2020年11月02日

EIOPAの保険ストレステストに関する第2のDPとそれへの保険業界団体の反応-気候変動リスクや流動性リスク等への対応-

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)は、欧州保険会社の脆弱性と耐性力に関する状況を調査するために、これまでに4回(2011年、2014年、2016年、2018年)のストレステストを行ってきた。

EIOPAは、今後のボトムアップの監督上のストレステストに関する方法論を強化することを目的として、2019年7月22日に、保険ストレステストの方法論的原則に関するDP(ディスカッション・ペーパー)を公表1した。さらに、これに対する意見を踏まえて、2020年3月3日に、保険ストレステストの方法論の原則を定めた最初の方法論ペーパーを公表2した。

EIOPAは、さらに不利なシナリオでの流動性ポジションの評価、気候関連リスクに対する脆弱性の評価、複数期間のストレステストへの潜在的なアプローチなど、特定のストレステスト関連のトピックに取り組んで、2020年6月24日に、保険ストレステストの方法論的原則に関する第2回目のDP3(以下、「第2のDP」という)を公表し、2020年10月2日までコメントを受け付けていた。

これを受けて、欧州の保険業界団体であるInsurance Europeは2020年10月15日に、このDPに対する意見4を公開した。

今回のレポートは、このストレステストに関する第2のDPの概要及びそれに対する欧州保険業界団体の反応について報告する。  

2―第2のDPについて

2―第2のDPについて

1|第2DPを巡る背景
2019年、EIOPAは、ボトムアップの監督上のストレステストの方法論を強化するプロセスを開始した。その結果、2020年3月には、保険ストレステストの方法論の原則を定めた最初の方法論ペーパーが作成された。このペーパーでは、ボトムアップ・ストレステストの目的、範囲、シナリオの定義、ショックの定義などの主要な要素が詳細に検討された。これには、較正のアプローチ、貸借対照表や参加者のソルベンシー・ポジションへの適用が含まれた。焦点は、主に金融ショックと、解約、長寿、保険金請求コストなどの負債に対する伝統的なショックであった。また、ストレス・テスト・シナリオの設計において、気候変動に起因するリスクに特に言及した新たなリスクの導入にも言及した。さらに、瞬間的シナリオから複数期間シナリオへの枠組みの潜在的発展を紹介した。

EIOPAは、最初の方法論ペーパーの作成時に利害関係者から受け取った建設的な対話とフィードバックに基づいて、同じアプローチに従い、利害関係者と協力して、将来の保険ストレステスト演習で適用される可能性のある追加要素でストレステストツールボックスをさらに充実させている。

今回の第2のDPは、EIOPAのストレステストフレームワークを強化するためのより広範なプロセスの一部となる。これに関連して、EIOPAは、不利なシナリオでの流動性ポジションの評価、気候関連リスクに対する脆弱性の評価、複数期間のストレステストへの潜在的なアプローチなど、特定のストレステスト関連のトピックに取り組んでいる。
2|第2DPの概要
この第2のDPは、次のトピックに対応する3つのセクションで構成されている。

・気候変動に関するストレステストの枠組み
・流動性ストレステストへのアプローチ
・ボトムアップ保険ストレステストのための複数期間のフレームワーク

最初の方法論的ペーパーと比較して、 3つのセクションは理論的観点からトピックを詳述している。理論的枠組みは、シナリオの設計、ショックの定義とその適用、ならびにその適用のための仕様と簡素化のための具体的な技術要素によって補完されている。このペーパーでは、 3つのトピックに関連するアプローチ、挑戦及びオープンポイントを提案している。

具体的には、次の通りである。

(1)気候変動セクション
気候変動セクションは、移行と物理的リスクをカバーする。本提案は、保険者の現在のエクスポージャー(ミクロ的側面)に基づいて保険者の脆弱性を評価することから始まり、ビジネスモデルの潜在的な変化、保険契約者の影響及び他の市場への潜在的なスピルオーバー(マクロ次元)の将来的な評価によって補完される、段階的なアプローチに基づいている。技術的には、提案したアプローチは、モデルホライズン末の影響を、反応的な経営行動なしの瞬間的なショックとして評価した、中長期のタイムホライズンに基づいている。移行リスクのモデル化における主な課題は、資産分類の細分性とショックの較正である。リスクの長期的な性質を考慮して、提案された測定基準は主にソルベンシーIIバランスシート(例えば、資産が負債を上回っていること)に基づいている。ストレス後のソルベンシーは要求されない。

