2020年09月28日

人口動態データ解説-合計特殊出生率誤用による少子化の加速に歯止めを-自治体間高低評価はなぜ禁忌か

生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子

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はじめに-合計特殊出生率比較濫用がもたらす「少子化の加速」

「田中町は鈴木町よりも出生率が低いので、少子化対策で劣っている」
「斎藤市は昨年より出生率が低下したので、少子化対策が劣化した」
「山田県は昨年より出生率が上昇したので、少子化対策が奏功したといえる」

上記のような議論は、合計特殊出生率(Total Fertility Rate、以下TFRと表記)を用いて自治体政策においても当たり前のように指摘されてきた議論である。
 
しかしこれらは全て、TFRについて「べからず」的使用方法である。

その理由は本レポートにて詳説するが、これらはTFRの計算式がよく理解されていないことから発生する、出生率比較トラップにはまった議論といえる。
 
TFRの誤用が特にそのエリアにとって大きな影響がないならば看過することもできる。

しかしながらこの誤用によって、その自治体で生まれる子どもの数の減少速度が加速化している、本来は少子化(=子どもの数の減少)対策をより強化するべきはずの自治体において、
 

「わが県はまだまだ出生率が高いほうだ。だから少子化対策では遅れていないのだ」
「わが市は出生率が下がっていないので、出生率が下がったあの市よりも少子化対策については優位にある」

といった、「生まれる子どもの数の減少速度が加速化しているという事実」とは真逆の「解釈」が行われる状況が多発しており、このままでは出生率の誤用が自治体の人口消滅を後押しすることになりかねない状況となっている。

そこで本稿では、きわめてシンプルな設定数値を用いて、TFRの計算式が一体何を示しているのか平易に解説するとともに、「TFRのみを比較することがもたらす、自治体の少子化加速トラップ」を明示したい。
 
自治体がTFR比較のトラップに翻弄されることなく、正しい人口動態の統計的理解のもとにエリア少子化(自治体で生まれる子どもの実数の向上)対策を実施していくことを願いたい。
 

1――TFRとは何なのか

1――TFRとは何なのか

TFR誤用の最も大きな原因となっているのは、TFRは日本全体の少子化指標としては有効な指標である、ということである。
 
TFRは、日本全体の少子化対策(日本で生まれる子どもの数の向上)指標としては、経年推移比較において有効(TFRの低下=少子化の加速、TFRの上昇=少子化の減速)であるが、自治体の経年推移、もしくは自治体間比較では、使用してもあまり意味をなさない状況にある。

出生率の高い自治体ほど子どもが増える、もしくは子どもの減少スピードが遅い、といった傾向は残念ながら我が国においてはない。

これについての仕組みはあとで解説するとして、実証分析としては、2019年のレポート
人口減少社会データ解説 「なぜ東京都の子ども人口だけが増加するのか」(上)」にて紹介した分析結果を再掲しておきたい。
 
国勢調査年の確定値を使用し、各都道府県の10年間の子ども人口増減率を「2015年子ども人口を2005年の子ども人口で割った値」とする。また都道府県TFRは「2005年~2014年の各年のTFRの単純合計を10で割った10年間平均値」とする。

以上の2データによって、各都道府県の10年間のTFRの平均的な高低と子ども人口の10年間での増減率が、どの程度かかわりを持っているかを分析した。
 
分析の結果、都道府県の10年間平均TFRと同期間の子ども人口増減の相関係数は-0.101となり、「両データ間には、ほぼ関係性がみられない」という結果となった。

つまり、都道府県の10年間にわたるそれぞれのTFRの相対的な高さ、もしくは低さが、都道府県それぞれの10年間の子ども人口増減の相対的なランキングに反映されていない、ということになる。
 
つまり、TFRの高低を比較することによって、各都道府県の子ども人口増加政策(少子化対策)の成果の成否をうかがい知ることはできない状況である、ということが明確に示されている(図表1)。
【図表1】都道府県の10年間のTFRの平均値とこども人口増減の相関分析結果
国レベルでみるならばTFRの高低は少子化のベンチマークとなる。しかし、都道府県、もっというと市区町村レベルでのTFRの高低は少子化のベンチマークとはなりえない。
 
