2020年09月25日

景気ウォッチャー調査の先行性と有用性

山下 大輔

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1――はじめに

景気ウォッチャー調査とは、景気動向をより早期に把握することを目的として内閣府が実施・公表している統計である。本稿では、景気ウォッチャー調査について、その概要を述べた後に、相関係数の測定などから、景気ウォッチャー調査における現状判断DIと先行き判断DIの関係や、他の経済指標と比較した景気ウォッチャー調査の先行性を明らかにしていくこととする。また、簡便な方法ではあるが、景気判断理由集を活用した分析も併せて行うこととする。
 

2――景気ウォッチャー調査とは

2――景気ウォッチャー調査とは

景気ウォッチャー調査は、1998年7月から2000年12月まで経済企画庁長官であった堺屋太一氏のイニシアティブにより、景気動向の早期把握のために創設された統計であり、2000年1月より調査が開始された。

同調査では、毎月25日から月末にかけて、景気動向に敏感に反応すると考えられる様々な業種から構成された全国の2,050人(景気ウォッチャー)に対して、主に3か月前と比べた景気の現状や2、3か月後の景気の先行きの判断について5段階評価での質問がなされ、その回答は、数値化・集計されDI(ディフュージョン・インデックス)として翌月6営業日目に内閣府から公表される。3か月前と比べた景気の現状判断についてのDIを現状判断DI、2、3か月後の景気の先行きの判断についてのDIを先行き判断DIという。DIが50であれば横ばい、50を上回れば改善、50を下回れば悪化をそれぞれ意味する。また、この調査では、景気の現状や先行きの判断についての理由を自由記載で回答することが可能となっており、その主な回答は景気判断理由集としてDI指標と併せて公表される。なお、現状判断DIや先行き判断DIは景気が変化する方向を調べるものであるが、景気の水準自体に対する判断についても、参考指標として、景気の現状水準判断DIが公表されている。

景気ウォッチャー調査の調査対象者(景気ウォッチャー)は、家計動向や企業動向、雇用などの状況を観測するために、それに見合った多種多様な職種の従事者で構成されており、景気ウォッチャー調査の結果は街角景気を示しているといえる。家計動向は小売関連と飲食関連、サービス関連、住宅関連に分けて調査されており、それぞれの調査対象者について例を挙げると、小売関連であれば、百貨店の売り場主任・担当者やスーパー店長・店員、コンビニエンスストア店長・店員など、飲食関連は、レストラン経営者・スタッフなど、サービス関連は、ホテル・旅館経営者・スタッフや通信会社社員、タクシー運転手など、住宅関連は住宅販売会社経営者・従業員などとなっている。企業動向は製造業と非製造業に分けて、それぞれ幅広い業種の経営者・従業員に対して調査を行っている。雇用については、人材派遣会社社員・アウトソーシング企業社員や職業安定所職員などが調査対象者となっている。景気ウォッチャーの構成比は家計動向が全体の約7割(68.5%)を占めている。また、景気ウォッチャーは、地域別に構成されており、全国12地域1のそれぞれの景気動向を把握することが可能となっている。

まとめると、景気ウォッチャー調査は当月末の景況感に関する調査結果が翌月6営業日目に公表されるという点で速報性があり、また、回答者による景況感に関する判断の理由が示されていることで、どのような事象が景況感に影響を与えているかを直接的に知ることができる珍しい統計でもある。また、回答者の業種がバラエティに富んでおり、地域別に景気動向を把握できる点もその特徴である。
 
