2020年09月15日

オルタナティブデータから見たコロナ禍における宿泊業の現状-不動産市場分析におけるオルタナティブデータの応用可能性(1)

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

文字サイズ

1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大により宿泊業は甚大な影響を受けている。2020年7月の国内の延べ宿泊者数は前年同月比▲56.4%、うち日本人は同▲45.7%、外国人は同▲97.0%の減少となった(図表 1)。日本人の宿泊者数は、緊急事態宣言下の5月を底に回復傾向にあるものの、回復ペースは鈍い。国内のホテルや旅館の稼働状況は依然として厳しく、予断を許さない状況が続いている。
図表 1:国内の延べ宿泊者数の推移(前年同月比、2020 年)
宿泊業の動向を把握する上では、観光庁が発表する訪日外客統計や宿泊旅行統計などのデータを用いることが多い1。例えば、宿泊旅行統計では、全国の宿泊者数や客室稼働率を1カ月後、都道府県別などのデータを2カ月後に把握できる。ただし、現在のように不確実性が高い局面においては、これらの政府統計に加えて、オルタナティブデータを用いることが有用であろう。

オルタナティブデータとは、経済統計や財務情報などこれまで伝統的に活用されてきたデータ以外の非伝統的なデータの総称である。伝統的なデータと比べて、オルタナティブデータは頻度が高いデータや粒度が細かいデータをタイムリーに取得できることが多い2。これまで日本におけるオルタナティブデータの活用は進んでこなかったが、新型コロナウイルスの感染拡大以降、関心が高まっている3

こうしたなか、内閣府地方創生推進室と内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局は、コロナ禍の地域経済への影響を迅速かつ詳細に可視化するため、オルタナティブデータのデータプラットフォーム「V-RESAS」を2020年6月にリリースした。V-RESASにおいて宿泊業に関しては、観光予報プラットフォーム推進協議会が集計した宿泊数データを提供している。同データは、旅行会社店頭、予約サイト、外国語予約サイトなどから集計され、地域別や宿泊者属性別などに宿泊者数データを週単位や月単位で確認できる。そこで本稿では、同データをもとに宿泊業の動向を確認する。
 
1 他にも民間企業が提供するものとしてはSTR社のデータなどがある。
2 オルタナティブデータの活用に当たっては課題もあり、次稿以降で述べる。
3 辻中(2020)
 

2――オルタナティブデータで見る宿泊業の現状

2――オルタナティブデータで見る宿泊業の現状

日本の宿泊者数は、緊急事態宣言が発令された後の4月第2週に前年同期比▲94%まで落ちこみ、5月25日に宣言が全国で解除されるまで同▲97%~▲99%で推移した(図表 2)。四連休が始まる前日の7月22日にGo Toトラベルが開始されたことで、7月第3週の前年同期比▲69%から7月第4週の同▲45%に改善した。また、宿泊者属性別で見ると、7月第4週は「夫婦・カップル」が前年同期比+4%(前週の前年同期比▲57%)、「家族」が同▲64%(同▲80%)、「一人」が同▲65%(同▲71%)となった。その後は一旦反落したものの、8月第2週時点では、全体で前年同期比▲56%、そのうち「夫婦カップル」は同▲40%、「一人」は同▲44%、「家族」は同▲60%となっている。このように、宿泊業は依然として厳しい状況にあるものの、Go To Travelキャンペーンが、「夫婦・カップル」や「一人」の少人数の旅行を下支えしていることが示唆される。
図表 2:宿泊者属性ごとの宿泊者数の推移(前年同期比、2020 年)
また都道府県ごとに、都道府県内外からの宿泊者数を確認すると、都道府県内からの宿泊者が先行して回復していることがわかる。例えば、2020年7月の北海道の宿泊者数は、道外が前年同期比▲87%の減少となるなか、道内は同+28%の増加となった(図表 3)。ただし、Go To トラベルキャンペーン4から除外された東京は都外からの宿泊者数が前年同期比▲93%、都内からが同▲68%と、都内外からの宿泊者が双方とも低迷している。このように、Go To トラベルキャンペーンの恩恵を受けている地域においては、近距離の旅行から回復していることが示唆される。
図表 3:予約代表者の居住地別の宿泊者数の推移(前年同期比、2020 年)
都道府県ごとの宿泊者数と新規感染者数の関係を見ると、対数関数に従うことがわかる(図表 4)。この結果は、各都道府県の自粛率と感染者数を分析した先行研究と同様である5。また都道府県内からの宿泊者数の関数の方が都道府県外からのものより傾きが急であり、新型コロナの収束に向けては、都道府県内の宿泊者数から回復しやすいことが、この分析からもわかる。なお、Go Toトラベルキャンペーンから当初除外された東京についても、10月1日から対象に加える方針が報じられている6。ただし、この分析からは、その政策効果を享受するためには新規感染者数の抑制が重要であることが示唆される。
図表 4:都道府県毎の宿泊者数と新規感染者数の関係
 
