2020年11月04日

医業の損益状況-収支面で、医療機関の経営状態は安定しているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

患者が安心できる医療を受けるためには、医療機関の経営状態が安定していることが必要となる。新型コロナの流行が拡大して、感染した患者が医療施設を訪れた今年の春には、医療サービスの逼迫とあわせて、患者を受け入れる医療機関の経営状態が悪化している問題も浮き彫りとなった。

そもそも、医療機関の損益は、いまどのような状況にあるのか? 以前と比べて、どのように変化しているのか? 本稿では、医業の損益状況について、みていくこととしたい。
 

2――医業の損益の統計

2――医業の損益の統計

ひと口に、医業の損益をみるといっても、話はそう簡単ではない。日本には、さまざまな形態の医療機関があり、損益計算のベースとなる財務会計の基準は異なっている1。また、医療機関をもつ医療法人等は、医業以外にも介護サービス業務を行っていることがあり、医業だけを切り出すことが難しいケースもある。さらに、医療法人等は上場していないため、定期的に財務報告書を公表している医療機関も限られている。

そんななか、診療報酬改正に先立って改正の方向性を検討するための統計として、2年に1度、「医療経済実態調査」が厚生労働省により行われている。この調査は、全国の医療機関から病院や診療所を抽出してアンケート調査を行う形式となっている。直近の調査結果(2019年11月公表)をもとに、みていこう。
 
1 医療施設の形態については、「医療施設の設立形態-病院の開設者はどのように分類されるか?」(基礎研レター, 2020年2月3日)、財務会計については、「病院の会計規則-医業の会計には、施設と開設主体の2つの基準がある」(基礎研レター, 2020年2月21日) (いずれも拙稿)を、ご覧いただきたい。
1外来診療は収益性が高い傾向
調査では、有効な回答が得られた848の病院、1,704の一般診療所2について、1施設当たりの平均的な損益構造が示されている。ただ、病院や一般診療所には、施設ごとの規模の違いがあるため、損益額の実数にはあまり意味がないかもしれない。その代わり、収益に対する費用や損益の比率や、収益・費用の内訳比率から損益構造がうかがえるだろう。そこで、比率を中心にみていくこととする。
図表1. 医療施設の損益構造 (比率ベース (収益=100)、概要)[2018年度]
収益を100として、各項目の比率を表すと、図表1のとおりとなる3。まず、収益をみると、病院は入院診療が68、外来診療が28と、入院診療のウェイトが大きいのに対し、一般診療所は、入院診療収益がある施設でも、外来診療のほうが大きなウェイトを占めている。病院は入院診療中心、一般診療所は外来診療中心の収益構造とみることができる。

つぎに、費用をみていく。病院、一般診療所とも、給与費が50前後で最大の費目となっている。医療は、医師等のスタッフによるサービス業であることがあらわれている。医薬品費と材料費は、合計すると、病院が22、一般診療所が15程度と、病院のほうがやや大きい。外部への検査等の委託費、建物などの減価償却費は、それぞれ1桁の数字で、いずれも病院のほうがやや大きい。一方、福利厚生費、光熱水費、賃借料などからなる経費等は、病院よりも一般診療所のほうが大きい傾向にある。

以上をあわせて、平均的な損益は、病院が赤字、一般診療所が黒字、となっている。4入院のウェイトが大きい病院は経営が苦しい一方、外来中心の一般診療所は収支が良好との傾向がうかがえる。
 
2 本稿では、病院については、医業・介護収益に占める介護収益の割合が2%未満の施設の集計結果をみる。また、一般診療所については、青色申告者による個人設立の施設を含んだ集計結果をみる。なお、本稿では、一般診療所には、歯科医業を行う歯科診療所は含まないこととする。
3 図表は、「2018年度」としているが、正確には、2019年3月末までに終了する直近の事業年度を表す。(以下の図表においても同様)。
4 ただし、個人開設の施設では、開設者の報酬分は費用に含まれていないため、損益から捻出する点に注意が必要。
2民間は黒字、国公立は赤字傾向
前節でみたものは、病院を設立主体によらず一括りにしたり、個人設立と医療法人設立の一般診療所を区分せずにみたりするなど、かなり粗い見方をした結果といえる。ただし一方で、区分を細かくしていくと、各区分に含まれる医療施設のサンプル数が少なくなり、損益のブレが大きくなるため、その区分の平均的な損益構造を表しているのか、という別の問題が生じてくる。そこで、本稿では、図表2、3で、各区分の収益、費用、損益だけをみていくこととしたい。
図表2. 病院の設立主体別損益構造[2018年度]
民間の医療法人、社会保険関係法人や個人が設立した病院は、損益が黒字となっている。これは、医療もビジネスの1つであり、黒字にならない事業は経営が成り立たないためと考えられる。一方、国公立の病院は、平均的に赤字となっている。これらの病院は、へき地医療や、救命救急医療など、収益性が低く民間では対応できないものの、地域に必要とされる医療を担っているためとみられる。
図表3. 一般診療所の設立主体別損益構[2018年度]
一般診療所をみると、医療法人設立・その他は、医療法人設立や社会保険関係法人設立の病院と、同程度の黒字水準なのに対し、個人設立は、収益の30程度とかなり大きい。ただし、設立者の報酬分が費用に含まれておらず、損益から捻出されることに注意が必要といえる。
 

