2020年08月06日

放射線によるがん治療の高度化-放射線医療の現状 (後編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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0――はじめに

前稿(前編)では、放射線の仕組みや、それを用いた検査・診断の概要をみていった。X線などの放射線を用いれば、体内の様子を画像でみることができ、診断のスピードや正確性の向上につながる。

本稿は、主に、放射線治療をテーマとする。放射線治療は、手術、化学療法とともに、がんの治療法として確立している。これらの3つの治療法には、それぞれ特徴があり、がん治療にはその特徴を生かすことが必要となる。

放射線治療は、19世紀末に始まった。1895年のレントゲンによるX線の発見から間をおかず、1899年にはX線照射による皮膚がんの治癒が達成された1。これが、最初の放射線治療成功事例とされる。

そして、20世紀には、放射線や原子力に対する研究の進展とともに、放射線治療も進歩していった。これまでに、放射線発生装置や放射線治療計画装置など、治療のためのさまざまな機器が開発されており、現在では、放射線治療は重要ながん治療法の1つと位置づけられている。

ただし、日本では、諸外国に比べて、放射線治療の実施割合が低いとされる。本稿を通じて、読者に、放射線治療への関心と理解を深めていただければ、幸いである。
 
1 スウェーデンのスチンペックが、72歳の女性の鼻にできた基底細胞がんを、35回のX線分割照射で治癒させた。(「放射線治療の歴史」伊丹純(RADIOISOTOPES, 公益社団法人 日本アイソトープ協会, 2011年(60巻) pp385-392)より、筆者がまとめた。)
 

1――放射線治療の実施状況

1――放射線治療の実施状況

そもそも放射線治療は、いま、どのくらい行われているのだろうか。まず、治療数の現状からみていくこととしたい。

1|放射線治療は徐々に増えている
放射線治療の実施状況をみておこう。放射線治療を受けた患者の数は、年々、増加している。2015年には、患者数が271,000人、そのうち225,000人が新規に放射線治療を受けたと推定されている。
図表1. 放射線治療を受けた患者数(推定)
2|日本は欧米に比べて放射線治療の実施割合が低い
放射線の治療の実施数を、欧米主要国と比べてみよう。次のグラフにあるとおり、日本は、欧米に比べて放射線治療の実施割合がかなり低いことがわかる。
図表2. がん患者のうち放射線治療(併用も含む)を実施している患者数の割合
3|放射線治療に対して、患者はさまざまな不安を持っているとみられる
日本で放射線治療の実施割合が低い理由として、患者がさまざまな不安を持っているためとみられている。不安には、被曝に関する漠然とした不安をはじめ、治療の後遺症に対する不安、機械や治療室に対する不安、治療効果に関する不安など、さまざまなものがあげられる。
図表3. 放射線治療に関する不安
放射線治療においては、治療とともに、こうした患者の不安を解消することが重要となろう。そのためには、医療関係者と患者のコミュニケーションがポイントとなる。たとえば、不安軽減のために、精神医学で行われる精神療法を用いた患者へのアプローチがとられている。

あわせて、一般の人にとって、放射線治療に対する知識や関心を高めることが有効となるだろう。次章以降では、放射線治療について、概観していく。
 

2――放射線治療によるがんの治療

2――放射線治療によるがんの治療

放射線治療は、がんの治療の中で、どのような位置づけとなっているのだろうか。本章では、まず、がんの治療に放射線を用いることについて、目的や、他の治療法との関係などをみていく。

1|放射線治療の目的は、根治だけではない
ひとくちに、放射線でがんを治療するといっても、その目的には、さまざまなものがある。

(1) 根治照射
一般に、遠隔転移のない限局性のがんに対する放射線治療では、根治が目的とされる。

(2) 準根治照射
原発巣の状態や遠隔転移などにより、根治・治癒が目指せない場合もある。その場合、局所の腫瘍や転移巣を制御して、生存期間の延長やQOL(Quality of Life, 生活の質)維持・改善を目指して放射線が照射される。

