2020年09月29日

迫るブレグジットの移行期間終了-英EU協議決裂と英国分裂リスクをどう見るか?-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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■要旨
 
  • 今年1月末に欧州連合(EU)を離脱した英国の移行期間終了が3カ月後に迫り、英国とEUの協議決裂による「合意なし」リスクが再浮上してきた。
     
  • 英国とEUの新協定の協議では競争条件の公平化、特に企業への国家補助(補助金)が最大の対立点として残っている。さらに、9月9日に英国下院に提出された国内市場法案に、離脱協定のアイルランド国境管理関連の取り決めを反故にする内容を含むことにEUは強く反発している。
     
  • 英国国内市場法案は、「ベルファスト合意(1998年)」によるアイルランドの和平プロセスに悪影響を及ぼすおそれがある。
     
  • ウェールズ、スコットランドの自治政府は、英国国内市場法案が描く、EUから取り戻した権限の分担に関して、英国政府による権限集中化の動きとして反発を強めている。自治が進み、独立機運が高く、EU残留を支持したスコットランドの自治政府は、21年5月の議会選挙を英国からの独立の是非を問う住民投票の再実施を争点に戦う方針であり、スコットランド内での支持は広がりを見せている。
     
  • 21年初からの英国とEUの関係は、(1)新たな協定に基づく関係、(2)移行期間延長による現状維持、(3)合意なし(WTOルールに基づく関係)という3つが考えられるが、最も可能性が高いのは(1)であり、(2)も短期の導入期間など「事実上の」移行期間として(1)とセットで実現する可能性はある。新たな協定に基づく関係に切り変わる円滑な移行の場合でも、EUと英国のモノの移動やサービス市場へのアクセスの自由度は低下し、企業や家計は、様々な場面でEUからの離脱を実感することになる。
     
  • (3)の合意なしのリスクは高まっているが、短期的な混乱ばかりでなく長期的にも影響をもたらすため可能性は低い。合意なしは、アイルランド紛争再燃リスクや、自治政府の英国政府に対する不満を増幅するリスクを高めることにもなる。
     
  • EUは、英国の離脱が、加盟国の離脱ドミノによる分裂を引き起こさないようEUの求心力を高める必要があるが、英国政府にとっては連合王国の分裂リスクのコントロールが課題となる。コロナ禍で英国、EUともに経済・財政事情は厳しさを増している。ジョンソン首相の強硬な政権運営が加わって、混乱に拍車をかけるリスクが気掛かりだ。

■目次

1――はじめに-再浮上する「合意なし」リスクと英国内の対立
2――英EU新協定の協議
  1|将来関係に関する政治合意
  2|残る対立点
3――英国国内市場法案
  1|法案の概要
  2|離脱協定との関係
  3|潜在的なリスク
4――21年初からの英国とEUの関係-3つのシナリオ
  1|新たな協定に基づく関係
  2|移行期間延長による現状維持
  3|合意なし(WTOルールに基づく関係)
5――おわりに
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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