2020年07月31日

低迷する宿泊施設はコロナ禍から抜け出せるか-国内旅行客の動向とGo Toキャンペーンを考える

金融研究部 准主任研究員 渡邊 布味子

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1.はじめに

国内外旅行の自粛から、観光業にとっては厳しい状態が続いている。コロナ禍がなければ日本は今頃、東京五輪に沸いていたはずであり、1年前は誰がこの状態を予想していたであろうか。

コロナ禍の拡大は第2波が懸念され、未だ収束の兆しはない。宿泊需要消失の影響から4月にはホテルオペレーターの㈱ファーストキャビンが、6月にはWBFグループが倒産した。いずれもすぐに他企業からの救済を受けることができたが、ホテルセクターの回復の見通しは不透明なままだ。宿泊施設がコロナ禍から抜け出せる見込みはあるのか、国内の宿泊需要について考えてみたい。
 

2.宿泊施設の投資と収益の状況は

2.宿泊施設の投資と収益の状況は

特にここ5年ほど、不動産分野においては大きなテーマとして訪日客の増加とホテル需要が取り上げられてきた。また東京五輪および継続的な観光需要を目当てに各地で多くのホテルが計画、開発され、ホテル用地買収等に伴い多くの観光地で大幅な地価の上昇が続いてきた1

国土交通省によると、2012年の宿泊業における建築物の工事予定額は1,121億円だったが、2018年には1兆86億円と約9倍に増加し、翌2019年も9,208億円と同水準の投資が行われた(図表1)。
図表1 宿泊業における建築物の工事予定額の推移
しかし、コロナ禍により宿泊施設の売上および営業利益が大きく悪化している。首都圏を中心に多くの宿泊施設が五輪需要による高値の室料と、続く観光需要により長期に安定するはずだった売上を予算に組み入れており、収入のほとんどが消失した今、各宿泊施設は相当苦しい状況にあると推測される。  

3.客室稼働率の状況と今後のシナリオ

3.客室稼働率の状況と今後のシナリオ

宿泊施設の分析において、客室稼働率は客室の需要量とみることができる。客室稼働率の推移を前年比で見てみると、最近は高水準のまま前年比0%前後で推移していたが、2020年2月から急速に減少しはじめ、4月には前年比▲77%、5月には前年比▲82%となった(図表2)。またホテルの室料は競合ホテルとの競争の中で決定されるため、需要の消失に伴って室料も大きく低下しており、前年比で約9割の収入減となっている。
図表2 客室稼働率の推移
客室稼働率が低下しているのは、国境閉鎖によりインバウンド需要の消失による影響もあるが、実は訪日客よりも客数の多い国内旅行客の移動自粛による影響が大きい。

世界観光機関(UNWTO)は5月に今後の国際観光客数の3つのシナリオと客数の予測を公表し、段階的な国境開放と旅行規制の緩和が行われる時期が以下となる可能性を示した。
 
シナリオ1 7月初旬の場合で客数前年比▲58%、
シナリオ2 9月初旬の場合で▲70%、
シナリオ3 12月初旬の場合で▲78%
 
また、同専門家委員会の調査では、観光需要の大部分が回復を始めるのが2021年以降になると予測する。

一部には、既に限られた国への移動制限を解除し始めた国2もあるが、多くの国では本格的な国境開放の目途は立っていない。国内でも政府は一部の国に対する国境開放の検討を始めてはいるものの本格的な国境開放はまだ先である。日本に限って言えばUNWTOの3つのシナリオのうち、シナリオ1の7月初旬の国境開放は実現せず、シナリオ2の9月初旬の開放も難しそうな状況である。
 
2 6月半ばから後半にかけてドイツ、イタリア、ギリシャ、スイスなどがEU域内など限られたエリアへの国境開放を開始している
 

4.国内旅行客には訪日客よりも多く旅行してもらう必要がある

4.国内旅行客には訪日客よりも多く旅行してもらう必要がある

観光需要は日帰り旅行、国内旅行、海外旅行の順に回復することが見込まれており、訪日客の需要の回復がまだ先だとすれば、国内の需要に目が向くのは必然であろう。

ただし、国内旅行客と訪日客について、客数と平均宿泊日数が異なっていることには注意が必要である。2019年の訪日客と国内旅行客の客数を見ると、国内旅行客と訪日客の割合は8対3となっている(図表3)が、一方で、2019年の平均宿泊日数を見ると、国内旅行客の平均宿泊日数は訪日客の4分の1以下となっている(図表4)。

ここで、国内旅行客と訪日客の室料単価が変わらないと仮定して、訪日客が泊まるはずであった宿泊施設に、国内旅行客に泊まってもらうことを考える。国内旅行客と訪日客の人数割合が8:3で、平均宿泊日数の割合が1:4とすると、単純計算だが人数×平均宿泊日数は合計で8×1+3×4=20となる。訪日客の3×4=12がなくなったのを国内旅行客の8×1=8が代替するとすると人数の増加や宿泊日数の増加で、全ての国内旅行客がいつもより2.5倍(20÷8)以上多く旅行に行く必要があることになる。

国内旅行客がいつもより多く旅行に行くことに、回数利用制限のないGo To キャンペーンが貢献すると政府が考えたのはある意味当然と言えるのではないだろうか。当面の経済面だけを考えると、例年最も国内旅行客が多い8月に、原則として日々の売上を積み上げていく必要がある宿泊施設にとって、顧客に繰り返し来てもらえる可能性が上がることはプラスであるとは考えることができる。但し、Go To キャンペーンによるコロナ禍の拡大が起きると、宿泊施設の利用停止や厳しい移動制限が課せられる可能性もあり、その場合、国民の旅行意欲の長期低迷によって逆効果になるリスクもある。
図表3 訪日客数と国内旅行客数の推移/図表4 訪日客数と国内旅行客数の推移