3――損益率分布の変化

3――損益率分布の変化

前章で、医療施設の損益の様子を概観した。この損益は、近年どのように変化しているのか?  10年前との比較をしたい。ただ、ここで1つ問題がある。この調査は、全国の医療機関から病院や診療所を抽出してアンケート調査を行う形式だが、その抽出した対象は調査の回ごとに異なるのだ。したがって、その平均をとると、経年変化とは別に、抽出対象の違いも混入してしまうこととなる。

そこで、前章のように平均で比較することはあきらめて、損益率ごとに、医療機関がどのように分布しているかを比較することで、変化の様子を捉えることとしたい。
1医療法人設立の病院は格差が縮小している
まず、医療法人設立の病院からみていこう。黒字の病院の割合は、10年間でやや増加しており、2018年には65%となっている。注目すべきは、黒字や赤字が収益の10%を超えるような病院は減少し、損益率0%近辺に分布が集まっている点だ。医療法人設立の病院は損益の格差が縮小しているとみられる。
図表4. 医療法人設立の病院の収益率分布
2国公立の病院は軒並み赤字
つぎに、国公立の病院をみていこう。なんといっても衝撃的なのは、黒字の病院の割合が10年間で大きく減少し、2018年にはわずか7%となっている点だ。一方、赤字のなかでも、損益率がマイナス30%を下回る、大きな赤字の病院が25%を占めている。国公立の病院は、収益面から民間では対応しにくい「へき地医療」や「救命救急医療」などを手掛ける役割を負っているため、ある程度収益性が低いことはやむを得ないだろう。しかし、現在のような国公立の病院が軒並み赤字という状況は、医療サービスの安定供給に支障をもたらす恐れがあるといえる。
図表5. 国公立の病院の収益率分布
3個人設立の一般診療所の収益性は高い
つづいて、個人設立の一般診療所についてみていこう。10年間で、損益率の分布状況はあまり変化していない。2018年には、黒字の一般診療所の割合が95%となっており、安定的な経営が目立つ。なお、設立者の報酬分は費用として差し引いていないため、この損益から支払う必要がある。その意味では、このグラフで収支トントンの医療機関は、実質的に赤字といえる点に注意が必要となる。
図表6. 個人設立の一般診療所の収益率分布
4医療法人設立の一般診療所は収益性が向上
さいごに、医療法人設立の一般診療所についてみていこう。10年間で、損益率の分布状況に大きな変化はみられないが、10%以上の黒字の医療機関の割合が、やや増加している。これを受けて、黒字の医療機関の割合も、やや上昇して、2018年には66%となっている。医療法人設立の一般診療所は、収益性がやや向上しつつあるといえる。
図表7. 医療法人設立の一般診療所の収益率分布

4――おわりに (私見)

4――おわりに (私見)

医療経営においては、「お金儲けだけを目的として医業を行うべきではない」という考え方がある。たしかに、収益性を高めることに邁進して、経営の効率化ばかりを追い求め、患者やその家族を二の次にしてしまうような医療には問題があるといえるだろう。

ただ一方で、民間が設立主体となることが多い日本の医療供給体制では、一定の収益性を確保して経営の安定性を高めることが、患者ひいては国民の安心感の充足につながることも確かであろう。国公立の医療機関についても、赤字補填等の国民負担を軽減する観点から、経営の収益性を向上させることは必要と考えられる。特に、今後、地域医療を推進していくためには、地域の医療機関が安定して医療サービスを供給していくことが、患者が安心して受療するための必須条件となるだろう。

コロナ禍だけではなく、全国各地で徐々に進む高齢化に伴い、人々の医療ニーズはますます高まっていくものと考えられる。地域医療の質を落とさずに、医業の収益性をどのように確保して、そのニーズに応えていくことができるか。引き続き、動向を注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2020年11月04日「基礎研レター」)

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