2020年07月31日

欧州に忍び寄るコロナ第2波- 過去の危機の教訓は生かせるか?

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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忍び寄る感染拡大第2波、経済活動の回復基調持続に黄信号

新型コロナウィルスの感染拡大抑制と経済活動の両立に苦慮しているのは日本だけではない。

都市封鎖(ロックダウン)などの厳しい封じ込め策で新規感染を抑制した欧州でも、スペインのカタルーニャ州、ベルギーのアントワープ、ルーマニア、ブルガリア、ルクセンブルクなど一部の国・地域で、感染者数の増加という形での第2波の兆候が見え始めるようになっている(図表1)。

欧州は5月に制限緩和に転じ 1、バカンス・シーズンや越境労働者を必要とする農業の収穫期となる7月にかけて、ヒトの移動の制限による打撃を少しでも抑えるよう、越境移動の制限も緩和してきた。

しかし、感染増加の兆候が見られる国では、3~4月のような全面的かつ幅広い規制ではなく、地域や業種などを限定した形ながら、感染爆発を防ぐための制限を再強化する動きも見られる。

月次の経済統計やサーベイ調査は、3~4月の急激な落ち込みの後、5月は反発し、V字型を描いているが、先行きは感染の抑制に必要となる封じ込め策の程度次第とも言え、回復基調の持続性には不透明感強い。
図表1 欧州における新型コロナの過去2週間の新規感染確認数
 
1 感染拡大第1波に対応した封じ込め策の推移と経済への影響についてはWeeklyエコノミスト・レター2020-6-15「欧州経済見通し~ロックダウンの影響はどれほどか」をご参照下さい。
 

厳しい感染封じ込め策とともに失業、企業の破綻阻止に動いた

厳しい感染封じ込め策とともに失業、企業の破綻阻止に動いた

欧州では、厳しい感染封じ込め策が失業や企業の破綻を引き起こし、恒久的なダメージとならないよう、時短勤務や休業者への所得補償などの雇用維持策、零細企業などへの補助金、融資に対する政府保証や直接融資、出資などの流動性支援を実施した。

これらは、急激かつ深い一時的な落ち込みの後、反発し、危機前のトレンドへの収束が進むV字型での回復を想定した政策だ。より緩慢なU字型や、世界金融危機後にユーロ危機に陥ることで経験したW字型回復(図表2青線)など、回復までに時間が掛かる場合には、政策で失業や企業の破綻を抑え続けることは難しくなる。

ユーロ圏では、コロナ前の2つの危機で、固定資本投資の水準が大きく低下し、世界金融危機前の水準回復に10年を要した(図表2赤線)。民間投資の底入れは13年、財政緊縮で削減された公共投資が上向き始めたのは16年と遅かった。
図表2 ユーロ圏の実質GDPと固定資本投資
失業の解消にも時間を要した。13年半ばに12.1%でピーク・アウトした後、世界金融危機前のボトム(7.3%)を切る水準に達したのは、欧州で新型コロナの感染が急拡大する直前の20年2月だった(図表2)。
 

政策効果剥落で予想される失業増

政策効果剥落で予想される失業増、成長分野への労働力シフト、投資停滞の阻止も重要に

第1波に対処するため厳しい封じ込め策を導入した期間、ユーロ圏では、時短勤務や一時帰休制度が広く利用され、労働市場の調整は主に労働時間で行われた2。ユーロ圏の4~6月期のGDPは、年率32.9%減となった米国を超える見通しだが、失業率は6月も7.8%と、4月に急上昇した米国に比べて遙かに穏当に抑えられている(図表2)。

しかし、ユーロ圏は、政策で支えられた雇用の分だけ、潜在的な調整圧力を抱える。今後は、雇用維持策の縮小や見直しによる失業の急増を抑えつつ、新規雇用が見込まれる成長分野への労働力のシフト、投資を成長分野に向かわせることが課題となる。
図表3 ユーロ圏の失業率
 
2 ECB Economic Bulletin, Issue 5 / 2020 – Boxes A preliminary assessment of the impact of the COVID-19 pandemic on the euro area labour marketで雇用維持政策の効果が分析されている。

