2020年09月04日

ワーケーションが創出する観光需要-観光業・企業・地方自治体にとっての魅力を考える

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1――ワーケーションに期待される効果

新型コロナウイルスの感染拡大により観光業は甚大な影響を受けている。2020年7月の国内の延べ宿泊者数は前年同月比▲56.4%、うち日本人は▲45.7%、外国人は▲97.0%の減少となった(図表 1)。日本人の宿泊者数は、緊急事態宣言下の5月を底に回復傾向にあるものの、回復ペースは鈍い。国内のホテルや旅館の稼働状況は依然として厳しい状況である。観光業を支援するため「Go To トラベル」キャンペーンが開始されたが1、新型コロナウイルスの感染が再び拡大するなか、観光需要の本格回復はいまだ見通せない。
図表1:2020年の国内の延べ宿泊者数の推移(前年同月比)
こうしたなか、ウイズコロナ時代の新しい旅行スタイルとして注目を集めているのが「ワーケーション」である。ワーケーションとは、「仕事(Work)」と「休暇(Vacation)」を組み合わせた造語である。語源から考えると、ワーケーションは休暇を取得している期間に一定の仕事をすることを指すが、日本ではワーケーションが働き方改革の一環として導入された経緯があり、広義に「非日常の場所におけるテレワーク」として捉えられることができる2

ワーケーションにより旅行先でテレワークするという新たな観光需要を創出できれば、コロナ禍の影響を緩和できるのでは、との期待がある。また、ワーケーションは、観光業や企業、地方自治体が、コロナ以前から抱える課題を解決する手段の1つとして期待されている。
 
1 佐久間(2020a)「Go To Travelによるワーケーションのすすめ-感染防止と両立したウィズ/アフターコロナの働き方を体験する旅を」、研究員の眼、ニッセイ基礎研究所、2020年7月14日
2 佐久間(2020b)「ワーケーションが秘める多様な可能性-非日常な場所でのテレワークとしてのワーケーションを考える」、研究員の眼、ニッセイ基礎研究所、2020年8月28日
 

2――観光業には観光戦略の多様化としての期待

2――観光業には観光戦略の多様化としての期待

まず観光業にとってのワーケーションの魅力を考えたい。コロナ禍を受けてインバウンドが消失するなか、日本人による国内の観光需要を伸ばしていくことが求められている。日本の観光業の課題として、観光需要がお盆やゴールデンウィークなど特定の時期に集中することや短期滞在が多いことが、かねてより指摘されている。2019年の国内宿泊旅行の延べ旅行者数は、最も多い「8月」を100とすると、「5月」は77、「5月と8月以外」の平均は47である(図表 2)。また、曜日別では土日に集中する傾向がある。長期滞在も少ない。1泊と2泊の国内宿泊旅行は、延べ旅行者数の78%を占める(図表 3)。このような観光需要の集中や短期滞在の背景の一つに、休暇を取得しづらいことが挙げられる。そのため、ワーケーションにより柔軟に休暇を取得できるようになれば、観光のピークとオフピークの分散化や長期滞在の増加が期待される。
図表2:国内宿泊旅行の月別延べ旅行者数(2019年)
図表3:2019年の国内延べ旅行者数の宿泊数別割合
また、公益財団法人日本交通公社の「JTBF旅行意識調査」3によれば、2018年に国内または海外旅行に行かなかった理由として、「仕事などで休暇がとれない」(33.7%)、「家族、友人等と休日が重ならない」(31.4%)が上位を占めている(図表 4)。そのため、ワーケーションにより休暇がとりやすくなれば、観光需要の底上げにつながる可能性もある。
図表4:日本人の旅行の阻害要因(複数回答)
また、ワーケーション需要の高まりを見据え、三菱地所は2019年5月にワーケーションオフィス「WORK×ation Site南紀白浜」、2020年7月に「WORK×ation Site 軽井沢」をオープンした。このように、ワーケーションオフィスという新しい市場を生み出している。
 
3 日本交通公社(2019)
 

3――企業には働き方改革としての期待

3――企業には働き方改革としての期待

次に、企業にとってのワーケーションの魅力を考えたい。もともと日本でワーケーションが注目された背景として、「働き方改革」が挙げられる。少子高齢化が進む日本では、持続的な成長を遂げるために、働き方改革の推進が求められている。2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行され、年次有給休暇(年休)の年5日取得が義務化された。

