2020年10月09日

金価格上昇の背景-金の関連指標と需給の動向

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大による経済見通しの不透明感や各国中央銀行の金融緩和を背景に金価格は高値圏で推移している。本稿では、金の需給や関連指標といった金価格の上昇の背景について考えたい。

図表1は金価格と米国株(S&P500指数)の推移を示している。今年3月頃より、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界各国で都市封鎖(ロックダウン)などの感染防止対策が行われ、企業収益は大幅に減少した。経済見通しが著しく不透明となったことにより、株式市場は一時年初来▲30.7%まで急落した。金についても、投資家の現金需要の高まりにより、一時年初来▲3.0%下落した。

こうした信用不安を受けてFRBは緊急利下げや市場への資金供給を発表した。FRBの資金供給を受けて企業の資金繰り不安は沈静化、金融市場は回復に向かった。8月末時点で、S&P500指数は年初来+8.3%、金価格は+29.7%となっている。
図表1 金価格と米国株の推移

2――不透明な経済見通し

2――不透明な経済見通し

このような金価格の上昇は、新型コロナウイルスの感染拡大による不透明な経済見通しや米国をはじめとした各国中央銀行による金融緩和が背景となっている。

図表2は経済政策不確実性を示す経済政策不確実性指数(EPU: Economic Policy Uncertainty Index)と金価格の推移を示している。EPU 指数は、スタンフォード大学の Nick Bloom 教授らによって開発され、経済政策の不確実性に言及した新聞記事の数を基に算出された経済政策の不確実性を示している。これを見ると、近年では、経済見通しの不透明さとともに金価格が上昇していることが分かる。

金は「有事の金」という言葉があるように、安全資産と見なされ、投資家のリスクオフ姿勢が強まる際に上昇する傾向がある。

2018年頃より、米中貿易摩擦などにより米中対立が激化、経済見通しの不透明さが強くなり、EPU 指数は大きく上昇する場面が見られた。2018年3月には、米国は中国の鉄鋼製品などへの関税引き上げを行った。

また、今年3月頃より、新型コロナウイルスの感染が拡大し、経済見通しの不透明感が一層強まっている。こうした背景が、特定の国に依存しない無国籍の資産である金の需要の高まりにつながっている。
図表2 経済不確実性指数と金価格の推移

3――金融緩和の金価格上昇に寄与への影響

3――金融緩和の金価格上昇に寄与への影響

各国中央銀行により、大規模な金融緩和が行われていることも、金価格上昇の要因となっている。

FRBは今年3月、政策金利をそれまでの1.00%~1.25%から0.00%~0.25%へと大幅な引き下げを行った。また、FRBは「米国債などいくつかの市場で、資金の流動性に強いストレスがあった」と述べ、米国債などを買い入れて市場に資金を供給する量的緩和政策を復活させると発表した。FRBは2014年以降、金融緩和の正常化を目指し、量的緩和を停止、ゼロ金利政策を解除していた。

今回の金融緩和策により、米国の10年国債の利回りは8月末時点で0.7%に低下している。また、米国の期待インフレ率は一時1%を下回ったもののFRBによる資金供給などを背景に再度1.8%まで上昇している(図表3)。
図表3 米国の10 年国債利回りと期待インフレ率の推移
このような名目金利の低下と期待インフレ率の上昇により、米国では名目金利から期待インフレ率を差し引いた実質金利が低下している。図表4は金価格と米国実質金利の推移を示している。これを見ると、実質金利は2018年10月から低下が続いており、8月末時点には▲1.1%まで低下している。図表4を見ると、金価格と米国の実質金利は強い負の相関関係を持っていることが分かる。

金への投資は債券とは異なり、利息収入を得ることはできない。このため、債券の金利が高いほど金への投資は収益機会損失が大きくなることとなる。一方で、実物資産である金は現金や債券と異なりインフレによる価値の目減りは起こりにくい。こうしたことから、実質金利の低下は金価格の上昇につながる。
図表4 金価格と米国の実質金利の推移

4――金需給の動向

4――金需給の動向

(1) 金需要の動向
実質金利の低下や経済見通しの不透明感は金ETFへの投資資金の流入を招いている。図表5は金の国際調査機関であるワールドゴールドカウンシルが公表する金の用途別の需要を示している。

これを見ると、2020年第二四半期の需要は、宝飾品が263.4トン、バー・コインが148.9トン、ETFが434.1トン、中央銀行売買が114.7トンとなっている。ETFの裏付け資産としての需要は2019年第四四半期の25.4トンから2020年第一四半期299.8トン、2020年第二四半期434.1トンと大幅に増加していることが分かる。コロナによる投資家のリスクオフ姿勢や実質金利の低下などから金ETFに投資資金が流入、これにより金ETFは裏付けとなる実物の金を購入している。

一方で、宝飾品による需要は2019年第四四半期の647.4トンから2020年第一四半期406.2トン、2020年第二四半期264.4トンと減少していることが分かる。金価格高騰により宝飾品の需要が減少したと考えられる。
図表5 金の用途別の需要動向
(2) 金供給の動向
次に、金の供給について見てみたい。図表6は金供給の推移を示している。これを見ると、2020年第二四半期の供給は、鉱山採掘が776.7トン、リサイクルが285.7トンとなっている。2020年第二四半期の供給量は低い水準にとどまっている。これは、コロナ禍による都市封鎖などにより、金産出国での金採掘が停滞していること背景となっている。

新型コロナウイルスの感染拡大により、金ETFに投資資金が流入する一方で、金の採掘は停滞し供給量が減少していることが分かる。
図表6 金供給の動向

5――金価格を左右する要因の動向

5――金価格を左右する要因の動向

経済見通しの不透明感や金融緩和を背景とする低金利環境といった金価格上昇の要因について述べた。これらの要因の今後の動向について考えたい。

経済見通しの不透明感について、新型コロナウイルスの流行は長期化しており、早期の感染収束による不透明感払拭は見込みづらい状況にある。また、米中対立についても対立構造が長期化すると考えられる。

低金利環境については、米国の政策金利が0%に達している現状では、政策金利の大幅な低下は見込みづらい。また、FRBはゼロ金利政策を維持することを公表していることから当面は低金利環境が継続すると考えられる。

インフレ率は、8月末時点で1.8%まで上昇したものの、原油価格の回復や一時的要因の寄与が大きく、インフレ率のさらなる上昇は現状では見込みづらい。米ドルの供給量の増加によるインフレ率上昇の可能性が指摘されているが、現状では、FRBによる大規模な資金供給が行われているが、期待インフレ率は1.8%程度にとどまっている。

金の需要については、実質金利の低下や投資家のリスクオフ姿勢が続いた場合、ETFの金需要が継続すると考えられる。金の供給については、コロナ禍による都市封鎖が解除、緩和された場合、金の採掘量は増加する可能性がある。

これらの要因から、経済見通しの不透明感や金融緩和が継続した場合、金価格は9月は若干下落したものの、当面は高止まりが続くことが考えられる。しかしながら、ワクチン開発の進展などにより、経済見通しの不透明感が払拭された場合、金融緩和の出口が意識され、金価格の下落につながる可能性があるだろう。金価格の今後の動向に注目したい。
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

(2020年10月09日「基礎研レター」)

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