2020年09月23日

認知症の人の意思決定(2)-後見・保佐・補助 

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3|後見人の不正行為の防止
後見制度の大きな特徴は、後見人等が本人の財産を自分のものにしたり、本人の不利になるような取引を行ったりすることを防止するための制度が組み込まれていることである。原則として家庭裁判所が後見人の監督を行う(民法第第863条)。また、上述のように、後見監督人が選任された場合には、後見監督人が後見人の事務を監督する(民法第851条、第863条)。そして、元本の領収・利用、借財、不動産の売買など民法13条に定める重要行為については、後見人は後見監督人の同意を得なければならない(民法第864条)。なお、本人の居宅(施設に入居中であっても、将来済む可能性のある居宅も含む)の売却は、家庭裁判所の許可なしには行うことはできない(後見監督人が同意するだけではできない)。

本人と後見人が共同相続人となった場合、たとえば夫死亡時に本人が妻、子が後見人の場合には、両者の間で遺残分割を行う必要がある。このとき、本人と後見人の利益が相反するため、後見監督人が本人の代理を行う(民法第860条)(図表4)。なお、後見監督人が選任されていない場合は、家庭裁判所に申し立てて、特別代理人を選任してもらう必要がある(民法第860条、第826条)。
(図表4)後見人の不正行為の防止
4|保佐と補助
上述の通り、保佐は民法第13条に規定されている行為について、保佐人が同意権と取消権を持つ制度である。後見人と同じく生活や療養看護の事務は行わない。また、契約行為であっても、民法第13条に規定されていない行為への同意権は持たない(家屋の軽微な修繕契約など)。

補助は民法第13条に定められている行為のうち、申し立てのあった行為について家庭裁判所が認めた場合に、補助人が同意権と取消権を持つ制度である。たとえば、意思能力を常に欠くとまではいないが、金融取引には不安のある本人に金融取引だけ同意権を付しておきたい場合などに利用できる。

保佐と補助において、財産管理の代理権が付与された保佐人・補助人(民法第876条の4、第876条の9)は、その行う事務等についてほぼ後見人と同じと考えてよい。保佐監督人や補助監督人も同様に選任されることがある(民法第876条の3、第876条の8)。

保佐人も補助人も、同意権あるいは取消権を行使するにあたっては、本人の意向の尊重、および本人の心身・生活への配慮が重要である。
 

4――金融機関と成年後見制度

4――金融機関と成年後見制度

1|代理権の確認
後見人、および財産管理の代理権が付与された保佐人・補助人が選任されている場合には、これら後見人等と金融機関が取引をすることとなる。その際に、金融機関は、権限があることを確かめるため、登記事項証明書を確認する。後見人はすべての行為に代理権を有するが、保佐人・補助人では、登記事項証明書に添付される代理権目録に該当の記載があることを確認する必要がある。具体的には、財産管理の代理権や、あるいは預貯金の管理などの項目があれば、保佐人・補助人の本人確認を行えば、預金の払い戻し等を行うことには問題はない。なお、代理権を有さない保佐人・補助人にも任意代理人になってもらい、もっぱら保佐人等と取引を行う金融機関もある。

本人(被後見人・被保佐人・被補助人)が日常的取引を超える取引のために来店したときには、取引について後見人等の同意等を求める必要がある。後見人からは代理の意思表示6、保佐人・補助人からは同意をもらうのが原則となる。
 
6 後見人の事前同意があった行為であっても、本人の行為を後見人は事後的に取消ができるとされている。
2|後見制度支援信託・後見制度支援預貯金
後見人は後見事務を行うにあたって、日常的に現預金が必要となる。他方で、多額の現預金が後見人の自由になっているのは、不正行為の温床となりかねない。家庭裁判所は実務として、後見人が預かる現金は50万円以下とするよう指導するとともに、後見制度支援信託、後見制度支援預貯金の利用を推奨している。

後見制度支援信託は2012年4月に開始された信託銀行の制度で、日常的な支払いに利用する分は預金としつつ、まとまった金銭は信託とするものである。自由に引き出し可能な預金の金額はおおむね100万円から500万円程度とすべきものされている。信託からは定期的に一定額が預金に振り替えられる。施設入居金など一時的に多額の金銭を必要とする場合には、後見人が家庭裁判所に申し立て、家庭裁判所が指示書を出すことで信託から預金に振り替えられる(図表5)。

この商品の銀行版が後見制度支援預貯金である7が、2018年に信用組合や信用金庫で取り扱いが開始された8。後見制度支援預貯金では、通常使用する預貯金とは別に後見制度支援預貯金口座を設けて、まとまった金銭はこちらで保管することとされている。後見制度支援預貯金から、通常使用する預貯金への振替はやはり家庭裁判所の指示書を必要とする。取扱金融機関は徐々に拡大し、JAバンクや一部地銀、メガバンクでも取り扱うようになってきた9
(図表5)後見制度支援信託・後見制度支援預金のイメージ図
これらの商品は、後見のみに利用でき、保佐・補助では利用できない。

上述の通り、流動資産が1000万円を超える場合には、通常、後見監督人が選任される実務である。ただし、後見制度支援信託等を利用することにより、後見監督人の選任は不要とされる。すなわち、後見人による不正行為のリスクを抑制することで、後見監督人選任のコストや手間を省略することができる仕組みになっている。
 
7 後見制度支援信託は最低信託金額の下限があり、また専門職後見人をはじめに選任しなければならないなどの制約がある。
8 https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/file/kouken_report_vol.18.pdf
9 https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/file/kouken_report_vol.20.pdf
 

5――おわりに

5――おわりに

成年後見制度における後見人等の負担は重く難易度も高い。後見人には入院契約や施設入居契約の代理権が付与されているが、実際に本人が嫌がっている場合に無理やり入院・入居させることは難しい。本文では手術は医師が判断せざるを得ない場合もあり得ると書いたが、現実には後見人に同意を求めることも多いと聞く。

本人意思と後見人の考え方がすれ違う場合も問題である。例えば、本人は孫の結婚式に100万円贈与したいと希望しているが、このような贈与は本人の今後の生活費を考えると多すぎると、後見人が考える場合等がその典型である。

このような疑問に家庭裁判所では答えてくれない。あくまで後見人が自らの判断に基づき決定した事項(たとえば、50万円に減額して贈与)を、家庭裁判所に報告することにとどまる。

超高齢社会の一層の進展により、認知症の人は今後も増加していく。後見人が選任されることも多くなるであろう。後見人が判断に迷うことが少なくなるように、判断基準となる事例集等の作成・周知や、ガイドラインなどによる実務遂行要領の明確化が求められよう。

次回は、任意代理、任意後見、民事信託について解説を行う。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

(2020年09月23日「基礎研レター」)

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