2020年10月15日

米国と英国の金融グループが共同で規制対話のビジョンを提示

中村 亮一

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1―はじめに

2018年4月、英国財務省 (HMT) と米国財務省 (UST) は、金融規制に関する協力を促進し、両国の規制枠組みの間の整合性を高めるため、FRWG(Financial and Regulatory Working Group:金融規制作業部会)を設立すると発表した。

2018年9月、英国と米国の17の事業代表団体が、FRWGに特定の業界の意見を積極的に提供するとともに、英国と米国の間で進行中の貿易・投資に関する議論に業界の視点を提供することを目的として、英米金融・関連専門サービス産業連合を結成した。2年間で、連合はその会員を20以上に拡大し、BAFA(British American Finance Alliance:英米金融連携) として再スタートした。

BAFAは、2020年9月に、「英米金融連携-英米規制対話の公式化に関するスコーピング文書-」と称するペーパーを公表1した。このペーパーの中で、BAFAの英米規制対話のビジョンを提示し、金融・専門サービス部門との調整メカニズムをFRWGプロセスに組み込むことを提唱している。また、FRWGのアジェンダで取り上げるべき潜在的な機会と問題点についても強調している。

今回のレポートでは、このペーパーの概要を報告する。  

2―今回のペーパーの概要

2―今回のペーパーの概要

今回のペーパーの概要については、以下の通りとなっている。

BAFAについて
BAFAは、英国と米国の間の貿易と投資に関する全体的な議論に積極的に貢献し、規制対話を支えるプロセスなどの問題に関する特定の業界の意見を提供するために、英国と米国の金融および関連する専門サービス業界連合として2018年9月に結成された。BAFAの提案は、世界で最も重要な2つの金融センターのホスト間のより緊密なリンクを構築するのに役立つことを目的としている。なお、BAFAの日常業務は、証券業界金融市場協会(SIFMA)とTheCityUK(TCUK)によって共同サポートされている。

また、今回のペーパーの公表時点で、英米の金融・関連専門サービス部門からの以下の21の団体で構成されている。

・オルタナティブ投資運用協会 (AIMA)
・米国生命保険会社協会 (ACLI)
・米国損害保険協会 (APCIA) 
・英国保険会社協会(ABI)
・勅許公認会計士協会 (ACCA) 
・欧州金融市場協会 (AFME)
・BAFT (金融貿易銀行協会) 
・銀行政策研究所 (BPI)
・ブリティッシュアメリカンビジネス (BAB)
・シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション
・サービス産業連合 (CSI)
・イングランド・ウェールズ勅許会計士協会 (ICAEW)
・投資協会(IA)
・投資会社協会 (ICI)
・ロンドン・マーケット・グループ (LMG)
・米国再保険協会 (RAA)
・証券業金融市場協会 (SIFMA)
・TheCityUK (TCUK)
・イングランド・ウェールズ法律協会
・米国商工会議所 (USCC)
・英国金融

このように、保険セクターからは、米国生命保険会社協会(ACLI)、米国損害保険協会(APCIA)、英国保険会社協会(ABI)、ロンドン・マーケット・グループ及び米国再保険協会(RAA)が加盟している。
|ペーパーの概要
今回のペーパーの概要は、エグゼクティブ・サマリー等に基づくと、以下の通りとなっている。

「FRWG(金融規制作業部会)は、英国(UK)と米国(U.S.)の間の国境を越えた規制調整と監督協力において、新しいゴールドスタンダードを確立するためのユニークで実現されていない機会を提供している」が、 このペーパーで、BAFA(英米金融連携)は、政策立案者が調整と協力を行うことができる新しい堅牢なメカニズムを確立するのを支援することを目指している。BAFAは、米国と英国の間の規制の一貫性を高めることを求めており、それが国境を越えた投資、成長、雇用創出の強力な基盤を提供する、と述べている。

さらに、「21世紀の国境を越えた貿易と金融及び専門サービスへの投資を妨げる殆どの障壁は、本質的に規制である」とし、金融サービス業界にとって、「規制、及び英国と米国がそれを議論するメカニズムは、英国と米国の関係の再定義には不可欠な要素である」としている。

FRWGは、現在Brexitを起因としている「ライブな」問題に取り組んでいるが、テクノロジーなどの将来又は急速に進化する問題を処理するには、真に堅牢な規制協力メカニズムを構築する必要がある。また、真の「ゴールドスタンダード」の取り決めを達成するには、さらに多くのことを行う必要があるとして、BAFAは、FRWGが明示的に採用する必要のあるいくつかの機能((1)FRWG自体とそのBAFAとの対話の両方に関連する手順の公式化、(2)規制協力プロセスに関して、定期的な正式な会議、(3)関与部門や機関、等)を示している。

