2020年07月31日

中国経済の現状と今後の見通し-現実味を帯びてきたV字回復への道筋

三尾 幸吉郎

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1.中国経済の概況

中国では経済が持ち直してきた。新型コロナ禍に見舞われた1-3月期には、国内総生産(GDP)が前年比6.8%減と四半期毎の実質成長率を遡れる1992年以来初めてとなるマイナス成長に落ち込んだが、経済活動を再開した4-6月期には同3.2%増まで回復してきている(図表-1)。

内訳を見ると、新型コロナ禍への対策として実施された外出規制が直撃した宿泊飲食業は1-3月期の前年比35.3%減に続いて4-6月期も同18.0%減と低迷したが、生産活動を再開した製造業は同10.2%減から同4.4%増に持ち直し、非接触型への行動変容が追い風となった情報通信・ソフトウェア・ITは1-3月期の同13.2%増に続き4-6月期も同15.7%増の高成長となった(図表-2)。
(図表-1)中国の実質成長率の推移/(図表-2)産業別の実質成長率
一方、インフレ動向をみると、6月の消費者物価は前年比2.5%上昇と、1月の同5.4%上昇をピークとして低下傾向にある。アフリカ豚熱(ASF)で豚肉価格が前年の2倍近い水準で高止まりしているものの、新型コロナ禍による世界的な需要減少を背景に工業生産者出荷価格(PPI)が下落、食品・エネルギーを除くコア部分は前年比0.9%上昇と低位で安定している(図表-3)。

なお、中国における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の状況を確認すると、3月中旬から4月中旬にかけては輸入症例が急増する危機があり、6月以降も北京市、新彊ウイグル自治区、遼寧省などで断続的に集団感染(クラスター)が発生しているものの、1日当たりの新規確認症例は100名前後に留まっており、これまでのところ小振りな感染拡大に抑え込めている(図表-4)。
(図表-3)中国の消費者物価(品目別)/(図表-4)COVID-19の新規確認症例

2.景気指標の動き

2.景気指標の動き

(図表-5)小売売上高(限額以上企業) 1|需要面
個人消費の代表指標である小売売上高は、1-2月期に前年比20.5%減まで落ち込んだあと、3月は同15.8%減、4月は同7.5%減、5月は同2.8%減、6月は同1.8%減と緩やかだが着実に前年水準に近付きつつある。内訳が公表される一定規模以上の小売統計を見ると、1-3月期には飲食が前年比41.9%減、衣類が同32.2%減、自動車が同30.3%減、家電類が同29.9%減、家具類が同29.3%減と大きく落ち込んだが、4-6月期には飲食、衣類、自動車がマイナス幅を縮め、家電類や家具類が前年水準を上回り、化粧品や日用品類は前年比2桁増となった。なお、新型コロナ禍による行動変容が追い風となったネット販売(商品とサービス)は、1-3月期には前年比0.8%減だったものの、4-6月期には同15.4%増(推定1)と高い伸びを示した(図表-5)。
他方、投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)は、1-2月期に前年比24.5%減まで落ち込んだあと、3月には同0.2%増(推定)とプラスに転じ、4月は同7.3%増(推定)、5月は同9.3%増(推定)、6月は同13.1%増(推定)とV字回復している(図表-6)。内訳を見ると、1-3月期には製造業が前年比25.2%減、不動産開発投資が同7.7%減、インフラ投資が同19.7%減と、3大セクターが揃って大打撃だったが、4-6月期には製造業が同1.8%増(推定)と小幅プラスに転じ、不動産開発投資が同11.5%増(推定)、インフラ投資が同14.3%増(推定)とV字回復した。

また、輸出(ドルベース)の動きを見ると、1-2月期に前年比17.1%減まで落ち込んだあと、3月は同6.6%減、4月は同3.4%増、5月は同3.2%減、6月は同0.5%増と、前年水準を挟んだ動きとなっている。但し、輸出先である欧米では新型コロナ禍が猛威を振るっており、新規輸出受注が6ヵ月連続で拡張・収縮の境界線となる50%を割れるなど、輸出の先行きは暗い(図表-7)。
(図表-6)固定資産投資(除く農家の投資/(図表-7)新規輸出受注指数の推移
 
1 中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。
2|その他の注目指標
その他の注目指標として、まず“李克強指数”にも採用されている電力消費量の動きを見ると、1-3月期には前年比6.5%減に落ち込んだが、4-6月期には同3.9%増(推定)まで持ち直してきた。全体の約7割を消費する第2次産業が1-3月期の同8.8%減から4-6月期には同3.8%増(推定)へプラス転換したのが大きく寄与した。なお、新型コロナ禍の打撃が長引いた第3次産業では4-6月期も同0.3%増(推定)と前年水準をわずかに上回る回復に留まった(図表-8)。

また、物流面の動きを表す貨物輸送量を見ると、1-3月期に前年比18.4%減に落ち込んだあと、4-6月期には同2.8%増(推定)まで持ち直してきた。道路貨物が同22.2%減から同4.2%増(推定)へプラス転換し、水路貨物も同15.5%減からほぼ前年水準まで回復した。但し、航空貨物は4-6月期も同12.2%減(推定)と大幅マイナスとなった(図表-9)。
(図表-8)電力消費量(業種別)/(図表-9)貨物輸送量
また、日本経済への影響が大きい自動車の販売状況を見ると、1-2月期に前年比41.9%減、3月に同43.2%減と大きく落ち込んだあと、4月には同4.5%増とプラスに転換し、5月は同14.7%増、6月は同11.8%増と2桁の伸びを続けている(図表-10)。但し、商用車が5月に前年比48.0%増、6月に同63.1%増と急増した一方、乗用車は5月に前年比7.2%増、6月に同2.1%増と緩やかな伸びに留まっている点には注意が必要だろう。