(3) 緩和照射
腫瘍自体や遠隔転移から生じるさまざまな症状・疼痛を緩和するために、放射線が照射される。

(4) 予防照射
手術や化学療法などの治療後に、腫瘍が再発、転移することを防ぐ目的で放射線が照射される。特に、乳がんでは、リンパ節転移を予防するために、領域リンパ節への照射が行われることがある。また、肺がんのうち、限局型の小細胞肺がんでは、初期治療で完全寛解が得られた場合、脳転移を防ぐ目的で、脳に対して、予防的全脳照射が行われる2
 
2 進展型小細胞肺がんや、非小細胞肺がんでは、生存期間の延長効果が明らかでないこともあり、予防的全脳照射は標準治療とされていない。

(5) 緊急照射
がんの種類によっては、急速に全身状態が悪化し、緊急に治療が必要となるものもある。このようながんで、放射線治療が行われるものが緊急照射である。

主に、骨や脊髄への転移による骨折や脊髄圧迫、脳への転移による頭蓋内圧亢進、上大(じょうだい)静脈症候群(肺がんなどに伴う上大静脈の閉塞・狭窄(きょうさく)により、心臓に血液が戻れなくなる症状)に対して行われる。いずれも、緊急に治療を行わなければ、生命の危険や、不可逆的な麻痺などの恐れがある。激しい疼痛を伴うことが一般的で、その緩和の観点からも、緊急照射が必要とされる。
2|放射線治療は臓器の温存ができる
放射線治療は、手術、化学療法(抗がん剤治療)とともに、がんの3大治療法と呼ばれている。ただし、3つの治療法には、それぞれ特徴があり、治療にはその特徴を生かすことが必要となる。それぞれの違いを簡単にみていこう。

(1) 放射線治療は、手術と異なり、患者の負担が小さい
放射線治療が手術と異なる点は、患者の負担が小さいことや、治療する臓器の形態や機能が温存されることといえる。こうしたことから、放射線治療の場合、原則として、入院の必要はない。仕事や学校を休まなくても、通院によって治療を続けることができる。

(2) 放射線治療は、化学療法と異なり、病巣に集中した治療ができる
放射線治療が化学療法と異なる点は、病巣に集中的な治療を行うことができることといえる。一般に、がんの病巣が限局的な場合、放射線治療が有効となる。そして、血液がんやリンパ節のがんなど、病巣が全身に広がっている場合、抗がん剤による化学療法の治療効果が高まるとされる。

また、化学療法では、吐き気、食欲不振、倦怠感、下痢、手足のしびれ、脱毛といった全身に悪影響が生じることがある。放射線治療でも悪影響は起こるが、有害反応は、放射線を照射した部位を中心に現れる。全身的な有害反応は生じにくいとされる。
図表4. がんの3 大治療法比較
3|放射線治療と他の治療法を組み合わせることもある
放射線治療は、単独で実施されることもあれば、手術や化学療法と組み合わせて行われることもある。ここでは、単独療法と併用療法についてみていこう。

(1) 単独療法
放射線治療の単独療法は、限局したがんが主な対象となる。頭頸部がん、食道がん、肺がん、子宮頸がんなどの早期がんが対象となる。他にも、低リスクの前立腺がん、低悪性度の悪性リンパ腫などが対象となる。また、進行がんであっても、患者の年齢や全身状態からみて、患者の身体が手術などの負担の大きい治療には耐えられない、と判断される場合、単独療法がとられることがある。

(2) 併用療法(集学的治療)
手術との併用、化学療法との併用についてみていこう。

(a) 手術との併用
放射線治療を行うタイミングによって、術前照射、術中照射、術後照射の3つに分けられる。

(a-1) 術前照射
手術前に、がん病巣や周囲浸潤組織のがん細胞に放射線を照射する。目的として、次のものがある。
・手術で切除した組織の切り口にある、がん細胞がすべて取り除かれやすくなるようにするため
・切除不能や切除できるかどうか、ボーダーライン上にある病変を切除可能にするため
・手術中の操作で腫瘍が散布して、遠隔転移が起こることをコントロールするため
 術前照射は、食道がん、膵臓がん、直腸がんなど、多くのがんで行われる。

(a-2) 術中照射
手術中に切開した状態で、腫瘍部を目視して、直接、放射線を照射する。術中照射の多くは外部照射で行われるが、小線源用のアプリケータを設置して小線源治療を行うこともある。実施にあたり、放射線治療室を併設した専用の手術室、または手術室から放射線治療室への患者の移動が必要となる。

