2020年10月02日

欧州大手保険グループの2020年上期末SCR比率の状況-ソルベンシーⅡ等に基づく数値結果報告-

中村 亮一

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4―SCR比率算定等に関係するその他の事項

この章では、SCR比率算出等に関係するその他の事項について報告する。

これらの項目については、既に2019年末数値に関するレポートとして、保険年金フォーカス「欧州大手保険グループの2019年末SCR比率の状況について(1)-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-」(2020.4.7)の中でも一部報告している。

さらには、2019年末の詳しい内容については、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2019年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2020.7.14)で、各社の長期保証措置や移行措置の適用状況について、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2019年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(3)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その2)-」(2020.7.20)や保険年金フォーカス「欧州保険会社が2019年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(4)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その3)-」(2020.7.22)及び基礎研レポート「欧州保険会社の内部モデルの適用状況(標準式との差異)-2019年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)からのリスクカテゴリ毎の差異説明の報告-」(2020.8.3)等のレポートにおいて、各社の内部モデルの適用状況について報告しているので、これらのレポートを参照していただきたい。
1|SCR比率の目標範囲
SCR比率の目標範囲に相当する水準は、以下の図表の通りである。会社内部のソルベンシー比率と監督規制上のソルベンシー比率が異なっている会社では、各社とも会社内部のソルベンシー比率に基づいた目標範囲を設定している。ただし、これらの目標範囲についても、各社毎にその位置付けが異なっているので、単純な比較はできない。
欧州大手保険グループのソルベンシー比率の目標範囲
AllianzとGeneraliは経営行動を起こす下限水準のみを公表している。AvivaはWorking Rangeという名称で水準設定している。Aegonは地域別に目標を設定している。また、Aegonの目標範囲は、これまでは他社に比較して低かったが、2017年の見直しに伴い、他社並みの水準に引き上げられている。ZurichのZ-ECMの目標範囲は100%~120%となっているが、これはAA格付けに相当すると説明されている。

なお、SCR比率の水準毎の会社の対応方針を明確にして開示している会社もある。

監督規制上のソルベンシーへの対応方針は各社各様となっている。
2|SCR等の算出方法(内部モデルの適用状況)
各社とも内部モデルを適用しているが、その適用対象については、母国に加えて、欧州の主要国やアジア等、実質的に米国を除く主要事業国を含めているケースが多い。米国については各社とも同等性評価に基づいている。

2019年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)に基づくと、各社のソルベンシーIIに基づく分散効果控除前のSCR算出における内部モデルの適用比率(=内部モデルによるSCR/(内部モデル適用後の)全体のSCR))は、以下の通りとなっている。
分散効果控除前のSCR算出における内部モデル適用比率
これによれば、各社によって状況は異なっている。AXAは2018年までは全体SCRの9割以上が内部モデルによって算出されていたが、2019年末はAXA XLがBermudaの同等性評価から標準式に変更されたことに伴い、一時的に比率を下げている。ただし、2020年末までにはAXA XLに対する内部モデル適用の承認を得ることを目指している、と述べている。

なお、SFCRでは、標準式によるSCRの数値は開示されていないが、過去の影響度調査によれば、内部モデル適用によるSCRの引き下げ効果は2割程度と想定されている。

また、内部モデルの適用によって最も影響が大きいのが、子会社間や地域間の分散効果であると考えられているが、(標準式による分も含めた)分散効果による控除率は、以下の通りとなっている。
分散効果による控除率
3|SCR等の算出方法(長期保証措置の適用状況)
ソルベンシーⅠからソルベンシーIIへの移行における割引率や技術的準備金についての16年間にわたる経過措置、MA(マッチング調整)及びVA(ボラティリティ調整)といった長期保証措置2の適用については、各国の保険市場の特徴(販売商品や資産運用市場等)に大きく依存している。

保険年金フォーカス「欧州保険会社が2019年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2020.7.14)で報告したように、Zurich以外のソルベンシーII制度下にある5社については、全社がVAを適用し、AvivaとAegonの一部が、MAや技術的準備金に関する移行措置を適用している。

これらの措置の適用による影響(2019年末ベース)については、以下の通りであり、Avivaがこれらの措置に大きく依存していることが示されている。
長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2019年末)/(参考)長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2018年末)
 