エグゼクティブ・サマリー
FRWG(金融規制作業部会)は、英国(UK)と米国(U.S.)の間の国境を越えた規制調整と監督協力において、新しいゴールドスタンダードを確立するためのユニークで実現されていない機会を提供する。このペーパーでは、BAFA(英米金融連携)は、政策立案者が調整と協力を行うことができる新しい堅牢なメカニズムを確立するのを支援することを目指している。規制協力への私たちの関心は、改善された、より一貫性のある規制結果を見たいという願望に基づいている。 次に、より互換性のある規制の成果は、農業、製造、サービスなどの経済全体にわたる国境を越えた投資、成長、雇用創出の強力な基盤を提供する。私たちのペーパーで述べられている規制協力のモデルは、より強力な経済的成果のための強固な基盤を提供すると信じている。

COVID-19危機は、より大きな英米の規制協力の事例と機会を強化する。世界経済が事業を再開する際の市場の細分化を最小限に抑えることが中心となるだろう。英米規制対話は重要な要素になる。 COVID-19は、健全性基準などの主要な政策分野における健全な規制慣行の重要性を強調している。 これらの分野でのより体系的な協力は、より強固な世界的回復を確実にするだろう。

21世紀の国境を越えた貿易と金融及び専門サービスへの投資を妨げる殆どの障壁は、本質的に規制である。したがって、金融サービスのような急速に進化し、厳しく規制されている業界にとって、規制、及び英国と米国がそれを議論するメカニズムは、英国と米国の関係の再定義には不可欠な要素である。

BAFAは、規制協力と貿易協定の適切な関係について、メンバーの殆どが長年にわたって参加してきた長期にわたる議論があったことを認識している。 BAFAは、「ファーストベストの」解決策は、既存の英米の金融規制作業部会を継続するための枠組みを確立する規定を含む英国と米国の貿易協定であると考えている。ただし、規制協力グループの組織とガバナンス、及びその実質的な焦点の領域は、FRWGが既にどのように運営されているかに基づいて、別の理解で、貿易関係の外で確立する必要がある。

FRWGは、多くの優先トピックに関する規制上の課題に対する効果的で実用的なソリューションを促進する上で重要な役割を果たすことができる。これらのいくつかは、各国が現在取り組んでいる「ライブな」問題である。しかし、テクノロジーなどの将来又は急速に進化する問題を処理するには、真に堅牢な規制協力メカニズムを構築する必要がある。

英国と米国の間の既存の国境を越えた規制メカニズムには前向きな特徴があるが、真の「ゴールドスタンダード」の取り決めを達成するには、さらに多くのことを行う必要がある。 現在、既存のFRWGメカニズムは、明確なプロセスがなくても流動的である傾向がある。柔軟性を持つことにはメリットがあるが、プロセスが予測可能性と透明性を欠くリスクがある。このホワイトペーパーでは、BAFAは、FRWGが明示的に採用する必要のあるいくつかの機能を示している。

・規制協力を成功させるには、業界団体を含む強力な利害関係者の関与が必要となる。したがって、FRWGは、プロセスの早い段階で国境を越えた問題を識別し、対処することを容易にするために、業界とのオープンで直接的な関与を促進する必要がある。FRWG自体とそのBAFAとの対話の両方に関連する手順の公式化は、プロセスの効率を高め、規制協力と業界の関与に対する永続的な取り組みのシグナルとなることに貢献する。

・規制協力プロセスは動的であり、定期的な正式な会議によって支えられている必要がある。

・対話に関与するコアメンバーの役職と、彼らが管轄する部門及び機関

・FRWGは、より詳細な会議の結果を共有することを約束し、高潔でより継続的なプロセスの確立を支援する必要がある。

私たちのペーパーで述べられている規制協力のモデルは、より強力な規制の一貫性とより良い経済的成果に向けた強固な基盤を提供すると信じている。大西洋の両側の政策立案者が、このビジョンを実行可能な現実に変換することについて話し合うために私たちと協力してくれることを願っている。

 

3―具体的な内容からの抜粋―国際的規模の問題

3―具体的な内容からの抜粋―国際的規模の問題

今回のペーパーにおいて、「FRWGの将来のアジェンダの潜在的な優先分野」の中で、以下のように述べている。

FRWGは現在の姿で、規制上の課題に対する効果的で実用的な解決策を促進する上で重要な役割を果たしているが、これまでのところ、これらの殆どはBrexitを起因としている「ライブ」な 問題だった。FRWGが二国間関係の将来展望をもたらすために必要な強固な規制協力メカニズムとなるためには、将来又は急速に進展する問題を検討すべきである。

