2020年08月18日

高齢者の25%は全面的な介助が必要(中国)-子女に重くのしかかる負担【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(43)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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はじめに

日本と同様に、少子高齢化が急速に進む中国。政府は、民間の介護サービスの導入を率先して進めるなど、市場化を推進している。公的介護保険制度の全国導入も広がっているが、高齢者の介助や介護の必要度、利用しているサービスなどの実態は、どうなっているのであろうか。本稿では、7月に公表された報告書を参考に、その状況を概観する。

2020年7月8日、中国保険業協会と中国社会科学院人口・労働経済研究所は、『2018-2019年中国長期介護調査・研究報告』を発表した。

この報告は、介護保険制度の実験的な導入が始まったおよそ70都市のうち、23都市を抽出して、60歳以上の高齢者(中国では高齢者を60歳以上と定めている)、30-59歳の青年層に分けて調査を実施したものである1。報告内容は、大きく分けて、(1)高齢者の介助や介護の必要度と利用サービス、(2)青年層の介護に対する意識や備え、(3)調査内容の総括・提言などで構成されている。なお、この調査は、介助・介護サービスの状況について、全国規模で初めて実施されたものである。
 
1 有効回答件数は12,818件(高齢者:6,430件、青年層:6,388件)
 

1―高齢者の25%が全面的な介助が必要な状況

1―高齢者の25%が全面的な介助が必要な状況

調査報告によると、ADL(日常生活動作、食事、着替えなどがどれだけ独力でできるか)の評価法の1つであるバーゼルインデックスに基づくと、日常生活において、23都市の高齢者のうち、7.0%が大部分において介助が必要な状態、4.8%が全介助が必要な状態であった2。つまり、高齢者のうち、およそ1割が日常生活における基本的な動作が独力ではできない状態にあるということになる。

更に、ADLに加えてIADL(手段的日常生活動作、買い物や電話対応など日常生活においてより高度な動作がどれだけ独力でできるか)の評価法であるIALD尺度(Lawton&Brody)に基づくと、高齢者の25.4%、およそ4人に1人は、全面的な介助が必要ということが分かった3。2019年、中国では60歳以上の高齢者が2.5億人であることから考えると、およそ6,400万人がそれに該当すると推算される。

図表1より、高齢者の年齢分類別の介助必要度をみると、60-64歳は86.2%の高齢者が独力で生活ができるが、65歳以降その割合は減少、80歳以上となると2割以上が生活において大部分介助・全介助が必要となっている4。なお、現在の介助の必要度にかかわらず、最初に介助が必要と感じた年齢は概ね65歳としており、介護に備える上で65歳が1つの目安となることも分かった。
図表1 年齢分類別の介助必要度
 
2 バーゼルインデックス10項目100点満点で採点し、介助の必要度を4つに分類している。10項目は、(1)食事、(2)入浴、(3)着替え、(4)整容、(5)排便コントロール、(6)排尿コントロール、(7)トイレ動作、(8)移乗、(9)歩行、(10)階段昇降。4分類は、(1)全自立(100点/他者の介助なしで生活できる)、(2)部分自立(61-99点/生活の一部において他者の介助が必要)、(3)大部分介助(41-60点/生活の大部分において他者の介助が必要)、(4)全介助(40点以下/生活全般において他者の介助が必要)。
3 IALD尺度(Lawton&Brody)は以下8項目、8点満点で採点され、4つに分類されている。8項目は、(1)電話対応、(2)買い物、(3)食事の準備、(4)家事、(5)洗濯、(6)移動、(7)服薬の管理、(8)財産の管理。4分類は、(1)全自立(8点)(2)部分自立(6-7点)、(3)大部分介助(3-5点)、(4)全介助(2点以下)。
4 大部分介助・全介助が必要な高齢者のうち、97%が少なくとも1種類以上の慢性疾患を抱えている。特に、心臓・脳の血管に関する疾病、がん、アルツハイマー型認知症、呼吸器系疾患、パーキンソン病などの疾病との関係性が顕著であることが挙げられている。
 

2―介護の担い手、経済的負担の担い手としてプレッシャーを抱える子女

2―介護の担い手、経済的負担の担い手としてプレッシャーを抱える子女

では、高齢者のうち、(1)大部分で介助が必要(以降、「中程度」とする)、(2)全面的な介助が必要(以降、「重度」とする)について、1) 介助・介護の担い手、2) サービスの利用状況、3) 経済的な負担とその担い手について見てみる。結果としては、介助・介護の担い手はいずれも子女を中心とした家族が中心で、介助の必要度にかかわらず民間サービスの利用は限定的、利用した場合の経済的な負担が重いことが分かった。

図表2より、介助・介護の担い手について、中程度の高齢者の場合は、子女が40.0%、夫または妻のいずれかが22.1%、重度の高齢者の場合は、子女が35.4%、夫または妻のいずれかが18.4%となっている。専門機関のスタッフも中程度の場合は25.4%、重度の場合は20.0%とはなっているものの、子女や家族による介助・介護は全体の5~6割とおよそ半数を占めている。2016年以降、公的介護保険制度が段階的に整備されつつあるが、利用できるサービスや利用額が限定的であることからも、依然としてその多くを家族に頼った状況にあることがわかる。