(2)流動性ストレステスト
流動性ストレステストは、流動性リスクを評価するための強固で一般的に適用される枠組みを超えることはできない。参照枠組みが存在しない場合、本セクションでは、流動性ショックに対する保険者の脆弱性を評価するというミクロ目的から出発して段階的アプローチを提案し、それに加えて、不利なシナリオに対する潜在的な反応(例:投資の中止)に関する定性的・定量的アンケートを提案する。ストレステストは、保険会社の流動性ソースと流動性ニーズの定義を超える。ソースとニーズは、資産と負債の暗黙の流動性に応じたバケットに基づいて定義され、最終的にはシナリオがカバーする期間に応じてショックを受ける。この指標は流動性を目的として特別に設計されているため、ソルベンシーIIに基づく標準的な自己資本ベースの指標は要求されていない。

(3)複数期間ストレスアプローチ
ストレステストへの複数期間アプローチでは、そのようなフレームワークで直面する主な理論上及び運用上の課題に焦点を当てる。理論的な取り組みとは、将来の事業の扱い方に関するガイドラインの定義と、テスト期間中の事後対応的な管理措置である。プロセスに関しては、 EIOPAがボトムアップのストレステスト演習でこれまでに適用したプロセスの限界をカバーし、反復計算/検証プロセスに基づく新しいアプローチを提案した。最後に、複数期間アプローチは実行可能であるがコストが高いと考えられるため、そのような演習を開始する前に正確な費用便益分析が要求される。
3|第2DPの目的
このDPは、様々な方法論、特に仮定と提案されたアプローチの実現可能性と妥当性に関して、ステークホルダーから具体的なフィードバックを収集することを目的としている。
 

3―第2のDPに対するInsurance Europeの反応

3―第2のDPに対するInsurance Europeの反応

欧州の保険会社の団体であるInsurance Europe(保険ヨーロッパ)による反応の概要は、以下の通りである。

1|全体的
Insurance Europeは、気候変動ストレステストにはメリットがあると考えているが、EU全体の流動性テストや複数期間のストレステストにはメリットがないと考えている。

各項目に対する意見の概要は、以下の通りである。

・ストレステストの実施には明確な目的と適切なタイムスケールがあり、適切に伝達されるべきであり、ストレステストの結果は、集計レベルでのみ公開される必要がある。

・適切に設計された気候変動のストレステストは、業界のエクスポージャーを評価するのに役立つ情報を提供できることに同意するが、初期の気候ストレステストは探索的である必要がある。

・流動性リスクは、保険会社にとって重要だが、既存の規制条項と、ストレステストを含み、ORSA内で広く報告されている、流動性とリスク管理に対する保険会社の統合アプローチにより、適切に管理されている。

・複数期間のストレステストは複雑すぎて費用がかかるため、先に進めることができない。

より、具体的には、以下の通りとなっている。 
2|保険ストレステストについて
保険ストレステストに対する一般的なメッセージとしては、以下の点が挙げられている。

・目的を明確に定義し、明確にする必要がある。

・全ての結果は、前年度と同様に、集計レベルで公開され続ける必要がある。

・EIOPAの金融安定性の使命を達成するために、ストレス後のSCRの計算は必ずしも必要ない。また、ソルベンシーIIはすでにストレステストに基づくフレームワークであることから、ストレスにストレスがかかり、200年に1回を超えるはるかに過剰な資本ニーズを誤って示唆することになる。ストレス後のSCRの公表は、たとえ集計ベースであっても、重大な混乱を引き起こすため、回避する必要がある。

・テストのアプローチ、範囲及び仕様は、その目的に比例している必要がある。

・実装を容易にするために、将来の演習のスケジュールと許可されるタイムスケールを改善する必要がある。

・データの収集と検証は標準化され、一貫している必要がある。

・ストレステストに関するコミュニケーションは、あらゆるテストの設計、制限及び結果が適切に伝達され、十分に理解されていることを確認する必要がある。
3|気候変動に関する重要なメッセージ
気候変動に関しては、以下のメッセージを述べている。