5.予算の多い国内旅行客を増加させると波及効果が見込みやすい

5.予算の多い国内旅行客を増加させると波及効果が見込みやすい

国内でコロナ禍が一定収まったという状況を想定すると、国内旅行者を増加させることには他にも利点がある。1日当たりの旅行消費額を国内旅行客(宿泊)、国内旅行客(日帰り)、訪日客の別にみると、国内旅行客(宿泊)の旅行消費額は2.4万円と訪日客の1.8万円の1.3倍多い(図表5)。

これまではインバウンド需要によるホテル収益の大幅な伸びに期待して、多くの訪日客向けの宿泊施設が競うように建設されてきた。しかし、より旅行消費額の多い国内旅行客を取り込めるのであれば、宿泊施設だけでなく周辺の観光業もさらに潤うことが期待できるのではないだろうか。
図表5 1日当たりの旅行消費額

6.コロナ禍前までに国内旅行客数が伸びていた施設には競争力がある

6.コロナ禍前までに国内旅行客数が伸びていた施設には競争力がある

ただし、施設に応じてとるべき方策は異なるだろう。2019年の延べ宿泊者数を旅館、リゾートホテル、ビジネスホテル、シティホテルの別で見てみると、いずれの種類も訪日客については2012年比で200%以上の増加となる一方、国内旅行客については旅館が▲17%、リゾートホテルが+14%、ビジネスホテルは+39%、シティホテルは+5%と差が生じている(図表6)。

コロナ禍前の状況では、国内旅行客は客数も平均宿泊数も横ばいとなっていたことから国内旅行客数が増加していた施設については競争力を増していたと考えられ、これからGo Toキャンペーンなどで国内旅行客が国策として増加するとすれば、国内旅行客のニーズを適切にとらえることができるリゾートホテルやビジネスホテルはこれから大きく回復するかもしれない。
図表6 延べ宿泊者数の増加(2012年、2019年)

7.日本人海外旅行客の需要を取り込める可能性もある

7.日本人海外旅行客の需要を取り込める可能性もある

また、今のところは国境閉鎖により海外から日本に来ることができず、国内から海外に行くこともできない。2019年まで訪日客が増加を続けてきたことは知られているが、2015年以降、出国する日本人の数についてもやや増加を続けてきた(図表7)。年始からのコロナ禍により海外旅行を断念した日本人も多いだろう。日本人海外旅行客の旅行消費の合計額は毎年約24万円程度で推移しており、コロナ禍を克服できれば、潜在的な支出余力が高いのではないだろうか(図表8)。
図表7 訪日客数と出国日本人数の推移/図表8 日本人海外旅行客の消費総額
通常であれば、日本人海外旅行客と国内旅行客が求めるサービスや経験は異なり、必ずしも代替性のある需要者層とみることはできない。しかし、今は国内旅行ですらままならない異常な事態ともいえる。やや古いが1999年内閣府の世論調査によると、「海外旅行はしたいが,国内旅行はしたいとは思わない」と考える人のうち、3割以上が「国内旅行は行こうと思えばいつでも行けるから」を理由にあげている(図表9)。ようやく移動制限が解除された国内旅行について、従来の海外旅行に行っていた日本の旅行客の一部が「この際、国内旅行にでも行くか」となる可能性は十分にあるだろう。
図表9 国内旅行をしたいと思わない人が海外旅行を選ぶ理由

8.終わりに

8.終わりに

宿泊施設は、一定の客室稼働率が見込めなければ黒字化するのは難しい。国内外の宿泊旅行が制限されている現在において、不動産のホテルセクターについても厳しい状況が続いている。UNWTO専門委員会が予測する通りに、国際観光客数の回復が2021年以降となり、それまで今のような客室稼働率の低迷が続くとすれば、多くの宿泊施設が深刻な経営状態に陥りかねない。

観光需要は日帰り旅行、国内宿泊旅行、海外旅行と、近い旅行から遠い旅行へと回復する見込みであり、宿泊施設の当面の目標は宿泊を伴う国内旅行客の需要の喚起と取り込みとなる。ただし、訪日客に比べて国内旅行客は平均宿泊日数が少なく、宿泊施設はより多くの客数を呼び込む必要がある。

東京を除外したまま開始されたGo To キャンペーンは、残念ながら繁忙期の8月の国内旅行需要を十分に取り込むことはできないだろうと推測される。しかし、例年は8月に次いで春と秋の国内旅行需要が多い。政府にはコロナ禍の状況を踏まえて、東京を含める形で近隣県への国内旅行に限定してのGo To キャンペーンにするなど、柔軟かつ機動的な運営を期待したい。また、国家予算に制限はあるのであろうが、経営難に陥る宿泊施設に対する何等かの支援を実施し、2021年以降にコロナ禍が克服されて訪日客が復活した場合に宿泊するインフラがないという状況にならないような政策が望まれる。こうした各種政策により10月、11月の国内旅行需要を少しでも多く取り込むことができれば、国内の宿泊施設の売り上げ回復のきっかけになるのではないだろうか。
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   准主任研究員

渡邊 布味子 (わたなべ ふみこ)

研究・専門分野
不動産市場、不動産投資

経歴
  • 【職歴】
     2000年 東海銀行(現三菱UFJ銀行)入行
     2006年 総合不動産会社に入社
     2018年5月より現職
    ・不動産鑑定士
    ・宅地建物取引士
    ・不動産証券化協会認定マスター
    ・日本証券アナリスト協会検定会員

    ・2022年、2023年 兵庫県都市計画審議会専門委員

(2020年07月31日「不動産投資レポート」)

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