2020年09月09日

米国経済の見通し-景気回復への転換は早かったものの、景気回復の持続には早期の追加経済対策が不可欠

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)4‐6月期の成長率は47年の統計開始以来最大の落ち込み
米国の4-6月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率▲31.7%(前期:▲5.0%)と2期連続のマイナス成長となったほか、マイナス幅は記録が残る1947年以来最大の落ち込みとなった(図表1、図表7)。

需要項目別では、経済対策に伴う補助金支給の増加などから政府支出は+2.8%(前期:+1.3%)とプラス成長となったほか、国内消費の減少に伴う輸入の落ち込みから外需の成長率寄与度も+0.9%ポイント(前期:+1.1%ポイント)と成長率を押し上げた。

一方、個人消費が前期比年率▲34.1%(前期:▲6.9%)となったほか、民間設備投資が▲26.0%(前期:▲6.9%)、住宅投資が▲37.9%(前期:+19.0%)と大幅な落ち込みとなった。また、在庫投資の成長率寄与度も▲3.5%ポイント(前期:▲1.3ポイント)と成長率を押し下げた。これらの大幅な落ち込みは、新型コロナの感染拡大と感染対策として経済活動が制限された影響が如何に大きかったかを示していると言えよう。とくに、個人消費は成長率を▲25%ポイント近く押し下げたが、これまで景気拡大を主導してきた個人消費が景気の足を引っ張っている所に新型コロナに伴う景気悪化の特徴がある。

もっとも、個人消費(名目値)を月次でみると4月に前月比▲12.4%となった後、5月には+8.6%と早くも増加に転じたことが分かる(図表2)。これは5月以降に経済活動が段階的に再開されたことに加え、経済対策によって可処分所得が4月に前月比+14.8%の大幅な増加となったことが大きい。可処分所得の内訳をみると雇用の落ち込みから雇用者報酬は減少したものの、成人1人当たり1,200ドル、子供1人当たり500ドルの直接給付が4月の可処分所得を+15.6%押し上げるなど、連邦政府による経済対策1の効果が大きい(図表3)。また、5月以降は失業保険の週600ドルの追加給付などの失業保険拡充策も可処分所得の下支えに寄与していることが分かる。
(図表2)個人所得・消費支出、貯蓄率/(図表3)可処分所得(経済対策内訳)
一方、直接給付は支給がほぼ終了しているほか、失業保険の追加給付は7月末期限で一旦終了しており、既に経済対策の政策効果は相当程度剥落している。実際に可処分所得の増加ペースが大幅に鈍化したほか、個人消費も5月以降は伸びが鈍化するなど、回復ペースは緩やかに留まっている。
(図表4)消費者センチメント さらに、消費者センチメントの回復も鈍い。代表的な指標であるコンファレンスボード、ミシガン大学指数ともに5月に一旦底打ちしたものの、その後はミシガン大学が底這いに留まっているほか、コンファレンスボードは8月に再び悪化し、5月の水準を下回った(図表4)。

このため、個人消費の回復を今後も確かなものにするためには、直接給付の第2弾や失業保険の追加給付の期限延長など個人向けの追加経済対策が不可欠だろう。
一方、回復が鈍っている個人消費とは対照的に株式市場は好調だ。株式市場の代表的な株価指数であるS&P500指数は、新型コロナの感染拡大に伴う企業業績への懸念などから20年2月中旬につけた史上最高値から3月下旬にかけて一時3割を超える下落となった。しかしながら、3月下旬以降に反発に転じたほか、9月に入って史上最高値を更新した(図表5)。

さらに、企業景況感も足元で新型コロナ流行前の水準に回復している。ISM企業景況感指数は、製造業が4月に41.5と好不況の境となる50を大幅に下回ったものの、6月以降は50を上回ったほか、8月は56.0と新型コロナ流行前の20年2月(50.1)を上回り、18年11月(58.8)以来の水準に回復した(図表6)。また、非製造業指数も4月に41.8をつけた後、7月に58.1と20年2月(57.3)を上回ったほか、8月は56.9と幾分低下したものの、2月に近い水準を維持しており、好調だ。
(図表5)S&P500株価指数およびVIX指数/(図表6)ISM製造業・非製造業指数
 
1 経済対策について詳しくは、Weeklyエコノミスト・レター(2020年8月24日)「求められる米国の追加経済対策-景気回復の持続に追加対策が不可欠も、議会は結論先送りで休会入り。経済への影響を懸念」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=65221?site=nliを参照下さい
(経済見通し)20年は前年比▲4.3%、21年は+3.7%を予想
米国経済は、引き続き新型コロナの感染動向や感染・経済対策の動向に大きく左右される。今回の経済見通し策定に当たって、新型コロナの感染拡大は続くものの、段階的な経済活動の再開が続くことを想定した。また、経済対策については、年内に追加の経済対策が実施され、個人消費の大幅な減速は回避されることを想定した。

これらの前提の下、当研究所は今後も米景気回復が持続し、四半期ベースの実質GDP成長率は前期に大幅な落ち込みとなった反動もあって、7-9月期に前期比年率+26.7%に回復することを予想する(図表7)。これは前回見通し(20年6月)時点の+11.9%から大幅な上方修正となる。景気が当初予想より上振れる要因は、足元で設備投資や住宅投資の回復時期が当初想定の10-12月期から7-9月期に前倒しとなっていることが大きい。

その後、10-12月期は同+3.2%に伸びが鈍化し、通年では20年が前年比▲4.3%と予想する。また、21年は四半期ベースで+3~4%程度の成長率が続き、通年で前年比+3.7%の成長率を見込む。このため、GDPが新型コロナ感染拡大前の水準を回復するのは22年以降となろう。