企業の破綻による銀行の不良債権増大

企業の破綻による銀行の不良債権増大が景気回復を阻害するリスクへの対処も必要

銀行貸出の動向を見ると、世界金融危機とユーロ危機による不況期には、企業向けの貸出が急減速、ないし減少し、景気悪化を増幅したが、足もとでは企業向けの貸出は急増している(図表4)。世界金融危機では、銀行が問題の中心にあり、ユーロ危機では、銀行の脆弱性が危機を増幅したが、コロナ危機の初期対応では、銀行は経済の支え手として機能した。政府の流動性支援策、ECBの資金供給や資産買入れなどの政策のサポートばかりでなく、世界金融危機以降の銀行規制や監督体制改革を通じて、ユーロ圏の銀行の自己資本の強化、流動性の改善が進んでいたことで、銀行は経済を支える役割を担うことができた。
図表4 ユーロ圏の銀行貸出
しかし、ユーロ圏の銀行は、自己資本や流動性の改善は進んだものの、低成長、低金利、過当競争という環境で収益力は低い。

経済活動の停滞が長期化した場合、不良債権の増大に対応した貸倒引当金や貸出償却などの処理費用(与信費用)を吸収し、経済を支える役割を果たせるかが問われることになる。

欧州中央銀行(ECB)が7月28日に公表した域内の大手86行を対象とする「脆弱性評価」の結果によれば、実質GDPが20年マイナス12.6%、21年プラス3.3%、22年プラス3.8%と、深い落ち込みと弱い回復を想定したストレス・シナリオ3でも、22年時点の自己資本比率(CET1)は全体では8.8%を維持する。但し、一部の銀行は自己資本の最低要件(CET1は4.5%)を満たす措置が必要となる。ECBは、「脆弱性評価」の結果を基に、3月から継続している配当や自社株買いの停止要請を20年1月1日まで継続することを決めている。

ECBは、今後の事態の悪化に対しては、銀行の貸出圧縮が景気後退を増幅し、不良債権問題の悪化と資本の毀損に発展することを防ぐ追加の政策措置を求めてもいる。今回の評価では、政府保証は、ストレス・シナリオの場合、420億ユーロの損失を吸収する。期限を20年末から21年6月に半年間延長した場合にはさらに180億ユーロの損失吸収をする効果を見込めるようになる。
 
3 ユーロシステムの20年6月のスタッフ経済見通しのリスク・シナリオの予測値
 

コロナ危機の影響と政策対応力のミスマッチ

コロナ危機の影響と政策対応力のミスマッチがコロナ前からの格差を増幅する

19カ国からなるユーロ圏内には、コロナ前までの労働市場や投資回復のレベル、銀行システムの健全性の度合い、さらに財政事情に大きな差があった。ユーロ圏主要国では、コロナ禍による感染被害や、封じ込め策の強度や期間、コロナ禍の影響を受けやすい産業への依存度、さらに財政政策の規模から考えて、コロナ危機による落ち込みはイタリア、スペインで特に大きく、フランスが両国に続き、ドイツが最も小さいと見られる。主要国間では回復の強さにも差があり、欧州委員会の「2020年夏季経済予測」では、ドイツは21年末にはコロナ前の実質GDPの水準を回復する。

主要国の間には、世界金融危機からコロナ前までの回復力にも差があったが、コロナ危機で差はさらに開く見通しだ(図表5)。
図表5 ユーロ圏と主要国の実質GDP

2つの危機よりも速やかで積極的なEUの対応

2つの危機よりも速やかで積極的なEUの対応

EUとしてのコロナ危機への対応は、過去の2つの危機に比べると、より速やかで、積極的だ。当初の対応こそばらつきが目立ったが、4月の5400億ユーロの危機対応パッケージ、そして7月の特別首脳会議での7500億ユーロの復興基金での合意4と、加盟国間の政策対応力の格差を埋める安全網や共有財源作りで一定の成果を挙げている。

復興基金の議論の過程では、南北の温度差、価値観、特に法の支配を巡る東西の緊張などが表面化、たとえ、ドイツが方針転換をして、欧州統合を牽引してきた独仏が共同歩調をとっても、27カ国に拡大したEUの全会一致は容易でないこと明らかになった。

それでも合意に至った意義は大きい。復興基金には、欧州委員会の提案の段階から、オランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマークの「倹約4カ国」の意見を取り入れた修正が行われ、補助金部分の金額の5000億ユーロから3900億ユーロに削減されたが、EUとして7500億ユーロを資本市場で調達し、その多くの部分を補助金として高失業国、低所得国、コロナ危機の打撃の大きい国に配分する基本設計に変更はない。
 
