2020年09月09日

米国経済の見通し-景気回復への転換は早かったものの、景気回復の持続には早期の追加経済対策が不可欠

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(住宅投資)住宅ローン金利の低下が追い風
GDPにおける住宅投資は、20年4-6月期が前期比年率▲37.9%(前期:+19.0)と高い伸びとなった前期の反動もあって、金融危機時の08年10-12月期(▲33.6%)を上回る大幅な落ち込みとなった(図表14)。

もっとも、住宅着工(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は5月の▲78.7%を底に急激に回復しており、直近7月には▲1.7%までマイナス幅が縮小した。さらに、着工件数の先行指数である許可件数(同)は7月が+10.4%と2桁の増加になっており、住宅市場は急回復している。このため、設備投資と同様7-9月期の住宅投資はプラス成長に転じる可能性が高い。

労働市場の回復が緩やかに留まる中、住宅市場が急回復している要因としては、住宅ローン金利が史上最低水準となっていることが挙げられる。全米抵当銀行協会(MBA)が集計する30年固定の住宅ローン金利は3.08%と90年の統計開始以来の最低水準となっている(図表15)。この結果、借り換えも含めた住宅ローン申請件数は3月上旬につけた1,200弱からは低下しているものの、足元で750台と13年5月以来の高水準で推移している。

もっとも、MBAによれば、新型コロナ対策としての「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法」(CARES法)に60日の住宅ローンの差し押さ猶予や、180日までの返済一時猶予措置が盛り込まれた結果、返済の一時猶予申請された住宅ローンの割合は直近(8月23日)が7.20%と労働市場が回復していることもあって6月7日の8.55%からは低下しているものの、依然として3月2日の0.25%からは大幅に高止まりしている。このため、信用リスクの拡大によって住宅ローンの審査基準がこれまでより厳格化される場合には住宅市場の回復の重石となろう。
(図表14)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表15)住宅ローン金利および住宅ローン申請件数
(政府支出、債務残高)経済対策で財政状況は大幅悪化も、求められる追加経済対策
新型コロナの感染拡大に伴う経済活動の落ち込みを緩和するため、米議会は3月から4月にかけて累次に亘る経済対策を実施した。政策の目玉は個人向け支援策では前述のように家計への直接給付や失業保険給付の拡充、中小企業向けには給与保護プロラム(PPP)、州・地方政府向けには補助金支給などである3
(図表16)財政収支・債務残高見通し これらの経済対策の結果、財政状況は急激に悪化することが見込まれている。議会予算局(CBO)は20年度(19年10月~20年9月)の財政赤字が1945年以来で最大となる▲3.3兆ドル(GDP比▲16.0%)との試算を示した(図表16)。CBOはこれらの経済対策によって財政赤字が▲2.2兆ドル(同▲11.1%ポイント)増加したとしている。また、21年度の財政赤字も▲1.8兆ドル(同▲8.6%)と、こちらも経済対策に伴い▲0.8兆ドル(同▲4.3%ポイント)悪化する見込みだ。

この結果、債務残高(GDP比)は21年末に104.4%ポイントと100%を超える水準に悪化するほか、30年末には108.9%と第2次世界大戦直後を抜いて史上最大の債務残高水準となる可能性が高い。

もっとも、財政状況は大幅に悪化しているものの、新型コロナの影響が続いていることから、米景気回復を着実なものにするためには、追加の経済対策は不可欠だ。与野党ともに、直接給付や失業保険の追加給付期限の延長などの必要性については合意しているものの、金額などでは合意できていない。与党共和党は1兆ドル規模の経済対策を目指している一方、野党民主党は2.2兆ドルを最低ラインとしており、合意の目途は立っていない。議会は11月に選挙を控えていることから、審議日数は限られており追加経済対策の実施が議会選挙以降にズレ込む事態になれば、米経済への影響が大きいため、注目される。

