2020年08月05日

「東京一極集中の是正」を掲げる「地方創生」戦略

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――安倍内閣の 「地域活性化」 政策

1|「地方創生」=「ローカル・アベノミクス」の中心戦略
第二次安倍内閣が発足した当時(2012年12月)、日本の優先課題は「長期にわたるデフレと景気低迷から脱出する」ことであった。政府は、⑴大胆な金融政策、⑵機動的な財政政策、⑶民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」、いわゆる「アベノミクス」を実施し、この問題に対処した。その後1年で為替は円安へと進み、輸出企業を中心として企業業績も改善し、マクロベースの景気改善は大きく進むこととなった。その一方で、アベノミクスによる恩恵は大企業の集中する都市部に偏り、大多数の雇用者や居住者が暮らす地方部には届かず、地域間格差が大きく広がる兆候が表れていた。

そのような中、元総務大臣の増田寛也氏が座長を務める日本創成会議・人口減少問題検討分科会は、2014年5月に『ストップ少子化・地方元気戦略』(以下、増田レポート1)を発表し、複数の自治体が存続危機に陥るまでの状況について、具体的なタイムラインを引いて示して見せた。この増田レポートでは、若者が大都市圏(特に東京)に流出する現状が続いた場合、2040 年までに「20~39 歳の女性人口」が5割以上減少するとした自治体「消滅可能性都市」が896市区町村(49.8%)存在し、そのうち523市区町村では、人口が1万人未満になるとしている。そのうえで日本の人口減少に歯止めを掛けるためには、「東京一極集中の是正」と「少子化対策」が必要になると指摘し、地方の現状に対する警鐘を鳴らして、政府の危機感を高めることにつながった。

地域活性化が、日本の経済回復には不可欠であると認識した政府は、2014年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2014」(骨太の方針)において、アベノミクスの効果を全国津々浦々まで波及させる「ローカル・アベノミクス」を打ち出し、その中心的な政策に「地方創生」を据えることとなった。
 
1「中央公論」2013年12月号『2040年、地方消滅。「極点社会」が到来する』および「中央公論」2014年6月号『【提言】ストップ人口急減社会』など、人口減少問題への問題提起を展開した一連の文章。
2まち・ひと・しごと創生総合戦略 ~概要と評価~
アベノミクスにおける地方創生は、地域経済の活性化を目的とする経済政策であると同時に、人口減少や少子高齢化といった日本の構造的な課題に対処する社会政策でもある。
政府は同年9月、地方創生の司令塔となる「まち・ひと・しごと創生本部」(以下、創生本部)を創設し、「2060年に1億人程度の人口を維持する」との中長期展望を示したうえで、2015年度を初年度とする5か年の目標や施策の基本的方向、具体的な施策をまとめた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(以下、第1期)を策定した。

第1期に示された基本目標は、⑴地方における安定した雇用を創出する、⑵地方への新しいひとの流れをつくる、⑶若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる、⑷時代に合った地域をつくり、安心なくらしを守るとともに、地域と地域を連携すること。政府は、これらの目標を実現するため、各目標の重要業績評価指標(KPI)を設定し、政策の進捗状況の把握と成果の見える化に取り組むこととした。その後、総合戦略は2019年に最終年を迎えるまで毎年改定され、新たな施策が追加されてきた。最終年には、これまでの成果を創生本部が検証し、[図表1]に示す結果を公表している。その評価としては、基本目標1・4については「概ね目標達成に向けて施策が進展している」ものの、基本目標2・3については「現時点では効果が十分に発現するまでに至っていない」というもの。地方における雇用は拡大したものの、そこで生まれた雇用は若者を惹きつけるには魅力に乏しく、第1期のスローガンでもあった「東京一極集中の是正」は、成し遂げることができなかった。
[図表1]第1期総合戦略(基本目標と評価)
政府は、第1期の取組を踏まえて、2019年12月に今後5か年の新たな戦略として、第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(以下、第2期)を閣議決定した。第2期は、第1期に掲げた4つの基本目標を概ね引き継いだうえで、新たに2つの横断的な目標を設定している。追加された目標は、⑴多様な人材の活躍を推進する、⑵新しい時代の流れを力にすること。第1期に推進された「しごと」の地方移転からの地方移住という取組みに加えて、副業・兼業などで地方に継続的に関わる「関係人口」を創出・拡大していくこととの方針として打ち出されている。これにより、地方に不足する知識やスキルを持つ都市部の人材を地方に呼び込み、地域活性化の取組みを強化することを目指していく。また同時に、Society5.0を実現する「未来技術」を積極的に導入して、持続可能な開発目標(SDGs)に沿った街づくりを進めていくとの方針も打ち刺されている。地方における地理的・時間的な制約を未来技術によって克服し、地方においても都市部に負けない生産性を実現することを目指す。さらに、地方を活性化するアプローチの見直しも行われた。第1期は、「しごと」を起点としたアプローチに重心が置かれたが、第2期は「ひと」や「まち」を起点とするアプローチも重視していくことになる。例えば、地方にサテライトオフィスを開設することで「ひと」を集め、その有機的なつながりによって「しごと」を起こすことや、地方独自の特色ある「まち」づくりを進めて「ひと」を呼び込む方法など、多様なアプローチに取り組んでいく方針だ。