1 北海道、東北、北関東、南関東、甲信越、東海、北陸、近畿、中国、四国、九州、沖縄の12地域
 

3――現状判断DIと先行き判断DIの関係は

3――現状判断DIと先行き判断DIの関係は

次にデータをみながら、その特性を探っていくことにする。まず初めに全体を概括するために、現状判断DIと先行き判断DIの時系列での動きをみると(図1)、直近数か月は新型コロナウイルス感染症の影響で両指標とも落ち込んでいる。また、過去を振り返っても、2008年のリーマン・ショック時や2011年の東日本大震災などの際に大きく落ち込んでいることがわかる。
図1:現状判断DI・先行き判断DIの推移
では、2、3か月後の景況感の予想である先行き判断DIは現状判断DIとどのような関係にあるのだろうか。先行き判断DIは現状判断DIに先行しているのだろうか。そこで、季節調整値が公表されている2002年1月から2020年8月までのデータを用いて、現状判断DIと先行き判断DIの時差相関係数をとったものが図2である。なお、図2の横軸の数字は現状判断DIに対する先行き判断DIの時点の差であり、たとえば、横軸の▲2は、現状判断DIに対して先行き判断DIを2か月後ろにずらしたこと、つまり先行き判断DIが現状判断DIに2か月先行することを意味する。

図2をみると、先行き判断DIが現状判断DIに1か月先行する場合が最も相関係数が高くなっており(0.923)、また同時点の相関係数もほぼ同様の大きさであることがわかる(0.920)。この結果からは、先行き判断指数は2、3か月後の景気動向を尋ねたものであるが、それに対する回答は調査時点の景況感に左右されている可能性が高いといえるように思われる。確かに、図1をみると、東日本大震災が発生した2011年3月や新型コロナウイルス感染症の影響が顕在化した2020年2月は、現状判断DIと先行き判断DIの両方が同時に大きく落ち込んでいることがわかる。これらは事前に予測が困難である事象であり、その発生により景況感の現状と先行きの双方が同時に大きく悪化する動きをみせるのは自然であるように思われる。
図2:現状判断DIと先行き判断DIの時差相関係数
なお、現状判断DIと先行き判断DIの特徴的な動きがあった時点としては、消費税率が引き上げられた2014年4月や2019年10月の前後が挙げられる(図3)。消費税率引き上げ前においては、2、3か月先の景況感の予想としての先行き判断DIは低下しているものの、現状判断DIは上昇しており、消費税率引き上げ後においては、現状判断DIが低下に転じる一方で、先行き判断DIは上昇に転じていることがわかる。
 
図3:現状判断DIと先行き判断DIの消費税率引き上げ前後の動き

4――他の経済指標に対して先行性を有するか

4――他の経済指標に対して先行性を有するか

次に、既存の分析2と同様の手法を用いて、景気ウォッチャー調査が他の経済指標に対してどの程度の先行性を有するかをみることにする。本稿では、景気動向指数と消費者態度指数を取り上げることとする。
 
2 斎藤(2009)、三谷(2019)など
(1)景気動向指数に対する先行性
まず、景気に関する総合的な指標である景気動向指数のCI一致指数やCI先行指数と比較することとする。景気動向指数は多数の経済指標からの構成された合成指標であり、景気の転換点の判断にも用いられるなど、月次ベースで景気動向を代表する経済指標である。図4が2002年1月から2020年8月までのデータを用いて計測した現状判断DIに対するCI一致指数とCI先行指数の時差相関係数である。CI一致指数については、現状判断DIは7か月(0.743)、先行き判断DIは8か月(0.756)それぞれ先行した場合に一番相関係数が高くなり、CI先行指数に対しては現状判断DIと先行き判断DIがともに2か月先行した場合に相関係数が最も高くなっている(現状判断DI:0.765、先行き判断DI:0.764)。

これらの結果は、既存の分析結果と整合的であり3、推計期間を直近までのばしても景気ウォッチャー調査の景気動向指数に対する先行性は確認される。多様な業種の回答者からなる景況感(街角景気)は、生産、消費などのハードデータよりも迅速に景気動向をつかんでいることがわかる。
図4:景気ウォッチャー調査(現状判断DI、先行き判断DI)と景気動向指数(CI一致指数、CI先行指数)の時差相関係数
 
