向について、一連のレポートにて報告する。まずは、今回のレポートでは、これまでの全体の流れと、全体的な影響評価に関するEIOPAの情報要求、欧州委員会による市中協議及びこれらに対するInsurance Europeの反応について報告する。  

2―ソルベンシーIIのレビューを巡る2020年3月以降の動き

2―ソルベンシーIIのレビューを巡る2020年3月以降の動

ここでは、ソルベンシーIIのレビューを巡る2020年3月以降の動きの概要について報告する。

EIOPAは2020年1月29日にソルベンシーIIレビューに関する助言ドラフトの影響に関する情報要求を開始4した。当初は3月末までに報告が求められていたが、3月17日に、COVID-19の影響を考慮して、期限が6月1日に延長されることが発表された。

一方で、Insurance Europeは、これらの情報要求に対する反応を踏まえて、2020年6月に「EIOPAの全体的影響評価に関する見解」5を欧州委員会に提出したと公表した。

なお、EIOPAは、7月1日に、COVID-19の感染拡大を受けて、2020年6月30日を参照日とする追加の情報要求(提出期限は9月14日)6を行い、これにより、COVID-19が金融市場や保険事業に与える影響を考慮した全体的な影響評価が行えるようになるとした。

また、EIOPAは、当初の予定では2020年6月30日までに、欧州委員会に対して、ソルベンシーIIレビューに関する最終的な技術的助言を、これらの助言による変更が行われた場合の保険会社のソルベンシーに与える影響を定量化した影響評価とともに提出する予定になっていたが、COVID-19の感染拡大を受けて、欧州委員会と緊密に連携して、2020年5月に、この助言提出を2020年12月末に延期することを決定した。

一方で、こうした状況下で、欧州委員会は7月1日に、開始影響評価に関するロードマップについてのフィードバックを求めるペーパーを公表7した(期限は8月26日)。この中で、欧州委員会によるソルベンシーII指令等の改正案の提出も2021年第3四半期になる計画であることが示された。さらに、欧州委員会は、同じく7月1日に、ソルベンシーIIのレビューに関するパブリック・コンサルテーション・ペーパー(市中協議文書)を公表8し、保険業界団体等からのフィードバックを求めた(期限は10月21日)。

これを受けて、Insurance Europeは、まずは8月31日に影響評価に関する協議に対応するペーパーを欧州委員会に提出したと公表9した。さらに、市中協議に対しては10月22日にポジション・ペーパーを公表10した。なお、Insurance Europeはこれらの協議に対する反応としての意見以外にも、欧州委員会のCMU(資本市場同盟)の行動計画等と関連付ける中で、例えば11月4日に「ソルベンシーIIレビューに関する保険業界の見解」と称するレター11を、他のCFO ForumやCRO Forum等の4つの団体と共同で、欧州委員会宛に提出する等、ソルベンシーIIレビューに関する意見を繰り返しかつ積極的に公表してきている。
 
4 https://www.eiopa.europa.eu/solvency-ii-review-information-request-national-supervisory-authorities
5 https://www.insuranceeurope.eu/views-eiopa-s-solvency-ii-holistic-impact-assessment
6 https://www.eiopa.europa.eu/browse/solvency-ii/2020-solvency-ii-review/complementary-information-request-holistic-impact
7 https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/12461-Review-of-measures-on-taking-up-and-pursuit-of-the-insurance-and-reinsurance-business-Solvency-II-#publication-details
8 https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/12461-Review-of-measures-on-taking-up-and-pursuit-of-the-insurance-and-reinsurance-business-Solvency-II-/public-consultation
9 https://www.insuranceeurope.eu/european-insurers-respond-ec-consultation-solvency-ii-review-impact-assessment
10 https://www.insuranceeurope.eu/fixing-flaws-solvency-ii-vital-unlock-long-term-investment-and-boost-eu-economic-growth-and-recovery
11 https://www.insuranceeurope.eu/sites/default/files/attachments/Insurance%20industry%20views%20on%20the%20Solvency%20II%20review.pdf
 