4 5400億ユーロの危機対応パッケージの概要についてはWeeklyエコノミスト・レター2020-5-29「7500億ユーロの復興基金を巡る攻防」をご参照下さい。
 

危機の性質の違い

危機の性質の違いに加え、過去の危機対応の規制・制度改革の蓄積もあった

危機の性質の違いを考えれば、コロナ危機と過去2つの危機への対応が異なるのは当然だろう。コロナ禍は世界的な危機であり、幅広いセクターが影響を受ける。当該国の放漫財政などがコロナ禍でより大きな影響を受けた理由ではない。

コロナ危機では、過去の2つの危機を克服する過程での、規制・制度改革の蓄積が発揮されたことで、より速やかな対応が可能になった面もある。欧州安定メカニズム(ESM)の常設化や、ECBへの銀行監督の一元化に代表される制度や規制改革の進展が代表的なものだ。5400億ユーロのパッケージをまとめるにあたり、EIBに加え、ESMも既存の枠組みとして活用できた。

銀行が、経済を支える役割を担うことができたのも、規制と監督体制が、世界金融危機時よりも格段に単一市場、単一通貨に相応しいものとなり、銀行システムの健全化が進展していたからだ。ユーロ圏の銀行同盟は、ECBによる一元的銀行監督と、一元的破綻処理メカニズム(SRM)という二本柱で、預金保険という三本目の柱を欠いた不完全な状態だ。それでも、ESMにははスペインが利用した国を経由する「間接的銀行増資支援」と銀行に対する「直接的増資支援」の枠組みがある。改定ESM協定の発効後は、SRFのバックストップ機能に置き換わることも決まっている。今回、ECBが公表した「脆弱性評価」の結果は、世界金融危機の後、却って欧州の銀行システムへの不信を強めた「ストレステスト」に比べて、遙かに充実した内容だった。
 

危機対応の失敗が教訓となり、危機意識も働いた

危機対応の失敗が教訓となり、危機意識も働いた

過去の2つの危機への対応の失敗も教訓となっている。ユーロ危機では、政府による協調行動が後手に回り続け、債務危機の地域的拡大の阻止の失敗や、不況下の財政緊縮による不況の長期化によって収束までに時間を要した。財政ルールの強化によって、過剰債務国だけでなく、ユーロ圏全体も緊縮バイアスに早期に傾斜したために、景気の腰折れ、金融システムの問題も悪化した。ドラギ前総裁による欧州中央銀行(ECB)の大胆な政策によって、ユーロ分裂といった最悪の事態こそ回避できたものの、過剰債務国の経済・雇用の回復が遅れ、特にユーロ圏内での格差が拡大し、ユーロの基盤が脆弱化した。

世界経済におけるEUのプレゼンスも長期にわたり低下し続けてきた(表紙図表参照)。固定資本投資の停滞と雇用創出力が弱い状態が長期にわたり続き、生産性も伸び悩んだため、潜在成長率は低下したからだ。

コロナ危機への対応で同じような失敗を繰り返せば、世界経済におけるEUのプレゼンスの一低下はさらに進む。しかも、単一市場や単一通貨圏内の格差は許容できない水準に広がるおそれがある。

EUを、7500億ユーロの市場調達というEU予算の7年間で1兆743億ユーロという規模との対比では極めて大規模な基金の創設に動かしたのは危機意識だ。
 

底上げの実現

底上げの実現が、欧州グリーンディールの成功、銀行システムの安定維持の鍵

復興基金は、コロナ危機を、世界金融危機後のように投資が停滞し、失業が蔓延し、気候変動問題の改善が進まない10年間への入口とするのではなく、EUの新たな成長戦略「欧州グリーンディール」で掲げるグリーン化、デジタル化による経済・社会構造の転換への契機に変えるためのものだ。

コロナ危機の克服、欧州グリーンディールの成功の鍵は、復興基金などの枠組みを活用して底上げを実現できるかに掛かっている。「リスボン戦略(2000~2010年)」、「欧州2020(2010年~)」という過去の成長戦略の失敗は、加盟国間のばらつきを、遅れている国の底上げを通じて是正できなかったことにあった。

成長資金の供給役が期待される銀行システムの安定の鍵を握るのも底上げだ。今後、コロナ不況は、銀行の不良債権を増大させ、銀行システムの強度を試す。銀行システム対策でも、ECBが直接監督する大手行よりも、各国当局経由で監督する中小零細行が問題となってくるだろう。
 
 

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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2020年07月31日「Weekly エコノミスト・レター」)

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