3 斎藤(2009)は、現状判断DIとCI一致指数、CI先行指数との時差相関係数を計測し(推計期間は2000年1月~2009年6月)、CI一致指数に対して8か月、CI先行指数に対して2か月先行する場合の相関係数が最も高いとの結果を示している。三谷(2019)は、推計期間に言及していないが、現状判断DIとCI一致指数、先行き判断DIとCI先行指数との時差相関係数を計測し、現状判断DIがCI一致指数に対して7か月、先行き判断DIがCI先行指数に対して3か月先行する場合の相関係数が最も高いとの結果を示している。
(2)消費者態度指数に対する先行性
次に、景気ウォッチャー調査と同様の5段階評価による調査結果を数値化した統計である消費動向調査の消費者態度指数と比較することにしたい。消費動向調査は、消費者の意識などを把握することを目的として、「暮らし向き」、「収入の増え方」、「雇用環境」、「耐久消費財の買い時判断」、「資産価値」の5項目に関して、今後半年間の見通しについて5段階評価で調査を行なうものであり、「資産価値」を除く4項目で構成された指標が消費者態度指数である。景気ウォッチャー調査は事業者の側からみた景況感の調査であるのに対して、消費動向調査は消費者の側からみた景況感の調査であり、両者はいわば供給側と需要側の関係と考えることもできるだろう。ここでは、季節調整値が公表されている2人以上の世帯の消費者態度指数を用いることとし、データの連続性を考慮して消費動向調査の現行の調査手法が開始された2013年4月以降から2020年8月までのデータで分析することとする4。また、景気ウォッチャー調査についても上で用いてきた全体の現状判断DIや先行き判断DIに加え、家計動向関連に絞った現状判断DIや先行き判断DIも用いた検証を行うこととする。これは消費者態度指数が消費者への調査であり、家計動向と密接に関連があると考えられるためである。

図5が景気ウォッチャー調査と消費者態度指数の時差相関係数である。これをみると、消費者態度指数に対して、現状判断DI、先行き判断DIともに1か月先行する場合が最も相関係数が高くなっていることがわかる(現状判断DI:0.816、先行き判断DI:0.857)。この結果は家計動向関連で分析しても変わらない(現状判断DI(家計動向関連):0.777、先行き判断DI(家計動向関連):0.828)。この結果からは、同時期の調査であっても、事業者の景況感は消費者の景況感よりも先行していることがわかり、事業者のほうが景気動向により敏感であるといえるだろう。なお、特に現状判断DIとの比較では消費者態度指数が今後半年間の見通しを調査するものであるためか、消費者態度指数が現状判断DIに6か月程度先行した際にも相関係数がやや高くなっている。ただし、ここで得た結果は、同様の分析を行った三谷(2019)と異なっている。三谷(2019)は、推計期間や分析に用いた消費者態度指数の種類5に言及していないが、家計判断DIと消費者態度指数の時差相関係数を測定し、両者に相関がみられなかったとしている。異なる結果が生じたのは推計期間の違いなどによるものと考えられるが、消費者態度指数に対する景気ウォッチャー調査の先行性については今後とも検証していく必要があるだろう。
図5:景気ウォッチャー調査(現状判断DI、先行き判断DI、現状判断DI(家計動向関連)、先行き判断DI(家計動向関連))と消費者態度指数との時差相関係数
 
4 消費者態度指数(2人以上の世帯、季節調整値)の月次データは2004年4月以降で存在するものの、2013年3月までの訪問留置調査によるデータと同年4月以降の郵送調査によるデータは不連続であるとされている。
5 原数値で公表されている消費者態度指数には、2人以上の世帯のほか、単身世帯や総世帯のものがある。
 