これを受けて、具体的には以下のような問題を挙げている。

|既存の問題
既存の問題としては、(1) 市場の完全性(2) データ移転(3) Fintech(フィンテック)(4) サイバーセキュリティとオペレーショナルレジリエンス(5) 健全性措置(6) 意図せざる市場アクセス障害、の6つの項目が挙げられている。

ここでの規定は主として、銀行等を想定したものとなっているが、例えば、このうちの「サイバーセキュリティとオペレーショナルレジリエンス」に関しては、「規制当局と産業界は、金融及び関連する専門サービス産業をサイバーリスクから保護することに関する洞察と学習を共有することができる。また、産業界と規制当局は、消費者や市場参加者に損害を与え、企業の存続を脅かし、金融システムを不安定化させる可能性のある業務中断へのアプローチに関する知見を共有することができる。」と述べている。また、「健全性措置」に関しては、「2つの規制枠組みの間の不必要な非効率性を除去するために、基準をより互換性のあるものにする方法を探求できるものがいくつかある。ストレステストの枠組みと内部TLACレベルの一貫性を改善し、国境を越えたグループの破綻処理に関連する協力を強化する余地が特にある。また、残りのバーゼルIII基準についても、その適合性や時期の面で、英米間でより緊密な協力が行われる可能性がある。規制当局は、国境を越えた監督協力を促進するための選択肢を検討することもできる。」と述べている。
|国際的規模の問題
国際的規模の問題としては、(1) グローバルな金融の安定性(2) 市場の細分化(3) 公平な競争の場の確立(14 国際基準化団体の活動と進展、の4つの項目があげられている。

この中では、例えば、「公平な競争の場の確立」に関しては、「グローバルなアプローチは、個々の管轄区域による規則の一方的かつ調整されていない実装(及び域外適用)によって引き続き損なわれている。」と述べている。また、「国際基準化団体の活動と進展」に関しては、「英国と米国は、それらが連携している多くの分野を認め、可能かつ相互に望ましい場合には、グローバルな基準化団体の統一戦線を提示する必要がある。さらに、適切な時期に、何らかの形の英国-米国-EUの三国間規制及び監督上の対話の進展を検討する必要がある。」と述べている。

グローバルな金融の安定性:異なる管轄地域の規制当局間の効果的な協力は、金融の安定性を実現し、グローバルな金融システムが国境を越えた資本形成の強力な流れを通じて経済成長に完全に貢献できるようにするために不可欠である。

・市場の細分化:英国と米国の規制の枠組みにはいくつかの大きな違いがあり、2つの主要な金融センター間の規制の細分化は、必然的にグローバルな金融システム全体の細分化につながる 逆に、両国が協力して共通の基準を策定する場合、世界的な細分化は大幅に逆進する。

・公平な競争の場の確立:2009年のG20首脳は、「…国内及び国際レベルで行動を起こし、基準を一緒に引き上げ、各国当局が公平な競争の場を確保し、市場の細分化、保護貿易主義、及び規制裁定取引を回避する方法で世界基準を一貫して実施するようにする」と決議した。ただし、グローバルなアプローチは、個々の管轄区域による規則の一方的かつ調整されていない実装(及び域外適用)によって引き続き損なわれている。

・国際基準化団体の活動と進展:英国と米国は、それらが連携している多くの分野を認め、可能かつ相互に望ましい場合には、グローバルな基準化団体の統一戦線を提示する必要がある。さらに、適切な時期に、何らかの形の英国-米国-EUの三国間規制及び監督上の対話の進展を検討する必要がある。

3|FRWGの権限内に直接ない、業界にとって重要なその他の領域の問題
さらに、対処する必要があるが、FRWGの権限内に直接ない、業界にとって重要なその他の領域には、次のものがあるとしている。
 

