2020年10月21日

EIOPAがソルベンシーIIにおける内部モデルの分散化に関する調査を開始

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2020年10月2日に、ソルベンシーIIにおける内部モデルの分散化に関する欧州全体での比較研究を開始すると公表1した。

ソルベンシーIIにおいて、保険会社がSCR(ソルべンシー資本要件)を算出するために、監督当局の承認を得て、標準式ではなくて、各社の内部モデルを使用することが認められている。保険会社にとって、標準式ではなくて内部モデルを採用することの最大のベネフィットは分散効果にあると言われている。今回、EIOPAはその内部モデルの分散化に関して、実態調査を行うこととした。

今回のレポートでは、この比較研究のためのデータ要求等の概要を報告する。  

2―今回の比較研究の概要

2―今回の比較研究の概要

1|目的
一般的に、内部モデルにおける依存関係と集約のモデル化(一般的に、分散化と呼ばれる効果) は、保険会社のSCR(ソルベンシー資本要件) 全体に大きな影響を与える。今回の比較研究の目的については、以下の3つが挙げられている。

・市場における現在のアプローチの概要を把握し、ベストエフォートベースで、分散化のレベルを分析及び比較する。

・モデリングの依存関係、集約、及び結果として生じる分散化のメリットについての理解を深める。

・内部モデルの監督の品質とコンバージェンスを強化する。

今回のデータ要請は、これらの目的を満たすことを支援することを目的としている。

2|今回の調査
分散効果は、相関のレベル、テールの依存関係、リスク要因の数、基礎となる分布の形状、依存関係の構造など、様々な要因に依存する。 これらの要因は様々なレベルで機能する可能性があり、複雑さが増す。
 
したがって、調査は、複雑さと完全性のバランスをとるために2つのフェーズで実行される。

2020年10月初旬に開始される調査の第1フェーズでは、市場、信用、生命、損害、健康及びオペレーショナルリスク間のトップレベルのリスク依存性に焦点を当てている。

調査の第2フェーズの2021年の第2四半期では、分散効果の理解を完了するために、それぞれのリスクプロファイルと組み合わせて、より低いレベルのリスク間依存関係も評価される。

内部モデルを使用する会社は、定量的及び定性的な質問票で構成されるこの調査に参加することが期待されている。 標準式とまったく同じ相関設定と集計構造を適用する会社の場合、第1フェーズは定性的質問票のサブセットに限定される。 最後に、質問票には、カスタムメイドの内部モデルを前提として、テンプレートに適切に記入するために、例を含む詳細な技術仕様が添付されている。

3|データ要求への参加会社
参加者は、承認された内部モデルを用いたEEA(欧州経済地域)の個々の会社である。必要な場合には、保険グループもグループ監督者の要請に応じて参加することが期待される。ただし、以下のケースは想定されていない。

1)トップレベルの集約は、標準式アプローチを用いて、すなわち、ソルベンシーII指令の附則IV (1) に規定された相関行列を適用して実施している。
2)会社は英国を拠点としている。

4|前提条件
データ要請は、SCR全体について、少なくとも経済的悪影響に対応する平均及び0.5%信頼水準推定値が 「トップレベル・リスク」 の集計から得られると想定している。標準化されたモデルでは、これは「市場」、「信用」、「生命保険」、「損害保険」、「健康保険」、「オペレーショナル」、「クロスターム(該当する場合)2」及び「その他」を指している。「内部モデル報告」 タブの 「トップレベル・リスク」 には、市場リスク、信用リスク、市場リスクと信用リスクの複合リスク、生命保険引受リスク、損害保険引受リスク、健康保険引受リスク及びオペレーショナルリスク、場合によってはリスクプロファイル及びモデル化アプローチに従った特定のリスクなど、SCR全体の 「下位」 のトップレベルで報告されるリスクが含まれる。一般的には、パーセンタイル値のセットや、できればシナリオ別の損益データも利用可能であると期待される。
 
2 「クロスターム」は、トップレベルのリスクの複合的な動きからの非線形効果として定義される(例えば、生命保険引受リスクの動きは、より大きなデュレーションギャップを作成し、したがって市場リスクに影響を与える)。ここでは、会社がトップレベルのリスクとは別にクロスタームをモデル化する場合にのみ記入する必要がある。会社のモデルが、クロスタームがトップレベルのリスクのシミュレーションに組み込まれるようなものである場合(例えば、ボトムアップの統合アプローチを利用することによって)には記入されない。
5|参加企業のベネフィット
参加企業にとってのメリットは次の通りである。