5――景気判断理由集を活用すると

5――景気判断理由集を活用すると

最後に、2で少し触れた景況感の判断に関する理由に関する回答者の自由記載による回答結果(景気判断理由集)を用いてみることとしたい。景気判断理由集を用いたテキスト分析などの取り組みが既に行われているところではあるが、ここでは簡易な方法として、単語数の検索を通じて、最近の新型コロナウイルス感染症関連の回答や、昨年10月の消費税率引き上げ関連の回答がどの程度あったかを調べることとする。なお、内閣府より公表された各月の現状判断理由、先行き判断理由の回答数はそれぞれ1,200から1,500程度となっており、各月でばらつきがあることに留意する必要がある。
(1)新型コロナウイルス感染症
本年1月以降の回答の中で、新型コロナウイルス感染症関連の回答を調べるために、「新型コロナ」、「自粛」、「緊急事態宣言」、「第2波」というワードを含む回答がどの程度存在するかを調べてみる。結果は図6に示している。全体として「新型コロナ」というワードを含む回答が多いが、「自粛」や「緊急事態宣言」、「第2波」というワードも回答に一定程度含まれていることがわかる。また、これらのワードが含まれる回答の割合は、新型コロナウイルス感染症の国内での流行が懸念され始めた1月時点では、先行き判断理由で全体の24.7%に過ぎず、現状判断理由の回答としては7.9%に限られていた。その後、月末に小・中・高等学校の休校要請の方針が示された2月には、現状判断理由、先行き判断理由の双方で急増し(現状判断理由:60.7%、先行き判断理由:72.9%)、専門家会議が「3つの密」を避けるように呼び掛けた3月には双方で更に増加した(現状判断理由:75.7%、先行き判断理由:76.0%)。それ以後は横ばいから減少しているが、感染者数が再拡大した7月には先行き判断理由においてその割合は増加した(68.8%)。減少傾向に転じた理由としては、新型コロナウイルス感染症の景気への影響は共通認識となり、明示的に新型コロナウイルス感染症に関連するワードに言及しない回答が増加したことも一因と思われる。ただし、新型コロナウイルス感染症に関連したすべてのワードを網羅的に調べたわけではない点に留意する必要がある。
図6:景気判断理由集における新型コロナウイルス感染症関連の回答数と割合
(2)2019年10月の消費税率引き上げ
次に、2019年10月に実施された消費税率の引き上げについて同様の分析を行うこととする。なお、消費税率の引き上げに関する回答として集計するのは、「消費税」、「増税」、「税率」のいずれかを含むものとし、1個の回答にこれらの単語が複数含まれる場合に生じる重複分は集計から除外している。また、関連するワードとして「駆け込み」や「反動」が考えられるが、これらは消費税率引き上げに関連しない文脈でも使用されることが想定されることから、集計に加えなかった。集計結果は図7に示している。今回の消費税率引き上げについて、引き上げる1年前である2018年10月時点から、既に先行き判断理由の回答の11%程度で言及されているなど、長い期間にわたって関心の高い事項であったことが伺える。また、消費税率を引き上げた2019年10月には、現状判断理由の回答の46.9%において消費税率が言及されており、消費税率への言及は2020年3月においても現状判断理由で21件、先行き判断理由で16件となっており、影響が長期にわたり、景況感に大きく影響を与えていたことがわかる。
図7:景気判断理由集における消費税率引き上げ関連の回答数と割合

6――最後に

6――最後に

本稿では、景気ウォッチャー調査の概要や、相関係数の測定を通じた現状判断DIと先行き判断DIの関係、景気動向指数や消費者態度指数と比較した景気ウォッチャー調査の先行性を確認した。これまでの結果からは、景気ウォッチャー調査は景気動向を早期に把握する上で有用な指標であるといえるだろう。また、5で言及した各月の景気判断理由集はその時点の景況感が何に影響されていたかを定性的に示す貴重な資料であり、テキスト分析等を通じた更なる活用が見込まれる。

参考文献

斎藤太郎(2009)「景気ウォッチャー調査から見た最近の景気動向」, Weekly エコノミスト・レター,ニッセイ基礎研究所.
三谷信彦(2019)「景気ウォッチャー調査の先行性に関する検証」, 今週の指標No.1215, 内閣府.
 
 

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山下 大輔

研究・専門分野

(2020年09月25日「基礎研レター」)

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【景気ウォッチャー調査の先行性と有用性】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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