それはなぜだろうか。TFR算出の計算式を用いて説明したい。
1-1 TFRの計算式
 
TFRについて一般的に理解されていると思われる定義は以下の通りである。
 

-1- そのエリアの15歳から49歳のすべての女性を対象として計算される
-2- 測定年におけるそのエリアの女性の出生力を表す、統計的指標である
-3- 例えばX年の出生率が1.5であるとすると、そのエリアの女性が生涯に授かる子どもはX年時点では1.5人とみられる


以上の3つの定義は間違いがない。

しかしながら、この定義の3番目だけを根拠に、TFRが1.5の自治体よりは1.8の自治体のほうが少子化対策は奏功している、優れている、という解釈がされてしまうことが大きな問題となっているのである。
 
それでは、TFRという統計指標の性質を理解するために、その計算式についてみてみたい。

TFRの計算式は
TFRの計算式
と計算される。未婚既婚関係なく、15歳から49歳の各年齢の全女性の出生率(力)の積み上げの値(評価)である。
 
上の説明でピンとこない方にとって、よりわかりやすくするために、少々乱暴ではあるが理解を平易にするための計算実習をしてみたい。

本来は15歳から49歳の各年齢の積み上げの計算が必要であるが、これを10代から40代の4つの年代の積み上げ計算に置き換えて考えてみたい。
10代から40代の4つの年代の積み上げ計算
上の例(発生事実)を言葉(解釈)にすると、
 
X年において、Aエリアの女性たちは、10代では子どもを産まず、20代では6割が子どもを産み、30代では4割が子どもを産み、40代では2割が子どもを産む、という出産ライフデザイン傾向が見て取れる。
 
もしくは
 
X年において、Aエリアの女性は、10代では子どもを授からず、20代では6割の確率で授かり、30代では4割の確率で授かり、40代では2割の確率で授かる、という出産ライフデザイン傾向が見て取れる。
 
ということになる。
 
TFRが「そのエリアを代表する女性1名が生涯にもつ子どもの数」という、わかったようで非常にわかりにくい説明をされることがあるが、その意味するところは、この計算実習の結果から理解いただけるであろう。
1-2 TFRが比較利用不能な「参考値」となるケースとは
 
では、このTFRの高低によって、A県とB県の少子化度合いを比較できるかどうか、については、図表1で「今の日本においてはそれができない」ということを示した。なぜなのか。
 
実は、1-1で示した計算の仕組みのTFRの利用には大前提がある。

そもそもTFRは国家レベルでの経年推移をみる(日本の出生率10年の推移など)使用方法の場合であっても、
 
「人口を著しく失う戦争や大災害などがあった年のTFRは比較に利用できない」
 
という大前提のある指標である。

計算実習で示した通り、TFRはそのエリアに住む女性の「出産ライフデザイン」を示す指標である。ゆえに、そこに居住する大多数のライフデザインがひっくり返されるような事象が起こる、もしくは、そこに居住する人口の一部が大きく入れ替わる、といった人口動態の変動状況がある場合には、正確なライフデザインの変化の測定指標としては堪えなくなるからである。
 
TFRは「あくまで同じ中身の人口グループにおきた出産ライフデザインの変化を測定する」ためには有効な指標なのである。

ゆえに、戦争や災害などによる死者の発生よって、その「元の人口グループを形成していた人々」の一部が大きく欠損する場合、それは同じ中身の比較ではなく、違う中身の比較になり、統計的に意味をなさなくなる。

これを自治体レベルで例えていうなら、同じA県のTFRとはいうものの、もし昨年と今年でその人口の中身(女性人口)がそれなりの数で入れ替わってしまったら、「それはリンゴとミカンの糖度の比較のような状況となってしまう」ことになる。
 
一国レベルでみると戦争や大災害がTFRの比較を無効化することが知られているが、自治体レベルにおいては、県→市→町とその規模が小さくなればなるほど、よりわずかな女性の移動がTFRに大きな影響を与えてしまう。したがって、人口グループの中身が異なってしまうので、比較指標としては用いることが難しくなってくるのである。
 
以上から、14歳から49歳の女性の人口移動がある程度発生しているエリアでは、TFRの経年比較による少子化対策の優劣測定は無効となる。同様に、14歳から49歳の女性の人口移動がある程度発生している自治体間のTFR比較も意味をなさなくなる。

次章では、以上のことを先ほどの計算例を用いて示してみたい。
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生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

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