2020年08月06日

放射線によるがん治療の高度化-放射線医療の現状 (後編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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(3) 接線照射
対向2門照射の特殊なタイプに位置づけられる。放射線の広がり部分を重ね合わせるように角度を調整することで、肺などの正常組織への線量を低減させる。「ウェッジフィルタ」という吸収体を用いることで、線量を均一にすることができる。乳房、胸壁、肋骨などの治療で用いられる。
図表13-3. 接線照射 (イメージ)
(4) 非対向2門照射
主に頭頸部などの偏在性の腫瘍に用いられる照射法。ウェッジフィルタを用いて、線量を均一にすることが多い。上顎や耳下腺などの治療で使用される。
図表13-4. 非対向2 門照射 (イメージ)
(5) 多門照射
複数の方向から照射することで、放射線が集中する中心部以外の線量を抑えることができる。守らなくてはならない臓器への影響を抑えつつ照射する方法として、腹部、骨盤、食道など、多くの部位の治療で用いられている。
図表13-5. 多門照射 (イメージ, 4 門照射の例)
(6) 3次元原体照射
腫瘍の形に合わせて、線形加速器(リニアック)の照射する範囲の形をコンピュータ制御で常に変化させて、腫瘍に集中した放射線の投与が可能な照射法。照射野を腫瘍の形状に合わせるために、「マルチリーフコリメータ」という、“絞り装置”が用いられる。多門照射や、回転照射(門を回転させながら行う照射)が行われることもある。

(7) 全身照射
骨髄移植(造血幹細胞移植)の前処置として行われる。放射線によって全身のあちこちに潜む白血病細胞を根絶することや、移植された細胞を異物として拒絶しないことを目指す。

(8) 組織や臓器全体の照射
照射対象となる組織や臓器により、全リンパ組織照射(Total Lymphoid Irradiation, TLI)、胸腹部照射(Thoraco-Abdominal Irradiation, TAI)、全骨髄照射(TMI)などの照射方法の種類がある。

なお、(7)全身照射や、(8)組織や臓器全体の照射においては、放射線感受性の高い臓器(目の水晶体、肺、腎臓など)に対して、線量を削減するための遮蔽(しゃへい)処置が必要となる。

各照射法の占率の推移をまとめると、次のグラフの通りとなる。単純な照射(1門照射や対向2門照射)が減る一方、複雑な照射(4門以上の多門照射や3次元原体照射)が増えていることがわかる。
図表14. 通常の外部照射に占める各照射方法の占率
3|外部照射の技術革新が進み、高精度放射線治療が行われるようになっている
近年、外部照射の技術革新が進み、腫瘍にピンポイントで放射線を当てる高精度放射線治療が行われるようになっている。簡単にみていこう。

(1) 定位放射線照射(STI11)
小さな標的に対して、多方向から高エネルギーの放射線を照射することで、腫瘍部分に高い線量を集中させる。体を固定する装置を用いて照射精度を高めることで、腫瘍にピンポイント照射を行う12。その一方で、正常組織への線量は、大きく低減することができる。孤立性肺がん、肝臓がん、脳腫瘍などの治療で用いられる13
 
11 STIは、StereoTactic Irradiationの略。
12 照射中心における固定精度については、頭部では2ミリメートル以内、体幹部では5ミリメートル以内であることが求められる。
13 日本では、STIを、大線量を1回照射する定位手術的照射(SRS)と、分割して照射する定位放射線治療(SRT)に区分することもある。しかし、国際的には区分されていない。日本の診療報酬点数表でも、SRSとSRTの区別はない。

(2) 強度変調放射線治療(IMRT14)
ビームごとの強度を変えて、複数方向からX線を照射する。複数のビームを組み合わせることで、腫瘍の形に合わせた照射ができる。その結果、隣接する正常臓器に対する線量を、著しく低下させることが可能となる。なお、IMRTでは、放射線治療計画装置(RTPS15)というコンピュータを用いたインバースプランニング(次章にて詳述)を行って、照射する放射線の計画を立てることが不可欠となる。こうした高度な技術を要するため、現在のところ、治療できる医療施設は限られている。
 
14 IMRTは、Intensity Modulated Radiation Therapyの略。
15 RTPSは、Radiotherapy Treatment Planning Systemの略。

(3) 画像誘導放射線治療(IGRT16)
精度の高い放射線治療を行うために、治療直前または治療中に撮影した画像を用いて、その画像をもとに治療位置を補正する。撮影装置付きの治療装置を用いて、CT画像またはX線画像をもとに、照射が行われる。
 