そのような状況の中で、サービスの利用状況を見ると、1種類以上サービスを活用しているのは、中程度の高齢者の場合で93.0%、重度の高齢者の場合で95.4%であった。よく利用するサービス内容は、いずれも入浴、排泄、歩行であった。一方、自費による民間の介護サービスの利用については中程度、重度もいずれも3割程度にとどまっており、専門的なサポートが必要な重度の場合においても、利用がそれほど進んでいないことが分かった。
図表2 介助・介護の担い手・サービス利用・経済的負担
その背景として考えられるのが高い経済的な負担であろう。中程度の高齢者の場合、実質的な月額費用(中央値)は2,000元である。それはおよそ半数の高齢者にとって、可処分所得の80%を占める金額となっている。民間サービスの利用希望は54.1%と利用意向は多くあるものの、希望拠出月額は1,800元で、可処分所得の60%程度までにとどめたい意向である。重度の高齢者の場合は、実質的な月額費用(中央値)は4,532元とさらに高額で、これは半数以上の高齢者にとって可処分所得の90%を超える金額となる。民間サービスの利用希望は49.7%と同じく多くあるが、希望拠出月額は2,000元、可処分所得の75%程度までとしている。実質的には希望拠出額のおよそ2.5倍の費用を支払う必要があり、負担の高さがうかがえる5

これらサービス費用の負担は、中程度、重度にかかわらず、いずれも子女がおよそ半分を担っている(中程度:48.0%、重度:49.1%)。ただし、中程度の場合は高齢者本人の負担も20.1%あるので、子女や本人を含め家族による負担がおよそ7割と重く、公的医療保険など公助による負担は16%ほどにとどまっている。一方、重度となると、子女の負担が49.1%とおよそ半分をしめるものの、高齢者本人の負担はなく、公的医療保険(19.4%)や政府の高齢者向け補助(12.0%)など公助も3割を占めている6

いずれにしても、現況下では、公的介護保険制度が導入されていたとしても、子女が介助・介護の担い手のみならず、経済的な負担の多くも担っており、介護や介助に対するプレッシャーが大きいことがわかる。
 
5 (参考)2019年の可処分所得の平均値は30,733元(47.9万円)、中央値は26,523元(41.4万円)、中国中央人民政府「2019年全国居民人均支配収入」(2020年3月9日)
6 中国における公的介護保険制度の財源については、多くの地域で公的医療保険の保険料を積み立てたプール金から拠出している。
 

3―在宅での生活を希望する高齢者

3―在宅での生活を希望する高齢者

一方、中程度、重度の高齢者にとって今後希望する体制としては、多くが在宅での介助・介護である。

中程度の高齢者の場合は、専門機関が37.6%と最も多かったが、近親者による在宅の介助・介護(36.1%)、これに家政婦による在宅の介助・介護(15.7%)を含めると、在宅が51.8%と半数を占めた(図表3)。
図表3 高齢者が今後希望する介助・介護体制と必要なサービス
また、重度の高齢者の場合についても中程度の高齢者と同様に、専門機関が33.5%と最も多くを占めたが、近親者(24.7%)および家政婦(24.0%)による在宅の介助・介護を合計すると48.7%と、在宅が高いことが分かる。しかし、今後必要なサービスとしては、尿道カテーテルの管理、傷・褥瘡の治療など、より高度な技術や経験を積んだ専門のスタッフによるサービスが必要となっている。
 

4―青年層(30-59歳)の介護保険商品の加入率は8.2%

4―青年層(30-59歳)の介護保険商品の加入率は8.2%

では、子女にあたる青年層自身の介護への意識(重要度)、備え(実行可能性)はどのようになっているのであろうか。調査報告によると、青年層のおよそ5割は老後の備えは若い時期からするべきで、6割が備えの実施も難しくないと考えおり、老後の備えに対する意識は相対的に高いと言えよう(図表4)。

一方、介護における経済的負担を補填するものの1つとして、民間保険が挙げられる。調査報告では、民間の介護保険の加入率は青年層全体で8.2%と低く、医療(入院、通院)、重大疾病といったその他の保険商品と比較しても加入が進んでいない(図表5)。図表2に示した経済的負担において、民間保険は中程度の場合で1.4%、重度の場合でも0.9%しか貢献できていない点からも明らかである。青年層は、老後の生活の重要度や備えをする必要があるとは思いつつも、民間の介護保険への加入など実質的な準備はそれほど進んでいない状況がみえてくる。
図表4 老後の備えの重要性・実行可能性(青年層)/図表5 年齢分類別・保険種類別の加入率(青年層)
介護保険商品の加入が進まない背景には、公的医療保険制度のあり方や介護保険商品数が相対的に少ない点、近年の販売規制などが考えられる。中国では健康にかかる民間保険商品は、(1)疾病保険(重大疾病、がんなどを対象)、(2)医療保険、(3)収入保障保険、(4)傷害保険、(5)介護保険の5つに分類される7。2019年の健康保険商品の収入保険料全体のうち、疾病保険が64.4%、医療保険が34.6%を占め、介護保険はわずか0.9%であった8。公的医療保険制度が自己負担を多く求める佇まいとなっているため、まず、高額な医療費の補填を目指した疾病保険、医療保険への加入が選ばれているのであろう。加えて、介護保険商品はその他の商品と比較しても商品数が少ない上、近年、販売が進んでいた理財型の商品が規制を受け規模が縮小したことも関係している。調査報告からは、公的介護保険制度が導入されていても、本人や子女の経済的負担は大きく、自助による備えは今後さらに必要になることが推察される。少子高齢化が更に進む状況においては、自助による備えの1つとして、また、公的制度の補完たるべき生命保険市場に求められる役割として、介護保険商品の更なる充実化も必要となってくるであろう。 
 
7 中国銀行保険監督管理委員会「健康保険管理弁法」(2019年11月)
8 国信証券「健康険市場変革之年」(2020年5月10日)
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2020年08月18日「保険・年金フォーカス」)

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