2020年07月16日

インシュアテック企業「オスカー」は米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるか

松岡 博司

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3| テクノロジーとデータサイエンスを用いて、メンバーの状態に応じ、最適で価値の高いケアに案内する
オスカーは、メンバーの健康状態をできるかぎりリアルタイムで把握する。また複数のデータソースを使って、病院や医師の品質や価値を評価し、価値の高い病院や医師との密接なパートナーシップを確立する。これにより、メンバーを、その健康状態に応じた、最適かつリーズナブルで価値の高い病院や医師に案内する。
 
顧客の状態をリアルタイムで把握し、適切な関与を実施することが目標
オスカーはメンバーの健康状態をリアルタイムで把握しようとさまざまな手を打っている。

例えば、メンバーをさまざまなレベルのヘルスケア状況に分類する臨床セグメンテーションモデルを作って、メンバーの健康状態をトレースしている。新しい薬が投与された瞬間、新しいラボ検査結果が得られた瞬間など、あらゆる種類のリアルタイムデータポイントを捉えることによって、これは推進される。更新はリアルタイムで行われ、メンバーの医療歴が一目でわかるように管理されている。

コンシェルジュチームや遠隔医療のバーチャル第一次診療医がメンバーに対応するときには、彼らの前に当該メンバーの医療関連の歴史が視覚化され開いている。
 
コンシェルジュチームの役割
コンシェルジュチームは、メンバーを、その健康状態に応じた、最適かつリーズナブルで価値の高い病院や医師に案内する役割を担っている。遠隔医療相談、リアルな診療医への訪問、緊急ケアクリニックへの訪問、等の中から何が最も適切なのか、メンバーが決定するのを手助けする。

コンシェルジュチームのサポートにもテクノロジーが使われている。

コンシェルジェチームは、もともとメンバーとのやり取りを通じて、メンバーの病歴に精通しているが、さらに補完するものとして、コンシェルジュチームがメンバーと話すときには、その前の画面に臨床ダッシュボードが開く。これは、当該メンバーのオスカーとのやり取りの全記録、臨床履歴等を鳥瞰できるように写し出すもので、さらに分析システムとも結び付いて、注意を向けるべき潜在的な問題点に自動的にフラグを立てることも行う。その情報に基づいてオスカー内または外部の適切な遠隔医療医に相談し、その後、適切な医療プロバイダーに引き渡すこともできる。

またコンシェルジュチームが、メンバーが最も費用対効果が高く、質の高い医師に案内できるように、医師検索・案内システムであるケアルーターの内部バージョンも使用される。これは予測分析とアルゴリズムに基づき、メンバーの状態に最も適した医師とケアを検索し、品質とメンバーの状態との適合性に基づいてランク付けして提示するものである。不要な治療を最小限に抑えるアルゴリズムも搭載しており、最終的に医療費を引き下げながら、患者の満足度を高めることができる。2017年の資料によれば、医師に関する情報の正確性を期すため、オスカーは、1日あたり2,200のデータ編集を行って、プロバイダー名簿の正確さ、最新さの維持に努めているとのことである。

コンシェルジュチームが、メンバーの状態に関して得られるさまざまなリアルタイムの兆候を捕まえ、積極的に関与することもある。例えば、メンバーが入院、退院、または提携医療プロバイダーから転院するような場合には、提携医療プロバイダーからリアルタイムのアラートが発進されることになっている。これにコンシェルジュチームの看護師が対応し、連絡をとって、メンバーにアドバイスを行うことがある。「メンバーが7つ以上の併用薬を持っている」、「電話による遠隔医療で深刻な病気が疑われた」、「メンバーがERに入院している」等の情報も重要なシグナルであり、コンシェルジュチームによる積極的な関与が図られている。

オスカーは特に、緊急治療室(ER)にメンバーが行かなければならない状況を、最も医療コストが高く効率が悪いものと考えており、回避しようとする。実際、ERに行かなければならない状態に陥ったメンバーの80%は、そうした事態に至る前の週の間に、何らかの形でオスカーにコンタクトを取っていたという(2017年)。オスカーは双方向のやり取りを求めてきたメンバーのうち、どのような人がERに行かざるを得ない人で、どのような人は一般のクリニックに行けばよい人かを見極めるべく、データを使って指標化しようとしている。
 