3―EIOPAによる情報要求

3―EIOPAによる情報要求

ここでは、EIOPAによる情報要求の内容について報告する。

1|元々の情報要求(第1HIA
EIOPAは2020年1月29日に、ソルベンシーIIレビューに関して、全体影響評価(Holistic Impact Assessment:HIA)を行うために、各国監督当局からの情報要求を3月2日から開始することを公表4した。これによれば、以下の通りである。

(1)概要
EEA(欧州経済領域)からのソルベンシーIIの対象となる保険及び再保険会社は、ソルベンシーIIの2020年レビューに関する助言ドラフトと会社のソルベンシーポジションへの重大な影響を組み合わせた影響に関する情報を提供するように求められる。

情報要求は、ソルベンシー計算の以下の導出に関連する変更の複合的な影響に関するものである:リスクフリーレートの期間構造、技術的準備金、自己資本、SCR(ソルベンシー資本要件)及びMCR(最低資本要件)

各国監督当局は、情報要求に参加する代表的なサンプル会社に連絡することが求められる。

なお、EEA加盟国ごとに、サンプルに属する会社は各国の監督当局により選択され、ソルベンシーIIの対象となるローカル市場における会社の少なくとも50%(生命保険の場合の技術的準備金及び損害保険の場合の保険料で測定)をカバーすることが求められる。ソルベンシーIIの適用範囲の変更(ソルベンシーII指令第4条の改訂案)は、サンプルを構成し、その市場シェアを決定する際に考慮に入れることができる。

(2)一般的なアプローチ
参加者は、以下の3つのシナリオに従って、ソルベンシーポジションに関する情報を提供することが求められる。

1) ベースラインシナリオ::ソルベンシーIIの現在の法的枠組み
2) シナリオ1:EIOPAの暫定的な助言に従ったベースラインの変更
3) シナリオ2:シナリオ1と同じだが、SCR標準式の金利リスク較正は変更されない

シナリオごとに、次のタイプの情報を提供する必要がある。

・VA(ボラティリティ調整)を使用する場合は、通貨ごとの会社固有のVA

・技術的準備金(全体として算出した最良推定値、リスクマージン、技術的準備金)

・SCRとMCRをカバーするために利用可能な自己資本と適格自己資本

・SCR及び標準式で計算される範囲で、モジュール、サブモジュール、繰延税金及び技術的準備金の損失吸収能力の調整、オペレーショナル・リスクに対する所要自己資本に関する情報

・MCR及びその構成要素(フロア、シーリング、線形生命保険要素、線形損害保険要素)

・さらに、これらのいくつかの計算に関する背景情報

シナリオに加えて、スプレッドリスクに対する自己資本要件をSCR標準式で計算し、VAを適用する参加者は、動的VAを考慮しつつ、スプレッドリスク・サブモジュールを再計算することが求められる。

シナリオに加えて、参加者は、EIOPAが現在検討している圧縮スプレッドに対する自己資本バッファーの最大影響に関する情報を提供することが求められる。

シナリオに加えて、金利リスクに対する資本要件をSCRの標準式で計算する参加者は、2つの代替的な較正に基づいて金利リスクに対する要件を計算することが要請される。これらの計算はオプションである。

シナリオ計算の基準日は2019年12月31日である。

(3)シナリオ1の技術的仕様
シナリオ1の技術的仕様については、EIOPAの暫定的な助言に従っているものであり、その具体的な内容については、EIOPAの今回の情報提供に関する技術的仕様や保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関するCPを公表(1)~(16)」(2019.10.29~2020.4.1)等を参照していただくことにして、ここでは説明しない。

(4)スケジュール等
保険及び再保険会社は、2020年6月1日(COVID-19の影響で、最初に公開された3月31日の期限を延長)までに完成した報告テンプレートをそれぞれの国の監督当局に提出する必要がある。テンプレートは、技術的仕様の指示に従い、技術情報を考慮して記入する必要がある。

