コラム
2020年09月16日

20年を迎えた介護保険の再考(14)地方分権の「試金石」-保険料の水準を市町村が決定することにした意味

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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図1:高齢者の介護保険料を巡る地域格差 2|介護保険料の地域格差
図1をご覧下さい。こちらは65歳以上高齢者(第1号被保険者)に課せられる月額基準保険料の地域差です。全国平均は5,869円であるのに対し、最高は福島県葛尾村の9,800円、最低は北海道音威子府村の3,000円なので、かなりバラツキが大きいことが分かります。

具体的には、市町村は3年周期で「介護保険事業計画」を作成し、65歳以上高齢者に課す保険料の水準を設定します。その際、サービス水準を予想して保険料を設定しており、各地域のサービスの多寡が保険料に影響していると思われます。そして、こうした地域格差を認め、市町村がサービスや保険料の水準について決定することが地方分権の「試金石」と呼ばれた所以でした。

この意味について、介護保険制度20年の足取りを振り返る(下)で述べたところですが、改めて事例を考えてみます。
3|保険料を決定する意味合い
ここに人口規模や財政力、所得、高齢化率が似ているC市とD市があるとします。C市は古いコミュニティが残っており、家族や住民の支え合いが維持されています。

一方、新興住宅地のD市は住民同士の関係が希薄で、高齢者の孤独死がクローズアップされるようになったため、市長と市幹部のリーダーシップの下、「要介護認定を通じて行政が積極的に関与する必要がある」と判断したとします。こうなると、65歳以上に課すD市の介護保険料はC市よりも高くなる可能性が高く、D市役所はD市の住民に対して、「なぜC市よりも保険料が高いのか」「今後、どういう高齢者福祉を展開していくのか」といった点を説明する責任が課されます。

つまり、市町村がサービスや介護保険料の水準を決定したり、その水準の妥当性について住民に説明したりしなければならなくなります。こうしたことを市町村に任せた構造こそ、介護保険が「地方分権の試金石」と言われた理由になります。この点については、厚生労働省OBが試金石の意味について、「市町村が介護保険のような面倒な制度を実施できるかどうか(筆者注:という意味)」と説明していることと符合します8
図2:介護保険の財政構造 もちろん、こうした議論に対しては、幾つかの批判が想定されます。第1に、高齢者が支払う保険料の割合は図2の通り、介護保険財政の23%を占めているに過ぎません。このため、77%は別の財源から充当されていることになり、純粋に「給付が増えたら保険料も上がる」という構造になっている部分は小さいと言えます。

しかも図2の左側、つまり保険料の部分は高齢者の増加に応じて、「65歳以上(第1号)」「40~64歳未満(第2号)」の割合を調整することになっています。さらに、3年に1回の制度改正では1号被保険者の割合を1%ずつ引き上げる一方、40~64歳の第2号被保険者の割合を減らして来ました。このため、第1号は当初、17%に過ぎず、給付費の増加がダイレクトに高齢者保険料に跳ね返る構造になっていませんでした。このため、給付増が保険料の上昇に跳ね返る社会保険方式の良さが現れていないという批判が可能です。どちらかと言うと、この意見は行政の効率化を目指す「小さな政府論」から出る意見です。

第2に、「地域差はけしからん」という平等を望む意見です。高齢化の差異など地域で解決しにくい要素については、給付費に対する国庫負担金のうち、5%分で調整する仕組みとなっている(「調整交付金」という仕組みです)のですが、平等が好まれる福祉の世界では、こうした地域差を全て問題視する意見を良く耳にします。その意味では、介護保険の保険料設定は微妙なバランスの上に成り立っていると言えるかもしれません。

しかし、それでも介護保険の運営主体となった意味合いは大きいと言えます。実際、こうした面倒な制度を引き受けることについて、市町村は消極的なスタンスを続けました。国民健康保険(国保)の赤字処理に長らく苦しめられ市町村にとって、「介護保険が『第2の国保』になる」という懸念が強かったためです。そこで、厚生省(現厚生労働省)は市町村に保険者を引き受けさせてもらうための手立てを幾つか講じたのですが、この点は次回で詳しく述べることにします。
 
8 『文化連情報』No.497における堤修三氏インタビュー。
4|衆院の審議で追加された住民参加の規定
さらに介護保険法では、市町村が保険料の水準などを決定する際、被保険者である住民の意見を反映するよう求める規定が盛り込まれています。これは介護保険法の審議に際して、衆議院で追加された規定です。正確に記すと、保険料やサービス水準を3年ごとに定める「介護保険事業計画」の策定に際して、市町村は被保険者である住民の意見を聞くことを義務付ける規定です。つまり、市町村が一方的にサービスや保険料の水準を決定するのではなく、住民参加の下、地域レベルで合意形成を図るように求めているわけです。

これは地方自治や行政学の世界で言う「団体自治」「住民自治」での整理が可能です。具体的には、団体自治は「国から自治体に多くの権限を移譲することによって自治体の仕事の範囲を広げ仕事量を増やすこと」、住民自治は「地域住民が自治体の運営に日常的に参加し、住民の総意に基づいて自治体政策が形成・執行されるように仕組みを変革すること」9と定義されており、介護保険事業計画の策定に関する住民参加規定は住民自治の表れと言えます。

なお、参考までに弊社が立地する東京都千代田区の場合、介護保険事業計画を策定した運営協議会には3人の「公募区民」が参加されています。皆さんの地域でも住民参加に腐心した介護保険法の規定がどこまで現場で反映されているか、チェックしてみるのは如何でしょうか。
 