4 佐久間(2020)「Go To Travelによるワーケーションのすすめ-感染防止と両立したウィズ/アフターコロナの働き方を体験する旅を」、研究員の眼、ニッセイ基礎研究所、2020年7月14日
5 水野・大西・渡辺(2020)では、各都道府県の4月19日の自粛率は同時点の感染者数の対数関数に従うことを示している。同先行研究では4月19日までの「累積感染者数」、本稿では2020年7月の「新規感染者数」を説明変数とした点において厳密には異なるが、第一波にあった4月時点の累積感染者数は現在の新規感染者数と概ね同様の意味合いを持つと考えている。
6 日本経済新聞(2020)
 

3――おわりに

3――おわりに

国内における宿泊者数は緊急事態宣言下の5月を底に緩やかに回復しているものの、宿泊業は依然として厳しい状況に置かれている。ただし、V-RESASが提供するオルタナティブデータをもとにした分析によると、(1)新規感染者数の少ない都道府県において、(2)夫婦・カップルや一人の少人数、(3)都道府県内の近距離、のセグメントがGo To トラベルの恩恵を受けて宿泊者数がやや回復し、健闘していることがわかった。この近隣エリアでの少人数での旅行は、ウイズコロナ時代の旅行スタイルの一つとされ、星野リゾートが「マイクロツーリズム」7として提唱しているものである8

ただし、新型コロナの感染動向やワクチン・治療薬の開発動向が刻々と変化するなか、宿泊業を取り巻く環境は今後も急変する可能性がある。高頻度・高粒度の分析を可能にするオルタナティブデータは、現在のように不確実性が高い環境において、現状を適切かつタイムリーに把握するためのツールとして有用だろう。
 
7 星野リゾート(2020)
8 中沢(2020)によれば、星野リゾートはマイクロツーリズムに注力することで、2020年8月には4分の3の施設の稼働率が平年並みに戻った。

参考文献
  • 佐久間誠(2020)「Go To Travelによるワーケーションのすすめ-感染防止と両立したウィズ/アフターコロナの働き方を体験する旅を」、研究員の眼、ニッセイ基礎研究所、2020年7月14日< https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64930?site=nli>
  • 辻中仁士(2020), 「COVID-19でにわかに注目を集めるオルタナティブデータ ~オルタナティブデータで捉える経済(1)」『経済セミナー』、2020年9月号、pp.52-57、日本評論社
  • 東洋経済オンライン「新型コロナウイルス 国内感染の状況」制作:荻原和樹 < https://github.com/kaz-ogiwara/covid19>2020年9月14日参照
  • 中沢康彦(2020)「星野リゾート、4分の3の施設が前年並みに 「小さな旅」が奏功」、日経ビジネス、<https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00181/081900015/?P=2>2020年9月14日参照
  • 日本経済新聞(2020)「国交相、GoTo東京追加表明 来月1日から」、2020年9月11日、朝刊1面
  • 星野リゾート(2020)「【星野リゾート】星野リゾートが提案する「マイクロツーリズム」~地域の魅力を再発見し、安心安全な旅 Withコロナ期の旅の提案~」
    <https://www.hoshinoresorts.com/information/release/2020/05/90190.html>2020年9月14日参照
  • 水野貴之・大西立顕・渡辺努(2020), 「流動人口ビッグデータによる地域住民の自粛率の見える化 - 感染者数と自粛の関係 -」、一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所<https://cigs.canon/article/20200422_6369.html> 2020年9月14日参照
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

(2020年09月15日「不動産投資レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【オルタナティブデータから見たコロナ禍における宿泊業の現状-不動産市場分析におけるオルタナティブデータの応用可能性(1)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

オルタナティブデータから見たコロナ禍における宿泊業の現状-不動産市場分析におけるオルタナティブデータの応用可能性(1)のレポート Topへ