なお、情報開示請求の結果については、2020年のソルベンシーII見直しに関する意見書の一部として、2020年12月に、企業データの機密性を確保するために匿名化又は集計された方法でのみ開示されることになる。
2|COVID-19の感染拡大を受けての追加の情報要求(第2HIA
EIOPAは、さらに7月1日に、COVID-19のパンデミックとその金融市場及び保険事業への影響を考慮して、追加の情報要求6を行った。

(1)概要
この補完的な要請の目的は、以下の情報を収集することである。

・全体的な影響評価の情報要求と同様に、提案の複合的な影響に関するデータを更新するが、基準日は2020年6月末となる。

・COVID-19パンデミックが保険事業に与える影響に関する特定のデータ。例えば、解約失効率や医療費請求への影響。

提案の複合的な影響に関しては、要請の負担を制限するために、最も重要な変更に焦点を当てている。前回の情報要請と比較して、多くの提案がこの要請に含まれていないことは、EIOPAがこれらの提案に対する立場を変えたことを意味しない。また、圧縮されたスプレッドのための自己資本バッファー、標準式のための動的ボラティリティ調整、金利リスクについての代替的な計算は、負担を最小化するために、また、これらの要素に対する政策ポジションを含意することなく、再度要求されない。

保険及び再保険会社は、2020年9月14日までに完成した報告テンプレートをそれぞれの国の監督当局に提出する必要がある。9月15日から24日までが各国監督当局による結果の検証で、9月24日が各国からの情報の報告期限となっている。

(2)一般的なアプローチ
参加者は、以下の3つのシナリオに従って、ソルベンシーポジションに関する情報を提供することが求められる。

1) ベースラインシナリオ::ソルベンシーIIの現在の法的枠組み
2) シナリオ1:EIOPAの暫定的な助言に従ったベースラインの変更
3) シナリオ2:シナリオ1と同じだが、SCR標準式の金利リスク較正は変更されない

シナリオごとに、次のタイプの情報を提供する必要がある。

・VAを使用する場合は、通貨ごとの会社固有のVA

・技術的準備金(全体として算出した最良推定値、リスクマージン、技術的準備金)

・SCRとMCRをカバーするために利用可能な自己資本と適格自己資本

・SCR、及び標準的な算式で計算される範囲で、モジュール、サブモジュール、繰延税金及び技術的準備金の損失吸収能力の調整、オペレーショナル・リスクに対する所要自己資本に関する情報

さらに、参加者は、COVID-19のパンデミックが保険事業に与える影響について具体的な情報を提供する必要がある。

これらの技術的仕様は、全体的影響評価のための仕様に基づいている。主な変更点は次の通りである。

・シナリオ1の変更の多くは、要求を最も重要な変更に絞り込むために削除されている。
・標準式における動的ボラティリティ調整、圧縮されたスプレッドのための自己資本バッファー、代替的な金利リスク較正に関する追加的な計算は削除されている。

・マクロ経済のボラティリティ調整の仕様は、セクション5.1.2に含まれている。

・全体的影響評価のための情報要請の際に提供されたQ&Aの一部は、仕様書に反映される。

変更を追跡するセクション5及び6のバージョンは、個別に提供される。

なお、テンプレートは、技術的仕様の指示に従い、技術情報を考慮して記入する必要がある。
 

4―欧州委員会による7月1日の市中協議文書

4―欧州委員会による7月1日の市中協議文書

ここでは、欧州委員会が2020年7月1日に公表7した開始影響評価に関するロードマップについてのフィードバックを求める市中協議文書の概要について報告する。

欧州委員会は、これに対して受領したインプットに基づいて、インプットがどのように受け入れられ、また一定の項目が取り上げられないのかの理由を説明する概要報告書をまとめることになる。

