2020年09月23日

東南アジア経済の見通し~経済再開で景気持ち直しも、防疫措置の再強化や外需低迷により回復ペースは緩やかに

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

文字サイズ

1.東南アジア経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 (経済概況:新型コロナ感染拡大の影響が本格化)
東南アジア5カ国の経済は、今年2月頃から新型コロナウイルスの感染拡大による影響が現れ始め、4月に入って本格化、景気が急速に悪化した(図表1)。4-6月期の実質GDP成長率はマレーシア(前年同期比17.1%減)とフィリピン(同16.5%減)、タイ(同12.2%減)が二桁マイナス成長となり、インドネシア(同5.3%減)も減少した。一方、早期のコロナ封じ込めに成功したベトナムは僅かながらプラス成長(同0.4%増)を確保した。

外需は、まず財輸出が新型コロナ感染拡大に伴うサプライチェーンの乱れや3月中旬頃から世界各地で実施された大規模な都市封鎖の影響を受けて低迷した。またサービス輸出も各国の厳しい出入国規制によって外国人旅行者が大幅に減少して落ち込んだ。

内需は、国内の活動制限措置の影響を受けて消費・投資が圧迫された。特に投資は世界経済の先行き不透明感や原油価格の低迷なども加わり、民間消費以上に落ち込んだ。一方、政府部門は公共工事の遅れが目立ったが、コロナ危機対応で支出が拡大しため、政府消費が景気を下支えた。
(図表2)製造業購買担当者指数(PMI) 東南アジア5カ国の製造業購買担当者指数(PMI)を見ると、景況感は大きく改善している。各国の製造業PMIは、世界的に新型コロナウイルスの感染拡大が進んだ3月から急速に悪化、政府が厳格な活動制限措置を実施した4月に軒並み40を下回ったが、各国で制限措置を緩和する動きが進んだ5月から反転上昇した(図表2)。直近8月の製造業PMIをみると、インドネシア(50.8)とタイ(49.7)、マレーシア(49.3)の3カ国が好不況の判断の目安とされる50前後まで上昇、既にコロナ前(1月)の水準まで回復している。フィリピン(47.3)とベトナム(45.7)についても、一旦6月に50前後まで上昇したが、その後は新規感染者数の増加と制限措置の再強化が影響して弱含んでいる。
(物価:経済再開でデフレ圧力が後退した後も低水準で推移)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は、年初は食品価格を中心に上昇傾向にあったが、その後は油価下落によるエネルギー価格の低下や、新型コロナの感染拡大に伴う都市封鎖や外出自粛による需要消失がデフレ圧力となり、インフレ率が3~5月にかけて低下、その後は原油価格や経済再開に伴う需要回復によって物価押し下げ圧力は後退しつつある(図表3)。
(図表3)消費者物価上昇率 主だった動きとして、マレーシアとタイ、ベトナムのインフレ率の低下が著しく、インドネシアとフィリピンは比較的大きな変動が生じていない。これは初めの活動制限措置が前者3カ国では全国的に実施された一方、後者2カ国では地域別に実施されたことによる影響が大きい。このほか、原油安に伴う公共料金の値下げや生活必需品の値下げの有無等も一因とみられる。

先行きは、経済活動の再開によって短期的に物価の下押し圧力が後退するが、その後は景気回復の遅れなどコロナ禍による需給面からの下落圧力が続くことが物価上昇を抑えるため、インフレ率は当面鈍い動きが続くだろう。また各国政府が継続する生活必需品の価格安定策や公共料金の据え置きなどの支援策も物価の安定に寄与すると予想する。
(図表4)政策金利の見通し (金融政策:緩和的な政策スタンスが続く)
東南アジア5カ国の金融政策は昨年、米中貿易戦争の激化によって世界経済の減速懸念が高まり、各国中銀は金融緩和に舵を切った(図表4)。そして年明け後は新型コロナの世界的な感染拡大を受けて景気後退リスクが更に高まり、各国中銀は追加的な金融緩和を打ち出している。実際、今年に入って各国中銀が実施した利下げ幅をみると、マレーシアが1.25%、タイが0.75%、インドネシアが1.0%、フィリピンが1.75%、ベトナムが1.50%と、積極的な金融緩和を実施してきたことがわかる。

先行きは、現在の緩和的な政策スタンスを続けるだろう。防疫と経済のバランスが両立した状況が続くなかでは、景気の回復ペースを見守りながら現在の金融政策を据え置くとみられる。しかし、新型コロナの感染が再拡大して活動制限の厳格化を迫られる国では、追加利下げを実施して景気下支えを図るとみられる。具体的には、インドネシアとフィリピンが年内にそれぞれ0.25%の追加利下げを実施すると予想する。
(経済見通し:経済活動の再開で景気底入れも、回復力は乏しい)
東南アジア5カ国の経済は、引き続き新型コロナウイルスの感染と防疫措置の動向に左右される。5カ国の新型コロナの感染動向を見ると、感染拡大の封じ込めに成功している国(マレーシア、タイ、ベトナム)と失敗している国(インドネシア、フィリピン)に分けられる。本稿の経済見通しの前提として、前者は今後の第2波、第3波の感染拡大においても迅速かつ効果的な防疫措置を実施することにより、経済的なダメージを抑えつつ、市中感染を収束させることに成功して早期の経済再開を実現すると想定している。一方、後者は未だに第1波の流行の収束が見通せない状況が続いているため、感染拡大防止と経済活動のバランスをとるために短期的かつ局地的な活動制限措置を度々繰り返すことを想定している。

