2020年10月01日

地震リスクや洪水リスクはマンション価格を下げるのか?~自然災害リスクがマンション価格に及ぼす影響について

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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2-1-3. 「洪水リスク」のデータ
国土交通省は、洪水等の水害被害を軽減することを目的として、水防法に基づき、「洪水浸水想定区域」を公表している。「洪水浸水想定区域」は、これまで河川整備において基本となる降雨3によって浸水が想定される区域が指定されていたが、近年、頻発する豪雨災害を受けて2015年の水防法の改定で、想定し得る最大規模の降雨4を前提した区域に拡充された。

国土交通省「国土数値情報ダウンロードサービス」を元に、東京都区部における「洪水浸水想定区域」を図表-8に示した。「洪水浸水想定区域」は、多摩川が流れる大田区や世田谷区、江戸川や荒川が流れる江戸川区や江東区、墨田区、足立区、北区、板橋区等の一部が該当する。本稿の分析対象物件の内、20%が洪水浸水想定区域内に立地している。
図表-8 洪水浸水想定区域
図表-9 分析対象における「洪水浸水想定区域」の分布
 
3 100年から200 年に1 回程度の雨
4 1,000年(あるいはそれ以上)に1回程度の大雨
2-2. 分析手法
分析の手法は、地価分析などの不動産市場分析で多く用いられるヘドニック・アプローチを採用した。この考え方に基づき、以下の推定式を構築し、「地震リスク」と「洪水リスク」が分譲マンション価格へ及ぼす影響を推定した。
(推定式)
2-3. 分析結果
分析の結果、「地震リスク」は分譲マンション価格に対し、統計的に有意な影響を与えていることが分かった。具体的には、分譲マンション価格は、「建物倒壊危険度」が 1ランク高い場合、約▲2.3%低いことが示唆された。(図表-10)。最も危険度の高い「建物倒壊危険度5」のエリアに立地する分譲マンションの価格は、「建物倒壊危険度1」のマンションと比べて、約▲9.2%低いこととなる。

一方、「洪水リスク」は、分譲マンション価格に対し、統計的に有意な影響は見られなかった。ファミリータイプの物件に限定した分析においても、「洪水リスク」は、分譲価格に対し統計的に有意な影響は見られなかった。
図表-10 推定結果
図表-11 推定結果の解釈
2011年の東日本大震災をはじめとして、マグニチュード6.0以上の大規模な地震は毎年発生しており、地震が建物に甚大な被害を及ぼすことは人々の記憶に強く残っている。内閣府「防災に関する世論調査」によれば、「自分や家族の場合に当てはめて、被害に遭うことを具体的に想像した災害」について、「地震」との回答が最も多かった(図表-12)。また、前述の「住宅の購入や地盤に関する意識調査」でも、「住宅購入の際に消費者が気にする項目」の上位2項目(「地耐力(地盤の強さ)」と「地震時の揺れやすさ」)は地震に関する項目であった。地震に関するリスクは人々に広く認知されており、マンション価格にも明確な負の影響を及ぼしている。
図表-12 災害被害の具体的イメージ
一方、「洪水リスク」に関して、前述の「防災に関する世論調査」では、「津波」との回答は25%、「河川の氾濫」との回答は24%となり、「地震」(86%)の3分の1以下である。また、2015年以降の東京都区部での異常気象による浸水被害状況を確認すると、多くの台風や集中豪雨に見舞われているものの、100棟以上が浸水するといった大きな被害は幸運にも3回にとどまる(図表-13)。地震被害と比べて、洪水被害の具体的イメージを持つ人が格段に少なく、分譲マンション価格に対して、明確な負の影響を及ぼさなかったのかもしれない。

また、川沿いや海の近い物件は、周りに建物が少なく、眺望や日当たりがよい等のメリットがあり、「リバーサイド」や「ウォーターフロント」に立地するマンションとして人気が高い物件もある。こうした状況も、価格への影響がなかった要因の1つと考えられる。
図表-13 異常気象による浸水棟数(東京都区部)

3. 水害リスクの重要事項説明が義務化へ

3. 水害リスクの重要事項説明が義務化へ

本レポートの分析では、分譲マンション価格に対し、「地震リスク」は統計的に有意な影響が見られた一方、「洪水リスク」は影響が見られなかった。

しかし、気候変動等の影響により、1時間の雨量が50㎜以上の「非常に激しい雨」は増加傾向にあり5、実際には水害に関するリスクは高まっている(図表―14)。
図表-14 全国(アメダス)の1 時間降水量50mm 以上の年間発生回数
こうした状況を踏まえて、2020年7月に宅建業法施行規則が改正され、不動産取引時における重要事項説明の際に、水害ハザードマップを提示し、取引対象物件の所在地について説明することが義務化された。

具体的な説明方法として、国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(ガイドライン)」に、下記の項目が追加された。

・水防法に基づき作成された水害(洪水・雨水出水・高潮)ハザードマップを提示し、対象物件の概ねの位置を示すこと

・市町村が配布する印刷物又は市町村のホームページに掲載されているものを印刷したものであって、入手可能な最新のものを使うこと

・ハザードマップ上に記載された避難所について、併せてその位置を示すことが望ましいこと

・対象物件が浸水想定区域に該当しないことをもって、水害リスクがないと相手方が誤認することのないよう配慮すること

今回の改正により、「洪水リスク」が住宅購入検討者により強く認識されることで、今後は不動産取引の意思決定において「洪水リスク」に関する情報の重要性の認識が高まり、マンション価格にも影響を及ぼす可能性がありそうだ。
 
5 気象庁によれば、最近10年間(2010~2019年)の平均年間発生回数(約327回)は、統計期間の最初の10年間(1976~1985 年)の平均年間発生回数(約226回)と比べて約1.4倍に増加した。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2020年10月01日「不動産投資レポート」)

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