術中照射は、かつては、膵臓がんでよく行われていたという。近年は、高精度放射線治療が普及したこともあり、その実施数は大きく減少している。

(a-3) 術後照射
手術で切除しきれずに残ったがん細胞を死滅させて、がん再発の可能性を下げる目的で、放射線を照射する。頭頸部がん、乳がん、肺がん、食道がんなど、さまざまながんで行われる。

(b) 化学放射線療法
抗がん剤と放射線治療を併用する治療法は、「化学放射線療法」と呼ばれている3。抗がん剤を投与する時期として、放射線治療前、放射線治療と同時、放射線治療後の3つがあり、病状等に応じて選択する。

抗がん剤と放射線治療を併用する目的として、主に、4つのものがあげられる。

・放射線治療の効果を高めるため
・他臓器への転移を防ぐため
・抗がん剤により腫瘍の体積を縮小させて、放射線治療を実施しやすくするため
・抗がん剤が届きにくい中枢神経系領域に放射線治療を行うことで治療効果を高めるため
 
3 放射線治療を分子標的薬や内分泌療法薬と併用することも行われている。
4|放射線治療はがん以外の治療にも行われる
放射線治療は、主として、がんに対して行われるが、それだけではない。がん以外でも放射線治療が行われるケースがある。手術ができない場所の治療、手術に大きな危険が伴う場合の治療、手術のみでは再発しやすい場合の治療などである。たとえば、ケロイドを手術した後の再発予防、有効な治療法がない場合の血管腫、脳や脊髄の動静脈奇形4などの治療法として用いられる場合がある。
 
4 動脈から毛細血管を経由しないで、直接静脈につながり、塊となる状態。
 

3――放射線治療はなぜ効くのか

3――放射線治療はなぜ効くのか

放射線治療は、なぜ効くのだろうか。本章では、そのメカニズムを簡単にみていくこととしたい。

1|放射線がDNAに与える作用には直接作用と間接作用がある
放射線は、がん細胞の核の中にあるDNAに損傷を与える。DNAに損傷を与える作用に、直接作用と間接作用の2つがある。

(1) 直接作用
直接作用は、放射線がDNAに当たって、直接傷つけるというもの。DNAは二重らせん構造、すなわち2本の鎖でできている。放射線の種類によって、鎖への作用の仕方は異なる。

X線の照射では、2本のDNAのうち片方だけが断ち切られることが多い、といわれる。この場合、切られなかったもう片方のDNA鎖を用いて、修復が行われる。

一方、陽子線や重粒子線の照射では、DNAを2本とも切断することがある。この場合、「非相同末端結合」と「相同組換え」という、2種類の修復方法がありうる。

― 非相同末端結合は、いつでも機能するが、修復エラーが生じることがある。修復エラーは、細胞死につながる。

相同組換えによれば、DNAを正確に修復することができる。ただし、次節でみる細胞周期のうち、合成期(S期)から分裂準備期(G2期)の間でしか、相同組換えは起こらない。5
 
5 次節でみるとおり、S期からG2期にかけて、放射線に対する抵抗性が高まるとされる。これは、相同組換えによる正確な修復が原因と考えられている。

(2) 間接作用
間接作用は、放射線が細胞内の酸素に当たって活性酸素6に変え、この活性酸素がDNAを傷つけるというもの。放射線が、DNAの近く(2ナノメートル以内7)に存在する水分子に作用すると、活性酸素ができる。間接作用には、水分子の存在が欠かせないことになる。

一般に、光子線(X線, γ線)と電子線の照射では、直接作用と間接作用の両方がみられる。損傷の比率は、大体、直接作用:間接作用=1:2といわれ、間接作用のほうが大きいとされている。

一方、陽子線、重粒子線は、直接作用が中心とされている。
 
6 本来、活性酸素は生体にとって有害であるが、それを、がん細胞のDNAの損傷に用いている。活性酸素の辞書での説明は次の通り。「通常の酸素に比べていちじるしく化学反応を起こしやすい酸素。一重項酸素・超酸化物イオン(スーパーオキシド・イオン)の類。生体内で有害な過酸化脂質の生成に関与する。」(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
7 1ナノメートル=10億分の1メートル。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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