2020年08月07日

高まる円高リスク~円高の背後にあるもの

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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2.日銀金融政策(7月):長期未達でも、2%目標の見直しを否定

展望レポート(20年7月)、政策委員の大勢見通し(中央値) (日銀)現状維持
日銀は7月14日~15日に開催された決定会合において金融政策の維持を決定した。長短金利操作、資産買入れ方針ともに変更なしであった。

同時に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を「(経済活動は徐々に再開しているが、内外で新型コロナウイルス感染症の影響が引き続きみられるもとで、)極めて厳しい状況にある」に据え置いた。個別項目別では、設備投資と雇用・所得環境を下方修正する一方で、個人消費を上方修正している。

先行きについては、経済活動の再開を受けて今年後半から景気が徐々に改善していくとの想定を維持しており、経済成長率・物価上昇率の見通しも前回とほぼ同様となった。引き続き、黒田総裁の実質的な任期末にあたる22年度でも、物価上昇率が目標の2%を大幅に下回る水準に留まるとの見通しが示されている。
 
会合後の総裁会見において、黒田総裁は足元の経済について、「底を打って回復しつつある」、「既に足許で回復の様々な兆候がみられており、ある意味ではかなり急速な回復のようにみえる」としたが、今後については、このような勢いは続かず、「回復は緩やかなペースになるとみている」と慎重な見方を示した。

3月以降の金融緩和強化(企業等の資金繰り支援策である「特別プログラム」など)については、「効果を発揮しているとみている」と前向きに評価。根拠として銀行貸出やCP・社債残高の高い伸びを挙げた。資金繰り支援については「まだかなり続ける必要があるのではないか」との見方を示す一方で、「経済に対する下押し圧力が予想以上に長くなることになると、確かに企業によっては資金繰りの問題ではなくソルベンシー(支払い能力)の問題になっていくところが出てくる可能性がある」と警戒感を示した。

今後、追加緩和の必要が生じた場合の選択肢としては、「特別プログラムの拡充」、「長短金利の引き下げなど」を挙げ、担保の拡充については現時点での必要性を否定しつつ、「具体的な必要が出てくれば当然そういったことも考えていく」と述べた。

長期にわたって達成できず、今後も達成の見通しが立たない2%の物価目標について、その妥当性や変更の可能性を問われた場面で、総裁は「目標も適切で、手段も適切」、「様々な事情、状況によってこういう事態が続いている」との見解を示し、海外の中央銀行とともに目標を見直すことを検討する可能性も否定した。
(今後の予想)
日銀は3月から5月にかけて相次いで追加緩和や資金繰り対策の拡充に努めてきたうえ、金融市場も安定を取り戻し、国内外で経済活動が再開されて景気もひとまず最悪期を脱しているため、今回の現状維持に違和感はない。当面、日銀は新型コロナの感染動向とその影響、景気の動向と既往の政策効果を見定めるため、様子見姿勢を維持すると見込んでいる。

ただし、経済活動の回復が緩やかに留まっているため、引き続き企業の資金繰りは厳しい状況が続いているとみられる。従って、今後の銀行貸出や倒産動向などを精査し、追加対応が必要との判断に至れば、資金繰り対応策(特別プログラム、CP・社債買入れ等)のさらなる拡充に踏み切るだろう。

また、7月の会合以降、為替市場で円高ドル安が進んでいることから、今後は円高をけん制するために、大規模緩和を長期間にわたって維持するとの情報発信を強める可能性もある。
 

3.金融市場(7月)の振り返りと予測表

3.金融市場(7月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
7月の動き 月初0.0%台半ばでスタートし、月末は0.0%台前半に。
月初、日銀が前日に公表したオペ月間予定を受けて需給悪化への警戒が強まり、0.0%台半ばに上昇してスタートしたが、順調な国債入札結果が続いたことで需給悪化懸念が後退し、7日には0.0%台前半に戻る。以降、新型コロナワクチンの開発への期待からやや金利が上昇する場面もあったが、感染再拡大への警戒が上昇を抑制。国債入札で順調・無難な結果が続いたこともあり、月末にかけて0.0%台前半での安定した推移が継続した。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(7月)
(ドル円レート)
7月の動き 月初107円台後半でスタートし、月末は104円台半ばに。
月初から、内外での新型コロナ感染再拡大や米中対立を受けたリスクオフと、コロナワクチン開発への期待、米経済指標改善等によるリスクオンとが交錯したことで、中旬にかけて106円台後半~107円台後半での一進一退の展開に。下旬には、EU首脳会議で復興基金が合意されたことでユーロ高ドル安が進行し、ドル円にもドル安圧力が波及。さらに米経済指標の悪化や領事館閉鎖を巡る米中対立激化がドル安材料となり、27日には105円台へ。その後も米経済指標の悪化などによりドル安に拍車がかかり、月末は、104円台半ばで終了した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
(ユーロドルレート)
7月の動き 月初1.12ドル付近でスタートし、月末は1.17ドル台後半に。
月初、中国経済の回復期待が高まった場面でリスクオンのドル売りユーロ買いが入り、6日に1.13ドル台に。しばらく1.13ドル付近での推移が続いた後、欧州復興基金合意への期待が高まり、15日には1.14ドル台に上昇。そして、22日には復興基金が合意に至ったことでユーロ高に拍車がかかり、1.15ドル台に乗せた。月終盤も復興基金合意の余韻が残る中、米経済指標の悪化や米中対立の激化を受けたドル売りもあってユーロドルは上昇し、月末に一時1.19ドル台を付けたが、利益確定売りが入り、1.17ドル台後半で終了した。
金利・為替予測表(2020年8月7日現在)
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2020年08月07日「Weekly エコノミスト・レター」)

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