一方、エクスペディアの「有給休暇・国際比較調査2019」4によれば、日本の有給取得率は50%と、調査対象の19カ国で最下位である(図表 5)。また、日本人が年休を取得しない理由の1位は「緊急時のためにとっておく」だが、2位は「人手不足」、3位は「仕事する気がないと思われたくない」とあるように、仕事の多忙や同僚への気兼ねが休暇取得を妨げている原因となっている。

JTB総合研究所のアンケート調査によれば、「プライベートで行った先でする仕事が会社から業務として認められれば、もっと休暇が取りやすくなる」と回答した人の割合は20代が38.1%と高く、若い世代ほどワーケーションにより、年休消化や長期休暇の取得が促進されることが期待される。
図表5:主要19カ国の有給取得率
日本でワーケーションを先駆けて導入した日本航空では、働き方改革の一環としてワーケーションを採用し、年休消化や長期休暇を後押しする施策として位置づけている。同社は2015年に在宅勤務を導入し、2016年には自宅以外での勤務を認めるなど、働く場所の自由度を高めた上で、2017年7月にワーケーションを試験導入し、翌年に本格導入に踏み切った。

ワーケーションによる年休取得は、法令順守の観点だけではなく、従業員の健康を重視する健康経営にもつながりそうだ。また、従業員の創造性や発想力、生産性を高める、自由で自律的な働き方を従業員に提供することで人材確保・定着に向けた企業の魅力向上を図るといった効果も期待される。2019年7月にワーケーションを導入したユニリーバ・ジャパンでは、地方自治体と連携して、ワーケーションを通して地域課題解決に協力するなど、CSR推進の手段に位置付けている。

新しい概念であるワーケーションの効果に関する検証は少ないが5、6月から実施されたNTTデータ経営研究所、JTB、日本航空の実証実験6が参考になる。これによれば、ワーケーションは、会社への愛着や帰属意識を高めたとしている。また、ワーケーション実施中は仕事のパフォーマンスを20.7%高め、仕事のストレスを37.3%低減、そして、それらの効果がワーケーション終了後も5日間持続したとしている7
 
4 エクスペディア(2020)
5 田中・石山(2020a)
6 NTTデータ経営研究所・JTB・日本航空(2020)
7 ワーケーションは公私の区別を曖昧にするリスクを伴うが、実証実験ではワーケーションを通じて、逆に公私を分離する志向が高まったとしている。今後、ワーケーションへの取り組みが増えれば、想定しなかったメリットやデメリットが顕在化する可能性がある。
 

4――地方自治体には地方創生としての期待

4――地方自治体には地方創生としての期待

最後に地方自治体にとってのワーケーションの魅力を考えたい。ワーケーションを誘致できれば、地方自治体は観光客の増加による経済活性化が期待できる。さらに、ワーケーションは最近の地方創生におけるキーワードの一つでもある「関係人口」の創出・増大につながる。「関係人口」とは、移住した「定住人口」と観光に来た「交流人口」の間に位置する「特定の地域に継続的に多様な形で関わる者」を指す。2019年12月に閣議決定された第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、少子高齢化の課題に直面する地方において、関係人口の創出・拡大を通して、地域内外の人々が連携して地域づくりを行っていくことを目指している。

セールスフォース・ドットコムは2015年10月に、和歌山県白浜町にサテライトオフィスを開設した。同社は社会貢献を一つのミッションに掲げ、「従業員はそれぞれの就業時間の1%を社会貢献活動に費やす」とし、白浜町の活性化にも一役を買っている8

和歌山県は2017年からワーケーションを推進している。同県ではワーケーション拡大のためプロジェクトチームをつくり、ワーケーションを行う企業や個人をサポートしている9。2017年度から2019年度の3年間で104社910名が和歌山県でワーケーションを体験した。

ワーケーションに取り組む自治体は、全国に広がりつつある。2019年11月に和歌山県と長野県が中心となり、「ワーケーション自治体協議体」を設立し、1道11県87市町村の計99自治体が参加している(2020年8月13日時点)。
 