なお、「月次の景気指標を実質成長率に換算するとどの程度か」を見るために、工業生産、サービス業生産、建築業PMIを筆者が合成加工した「景気インデックス」を見ると、1月に前年比8.3%減、2月に同9.8%減に急減速したあと、3月には同3.0%減とマイナス幅を縮め、4月には同0.7%増とプラスに転換し、5月は同3.3%増、6月は同3.9%増と回復を続けている(図表-11)。
(図表-10)中国の自動車販売/(図表-11)経済成長率と景気インデックス

3.全人代と財政金融政策

3.全人代と財政金融政策

(図表-12)2020年の主な経済目標 1|全人代と財政政策
中国では新型コロナ禍で延期されていた第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)第3回会議が5月22日~28日に開催された。その冒頭で李克強総理は政府活動報告を行い、新型コロナ禍で「不確実性が非常に高い」ことを理由に経済成長率の年間目標の提示は見送ったが、図表-12に示したような目標を掲げて20年の経済運営に取り組むこととなった。

なお、財政政策に関しては、「積極的な財政政策はより積極的かつ効果的なものにする必要がある。今年の財政赤字の対GDP 比は3.6%以上とし、財政赤字の規模は前年度比1兆元増とするほか、感染症対策特別国債を1 兆元発行する」としたのに加えて、「今年は地方特別債を昨年より1 兆6000 億元増やして3 兆7500 億元」とするとし、20年の財政出動は19年より3兆6千億元(日本円換算約54兆円)拡大することとなった。
2|金融政策
他方、金融政策に関しては、「穏健な金融政策はより柔軟かつ適度なものにする必要がある。預金準備率と金利の引き下げ、再貸付などの手段を総合的に活用し、通貨供給量(M2)・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が前年度の水準を明らかに上回るよう促す」とした。
(図表-13)中国の新型コロナ禍と金融支援 新型コロナ禍に際して中国人民銀行(中央銀行)は、旧正月(春節)連休明けの2月初めに1.7兆元(日本円換算で26兆円)の大量資金供給に踏み切ったのに加えて、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた1月31日には防疫物資の生産・輸送・販売を担う企業を金融支援し、新型コロナ禍が峠を越えた2月26日には企業の業務・生産再開に対する金融支援を始めるという手順を踏んだ。また、3月1日には資金繰りに窮した中小零細企業を救済するため、6月30日までに期限がくる元本償還・利払いを一時的に延期する“疫情融資”と呼ばれるモラトリアム措置を発動した。そして、今回の全人代では、その措置を21年3月末まで延長することとなった(図表-13)。その結果、6月の通貨供給量(M2)は前年比11.1%増まで伸びを高め、社会融資総量残高も同12.8%増まで伸びを高めた。
 

4.今後の見通し

4.今後の見通し

以上のような現状を踏まえて、20年の実質成長率は前年比2.4%増、21年は同5.0%増と予想している。新型コロナ禍がほぼ沈静化した中国では経済活動が着実に正常化に向かっている。“第2波”を恐れる中国政府は、消毒などの防疫措置を維持しつつ、通行証明書となる”健康コード”を活用した管理手法を導入、社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)を維持したまま経済活動を再開させる慎重な出口戦略を採用しているため、景気回復の勢いは緩やかなものとならざるを得ない。

しかし、前述のように20年は財政出動を19年より3兆6千億元上乗し、公共衛生インフラの建設や老朽化した集合住宅の改良工事が本格化してくるのに加えて、7月には行政区(省、直轄市、自治区)を跨ぐ国内団体観光ツアーの催行を再開、3月末から営業を停止していた映画館も再開されるなど観光業や文化娯楽業の業績悪化にも歯止めが掛かるだろう(図表-14)。さらに、“新型インフラ”の建設に財政資金を投じ、次世代情報ネットワークを発展させてデータセンターの構築や新エネルギー車の普及を後押しし、新型コロナ後の経済発展を支える礎を築こうと動き出した。これを受けて、上海市が23年までに2700億元、重慶市が22年までに3983億元、深圳市が25年までに4119億元の行動計画を打ち出すなど、各地方政府が相次いで具体策を発表している。したがって、20年下半期の経済成長の勢いは4-6月期よりも加速するだろう。

但し、経済が持ち直したあとの21年以降には、新型コロナ対策で拡大した財政赤字を縮小し、新型コロナ対策で緩んだ金融紀律を引き締めるステップが待っている(図表-15)。新型コロナ前の旧常態に戻ることは困難であり、5%前後の安定成長に移行することになりそうである。

なお、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は未だに正体が不明な点が多々あるため、“第1波”を超える“第2波”が襲来する恐れも残る。その場合、経済活動を正常化する過程は途中で頓挫し、20年はマイナス成長を覚悟せざるを得なくなる。ここもと人類の英知を結集してワクチンや治療薬の開発に取り組んでいるため、20年中にはメドが立つと想定しているものの、不確実性が高いことは十分に踏まえておくべきだろう。
(図表-14)国内旅行の目的(都市住民、2017年)/(図表-15)社会融資総量残高の対名目GDP比の推移
 
 

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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2020年07月31日「Weekly エコノミスト・レター」)

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