・Insurance Europeは、適切に設計された気候ストレステストが、業界のエクスポージャーの評価に役立つ情報を提供できることを認識している。

・しかし、適切なテストの設計が困難であることを考えると、最初の気候変動ストレステストは探索的であるべきである。今後のストレステスト開発のための段階的アプローチが必要となる。

・特に、物理的リスクは長期的にしか顕在化しないため、長期的な見通し(20年から30年の間)が適切であろう。しかし、中長期的なポートフォリオの変化をモデル化するストレステストの結果の意義については、さらなる評価が必要である。非常に長期的な展望を選択する場合、Insurance Europeは、複雑さと不確実性の増大を背景に、定性的なレベルでの評価を続けることを提案するであろう。

・再保険は、再保険を除いた保険者の財政状態の評価として認識されるべきである。再保険は、ストレステストの結果に最も関連するものである。
4|流動性ストレステストに関する重要なメッセージ
流動性ストレステストに関しては、以下のメッセージを述べている。

・流動性リスクは保険者にとって重要であるが、ビジネスモデル、既存の規制条項、流動性とリスク管理に対する保険者の統合的なアプローチにより、適切に管理されている。

・流動性ストレステストは、会社が既存の流動性及びリスク管理プロセスの一部として既に実施しており、ORSA内で広く報告されている。

・EU全体の標準化された流動性ストレステストは、監督当局及び規制当局が既に入手しているデータに重要な付加価値や洞察を提供することは期待されない。

・EU全体で流動性ストレステストを実施する場合には、以下の点を考慮する必要がある。
・流動性ニーズと利用可能な全ての流動性供給源を組み合わせた流動性指標のみが意味を持つ。

・流動資産だけでなく、利用可能な全ての流動性ソースを評価に含めるべきである。

・資産エクスポージャーのバケットは、プールファンドの適切な認識を含め、保険者の投資戦略や行動を反映するように調整されていれば、流動性を評価するための合理的なアプローチである。適切なヘアカットを使用し、不適切な一般化を避けるように注意する必要がある。

・負債の流動性を契約仕様に基づいて分類することは望ましくなく、避けるべきである。代わりに、流動性関連のストレスがキャッシュフローに与える影響を考慮して、負債の流動性を評価するアプローチが用いられるべきである。

・ストレスの適切な較正が重要な考慮事項である。
5|複数期間ストレステストに関する重要なメッセージ
複数期間ストレステストに関しては、以下のメッセージを述べている。

・欧州保険会社は、複数期間のストレステストは複雑で費用がかかりすぎるとの見解を示している。

・複数期間ストレステストには理論的な利点があるが、特にマクロ経済学的な観点からは、参加者と監督当局の双方にとって、運用上の課題、計算負荷及び資源要件は非常に高い。

・重要な情報のいくつかは、より単純な単期間のストレステストに追加された質問によって得ることができる。

・技術的な観点から見ると、複数期間にわたるストレステストが有意義であるためには、経営陣の行動と新契約の予測の両方が含まれていなければならない。

・EIOPAは、このようなアプローチを開発・実施する前に、(すでに指摘したように)より明確な目標と完全な費用便益分析を提供する必要がある。
 

4―まとめ

4―まとめ

以上、今回のレポートでは、今後の監督上のストレステストに関する方法論を強化することを目的として、EIOPAが公表した保険ストレステストの方法論的原則に関する第2のDPについて、その概要とそれに対する欧州保険業界団体の反応を報告した。

EIOPAはこうした欧州保険業界団体等からの意見を踏まえて、方法論的原則に関する第2のペーパーを作成していくことになる。

ストレステストは、保険会社にとって極めて重要なリスク管理ツールとなっている。今回の第2のDPのテーマになっている、気候変動リスクや流動性リスク、さらには複数期間のアプローチへの対応に関するEIOPAの検討の動きは、欧州以外の保険業界関係者にとっても、極めて関心の高い事項であることから、今後も引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年11月02日「保険・年金フォーカス」)

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