一方、来年以降の財政運営は11月の大統領・議会選挙に大きく左右される。民主党のバイデン前副大統領は米国製品や米国での研究開発に7,000億ドル投資するとしているほか、クリーンエネルギーなどのインフラ投資を大幅に拡大するとし歳出を拡大させる方針を明確にしている。一方、財源として富裕層や大企業に対する課税強化する方針を示しており、バイデン氏が勝利する場合にはトランプ大統領の減税などの財政政策運営から大幅な軌道修正がされる。

もっとも、誰が大統領になろうが来年は新型コロナ対策が最優先課題となることから、仮にバイデン氏が勝利しても大幅な増税は難しく、財政状況はさらに悪化することが見込まれる。
 
3 詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年8月24日)「求められる米国の追加経済対策-景気回復の持続に追加対策が不可欠も、議会は結論先送りで休会入り。経済への影響を懸念」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=65221?site=nliを参照下さい
(貿易)新型コロナの影響で輸出入は急減、来年以降の通商政策に注目
実質GDPにおける輸出入の内訳をみると、4-6月期は輸出が前期比年率▲63.2%(前期:▲9.5%)、輸入が▲54.0%(前期:▲15.0%)と輸出ともに前期からマイナス幅が大幅に拡大した。当期は下落率では輸出が輸入を上回ったものの、金額ベースでは輸入金額の落ち込みが大きかったことから、実質ベースの純輸出額は前記から271億ドル増加し、外需の成長率寄与度は+0.9%ポイントのプラス寄与となった。

輸出入の内訳では、新型コロナの影響により輸出入ともに輸送や旅行収支が前期比年率▲90%超と顕著な落ち込みとなるなど、サービス輸出が▲56.9%(前期:▲20.8%)、サービス輸入が▲69.7%(前期▲28.5%)と大幅なマイナスとなった。さらに、当期は財輸出が▲66.3%(前期:▲2.7%)、財輸入が▲49.5%(前期:▲11.4%)と財の輸出入も大幅な落ち込みとなった。
(図表17)貿易収支(財・サービス) 一方、先日発表された7月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で▲583億ドル(前月:▲550億ドル)の赤字となり、前月から赤字幅が33億ドル拡大した(図表17)。輸出が69億ドル増加した一方、輸入の増加幅が102億ドルと輸出を上回ったことが大きい。これで輸出入の増加は6月から2ヵ月連続となっており、貿易額にも改善がみられる。

当研究所は、米国内消費が回復基調に転じている中で、今後輸入の伸びが輸出を上回ると予想している。このため、外需の成長率寄与度は7-9月以降マイナス寄与に転じよう。

一方、来年以降の輸出入に影響を及ぼす米国の通商政策は、11月の大統領選挙結果によって左右される。トランプ大統領は対中関税の更なる強化を示唆している一方、バイデン氏は通商交渉手段として関税を用いないことを明確にしている。バイデン氏は知的財産権の侵害などで対中強硬姿勢を示しているものの、国際協調による対中包囲網を強化する方針を示していることから、同氏が勝利する場合にはトランプ大統領が賦課した関税は撤廃される可能性がある。これは、米経済にはプラスだろう。
 

3.物価・金融政策・長期金利の動向

3.物価・金融政策・長期金利の動向

(図表18)消費者物価指数(前年同月比)と原油価格 (物価)消費者物価(前年比)は5~6月に底打ちも、物価上昇圧力は限定的
消費者物価の総合指数(前年同月比)は、新型コロナの影響で20年5月に+0.1%まで低下したものの、その後底打ちし7月は+1.0%となった(図表18)。7月の中身をみると、巣ごもり消費などで食料品価格が+4.1%と前月の+4.5%から低下したものの、12年2月(同+3.9%)以来の高い伸びとなった。一方、原油価格の下落に伴い、エネルギー価格は▲11.2%と3月以降はマイナスが続いているものの、マイナス幅は5月の▲18.9%から2ヵ月連続で縮小した。