9 西尾勝(2007)『地方分権改革』東京大学出版会pp241-253。

5――20年で強化された国の統制

では、こうした地方分権の「試金石」と呼ばれた制度は20年でどう変容したのでしょうか。最近の制度改正を総括すると、拙稿10で取り上げた通り、「分権しつつ集権する」という複雑な状況が生まれていると考えています。

例えば、第12回の在宅医療・介護連携推進事業、第13回の総合事業など、市町村の主体性が求められる事業が制度化しており、一見すると分権が進んでいるように見えます。しかし、市町村に対して事業の実施を義務付けている点で、市町村の自由度は下がっているという見方も可能です。

さらに、地域包括支援センターの評価事業が始まったり、介護予防に関する市町村の取り組みに応じて財政支援を講じる「保険者機能強化推進交付金」「保険者努力支援制度」が創設されたりして、国の定める基準に応じて市町村を従わせようとする動きも強まっています。

つまり、市町村の責任を大きくしつつ、国の統制を強化する流れが起きており、「分権しつつ集権する」という複雑な要素を持っています。こうした国の関与が強まっている点について、行政学の専門用語を使うと、自治体に対する国の「規律密度」が高くなっており、自治体の自主性が圧迫されていると言えます。

以上のような複雑な状況が生まれている要因として、幾つか考えられます。第1に、地域の好事例を「横展開」したいとする国の思惑です。在宅医療・介護連携推進事業や地域ケア会議などについては、地域の事例を全国に拡大するために制度化した側面があり、2018年度制度改正で創設された保険者機能強化推進交付金に関しては、介護予防の充実で要介護認定率を引き下げたとされる埼玉県和光市や大分県の事例を「横展開」することが明確に意識されていました。

第2に、給付抑制という国の思惑に市町村を仕向けたいという判断です。現在、介護保険制度は財政的に逼迫しているため、第10回で述べた通り、介護予防に力点を置く「自立支援」を通じて給付を抑制する動きを強めています。しかし、市町村に任せ放しだと、給付抑制が進みにくいため、保険者機能強化推進交付金などの財政的なインセンティブを付与しようとしています。

中でも、国からの財政的なインセンティブを付与する方法について、地方分権改革の逆行と言わざるを得ない側面があります。例えば、地方分権改革推進委員会の第2次勧告(1997年7月)では、(1)国と自治体の間で責任の所在の不明確化を招きやすい、(2)各省庁の関与が自治体の知恵や創意を生かした自主的な行財政運営を阻害しがち、(3)細部に渡る補助条件や煩雑な交付手続などが行政の簡素・効率化や財政資金の効率的な使用を妨げる――といった点を指摘していたのですが、保険者機能強化推進交付金などの補助金が増えていることと整合的とは言えません。しかも、こうした方法の問題点などについて、地方分権改革の趣旨に立ち返った異論が自治体サイドから余り聞かれません。20年の歳月が流れる中で、国と地方の双方で昔の議論は忘れ去られつつあるのでしょうか…。

6――求められる市町村の戦術的な対応

しかし、「分権しつつ集権する」現象が間断なく続く背景に財政難の問題が横たわっている以上、現状を批判するだけでは不十分かもしれません。現場の市町村がどのように振る舞えば良いか、戦術的に考える必要もありそうです。

第1に、介護保険料を「転用」した制度を上手く使う視点です。第11~第13回で述べた認知症ケア、在宅医療、総合事業などについては、介護保険料が「転用」されています。つまり、社会保険方式の整理で言えば、本来は給付に充てるべき財源を事業に「転用」しており、厚生労働省OBは「介護保険のための『特定財源』」と説明しています11

しかし、認知症ケアにしても、総合事業にしても、介護保険の枠組みを超えた発想が求められます。さらに、これらの事業については、(1)恒常的に支出される人件費に対しても経費を充当できるため、普通の国庫補助事業に比べると、使い勝手が良い、(2)国庫補助金など介護保険財源から一定割合が必ず支出されるため、市町村にとっては持ち出しが少ない――というメリットがあります。

そこで、介護保険制度だけに囚われず、「高齢社会に対処するために使える予算」、あるいは「地域の支え合いを形成するための使える予算」といった形で戦術的に使うことを考えて欲しいと思います(給付関係に使途を限定する社会保険方式の趣旨で言うと、かなり怪しくなりますが)

第2に、保険者機能強化推進交付金などの細かい評価基準に振り回されない対応です。評価基準は「目安」に過ぎず、地域の実情や課題に沿っているとは限りません。むしろ、地域独自の取り組みを国の評価基準に合わせる形で、国にPRするぐらいのしたたかさを見せて欲しいと思います。
 
 
11 中村秀一(2019)『平成の社会保障』社会保険出版社pp293-294。

7――おわりに

今回は制度創設時に「地方分権の試金石」と呼ばれた理由や経緯、20年間の変化を考察して来ました。国の規律度が高まるなど、当初の意図と反する流れになって来ていますが、地域ごとに異なる高齢者ケアの課題を解決できるのは市町村しかありません。市町村の職員や議員が足元を常に見詰め、自ら物を考え、関係者とともに課題解決に当たる対応に期待したいと思います。

第15回では、市町村に保険者を引き受けてもらう際、「第2の国保」にしないための講じられた様々な方策を考えることで、介護保険制度を複眼的に考えることにします。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年09月16日「研究員の眼」)

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【20年を迎えた介護保険の再考(14)地方分権の「試金石」-保険料の水準を市町村が決定することにした意味】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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