(1) 監督の強化された調和によるより公平な競争条
(2) 分散化のベネフィットの源泉をよりよく理解することによる内部モデル内での集計の受入れの増加
(3) モデル改善の可能性

6|データ提出期限
全ての提出期限は、2021年1月15日となっているが、厳しい制約がある場合は、監督当局と連絡を取り、追加のサポートを受けるか、期限の柔軟性について話し合う必要がある。

なお具体的には、以下の通りとなっている。

2021年1月15日:保険会社がグループの国家監督当局に結果を提出する期限
2021年1月22日:各国の監督当局がEIOPAに報告する期限
 

3―今回の要求データの概要

3―今回の要求データの概要

今回のデータ要求は、いくつかの部分の定量的な提出で構成される。

|標準化されたモデルレポート
このセクションには、標準化されたリスク、すなわち、内部モデルにおいて企業によってモデル化されたリスクから得られ、構造が標準式で定義されたものに対応するように再編成されたトップレベルのリスク(市場リスク、信用リスク、生命保険リスク、損害保険リスク、オペレーショナルリスク、及び該当する場合はその他のリスクとクロスターム)に関する情報が含まれる。

また、標準式の定義において考慮されていない場合であっても、クロスターム等のリスクについても考慮されており、内部モデルにおいて明示的に導入されていれば、それらのリスクを評価することができる。

最後に、オペレーショナルリスクは、標準式で定義されているものとは異なり、内部モデルでモデル化されることが多い他のトップリスクと同じレベルで導入される。

このリスクの再編成は、欧州で承認された内部モデルの横断的な比較を可能にするために必要となる。

このレポートテンプレートは、 「内部モデルレポート」 タブから自動的に生成される。EIOPAの分析では、個々の概算と調整を考慮した上で、標準化が会社比較に向けた第一歩であることを考慮している。EIOPAは、基礎となるエクスポージャーが異なることを認識し、分析においてこれを考慮する。解析では、限界分布とその依存構造の間の強い関係を認めている。

|内部モデルレポート
本セクションでは、企業又は場合によってはグループが、内部モデルで定義されたトップレベル・リスクの分布及び集計後のSCRに関する定量的情報を提供することが期待される。特定のサブリスクについては、リスク定義が異なっていても、他の内部モデルとの比較を容易にするために、個別に取り扱われている。

3|会社/グループプロファイル
ここでは、次の内容について説明している。

・会社又はグループのリスクプロファイルを定義する経済的価値

・モデル化されたバリュー・アット・リスク(mVaR) は市場リスク、信用リスク、損害保険リスク、生命保険リスク、健康保険リスク、ビジネスリスク、オペレーショナルリスク及びその他のリスクの分布を合計した税引前のSCRに相当する。mVaRに、繰延税金の損失吸収能力、モデルに含まれない潜在的なリスクの分散化されたSCR、標準式を用いた会社の分散化されたSCR、その他の会社、その他の調整を加えると、SCRとなる。

・当該の個々の会社又はグループの税引前の総資本要件を得るために必要なmVaRの追加調整

4|相関行列
このセクションでは、トップレベルのリスク損失間の線形(すなわちピアソン)相関マトリックスについて説明する。この情報は、会社がVaR-CoVaR集計方法を用いて提供すべきであり、他の方法を用いた会社については、プロジェクトグループがシミュレーションデータからこの情報を導出する。
 

4―定性的アンケート

4―定性的アンケート

定性的アンケートの具体的項目は、以下の通りとなっている。
 

一般的アプローチ
1.内部モデルで分散をどのように扱うべきかという原則的なスタンスはありますか?例えば、依存関係構造のタイプを除外しますか?相関設定に期待がありますか、それとも分散効果に上限を設けていますか?