この前提の下、東南アジア5ヵ国の経済の先行きは、4-6月期を景気の底に回復局面が続くと予想する。もっとも短期的な活動制限措置やソーシャルディスタンスの確保などの感染防止策の強化、対面型サービス業等での雇用・所得環境の悪化に伴う可処分所得の減少が今後の消費に水を差すだろう。また外需は世界経済の低迷や外国人観光客の減少を受けてしばらく低迷するとみられる。さらに、こうした国内外の需要低迷は投資の下押し圧力となるだろう。従って、7-9月期以降の景気回復ペースは緩やかなものとなるだろう。

一方、政府部門は引き続き景気の下支え役となる。各国政府は新型コロナの感染拡大を受けて矢継ぎ早に景気刺激策を公表、財政赤字拡大を許容して消費者の生活支援や企業の資金繰り支援を実施してきた。今後は徐々に国内観光促進策やインフラ投資の拡大などの需要喚起策に中身を切り替えながら、積極財政を続けるものと予想する。また各国中銀の緩和的な金融政策スタンスが続くことも、景気回復をサポートするだろう。
(図表5)実質GDP成長率の見通し 国別にみると、東南アジア5ヵ国はそれぞれ20年の成長率が大幅に低下、特に経済の輸出・観光依存度の高いタイとマレーシア、海外出稼ぎ労働者の送金が減少するフィリピンの成長率低下は著しく、通年で大幅なマイナス成長を予想する。また新型コロナの流行に収束の兆しがみえないインドネシアは活動制限措置の再実施などにより小幅のマイナス成長を予想する。一方、早期に新型コロナを収束させたベトナムは米中対立の長期化を背景に外国資本の生産移管が続くため、通年の成長率がプラスを確保すると予想する(図表5)。

2.各国経済の見通し

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は昨年半ばまで+4%台の底堅い成長が続いていたが、今年に入ると新型コロナの感染拡大を受けて景気が減速した。4-6月期はコロナ封じ込めを目的に国内外で実施された活動制限措置の影響により、成長率が前年比▲17.1%と急減、アジア通貨危機以来となる二桁マイナス成長となった(図表6)。。マレーシア政府は新型コロナの感染拡大に伴い、3月18日に活動制限令(MCO)を発令して全土の移動制限を開始、必需品の購入を除く外出を禁止する等、あらゆる経済活動を最小限にした。その後は5月4日から条件付き活動制限令(CMCO)に切り替えて感染対策順守を条件に大部分の経済活動・社会活動を許可、6月10日から回復活動制限令(RMCO)を実施して州間移動や国内観光、学校・宗教施設を再開するなど活動制限は一段と緩和されることとなった。4-6月期はこうした活動制限の影響を受けて、民間消費(同▲18.5%)と投資(同▲28.9%)が大きく落ち込んだ。また外需は世界経済の急減や物流の混乱、国内外の出入国規制による外国人観光客数の大幅減少が響いて財・サービス輸出(同▲23.3%)が落ち込んだ。

先行きのマレーシア経済は、4-6月期を景気の底に持ち直していくものの、その回復ペースは鈍く、年内までマイナス成長が続くと予想する。足元の新型コロナの新規感染者数は1日50人前後に増加、感染第2波への懸念がくすぶっており、政府は感染再拡大に備えて公共の場でのマスク着用義務化や局地的な移動制限の実施など警戒態勢を強化している。こうした防疫措置は内需の持ち直しの動きを弱めるだろう。またソーシャルディスタンスの確保など感染防止の取組みや対面型サービス業等での雇用・所得環境の悪化に伴う可処分所得の減少は消費の回復に水を差すほか、外需は世界経済の低迷や外国人観光客の減少を受けてしばらく低迷するとみられる。そして、こうした国内外の需要低迷は投資の下押し圧力となるだろう。

政府はこれまでに450億リンギの追加財政支出を含む、総額2,950億リンギ(GDP比20%)の景気刺激策を発表、賃金補助や低所得者向け給付、中小企業支援等を実施している。またマレーシア中央銀行は4月から融資返済猶予措置を適用して資金繰りに苦しむ企業を救済している。これらの支援策は失業や倒産の急増を抑え込み、足もとの景気回復を後押しするものとみられる。

金融政策は、マレーシア中銀が景気の悪化を受けて年明けから4会合連続の利下げ(計▲1.25%)を実施、政策金利を過去最低の1.75%まで引き下げている(図表7)。足元のインフレ率はマイナス圏にあるが、中銀は景気回復の動向を見守りつつ、金融政策を当面据え置くものと予想する。

実質GDP成長率は20年が▲5.1%(19年:+4.3%)と低下、21年が+6.0%に上昇すると予想する。
(図表6)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表7)マレーシアのインフレ率・政策金利
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【東南アジア経済の見通し~経済再開で景気持ち直しも、防疫措置の再強化や外需低迷により回復ペースは緩やかに】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

東南アジア経済の見通し~経済再開で景気持ち直しも、防疫措置の再強化や外需低迷により回復ペースは緩やかにのレポート Topへ