また、今年2020年7月には、地方創生に向けた施策の基本的な方向性をまとめた「まち・ひと・しごと創生基本方針 2020」が閣議決定されている。同方針には、第2期策定時にはなかった、新型コロナウイルスへの対応も含まれている。コロナ対策による非接触・非対面の経験は、国民の意識や行動に変化を及ぼし、地方移住や副業・兼業、ワークライフバランスの充実などに対する人々の関心を高めている。この流れを受けて政府は、東京企業の地方におけるサテライトオフィス開設やリモートワークの推進に取り組み、引き続き「東京一極集中の是正」を目指していく方針だ。また、地域活性化に向けて若者の地域への定着を図るため、地方国立大学の定員増などを含む、大胆な大学改革も盛り込まれている。さらに、2度にわたる補正予算の編成で確保された3兆円の地方創生臨時交付金を活用し、行政IT化やキャッシュレス決済を推進し、スーパーシティ構想を実現するなど、「新しい生活様式」を踏まえた地域活性化にも取り組む方針だ。
 

2――歴代政権が抱え続ける「東京一極集中の是正」という課題

2――歴代政権が抱え続ける「東京一極集中の是正」という課題

1試行錯誤が続く現状
東京一極集中の問題は、第二次安倍内閣において初めて提起された問題ではない。都市部と地方部の地域間格差の問題は1960年代には認識されるようになり、それ以降、日本の地域政策における目標は、一貫して国土の「均衡ある発展」を目指すことにあった。

1962年に策定された全国総合開発計画では、地域間の均衡ある発展が基本目標に据えられ、新産業都市や工業整備特別地域が指定され、地方への工場誘致が行われた。1969年の新全国総合開発計画では、新幹線や高速道路などの大規模プロジェクトが進められ、1977年の第三次全国総合開発計画では、地方の居住環境の整備による定住構想が掲げられている。その後、1987年の第四次全国総合開発計画においては、多極分散型国土の構築が掲げられ、大学や行政機能など多様な都市機能の地方移転が推進されることとなった。1990年代になると、国の政策は「地方分権」へと方針が大きく変わり、地域政策も外部からの産業誘致から、地域の特性を活かした内発的な改革が重視されるようになった。その方針のもと、21世紀の国土のグランドデザイン(第五次)が1998年に策定され、国が主導する全国一律の国づくりは地方主導の政策へと変わり、全国総合開発計画の取り組みは終結することとなる。過去の取組みを整理すると、60年代から70年代にかけて工業の地方誘致が行われ、80年代に入ると移転対象はサービス業や行政機能へと移り、90年代に政府の方針が大きく転換したことで地域開発は、地方の自主的な開発に重点が置かれるようになったことが分かる。

しかし、「東京一極集中の是正」を目指す政策は、これまでの成果を見る限り順調に進んできたとは言えない。首都機能移転する構想についても、1992年に国会等の移転に関する法律が成立して、具体的な検討が始まったものの、候補地の絞り込みができないまま、計画は頓挫している。また、地方分権の議論が高まりを見せる中、注目の集まった道州制を巡る議論についても、地域間対立や財源問題で溝が埋まらず、下火になってしまった。安倍内閣が進める地方創生においても、看板政策であった中央省庁の移転は進まず、全面移転が決まったのは、文化庁の京都移転に留まっている。さらに、その移転についても、時期が2022年度以降にずれ込む見込みだ。ほかにも地方創生では、本社機能の地方移転などの取組みも進められているが、思うような成果は出ていない。歴代政権が様々な試みを通じて目指してきた「東京一極集中の是正」は、根本的な解決に至っていないのが現状だ。
[図表2]他道府県から東京都への転入超過数 2コロナ危機が「転機」になる可能性
ただ足元では、その流れに変化が生じている。総務省が6月30日に公表した5月の住民基本台帳人口移動報告によると、他道府県から東京都への人口移動は、集計に外国人を加えた2013年7月以来初めて、人口流出を意味する▲1,069人となった。人為的な政策では効果の薄かった「東京一極集中の是正」が、新型コロナウイルスという自然の脅威によって強制的に行われた形だ。

一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)が、4月の緊急事態宣言下で実施した調査結果2によると、この期間にテレワークや在宅勤務を導入した企業は397社(97.8%)に及んだという。そのうち、テレワークや在宅勤務を経験した従業員が8割以上となった企業は36.1%、8割未満~7割以上は16.3%、7割未満~5割以上は20.3%と、多くの従業員がコロナ禍でテレワークを経験している。また、内閣府の調査3では、20歳代で地方移住や結婚への関心が高まるなど、若い世代を中心に意識変化が生じていることがうかがえる。今後、この流れは新たな潮流として定着するのか。災害に備えたリスク分散の視点からも、これからの動きに注目が集まる。
 
2 一般社団法人 日本経済団体連合会「緊急事態宣言の発令に伴う新型コロナウイルス感染症拡大防止策各社の対応に関するフォローアップ調査」(2020年4月14~17日調査)
3 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2020年6月)
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
日本経済・金融

(2020年08月05日「基礎研レター」)

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