2020年11月24日

欧州における保険・年金監督のリスク対応(2020年秋)-新型コロナの中EIOPAなどの定期的なリスク評価報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

欧州の3つの金融監督当局、すなわちEBA(欧州銀行監督機構)、EIOPA(欧州保険・年金監督機構)、ESMA(欧州証券市場監督機構)(3つ総称してESAともいう)は、定期的に金融セクターに関するリスク評価レポートを共同で公表している。例年は春・秋の2回、例えば4月と9月などに公表されているが、2020年は春の発表はないまま9月に公表され、新型コロナウィルス感染拡大後の最初のものとなった1。本稿でその内容、特に保険・年金セクターの部分を重点的に紹介する。

この評価レポートについては、以前にこの場で2017年春版を紹介したことがあるので、そちらも参照頂きたい2が、その後の各時期のレポートの目次(すなわちその時々の懸念事項)だけみてみると、以下のような推移となっていた。

2017.4
・低収益性 
・評価リスク:潜在的な効果とトリガー 
・金融システムの相互接続
・サイバーリスクとその他のICTからもたらされるリスク
 
2017.9
・英国のEU離脱 
・イールドカーブの不確実性に関する持続的な評価
・金融機関の低収益性 
・FinTechの急速な発展 
・英国のEU離脱後の政策策定方針
 
2018.4
・リスクプレミアムの評価と価格見直しに関するリスク
・英国のEU離脱に関するリスク
・オペレーショナルリスク(ICTリスク)
・気候変動リスク
 
2018.9
・リスクプレミアムの再設定と金利上昇に関するリスク
・評価リスクが重大化した場合の伝播リスク
・英国のEU離脱決定に関するリスク
 
2019.4
・英国のEU離脱決定に関するリスク
・資産評価、リスクプレミアム再設定、あまり好ましくない経済環境に関するリスク
 
2019.8
・英国のEU離脱決定に関するリスク
・低金利環境に関するリスク
・持続可能な金融とESGに関連するリスク
 
ということで、2019年までは、低金利をはじめとする厳しい経済環境を背景とした資産・負債の変動リスク等への対応、英国のEU離脱への対応、ICTやFinTechの発展への対応、そして、気候変動リスクへの対応などが、注目すべきリスク対応の上位を占めていた。

そして2020年になって、9月に約1年ぶりに公表された評価レポートは、当然のことながら、以下に紹介するように、新形コロナウィルスへの対応が大部分を占めることになった。
 
1 JOINT COMMITTEE REPORT ON RISKS AND VULUNERABILITIES IN THE FINANCIAL SYSTEM
https://www.eiopa.europa.eu/sites/default/files/publications/reports/2020-67-report-on-risks-and-vulnerabilities.pdf
2 保険年金フォーカス「欧州における金融リスクの認識~銀行・証券・保険3つの金融監督当局の合同報告書より」(2017.5.23)https://www.nli-research.co.jp/files/topics/55786_ext_18_0.pdf?site=nli
 

2――報告書全体の構成

2――報告書全体の構成

1報告書全体の構成と概要
2020.9(今回)の大項目は
・COVID19の影響に関するリスク
(市場の発展、インフラとサービス、証券投資、保険と年金、銀行)
・新しい技術革新(暗号資産などの技術、ICTとサイバー関連リスク)

となっており、内容の多くが新型コロナの感染拡大に伴う状況の評価や対応策で占められている。

まず、この評価レポートの骨子は、プレスリリースによると、以下のようなものとなっている。
 
(プレスリリース3の概要)
欧州の3つの監督当局(EBA、EIOPA、ESMA 総称ESA)は、COVID-19によるパンデミック4発生以来最初の金融セクターに関する共同リスク評価レポートを発行した。レポートはパンデミックがどのように全面的に収益性の懸念をさらに増幅させ、投資ファンドセクターのセグメントにおける流動性の課題を高めたかを強調している。

特に今後の重要な課題として、経済と市場の不確実性を指摘した。この危機がEUの銀行資産の質に与える影響は、回復のタイミングも規模も不明のため重要な懸念事項である。
ESAは、金融市場のパフォーマンスが、その基礎となる経済活動と乖離するリスクを認識している。また低金利環境の長期化は金融機関の収益性と支払能力を圧迫し、リスク評価に大きく影響すると予想されることから、特に懸念を感じている。
 