2 長期保証措置(経過措置を含む)の内容及びそのEU各国における適用状況については、筆者による、保険・年金フォーカス「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)~(6)-EIOPAの2019年報告書の概要報告-」(2020.1.24~2020.2.19)を参照していただきたい。
4|自己資本の内訳
ソルベンシーIIの資本要件に算入可能な各種自己資本は、劣後性や損失吸収性、期間といった資本適格性からTier1~Tier3 に分類3され、 それぞれについて算入制限が設定されている。具体的には、「Tier1(無制限)は無制限、Tier1(制限付)はTier1全体の20%未満、Tier3 はSCRの15%未満、Tier2とTier3の合計でSCRの50%未満」等となっている。

各社とも、着実にTier1の割合を高めてきており、自己資本のうち、Tier1の自己資本が7割から9割程度、さらに、Tier1(無制限)がそのうちの8割から9割程度を占めている。また、各社とも、既存のTier1 やTier2の劣後債務について、グランド・ファザーリング・ルール(既得権認容ルール)を適用しているが、こうした債務については、早期償還等を行い、段階的にソルベンシーII適格なものに変更してきている。

2020年上期末における適格自己資本の内訳については、例えば 、Aviva、Aegon等が開示している。Avivaの場合、合計金額は2019年末から大きく変化しているわけではないが、内訳としてTier1からTier2に8億ユーロ程度移行している。Aegonの場合、制限なしTier1が11億ユーロ減少したことで、全体でも10億ユーロ減少している。

各社のデータが揃う2019年末ベースの数値は、以下の図表の通りとなっている。
自己資本の内訳(2019年末)
 
3 Tier1(無制限)は払込資本や剰余金等、Tier1(制限付)はグランド・ファザーリング・ルールに基づく劣後債務、Tier2は、劣後債務、Tier3は繰延税金資産等である。
5|SCRのリスク別及び地域別内訳
SCRのリスク別及び地域別内訳の開示については、各社の事業構成等を反映する形で、リスクの分類方式等が異なっている。

2020年上期末におけるSCRのリスク別及び地域別内訳については、例えばAXAがリスク別に、Generaliがリスク別・地域別に開示しているが、2019年末と比べて、構成比が大きく変化しているわけではない。例えば、AXAの場合、市場リスクの割合が38%から35%に低下し、生命保険リスクが22%から23%に上昇している。

各社のデータが揃う2019年末ベースの数値は、以下の図表の通りとなっている。
SCRのリスク別・地域別内訳(2019年末)

5―まとめ

5―まとめ

以上、各社のプレス・リリース資料等に基づいて、欧州大手保険グループの2020年上期末におけるSCR比率の水準や感応度及びそれらの推移、さらには関係するその他の事項、加えて、2020年上期における各社の資本管理等に関するトピックについて報告してきた。

こうした報告を踏まえての今後の課題等については、昨年度までのレポートで報告してきているので、ここでは、2020年上期のSCR比率に関係するトピックのうち、COVID-19(新型コロナウイルス)と低金利の影響及びソルベンシーIIのレビューを巡る動きについて触れておく。
1|COVID-19と低金利の影響
2020年上期において、COVID-19の感染拡大やそれに関連しての金利低下のさらなる進行が、欧州の保険会社のソルベンシーを含む財務状況等に大きな影響を与えていることについては、これまでの保険年金フォーカスにおいて、「EIOPAが超低金利が保険分野に与える影響(COVID-19危機の最初の影響を含む)に関する報告書を公表」(2020.8.12)、「EIOPAがCOVID-19に起因するリスク等に関する調査結果を公表-2020年7月の金融安定性レポートより-」(2020.8.18)及び「新型コロナウイルスの感染拡大が保険会社に与える影響(2)-欧州大手保険Gの2020年第2四半期公表による-」(2020.9.1)等で報告してきた。