8 F.I.N.(2018)
9 天野(2019)
 

5――おわりに

5――おわりに

ワーケーションへの注目が集まる理由は、上述の通り、観光業や企業、地方自治体が、コロナ以前から抱える課題を解決する手段の1つとして期待されているためである。一方、ワーケーションが本格的に普及する上では課題もある。

ワーケーションを導入する企業は、労働時間や経費、労災の適用範囲など労務管理制度の再構築が求められる。また、情報セキュリティは、在宅勤務以上の対策が必要になるだろう。ワーケーション制度を導入しても、形骸化させずに有効活用するためには、制度というハードだけでなく、会社文化や職場の雰囲気などのソフトもアップデートすることが求められる。

また、ワーケーションを受け入れる民間事業者や地方自治体においても、Wi-Fiなどのネット環境に加えて、シェアオフィスやミーティングルームなど快適な執務環境を整備する必要があろう。ワーケーションの魅力には、豊かな自然などの非日常な場所だけでなく、現地の人々との交流や様々なアクティビティなど非日常な時間が大切である。そうしたなかで生まれるひらめきやアイデアこそが、旅行の魅力であり、イノベーションの糧となるものだと考える。ヒトやコトなどソフトの魅力を高めていくことが、他の観光地との差別化につながるのではないだろうか。

これまでは、仕事とプライベートを切り分けて考えるワーク・ライフ・バランスが重視されてきた。しかし、コロナ禍により多くの企業で在宅勤務を迫られたことで、仕事の合間に家事をするなど、仕事と日々のプライベートな生活の境界線が曖昧となった。ワーケーションは、休暇という非日常な生活と仕事を統合し、ワーク・ライフ・インテグレーションをさらに進めることになる。ワーケーションの拡大で、働き方の多様化がどのように進展していくのか、今後の動向に注目される。

参考文献
  • 天野宏(2019), 「インタビュー:新たなマーケットへの対応と展望~施設と地域、それぞれの取り組み例~-地域における取り組み例」『観光文化』、242号、pp.35-39、公益財団法人日本交通公社
  • エクスペディア(2020)「世界19ヶ国 有給休暇・国際比較調査2019も発表 日本人は世界で一番「短い休暇」が好き おススメの旅行スタイルは「ステイケーション」」、<https://welove.expedia.co.jp/press/50236/ >2020年8月20日参照
  • NTTデータ経営研究所・JTB・日本航空(2020)「ワーケーションは従業員の生産性と心身の健康の向上に寄与するワーケーションの効果検証を目的とした実証実験を実施」、< https://www.nttdata-strategy.com/newsrelease/200727.html>2020年8月20日参照
  • 佐久間誠(2020a)「Go To Travelによるワーケーションのすすめ-感染防止と両立したウィズ/アフターコロナの働き方を体験する旅を」、研究員の眼、ニッセイ基礎研究所、2020年7月14日< https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64930?site=nli>
  • 佐久間(2020b)「ワーケーションが秘める多様な可能性-非日常な場所でのテレワークとしてのワーケーションを考える」、研究員の眼、ニッセイ基礎研究所、2020年8月28日< https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=65261?site=nli>
  • JTB総合研究所(2019)「進化し領域を拡大する日本人の国内旅行(2019)」、<https://press.jtbcorp.jp/jp/2019/09/20190925-sokenkokunairyokou.html >2020年8月20日参照
  • 武田敏則(2019)「夏休みの旅先で仕事OK 日本航空がワーケーションを拡充する理由」、日経BizGate、<https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO4714429009072019000000>2020年8月20日参照
  • 田中敦・石山恒貴(2020a)「日本型ワーケーションの効果と課題(前編)」『TRAVEL JOURNAL』、2020年5月4-11日号、pp.24-29
  • 田中敦・石山恒貴(2020b)「日本型ワーケーションの効果と課題(後編)」『TRAVEL JOURNAL』、2020年6月8日号、pp.24-27
  • 日本交通公社(2019)「旅行年報2019」、公益財団法人日本交通公社
  • F.I.N.(2018)「第2回 ワーケーション拠点としての未来」<https://fin.miraiteiban.jp/ワーケーション拠点としての未来/>2020年8月20日参照
 
 

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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

(2020年09月04日「基礎研レポート」)

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