欧州でのCOVID-19の発生直後、ESAは規制を柔軟に適用することとし、実務運用の回復を促すとともにし、消費者保護を重要視してきた。 COVID-19のパンデミックからの回復に関しては依然として不確実なため、ESA、欧州システミックリスク理事会(ESRB)、および欧州委員会の間の規制および監督上の協力が引き続き重要である。

特に、ESAは、以下の政策方針を実施する必要性を強調した。

・リスクの監視と、ストレステストの実施:
評価、流動性、信用、ソルベンシーに対するリスクは、金融セクター全体で増加している。投資ファンドにおける流動性管理ツールの使用と適切性は継続的に監視されるべきである。

・必要な地域・時期における規制の柔軟な適用:
監督当局と銀行は、損失を吸収するための資本と流動性のバッファーの使用を含む、既存の規制の枠組みの柔軟性を利用することが奨励される。

・実体経済への支援:
景気後退の中で実体経済への継続的な貸付を支援するために資本救済を利用すべきである。

・英国のEU離脱への準備:
EUの金融機関は、英国のEU離脱の移行期間の終わりに直面する可能性のある混乱に十分に備える必要がある。

・デジタルトランスフォーメーションの監督:
金融機関とそのサービスプロバイダーにとって、ICT活動をアウトソーシングする場合を含め、ICTとセキュリティのリスクを注意深く管理することが重要である。
 
3 共同リスク評価報告書の公表時、プレスリリース(2020.9.22)
https://www.eiopa.europa.eu/content/eu-financial-regulators-assess-risks-financial-sector-after-outbreak-covid-19
4 新型コロナウィルスの感染拡大、というのをこの報告書では、COVID-19パンデミック、などと表現していることが多いので、そのままにしておく。
2保険・年金分野について
レポートでは、こうした概要に続いて、大項目の見出しにもあるように、市場環境の認識や証券投資分野、銀行分野でのリスク認識などが記載されているが、ここでは特に保険・年金分野のリスクについての記載を紹介する。
 
(以下、報告書記載の要約)
D.保険および年金基金セクターのリスク
Covid-19ショック前には、保険セクター資本ポジションは健全だったので、その後の事業に一定のバッファーとなった。 2019年末には、保険セクターのソルベンシー資本比率(SCR、中央値)は213%で十分な資本を保持していた。2019年には、上半期の株価の回復と利回りの低下により、資産評価が改善しており、マクロ金融ショックがセクターに与える影響に耐える一定のバッファーを提供することとなった。

それにもかかわらず、予期しないCOVID-19ウイルスの発生は、保険会社の支払能力に悪影響を与える可能性がある。 低金利が持続するとの予想、資産価格の下落、および経済の不確実性は、保険会社のバランスシートに悪影響を及ぼした。さらに、格付けの引下げを伴う信用リスクの増大が顕在化したことは、保険会社のソルベンシー比率および投資に悪影響を及ぼすだろう。

逆に、この状況下で分配配当を削減せざるをえないことによって資本水準が維持できて、保険会社のソルベンシーリスクを軽減する可能性がある。

なお、続く2020年第1四半期においては、保険セクターのソルベンシーポジションは悪化し、SCR比率は12pp減少して200%になっている模様である。
 
COVID-19の影響という点では、予想されるさらなる長期の低金利環境は、債券投資のリターンを通じて保険会社の収益性を圧迫する。満期を迎える債券の償還資金については、より低いレートで再投資せざるをえない。例えば、保険会社は、10年以内に、国債ポートフォリオの約60%(満期までの平均利回り3.24%(2019第4四半期))を再投資して、現在平均1%の資産に再投資せざるをえない。過去に販売された高い保証利率の生保商品ポートフォリオの場合、その保証を果たすために高い利回りの資産運用が必要となるため、この収入減少の影響は深刻である。
 