詳しい内容は、これらのレポートを参照していただくことにして、ここでは概略を述べておく。

EIOPAの各国保険監督当局に対する定性的COVID-19質問票によると、COVID-19に起因するリスクについて、(1)投資ポートフォリオの収益性、(2)ソルベンシーポジション、(3)銀行へのエクスポージャー、(4)引受収益性、(5)国内ソブリン、(6)サイバーリスクへの集中、が保険会社にとって重要性の高い6つの主要なリスク及び課題として挙げられているが、全体として、保険会社がこれらのリスクを軽減するための適切な措置を講じている、としていた。

また、低利回り環境は、一般的にはバランスシート・チャネルを通じて保険会社のソルベンシーポジションに直接影響を及ぼすが、インカム・チャネルを通じてより長期的な期間にも間接的に影響を及ぼす。COVID-19のショックは、市場のボラティリティの上昇、株価の下落、債券利回りや信用スプレッドの変動、債券の格下げ等を通じて、保険会社のソルベンシー比率にさらなる圧力をかけた。2020年3月18日時点においては、2019年末時点での資産が負債を上回っている分(約1.5兆ユーロ)の3分の1以上を失う可能性がある(具体的には39.1%に相当する6,017億ユーロが失われることになる)と報告されていた。

COVID-19の影響については、いまだ事態が進展中であり、不透明な要素が多い。有効なワクチンが開発され、一般に幅広く普及するまでは引き続き最もホットなテーマであり続ける。さらに。超低金利環境についても、引き続き継続することが想定されている。
2|ソルベンシーIIの2020年レビュー
ソルベンシーIIの2020年レビューについては、当初2020年6月末までにEIOPAが助言を作成し、欧州委員会に提出することで、欧州委員会での検討が進められ、2020年末までに必要な法令等の改正が行われる予定になっていた。ただし、COVID-19の影響により、このスケジュールは6ヶ月間延期され、EIOPAの助言は2020年末に、欧州委員会での対応は2021年上半期を目処に行われることに変更されている。

このソルベンシーIIの2020年レビューの状況についても、これまでの保険年金フォーカスや基礎研レポートにおいて、「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関するCPを公表(2)~(16)」(2019.11.5~2020.4.1)等で報告してきた。

その中では、例えば以下のような提案がなされていた。

・ユーロのリスクフリー金利を補外する際に、より遅い開始点を選択するか、又は開始点を超えた市場情報を考慮するために補外法を変更する検討

・特にオーバーシュート効果に対応し、保険負債の非流動性を反映させるために、リスクフリー金利に対するボラティリティ調整額の算出方法を変更することを検討

・金利リスク・サブモジュールの較正を経験的証拠に沿って増加させる提案。この提案は、2018年にソルベンシー資本要件の標準式に関してEIOPAが提供した技術的助言と整合的である。

・ソルベンシーII指令にマクロ・プルーデンス手法を含める提案

・保険のための最低限の調和された包括的な再建・破綻処理の枠組みを設定する提案

今回のCOVID-19の感染拡大やそれに関連しての金利低下のさらなる進行が、これらの検討状況にどのような影響を与えるのかが注目されることになる。

なお、「報告と開示」については、別途のCP(コンサルテーション・ペーパー)等も公表され、目的適合性、比例性、データの標準化及び金融セクター内の報告枠組み間の一貫性といった主要原則に基づいた評価が行われてきている。

なお、ソルベンシー規制に関しては、IAIS(保険監督者国際機構)によるICS(保険資本基準)の開発の検討が行われており、この実際の監督基準としての適用は2025年以降と予定されている。それまでは引き続き、欧州におけるソルベンシーII制度が、実際に監督基準として機能している経済価値ベースのソルベンシー制度として、引き続き注目を浴びていくことになる。

さらには、2020年6月25日には、IFRS第17号(保険契約)の修正基準が公表された。現在、この修正IFRS第17号の公表を受けての欧州での対応について、EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)での検討が進められており、注目されるものとなっている。

ソルベンシーIIやICS等のソルベンシー規制、さらにはIFRS第17号を巡る状況及びそれらへの欧州の大手保険グループの各種対応については、日本の保険会社等にとっても大変関心が高く、参考になることが多いことから、今後とも継続的にウォッチしていくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年10月02日「基礎研レポート」)

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【欧州大手保険グループの2020年上期末SCR比率の状況-ソルベンシーⅡ等に基づく数値結果報告-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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