物価の基調を示す食料品とエネルギー価格を除くコア指数は7月が+1.6%と、6月の+1.2%から5カ月ぶりに上昇に転じた。もっとも、コア指数は新型コロナ流行前の20年2月(+2.4%)を大幅に下回っており、物価上昇圧力は限定的となっている。新型コロナの影響で失業率は高止まりしており、労働需給の緩和から当面物価上昇圧力は限定的となる可能性が高い。

当研究所はコア指数の上昇が抑えられる中、原油価格が足元の40ドル近辺から20年末に42ドルと小幅上昇すると予想している。これは前年同期の57ドルを大幅に下回るため、20年の消費者物価には低下圧力となる。このため、消費者物価の総合指数は20年が前年比+0.9%と19年の+1.8%から大幅な低下を見込む。一方、21年末には原油価格が48ドルに上昇するため、21年は同+1.4%と20年から小幅に上昇すると予想する。
(金融政策)金融政策の枠組み変更で実質ゼロ金利政策は長期化
FRBは、新型コロナによる米国経済、資本市場への影響を軽減すべく、実行可能な政策を総動員して危機対応を行っている。3月15日のFOMC会合で政策金利を0~0.25%まで引き下げ、08年の金融危機以来となる実質ゼロ金利政策を復活させたほか、米国債と住宅ローン担保症証券(MBS)を無制限で買い入れる量的緩和政策も復活させた。
(図表19)政策金利およびPCE価格指数 一方、FRBは8月下旬に金融政策の長期目標について見直しを決めた。このうち、物価目標では2%を目指すとしたこれまでの方針から、足元のように持続的に2%を下回っている場合には、暫くの間2%超の水準を許容する方針に転換した。実際にFRBが物価指標とするPCE価格指数は、直近7月が前年同月比+1.0%と目標水準を大幅に下回っているほか、18年10月以来、2年近く目標水準を下回る状況が続いている(図表19)。

今回の変更は、実質ゼロ金利政策を長期化するFRBの強い意志を示すものと考えられている。早ければ9月中旬に実施されるFOMC会合で将来の金融政策方針を前もって示すフォーワードガイダンスに、政策金利引き上げの条件として当面は2%超のインフレ率を許容する新たな物価目標を盛り込む形で変更されよう。

20年6月のFOMC会合では22年末時点のPCE価格指数が+1.7%と物価目標を下回る水準が予想されていた。9月会合では23年末までの物価見通しが示されるが、失業率が上昇していることもあって、引き続き物価目標を下回る水準が示される可能性が高い。

フォワードガイダンスの変更によって、政策金利が引き上げられるのはインフレ率が物価目標を暫くの間上回った後となるため、実質ゼロ金利政策の解除は24年以降となる可能性が高い。

一方、FRBは金融市場などの流動性支援として様々な資金供給ファシリティ―を創設した。この中にはFRBが設立した特別目的事業体(SPV)を通じて社債や地方債を買い上げるほか、中小企業庁(SBA)による給与小切手保護プラグラムを支援するための金融機関に対する融資や、中小企業向け融資を金融機関から買い入れるプログラムなどが含まれる。足元では金融市場が安定しているため、これらの活用は低位に留まっているが、今後、金融市場の流動性が低下する場面では、資金供給ファシリティの買い入れ対象資産の拡大などの拡充策が検討されるとみられる。
(長期金利)20年末0.8%、21年末1.0%を予想
長期金利(10年国債金利)は、20年4月以降は概ね0.6~0.7%の狭いレンジでの推移となっている(図表20)。
(図表20)米国金利見通し 当研究所は、米財政赤字の拡大に伴い、米国債発行額は増加することから、米国債の供給は大幅に増加するものの、量的緩和継続に加え、緩やかな景気回復、インフレ圧力の抑制、実質ゼロ金利政策の継続などから、長期金利は上昇し難く、20年末に0.8%、21年末に1.0%を予想する。

なお、金利見通しは前回予測時点から変更はない。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

(2020年09月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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【米国経済の見通し-景気回復への転換は早かったものの、景気回復の持続には早期の追加経済対策が不可欠】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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