2020年11月10日

中国においてP2P保険が急速に普及する理由―中国「ネット互助プラン」が保険事業に与える影響に関する調査

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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4――【加入背景】加入理由では、病気への備え、少ない負担、仕組み・透明性の高さを重視。加入者の7割が癌など重大疾病にかかった際の治療費(自己負担分)を準備するのが難しい状況。

では、ネット互助プランがこのように広く受け入れられる背景には何があるのであろうか。ネット互助プランの仕組みは各社で細かく異なるため、以下では加入率が高く代表的なネット互助プランである「相互宝」の加入理由に基づいて考察する。

「相互宝」の加入理由をたずねたところ、「病気になったときに備えて」(46.1%)が最も多かった(図表6)。次いで、「仕組みが分かりやすく、透明性が高いと思ったから」(42.7%)、「アリババのサービスを信用し、評価しているから」(37.9%)となった。また、「自分が払う費用が少なくてすむと思ったから」(37.5%)がそれに続いており、病気になったときの備えを少ない負担で用意したいというコスト面が重視されている点が推察される。加えて、信用、評価、透明性の高さといった、保障提供側(アリババ)への信頼度も重要な要素であることがわかった。

その一方で、既存の保障制度である公的医療保険に関連するものとして、「公的医療保険に加入していても自己負担が高額だから」が22.7%、「治療費が高額になったら公的医療保険で給付されないから」が20.1%を占めている15。また、民間保険については、「保険会社の保険は給付がされるか不安だから」が19.8%、「保険会社の重大疾病保険の保険料は高いから」が19.1%を占めた。ネット互助プランの普及は、公的医療保険における自己負担の高さ、私的保険における保険者と保険契約者の信頼構築といった競合相手の課題も後押ししていると考えられよう。
図表6 「相互宝」の加入理由(複数選択/n=586)
「相互宝」への加入理由として、「病気になったときに備えて」(46.1%)が最も多かったが、では自身が病気になった場合、治療費(自己負担分)といった金銭的な準備はどれくらいできると考えているのであろうか。

調査では、1年以内に病気にかかった場合、およそどれくらの治療費(入院費・薬代など自己負担部分)が準備できるかをたずねた。その結果、「10万元(160万円)まで」が29.7%と最も多くを占め、次いで「5万元(80万円)まで」が27.8%を占めた(図表7)。
図表7 準備可能な治療費
参考値となるが、アリババ・グループによると、癌など罹患率の高い重大疾病の平均治療費16はおよそ33万元、公的医療保険による給付を差し引いても平均して13.2万元(約211万円)の自己負担が必要であるとしている。これに基づくと相互宝の加入者のうち、準備額が「1万元まで」及び「5万元まで」を加えた「10万元以下」となる73.4%は、治療費を十分に準備することが難しい状況にあるとも考えられよう。

中国の医療保障体制下では、公的医療保険が適用されても自己負担が高い上、それを補完・補填する民間の疾病保険、医療保険も広く普及しているとは言い切れない。金銭的に準備できる費用も十分とは言えない中で、地方都市では、少ない負担で加入可能な重大疾病保障を中心とするネット互助プランの加入が進んだと推察される。
 
15 中国の公的医療保険制度には、日本の高額療養費制度に相当する制度がある。しかし、多くの地域では給付に限度額を設けており、給付申請に際しては高額な自己負担額を設定しているケース(都市の非就労者・農村住民が加入する公的医療保険制度)もあり、制度はあるものの、その恩恵が加入者に伝わりにくい状態にある。
16 螞蟻集団『網絡互助行業白皮書(2020年)』
 

5――おわりに

5――おわりに

本稿では、中国で「ネット互助プラン」が普及する理由について、加入状況、加入者像、加入背景から、その全体像を捉えた。

調査結果から、欧米のP2P保険に類似する、中国の「ネット互助プラン」は、地方都市に住む30代以下を中心に加入が進んでいる。調査対象者のうち全体の88.1%が何らかのネット互助プランに加入し、加入が最も多かったのが「相互宝」、次いで「水滴互助」、「愛心筹互助」となった 。一方、同じ民間保障分野として、多くのネット互助プランと同様に癌などの重大疾病を給付対象とし、保険会社が販売している重大疾病保険の加入状況をみると、加入率は全体の25.0%にとどまった。

ネット互助プランの加入背景には病気への備えを少ない負担で用意したいというコスト面と、仕組みの分かりやすさ、透明性の高さといった保障提供側と加入者の信頼関係が重視されている状況を捉えることができた。加えて、公的医療保険の自己負担の高さ、民間保険がまだ広く普及していないという現状から、ネット互助プランがニッチではなく、むしろマス(大衆)の保障ニーズに適合した商品(重大疾病保障)を少額の負担で展開したため、広く普及したと推察される。

なお、次稿ではネット互助プランの中でも加入者が最も多い「相互宝」に焦点を当て、中国におけるネット互助プランの加入者の特性、加入効果などの分析を行う予定である。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

(2020年11月10日「基礎研レポート」)

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【中国においてP2P保険が急速に普及する理由―中国「ネット互助プラン」が保険事業に与える影響に関する調査】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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