16 IGRTは、Image-Guided RadioTherapyの略。

(4) 強度変調回転放射線治療(VMAT17)
IMRTのうち、放射線を放出する照射ヘッドを含む「ガントリ」といわれる部分を回転させながら、行う照射法をいう。IMRTのように、照射ごとにいちいち患者を静止させる必要がないため、照射に要する時間を大幅に短縮することができるという。
 
17 VMATは、Volumetric Modulated Arc Therapyの略。

(5) 陽子線治療
粒子線は、前章でみたとおり、体の表面から一定の深さに達したあたりに、線量のピークが急に出現する「ブラッグピーク」という性質を持つ。腫瘍の体表面からの深さを、このブラッグピークに合わせることで、正常組織への有害事象を減らしながら、がん細胞を死滅させることができる。

(6) 重粒子線治療
一般に、重粒子線治療で用いられるのは、炭素イオンの粒子であり、陽子線よりも明瞭なブラッグピークを持つ。このため、正常組織への影響を極力抑えつつ、強いエネルギーでがん細胞を死滅させることができる。ただし、重粒子線の発生には、シンクロトロンという大規模な施設が必要となる。
4|小線源療法の腔内照射は高線量、組織内照射は低線量で行われる
小線源療法は、放射性同位元素を用いて、身体の内部から照射を行なう。この治療法は、放射線治療の黎明期に主流となっていた治療法で、第2次世界大戦前には、がんの根治治療として、ほとんど唯一の治療法とされていた。

(1) 腔内照射
子宮、食道、気管などの腔内に、小線源を挿入する。小線源とは、カプセル、ピン、管、ワイヤーなどに密封された放射性同位元素をいう。

(2) 組織内照射
小線源を刺入などの方法で、組織に埋め込む。

(3) モールド照射
皮膚や粘膜上の表在性の腫瘍に対して、モールドという小線源を配置したアプリケータを密着させて照射する。口腔がんを含む頭頸部がんの治療に用いられる。機能の温存や、整容性(容貌・外見のこと)の保持をはかることができる。

一般に、腔内照射には高い線量の放射線が用いられる。特に、子宮頸がんの治療では、RALS18(遠隔操作式治療装置)が用いられ、施術者の被曝を防いでいる。治療に要する照射の時間は、数分間程度であることが一般的である。放射性同位元素として、イリジウム-192や、コバルト-60が用いられる。

一方、組織内照射には低い線量の放射線が用いられる。前立腺がんの治療では、放射性同位元素を密封した小さなシード状カプセルを複数、腫瘍部位に刺入留置する。照射期間には、数日間照射するのものから、永久照射のものまである。放射性同位元素として、ヨウ素-125や、金-198が用いられる。
 
18 RALSは、Remote After Loading Systemの略。
5|内用療法は、病気の種類ごとに、放射性同位元素が使い分けられる
内用療法は、放射性薬剤とがん病巣の関係を活用する。このため、病気の種類に応じて、用いられる放射性同位元素が決まっている。主な治療を、いくつかみていこう。

(1) 甲状腺機能亢進症(バセドウ病等)
甲状腺にはヨウ素が集まりやすい。そこで、経口薬として、放射性同位元素のヨウ素-131を含む薬剤を体内に入れる。治療後は、専門病室に1週間入院することが必要となる。

(2) がんの骨転移に対する疼痛緩和
骨転移のある腫瘍部位は、骨の代謝が進んでいるため、カルシウムが多く取り込まれる。そこで、カルシウムに似た性質を持つストロンチシウムを用いて治療を行う19。注射薬として、ストロンチシウム-89を静脈注射で体内に入れることで、腫瘍部位に放射線を照射する。
 
19 カルシウムとストロンチシウムは、いずれも元素周期表上、アルカリ土類金属に属している。

(3) 悪性リンパ腫
悪性リンパ腫の細胞表面には、CD20抗原というタンパク質がある。このタンパク質に、特異的に結びつく抗CD20抗体という物質がある。そこで、この抗CD20抗体に、放射性同位元素を結合させたものを注射薬として、静脈注射する。放射性同位元素としては、イットリウム-90が用いられる。

(4) 去勢抵抗性前立腺がんの骨転移
注射薬として、ラジウム-223を含む薬剤を静脈内に投与する、放射性同位元素は、カルシウムの代謝が亢進している骨転移部位に集積し、高エネルギーのα線が放出される。α線が骨転移部分に作用することで治療ができる。
 