保険会社の収益性は、中長期的な視野でのCOVID-19の直接的な影響によってさらに弱まる可能性がある。 2020年3月のCOVID-19ショックは、リスクフリーレートと今まで高かった信用力に基づく利回りを低下させると同時に、よりリスクの高い資産の不確実性とリスクプレミアムを高めました。さらに、生命保険および損害保険事業の保険金請求が増加することにより、潜在的な悪影響が生じる可能性もある。さらに、将来の保険料収入は、経済成長の低下と比例して低成長となる可能性があり、保険金請求の増加は、保険会社の引受行動を渋らせる可能性がある。

また、契約の条件に関して、いくつかのリスクの適用範囲が曖昧なため、訴訟リスクが高まる可能性もある。

最後に、保険会社にとっては、ユニットファンドの価値が低下し、それに比例するファンド管理収入が減少するため、ユニットリンクの収益性が低下する可能性がある。

(中略)

このような背景の下、EIOPAは各国の監督当局と緊密に協力して、保険会社が顧客にサービスを提供するための事業継続性の確保に集中できるよう支援する。コロナウィルスの発生が保険セクターに与える影響を軽減するために、EIOPAと各国監督当局の両方が、報告期限、公開協議、および情報要求に関して柔軟に対応するようにしている。

資本面では、EIOPAは、配当や役員等への変動報酬の支払方針をより慎重にすることで、保険会社が被保険者保護とバランスをとって資本ポジションを維持するための措置を講じることを奨励している。

消費者保護の面では、EIOPAは保険会社と仲介業者に対し、消費者を公正に扱い、契約上の権利に関する明確でタイムリーな情報を提供するよう求めている。
(要約、いったんここまで)
 
特に年金基金については以下のような記述がある。
 
(再び、記載内容の要約)
職業年金制度(IORP)は、COVID-19危機と長期にわたる低金利環境の影響を大きく受けており、年金によるファンディングレシオ(=資産/年金債務)が大幅に低下する可能性がある。2019年においては、投資収益率がプラスであり、資産価値が大幅に増加し、その結果としてカバー率が改善していたが、2020年においてはCOVID-19パンデミックの結果の市場の混乱の影響を大きく受けた。低金利のため、また市場整合性ある評価が適用される場合の割引率が低いため、負債側はすでに悪影響(=増大)を受けている。IORPの資本と支払能力の比率はそれぞれの国内法に従うが、この危機によって確実に悪影響を受けていると思われる。

欧州内の年金制度が国や地域によってまちまちであることで、メンバーと受益者、IORP自体、スポンサー、および年金保護制度がリスクを負う範囲にそれぞれ違いがある。
 
現在の年金制度への長期的な影響は依然として不確実であり、それは経済危機がどれほど深刻になるか、そしてそれがどれくらい続くかによって変わってくる。この点で、非常に重要なのは、失業や可処分所得などのマクロ変数の変化である。COVID-19パンデミックの影響を大きく受けたセクターでのスポンサー事業は、深刻な財政難に陥ると予想され、それに応じて、そのような年金基金のメンバーは近い将来失業のリスクにさらされるかもしれない。さらにCOVID-19パンデミックは流動性圧力をもたらす可能性がある。より具体的には、企業は以下のような困難に直面する可能性がある。

・雇用主および従業員からの拠出の遅延または欠落
・デリバティブヘッジポジションに対する現金証拠金が必要となる可能性
・住宅ローンを含む貸付金などの返済猶予
・年金基金の保有株式への株式配当金の減少するおそれ
・現在の市場状況下では、たとえ資産売却を行おうとしても困難が予想されること
(要約おわり)
 

3――おわりに

3――おわりに

ここ数年の間は、経済環境の件や、徐々に問題が大きく取り上げられるようになってきた気候変動、あるいは、FinTechなどのICT技術の進展とその活用・付随する課題に関する関心が高かったのだが、新型コロナがいったん全てを吹き飛ばした感がある。もちろん従来からのリスク管理の中でも、感染症リスクなどは当然含まれており、対策も検討されている部分が多かったはずである。例えば保険分野では、保険金支払増加の影響度合いなどは、特に関心の高い課題であるが、経済活動の縮小とそれに伴う資産運用面での影響などは、実際に起こってみて、初めて実感を伴って検討が始まったのではないだろうか。こうしたことは、日本においても全く同じ状況であるため、ここで紹介したような、欧州におけるリスク評価や、今後もでてくる対応策などは、大いに参考になりうると思われる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2020年11月24日「保険・年金フォーカス」)

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