一方、金融政策は、FRBのインフレや雇用の政策目標達成が予測期間中に見通せないほか、FRBは8月下旬に金融政策の枠組み変更を発表し、暫くは物価目標(2%)を上回るインフレ率を許容する方針に変更したことから、今回の予測期間を大幅に超えて実質ゼロ金利政策の長期化が見込まれる。また、量的緩和政策も予測期間を通して継続しよう。一方、金融市場の流動性が低下する局面では、資金供給ファシリティ―2の対象や金額の拡充を予想する。

長期金利は、米国債の発行増加により供給が大幅に増加するものの、量的緩和政策の継続に加え、緩やかな景気回復、インフレ圧力の抑制、実質ゼロ金利政策の継続から上がり難いとみられる。長期金利は20年末に0.8%、21年末に1.0%となろう。これらの見通しは前回(20年6月)予想時点から変更はない。
(図表7)米国経済の見通し
上記見通しに対するリスクは、新型コロナの感染拡大と米国内政治の混乱である。米国内の新型コロナ感染者数は9日7日時点で628万人、死亡者数は19万人弱となっている(図表8)。1日の新規感染者数は7月下旬に8万人弱まで増加していたが、足元では3万人程度に低下しており、感染者数の伸びは鈍化がみられる。もっとも、これから気温が下がる冬場を迎え、再び新型コロナの感染者数が急増する場合には、外出制限などの感染対策が強化されることで、再び経済活動に急ブレーキがかかる可能性は否定できない。

一方、米国内政治では11月に予定されている大統領選挙が注目だ。大統領選挙が接戦となり、当選者が長期に亘って確定しない状況となる場合には、政治的な機能不全から米経済には悪影響となろう。

当研究所は見通しを策定するに当たり、トランプ大統領の再選を前提にした。しかしながら、トランプ大統領とバイデン前副大統領の全米支持率を比較すると、バイデン氏がトランプ大統領を10%ポイント近く上回っており、支持率からはバイデン候補が有利になっている(図表9)。

当研究所は新型コロナの感染増加ペースが鈍っていることや、株価が堅調なことに加え、景気が持ち直してくることから、現職であるトランプ大統領がやや有利と現時点では判断している。

仮に、大統領選挙で民主党のバイデン候補が勝利する場合には、トランプ政権の経済政策からの軌道修正に伴う予見可能性の低下に加え、増税や環境規制強化などが嫌気され株式市場が不安定化する可能性がある。もっとも、新型コロナで米経済が大きな打撃を受けている中では増税が困難とみられるほか、後述するように通商政策では関税を多用する通商政策からの軌道修正が期待できることから、全体でみれば米経済への影響は限定的だろう。
(図表8)米国の感染者数および死亡者数/(図表9)トランプ大統領、バイデン前大統領支持率
 
2 詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年4月20日)「新型コロナウイルス感染・経済対策-経済対策に金融・財政政策をフル稼働も追加対策は必至」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64267?site=nliを参照下さい。
 

2.実体経済の動向

2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)労働市場の回復ペースは緩やか
雇用者数は3月から4月にかけて大幅に減少した後、5月以降は増加基調が持続している(図表10)。もっとも、4月までの2ヵ月間で雇用者数が2,216万人減少したのに対して、8月までの4ヵ月間の雇用増加数の累計は1,061万人と、雇用喪失分の半分弱を回復したに過ぎず、回復ペースは緩やかに留まっている。

また、失業保険の継続受給者数(未季調)は8月15日までの週で通常の失業保険が1,379万人と、5月9日の週の2,273万人に比べて減少しているものの、新型コロナ流行前の200万人程度でと比べると依然として高止まっている(図表11)。

さらに、新型コロナ対策として4月に新設された失業保険給付対象の拡大(PUA)や給付期間の延長(PEUC)などを加えた継続受給数は2,922万人と、労働力人口(1億6千万人)の2割近くなっており、非常に高い水準に留まっている。

新型コロナ感染終息の目途が立たない中、失業者が高水準となっていることから、経済対策効果の剥落に伴う可処分所得の下落は消費の回復に水を差す可能性があろう。
(図表10)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表11)失業保険継続受給者数(プログラム別)
(設備投資)GDPにおける設備投資は7-9月期にプラス成長へ
鉱工業生産は総合指数が4月の91.2から、製造業指数も84.7を底に7月にはそれぞれ100.2、97.8へ上昇した(図表12)。また、設備稼働率も4月の64.2%から7月は70.6%に回復した。このように、鉱工業生産、設備稼働率は新型コロナ流行前(20年2月)の水準を大幅に下回っているものの、5月以降は回復基調が持続している。

また、前述のように企業景況感も4月を底に大幅に改善しているため、企業活動の落ち込みは4月が最悪で5月以降は回復しているとみられる。

このため、GDPにおける設備投資は四半期ベースで大幅なマイナス成長となったものの、4月の落ち込みによる所が大きく、5月以降は早くも回復に転じたとみられる。

実際に、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は7月が▲0.3%(前月:▲19.5%)と前月の大幅なマイナスからほぼゼロ近辺まで急激に改善しており、7-9月期の設備投資はプラス成長に転じる可能性が高い(図表13)。

一方、10月以降に回復が持続するかは新型コロナの感染動向や感染・経済対策の動向に大きく左右されよう。
(図表12)鉱工業生産指数および設備稼働率/(図表13)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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