2.依存関係のモデリングとその結果としての分散化効果の関係で、内部モデルの継続的なコンプライアンスを確保するために、どの検証タスクを実行しますか?それらの使用例をナレーションで提供してください。

3.一般に、モデリングの依存関係と相関関係は、部分的に専門家の判断の設定に従うことが期待されます。専門家の判断を設定するプロセスが組織にどのように組み込まれているか、及び専門家に関する主な課題について詳しく説明してください。

SCR定義
4.指令の第101条及び第122条に従って、SCRを測定するためにどのような定義を保持しましたか。「その他」の定義の場合、又は詳細については、テキストボックスを使用して説明してください。

5.内部モデルのトップレベルのリスク(「市場」、「信用」、「生命保険」、「損害保険」、「健康保険」、「オペレーショナル」)で適用される集計アプローチを選択して説明してください。

6.内部モデルの低レベルのリスクに適用される集計アプローチについて説明してください。例えば、これらの下位レベルへの依存関係がボトムアップ、モジュラー、又はサイドウェイの集約アプローチに基づいている場合、又は例えば株式や金利に関して、これらの混合に基づいている場合などです。

7.内部モデルでトップレベルで適用される依存関係手法を選択して説明してください。可能であれば、依存関係手法のパラメータ、例えば、 コピュラアプローチの場合の「自由度」を指定してください。

8.内部モデルに適用される依存関係の方法を下位レベルで説明してください。

9.分布の本体とテールは両方とも依存関係設定に関連している可能性があります。例えば、テールの相関設定は通常、分布の本体の相関設定とは異なる可能性があります。分布の本体とテールの依存関係設定を異なる方法で決定したかどうか、及びその方法を説明してください。

モデルの変更とCOVID-19の影響
10.最初のモデル承認以降、依存関係、集計、及び相関の設定でモデルの変更を適用しましたか?はいの場合、これらの変更を開始した理由を詳しく説明できますか?

11.COVID-19が依存関係、集計、相関設定の仮定設定にどのように影響したかを詳しく説明できますか?COVID-19に照らしてモデルの変更は予想されますか?

12.COVID-19に照らして、進行中のコンプライアンスを明示的に評価するために、分散化の範囲でどのテストを実行しましたか。また、これらのテストからどの結論を導き出しましたか。 また、COVID-19に関して将来検証試験が予想される場合には詳しく説明してください。

定量的データ要求に対する補足情報
13.報告された規制SCRがシミュレーションデータから導出されたSCRと一致しない場合、それはシミュレーションノイズが原因でしたか?例えば、シート「標準化されたレポート」に入力されたシナリオを再シミュレーションすることによって、又は独自の集計実行からのシミュレーションを使用しましたか?

14.標準化されたレポートのトップレベルのリスクが内部モデルのトップレベルのリスクと一致していない場合、違いはテンプレートで十分にカバーされていますか?そうでない場合は、詳しく説明してください。

15.標準化されたモデルレポートで提供されるデータを生成するために、概算及び/又は仮定を行いましたか? はいの場合、詳しく説明してください。

16.データリクエストのデータを作成するときに、他にどのような課題に直面しましたか?

2段階の質問票への入力
このアンケートは、トップレベルのリスク(市場、生命、損害、健康、オペレーショナル)に焦点を当てており、2021年には、下位レベルの「リスク間」の依存関係に対処する2番目のアンケートが開始される予定です。次の質問は、第2フェーズの質問票の最初の入力を収集することを目的としています。

17.内部モデルの範囲内で、分散効果の大部分を推進する主なリスク要因、又はそれらの組み合わせは何ですか?さらに、第2段階の質問票を作成する際にEIOPAが考慮すべきフィードバックを歓迎します。もちろん、このフィードバックは、この調査の内容とプロセスの両方に対応できます。

 

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、EIOPAによるソルベンシーIIにおける内部モデルの分散化に関する欧州全体での比較研究の開始に関して、その概要を報告した。

内部モデルの使用状況及び分散効果の状況については、これまでの基礎研レポートや保険年金フォーカスで、各保険グループ/会社によるSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)やEIOPAによるLTG(長期保証措置)と株式リスク措置に関する報告書等に基づいて、各社の内部モデルの適用状況や分散効果の状況について報告してきた。

ただし、その具体的な内容については、各社の開示情報が限定されていることもあり、その実態がなかなか把握できない状況にあった。今回の調査によって、内部モデルの適用状況に関する詳しい情報が明らかになっていくことを期待したい。

内部モデルの問題は、経済価値ベースのソルベンシー規制の議論が進んでいく中で、日本においても、今後さらに検討が進展していくことが想定されるテーマである。このテーマについての欧州における保険監督当局の対応を含む保険業界等の動向については、継続的にウォッチしていくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年10月21日「保険・年金フォーカス」)

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【EIOPAがソルベンシーIIにおける内部モデルの分散化に関する調査を開始】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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