2020年10月20日

中国の介護保険制度、全国導入に向けた動き【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(44)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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はじめに

中国の公的介護保険制度は、2016年にパイロット地域が発表され、段階的に導入が進められている。各地域で独立した制度を導入するなどの特性もあり、全国で導入が進むにはまだ時間がかかりそうである。中国にとって6番目の社会保険制度である介護保険制度の導入過程における動きをお伝えする。
 

1-パイロット地域を49地域に拡大

1-パイロット地域を49地域に拡大

中国国家医療保障局、財政部は、2020年9月、「長期介護保険制度の試行拡大に関する指導意見」(以下、「指導意見」とする)を発出し、国が定める公的介護保険制度のパイロット都市を拡大する旨発表した。パイロット地域については、2016年6月、国は15地域を発表していた。その後、吉林省と山東省の2つの重点省では、省内全域の導入を目指して、パイロット地域(都市)をそれぞれ5都市、15都市増加した。これまでに認定されたパイロット地域は35地域であり、今回新たに追加された14地域を加えると、合計49地域となる(図表1)。政府は日本の都道府県に相当する一級行政区(省・自治区・直轄市)において、それぞれ少なくとも1つの地域のパイロット認定をと考えている。今回の認定で、22省・4自治区・5直轄市1の31の行政区のうち、海南省、青海省、寧夏回族自治区、チベット自治区の4行政区を除いて、27の行政区でパイロット地域が指定されたことになる。なお、重点省である山東省は、全域(全市)での導入が完了している。

国はパイロット地域での制度運営から、課題または参考にすべき点を洗い出し、制度全体の骨格づくりを更にブラッシュアップしていく考えである。また、パイロット地域を参考にしながら、各地域(都市単位)での制度設計や運営を行い、最終的に全国普及を目指している。中国において、2019年末時点で中国の高齢者(60歳以上)は2億5388万人、総人口に占める60歳以上の高齢者の割合は18.1%となっている2。高齢者のうち、自立した生活をおくることが困難とされる高齢者は4,000万人を超えると予測されており、公的介護保険制度による社会扶養が求められている。

なお、今回のパイロット地域拡大は、2019年の全国人民代表大会における政府活動報告3を受けたものでもある。
(図表1) 介護保険制度のパイロット49地域
 
1 台湾およびマカオ特別行政区、香港特別行政区を除く。
2 「中華人民共和国2019年国民経済和社会発展統計公報」(2020年2月28日発行)。なお、2019年末時点での65歳以上の人口は1億7603万人、高齢化率は12.6%である。
3 「2019年政府活動報告」において、介護保険制度と関連する内容については、「医療と介護の連携に関する政策を改革・整備し、長期介護保険制度のパイロット地域を拡大し、高齢者が幸福な晩年を送れるよう、それに続く人も期待できる未来が持てるようにする」としている(関係する内容を抜粋、筆者仮訳)
 

2-制度の全国導入時期(目標)を2025年までに延期

2-制度の全国導入時期(目標)を2025年までに延期

2016年の当初、介護保険制度の全国導入は、2020年まで-つまり第13次5カ年計画の最終年を目標としていた4当初はわずか4年ほどの試行期間しか設けていないかった。しかし、今回の指導意見では、全国普及の目標年を改め、2025年と5年間延長(第14次5カ年計画の最終年)することを明確にした。その背景にはこの4年間の試行期間で顕在化した問題と、それを解決していく上で更なる準備が必要と判断されたからではないであろうか。指導意見をみると、制度運営全体としてとりくむべき以下のような課題や今後の方向性がみえてくる。
 
4 拙著「老いる中国、介護保険制度はどれくらい普及したのか(2018)」基礎研レポート、2018年8月27日発行、参照。
(1)財源の確保、企業・従業員の保険料負担導入
課題としてまず挙げられるのが財源の問題であろう。指導意見では、今後、企業及びその従業員に対して、同率の保険料を徴収するよう求めている。2016年6月に認定された15のパイロット地域の多くは、介護保険制度を運営するための財源の多くを既存の公的医療保険の積立金から転用していた。介護保険の具体的な保険料率については、各地域がサービスの規模や予算等に基づいて算出することになる。企業負担は、公的医療保険の保険料の一部を適用することも可能とし、企業負担の実質的な軽減をはかっている。一方、従業員負担は公的医療保険の授業員負担分の保険料を積み立てた専用の個人口座から差し引くことも可能としている。中国では医療、年金とも企業側の負担が重いが、介護保険料はそれとは異なる労使折半となる。なお、介護保険料及び財政補填は、介護保険専用の積立金(介護保険基金)で管理することになる。

(2)給付対象、サービス拡大を慎重に
指導意見では、パイロット期間中は、都市の会社員が加入する都市職工基本医療保険の加入者をまず、介護保険の対象者とするよう求めた。その背景としては、これまでの財源、また今後本格化する介護保険料の徴収は都市職工基本医療保険の加入者が担っている点が推察される。政府財政の補助も推奨はされているが、財源自体が限られおり、まず、全面的な介護や介助が必要な重度の高齢者、重度の障碍者を対象とするとした。これまでのパイロット地域の運営状況から、給付対象者、サービスの拡大については段階的に実施するよう慎重な対応を求めているようである。

(3)介護報酬の基準の整備
介護保険制度のパイロット運営の経験から、介護報酬の基準の整備も進んでいる。今回発表された指導意見では、介護サービス提供者がサービスを提供する基準の1つに、受給者の状況について条件を加えている。これまでは、介護保険の加入者であればサービスの受給について特に定めていなかったが5、指導意見では、新たに「医療機関またはリハビリ機関で診療を受けており、自立した生活ができない状態が継続して6ヶ月以上で、申請を通じて重度と認定された加入者」と条件を厳しくした。
 
5 人力資源社会保障部弁公庁関于開展長期護理保険制度試点的指導意見(2016年6月発行)
(4)制度運営の業務委託料の明確化
パイロット15地域のうち、13地域は民間保険会社に運営業務を委託している。しかし、これまでは民間セクターに支払われる管理費や手数料が明確に規定されておらず、市の財政への影響も指摘されていた。指導意見では、サービス対象者数、運営コスト、業務効果などに基づいて、介護保険料の積立金から事前に決定し、定額または定率の手数料を支払うよう求めた。

介護保険の運営委託は入札で決定され、現地の複数の保険会社が受託している。財政や人口規模の小さい地域が、当局のみで制度設計、運営といった技術やノウハウ、人材を確保するのは難しいという現状によるものである。当初は4年間という短期間での導入を目指していた点も、民間への運営委託の広がりに影響していると考えられる。いずれにしても制度の安定した持続をはかる上で、運営委託条件や委託料の明確化は重要な課題である。
 

3-介護保険を独立した社会保険に

3-介護保険を独立した社会保険に

このように、指導意見で保険料の徴収といった財源の確保が提唱されたことで、今後、介護保険は6番目の社会保険(年金、医療、労災、失業、生育(医療に統合))として位置付けられていくことになるであろう。政府は持続可能な制度を目指す上で、各地域における独立運営、設計、推進を目指し、給付内容は基本的な内容にとどめるとしている。世界的にみても介護保険制度の導入は多くなく、中国においても独立した社会保険として位置付けて導入するのかについては長らく議論があった。今般の指導意見によって、これまで4年間の経験を活かし、今後5年間および制度の全国導入に向けた指針が示されたことになる。
 
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

(2020年10月20日「保険・年金フォーカス」)

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