1|開始影響評価の目的
開始影響評価は、市民や利害関係者に欧州委員会の計画を知らせることを目的としており、その目的は、市民や利害関係者が意図されたイニシアティブについてのフィードバックを提供し、将来の協議活動に効果的に参加できるようにすることにある。市民と利害関係者は、特に、問題と可能な解決策についての欧州委員会の理解について意見を提供し、異なる選択肢が及ぼす可能性のある影響を含め、保有している可能性のある関連情報を共有するように求められる。
2|ソルベンシーIIの目的と影響評価の政策オプション
ソルベンシーIIの目的は、保険契約者及び受益者の適切な保護、並びにEUの金融の安定性及び公正かつ安定した市場の確保にある。このイニシアティブは、これらの包括的な目的を維持することを確保しつつ、また、保険者による適切なリスク管理慣行を奨励する必要性を考慮しつつ、次の5つの主な目的を追求する、と述べている。

1.新しい経済環境と資本市場同盟及び欧州グリーンディールの目的を考慮して、保険会社のソルベンシーポジションに対する短期的な市場のボラティリティの影響を緩和し、保証付きの長期の生命保険及び年金商品を提供し、経済の長期資金調達に貢献する能力を促進するだけでなく、低金利環境を説明する。

2.フレームワークの実装の最初の4年間に得られた経験に基づいて、小規模で複雑でない保険会社の過度な規制負担を軽減するために、必要に応じて比例原則の効果的な適用を拡大する。

3.公平な競争の場を改善し、失敗の可能性がある状況で保険契約者の保護を強化することにより、保険サービスの国内市場を深化及び強化する。

4.システミックリスクの蓄積を防ぎ、金融の安定性を確保する。

5.欧州グリーンディールを考慮して、フレームワークが気候及び環境のリスクと保険会社の投資及び引受活動における機会に対処するための適切なインセンティブを提供することを保証する。

5つの目的のそれぞれについて、ベースラインシナリオは健全性の枠組みを変更しない。影響評価では、以下の可能な政策オプションが考慮される。

・経済の長期融資と保証付きの長期保険商品の提供に関連して、現在の全体的な慎重さのレベルが十分に高いことを考慮しながら、フレームワークの一部のみを調整することも考えられる。保険会社が現実に直面している実際のリスクのいくつかを過小評価していることを意味する場合がある。別の可能なオプションは、資本要件の増加につながる可能性がある場合でも、必要な全ての技術的変更を行うことだが、全ての変更の累積的な影響が資本市場同盟と欧州グリーンディールの目的に沿ったCOVID-19危機の余波で、経済回復の資金調達への保険会社の貢献を不当に妨げる可能性のある保険会社の平均ソルベンシーポジションの市場全体の破壊的な悪化をもたらすことを回避することを目的としている。

・比例関係に関しては、特定の明確な基準が満たされた場合に比例規則の使用を義務付ける規定を導入することを検討する必要がある。別のアプローチは、主に監督上の評価に基づく現在の比例フレームワークを維持することだが、ルールのより比例した適用を検討する必要がある領域をさらに発展させ、明確にすることである。

・保険サービスと保険契約者保護の国内市場の強化に関連して、可能な選択肢は、国境を越えた監督を強化し、公平な競争の場を妨げる可能性のある法的ギャップを取り除くこと、再建及び/又は破綻処理のためのEU制度を導入すること、国内IGS(保険保証制度)、又は上記の組み合わせを調和させることである。

・金融の安定性に関して、考えられる選択肢は、欧州委員会の助言要請のセクション3.10にリストされている領域に限定された的を絞った措置を導入することである可能性がある。別の政策オプションは、例えばソフトな集中度制限など、助言要請で定義された範囲を超える新しい措置を導入することかもしれない。

・気候及び環境リスクに関して、考えられるオプションは、リスク管理慣行(シナリオ分析を含む)の定性的要件に持続可能性リスクをより適切に統合することである。もう1つの選択肢は、「グリーン」投資に必要な資本要件を低くすることで、持続可能な資産への投資をどのようにサポートできるかを検討することである。
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