5――放射線治療計画の策定

5――放射線治療計画の策定

放射線治療には、事前の計画策定が欠かせない。その内容を概観してみよう。

1|放射線治療では、綿密な治療計画を立てる
放射線治療を行う場合、治療効果を高めつつ、有害事象を減らすことがポイントとなる。そこで、治療の前に、綿密な治療計画を立てることが不可欠となる。

近年は、その計画策定にあたり、CT検査による「CTシミュレーション」が行われることが一般的となっている。CTシミュレーションでは、まず、患者に実際の放射線治療の寝台と同様の台に寝てもらい、照射する部位をCT撮影する。そして、CT画像をもとに、治療すべき腫瘍の範囲や、被曝を避けるべき正常臓器を定める。必要な場合には、PET検査やMRI検査を行って、その画像を参照したり、医師の所見を参考にしたりする。そのうえで、放射線を照射する範囲、放射線の角度、本数、強さなどを計算して決めていく。なお、計算の際は、患者の年齢、体力、併用する治療法なども加味される。

従来、照射する範囲等を、医師が手計算で決めていた。近年は、放射線治療計画装置(RTPS)と呼ばれるコンピュータの導入が進んでおり、これを用いて行われることが多くなっているという。
2|放射線治療に必要な総線量は、がんの種類によって異なる
放射線治療計画では、さまざまな項目について、治療内容を計画していく。少し、みていこう。

(1) 照射時の姿勢
放射線治療では、予定した照射範囲に、正確に放射線を照射する必要がある。そこで、照射部位に応じて、照射時の姿勢が決められる。その際、照射中に照射部位が動かないように、固定具が用いられることもある。また、分割照射では、毎回、照射時に同じ範囲の照射ができるよう、皮膚や固定具に印が書かれる。患者には、入浴時などに、皮膚に書かれた印をこすって消さないことが求められる。

(2) 照射範囲
照射範囲は、原則として、対象の腫瘍全体をカバーするように設定される。その際、目視では捕捉できない腫瘍の広がり、呼吸や心拍等に伴う位置の変動、患者の固定や照射機器に関する精度などをマージンとして含める必要がある20。一方、腫瘍の近くにある正常組織への照射は極力避けなくてはならない21。両者が重複する場合には、どちらを優先するか、慎重に検討する必要がある。

また、具体的な治療計画として、まず設定した照射範囲全体に照射し、その後、明らかに腫瘍がある範囲だけに追加の照射を行なうことで、領域に応じて線量に差を設けることも行われている。
 
20 肉眼で確認できる「肉眼的腫瘍体積」に、臨床的に進展が疑われる部分を加えて「臨床的標的体積」とする。これに、呼吸や心拍等に伴う位置の変動のマージンを加えて、「体内標的体積」とする。さらに、患者固定の精度や照射機器の精度を踏まえたマージンを加えて、「計画標的体積」とする。
21 標的の近くにある正常組織は「危険臓器」と呼ばれる。これに、変動のマージンや精度のマージンを加えて、「計画危険臓器体積」が決定される。計画危険臓器体積は、計画標的体積と重なることがある。

(3) 総線量と照射回数
放射線治療では、総線量が重要な要素となる。治療に必要な総線量は、がんの種類によって異なる。放射線感受性が高いがんは、少ない線量でも、がん細胞を死滅させることができる。一方、感受性が低いがんは、治療に多くの線量が必要となる。その結果、周囲の正常細胞への有害事象も大きくなる恐れがある。
図表15. 各がん腫の治療に必要な線量
(4) 照射回数
患者の病状、体力、併存疾患の有無、患者が希望する治療期間に応じて、分割して照射する回数は異なる。また、放射線治療を行うのが、通常の直線加速器なのか、トモセラピーやサイバーナイフといった特殊な機器なのかよっても、分割回数に違いが出る可能性がある。
3|放射線の方向、形、分布の設定には、2つの方法がある
放射線治療計画では、標的範囲に、放射線をどの方向から、どういう形で当てるか、標的範囲に当たる放射線の分布をどうするか、といった具体的な項目について決める必要がある。これには、大きく2つの方法がある。

(1) フォワードプランニング
放射線の方向と形を決めて、その結果、放射線の分布がどうなるのかを計算する方法。均一な放射線を用いるリニアック等の通常の照射では、このような計画が行われる。

(2) インバースプランニング
放射線の分布を先に決めて、それを実現するために放射線の方向と形を不均一に変化させる。強度変調放射線治療(IMRT)では、不均一な放射線を照射することが可能となる。そこで、放射線の分布を先に決めることができる。なお、実際の計画策定では、放射線治療計画装置(RTPS)という専用のコンピュータを用いた計算が行われる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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