2020年07月29日

新型コロナウイルスによる公的医療保険への当面の影響

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1―― 医療費支出への影響~新型コロナ以外の感染症の減少と受診控えで、4月の医療費は昨年と比べて10ポイント減

国立感染症研究所の「感染症発生動向調査 週報1」によると、今年は、手足口病やヘルパンギーナ、咽頭結膜熱(プール熱)等、この時期に流行が広がりやすい感染症の届け出数が軒並み少ない。これらは特に子どもの間で流行しやすいことから、新型コロナウイルス感染拡大予防のための休校、マスク着用や手洗い・うがいの徹底が影響していると言われている。

また、医療機関での新型コロナウイルス感染拡大が大きく報じられたことから、感染を恐れて新型コロナウイルス以外の傷病による「受診控え」が起きているとされている。社会保険診療報酬支払基金によると、被用者保険における医療費は、対前年同月比で2月までは例年並みであるのに対し、3月以降は全体的に低下しており、3月は医療費全体で98.0%(2.0ポイント減)、4月は89.8%(10.2ポイント減)だった(図表1)。

各月の診療種類別をみると、4月の医科診療の入院外が84.0%(16.0ポイント減)と、昨年と比べて大きく低下している。受診者別にみると、被扶養者で79.9%(20.1ポイント減)と低い。子どもの受診減少の影響が大きいものと考えられる。ただし、前期高齢者(高齢者一般の欄)は101.8%(1.8ポイント増)と減少していない。
図表1 2020年1~4月の診療報酬等確定金額の対前年同月比(被用者保険)
 
1 国立感染症研究所 感染症発生動向調査(https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html
 

2―― 新型コロナ特有の支出

2―― 新型コロナ特有の支出~PCR検査は、自己負担分が公費で補助されても、医療保険財政には支出増

新型コロナウイルス感染症については、陽性と診断されていなくても、発症が疑われて自宅で待機する場合には、健康保険による傷病手当の支給対象となっている2。この影響で、例年より傷病手当の支給が増える見込みであり、支出の増加をもたらすと考えられる。

3月からは、必要と考えられるPCR検査が保険診療となった。現在のところ、保険適用のPCR検査の場合、患者の自己負担分は公費で補助されるが、保険者への請求は通常どおり行われる。そのため、保険適用のPCR検査数が増加すると、医療保険財政にとっては支出が増加をすることになる。

なお、被用者保険の支出の半分近くを占める前期高齢者納付金と後期高齢者医療制度への支援金は、2020年度の支払い分がすでに決定している。今後、各組合健保の収支の悪化の如何に関わらず、例年通り納付することになる。
 
2 三原岳「新型コロナ対策で傷病手当金が国保に広げられた意味を考える-分立体制の矛盾を克服する契機に」2020年7月7日ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート
 

3―― 保険料収入や医療保険財政への影響

3―― 保険料収入や医療保険財政への影響~公費負担がない組合健保への影響が大きい可能性

公的医療保険の財源の中心は、被保険者と事業主が負担する保険料と患者の自己負担である。

国民健康保険(市町村国保)では、新型コロナによって収入が大きく減少した場合には保険料を免除されることがある。被用者保険においても、事業主や被用者による保険料納付が猶予されることがある。これらは、医療保険財政にとって(一時的な)収入の減少要因となる。

新型コロナ感染症の拡大予防で企業活動の抑制が続けば、被保険者の保険料はおおむね所得に比例しているため、就労者の収入減少や失職にともない、保険料収入が減少する恐れがある3

国民健康保険(市町村国保)と協会けんぽでは公費の負担もあるが、組合健保では原則として公費の負担はない。したがって、公費に頼れない組合健保を中心に医療保険財政に大きな影響が及ぶ可能性がある。

組合を解散して協会けんぽに加入する動きが象徴するように、近年、組合健保では財政状態に伴う保険料率の上昇が大きな問題となっている。組合健保の保険料率は、平均では協会けんぽの10%を下回るが、個々の組合健保を見れば10%をすでに上回っている組合健保もある。また、国民健康保険(市町村国保)の財政基盤が都道府県単位となっているのに対し、組合健保の中には、規模が小さくて財政基盤が弱い組合もある。これまで見てきた今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、保険料率を引き上げざるを得なければ、組合自体を解散して協会けんぽに加入するという動きがさらに加速する可能性がある。
 
3 2020年7月28日の日本経済新聞電子版「コロナで健保財政が悪化 解散危機の水準、1年早く」によると、組合健保加入者の報酬月額は、新型コロナ感染拡大前と比べて4%程度減少する見通しで、健保全体での収支均衡に必要な保険料も9.9%から10.3%に悪化する見通しとのこと。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2020年07月29日「保険・年金フォーカス」)

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