・監査と会計:英国のフレームワークは現在、監査法人だけでなく、企業及び財務報告エコシステムの他のプレーヤーにも影響を与える一連の改革を行っている。これらの改革は、次の3つのレビューから生じている。監査市場の構造(競争市場局による)。監査市場の規制(Lord Kingmanが主導)。監査の質と有効性(Sir Donald Brydonが率いる)。総合すると、上場監査市場での選択肢を増やし、質の高い監査を奨励し(強力で独立したフォワードルッキングな規制当局の創設を含む)、市場の回復力を向上させ、より広範なコーポレートガバナンスフレームワークを強化する機会がある(Sarbanes-Oxley法に相当する英国の導入)。英国の監査及び会計部門は、国際基準への準拠が生み出す国民及び市場の信頼と、外国直接投資の増加及び国境を越えた資本市場活動の促進におけるその役割の両方のために、国際基準に強く取り組んでいる。FRWGは、会計及び監査の問題に関して英国と米国の間でより大きな協力を行う機会を提供し、基準の収束を促進する。これにより、英国と米国の両方の監査要件の対象となる企業のリスクと関連するコンプライアンスコストの両方が削減される。

 

4―加盟業界団体からのコメント等

4―加盟業界団体からのコメント等

今回のBAFAのペーパー公表に対応して、加盟業界団体のトップ等からは、以下のコメント等が発出されている。

1|SIFMA(証券業金融市場教会)及びTCUKTheCityUK
SIFMAの会長兼CEOのKenneth E. Bentsen, Jr.,氏は、「これは、米国の金融サービス業界にとって、英国と米国の間の国境を越えた規制及び監督上の協力を強化するための重要な戦略的機会である。」と述べている。

また、TheCityUKの副会長のCatherine McGuinness氏は、「今日の経済では、国境を越えた貿易や金融及び専門サービスへの投資を妨げる多くの障壁が本質的に規制されている。 したがって、私たちの業界にとって、規制基準の互換性を達成することは、大西洋の両側での成長をサポートするために不可欠である。 強力な規制対話はこれを達成するのに役立つ。 また、英国と米国が国際的な規制フォーラムでさらに緊密に協力して、共通の優先事項を達成する機会を提供する。」と述べている。
2|ACLI(米国生命保険会社協会)
ACLI(米国生命保険会社協会)はプレスリリース2を行っている。その中で、ACLIの会長兼CEOのSusan Neely氏は、「BAFAが提案するビジョンには、これを実現するために不可欠な重要な保険条項が含まれている。とりわけ、この提案は、米国の州ベースの規制システムの強さを認識し、国家間のデータの自由な流れを要求し、できるだけ多くの人々に保険を提供するための再保険の利用可能性を強化している。」と述べている。
 

2020年9月24日(木)
米国生命保険会社協会(ACLI)と金融サービス連合が、米国と英国の規制協力のビジョンを提案
ワシントン–米国生命保険会社協会(ACLI)は、米国と英国の金融サービスグループの連合に参加し、将来の米英規制協力と対話のための統一されたビジネスビジョンを提案した。英米金融提携(BAFA)の提案は、米国と英国の間の国境を越えた摩擦を減らし、国境を越えた投資を強化し、両国のより強力な経済成長と雇用創出を支援することを目指している。

「米国と英国の生命保険会社は、大西洋の両側の消費者の生活に重要な役割を果たしている」とACLIの会長兼CEOのSusan Neely氏は述べている。「私たちは、英国と米国の家族が望むそして必要とする財政的保護を得るのを助ける契約を支援するために、BAFAの他のメンバーと私たちのそれぞれの政府と協力することを楽しみにしている。」

「BAFAが提案するビジョンには、これを実現するために不可欠な重要な保険条項が含まれている。とりわけ、この提案は、米国の州ベースの規制システムの強さを認識し、国家間のデータの自由な流れを要求し、できるだけ多くの人々に保険を提供するための再保険の利用可能性を強化している。」

 

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、BAFAによって2020年9月に公表された「英米金融連携-英米規制対話の公式化に関するスコーピング文書-」と称するペーパーについて報告してきた。

今回のペーパーの発行等による米国と英国の保険業界の思惑としては、例えば、IAIS(保険監督者国際機構)において開発が進められているIAIGs(国際的に活動する保険グループ)のためのグローバルな資本基準であるICS(保険資本基準)の設計等において、お互いが協力することで、EU中心の制度設計に対抗していく意味合いがあるようである。

米国は、これまで欧州中心の制度設計を批判し、国内制度に適合していないと述べてきた。米国は現在開発中のAM(集計法)による資本基準がICSと同等な基準として認められることを目指している。米国の保険業界は、BAFAメカニズムを通じて、英国がICSの設計等において米国を支援することにつながることを望んでいるものと考えられているようである。

いずれにしても、今回の米国と英国による金融業界の連携が、今後のグローバルベースでの金融保険規制の改革にどのような影響を与えていくのかについては、大変興味深いものがある。今後のBAFAの動向については引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年10月15日「保険・年金フォーカス」)

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【米国と英国の金融グループが共同で規制対話のビジョンを提示】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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