2019年、オスカーのメンバーの初回医師訪問の40%は、モバイルアプリ、ウェブ、コンシェルジュチームを通して、オスカーから提案(ルーティング)された医師を訪ねたものであった。この数値は2017年には25%であったので、オスカーの推奨への信頼は時間とともに高まっている。

オスカーが提案・推奨する病院や医師はメンバーに好評で、近年の調査では常に10人中9人以上のメンバーが、オスカーを通して見つけた病院や医師を他者に薦めたいと答えている。

オスカーの紹介を受けてメンバーを診るリアルの医療プロバイダーは、さまざまな形で、予約の詳細、メンバーの診断実施状況、処方された薬等に関する情報等をオスカーと共有する。オスカーはリアルタイムの情報にアクセスできるおかげで、メンバーの健康状態をリアルタイムで把握することができる。これによりオスカーは、保険請求が行われるまで、メンバーの病状がわからなかったといった状況を避けることができる。
4|アルゴリズムを活用し独自の「狭いが有効な医療プロバーダーネットワーク」を構築する
従来の医療保険会社が広い医療プロバイダーネットワークを築き、メンバーが受診できる医療機関の多さをアピールしてきたのと異なり、オスカーは狭いネットワークをアピールしている。

全ての病院と医師が全ての保険会社のネットワークに含まれる「広いネットワーク」では、コストや品質に関する病院間の競合はほとんどなく、価格は品質と無関係に多様化する。価格と品質の間に相関はほとんどない。
プロバイダーの品質と価格の有意な相関の有無に関する調査結果例
オスカーが展開するプロバイダーネットワークは、EPOまたは独占プロバイダー組織 (Exclusive Provider Organization)ネットワークと称される仕組みのネットワークである。EPOでは、メンバーは、ネットワーク内のプロバイダーから医療機関を選択することができるが、他のネットワークで求められることのあるかかりつけ医(最初に受診すべき医療機関)の指定を行う必要はない。ネットワーク外で受けた医療サービスはまったく保険の対象とならない場合がある。

オスカーは、選びぬいた病院、医師のネットワークとテクノロジーやオペレーションを緊密に統合して、メンバーにシームレスでシンプルな顧客体験を提供することを目指している。

オスカーが医療プロバイダーとして提携を望むのは、テクノロジーの活用に積極的で顧客体験の改善に理解のあるブランド認知度の高い、全米規模または地域密着の医療グループである。そうしたグループと選択的に提携し、両者の間でテクノロジーとオペレーションの深い統合を推し進める。2017年のレポートでは、オスカーは米国トップ20に位置する医療グループの56%とパートナー関係にあるとしている。

オスカーは、各地域で、ネットワークをアルゴリズム的に構築、管理し、リアルタイムでその品質と完全性を評価している。各地域で構築されたネットワークの幅と深さを最適なものにするため、当該地域にメンバーが利用できる十分な数の事前承認を受けた専門医がいるかどうかを検出する組み込みの自動フラグ機能がある。専門医の総計が一定のしきい値を下回ると、オスカーの契約チームは、追加的に価値のある医師とリアルタイムで契約を開始するよう警告される。
 
パートナーシップ
2017年、オスカーはクリーブランドクリニックと提携し、共同ブランドCleveland Clinic + Oscarを立ち上げ、その個人保険契約の販売を、オハイオ州北東部の5つの郡で開始した。この医療プランは、クリーブランドクリニックの医療プロバイダーネットワーク、10の地方病院、150以上の外来診療所を対象としており、オスカーのシステムとクリーブランドクリニックのツールを深く統合することにより、双方向のデータ共有が構築された。

クリーブランドクリニックのチームとオスカーのチームの間で電子医療記録への共有アクセスが可能で、患者にわかりやすいコスト見積もりも可能である。Cleveland Clinic + Oscarの個人医療保険は、初年度に11,000人以上のメンバーを獲得し、当該地域での市場シェアは15%近くを占めた。

Cleveland Clinic + Oscarはオスカーのプロバイダー戦略の典型である。クリーブランドクリニック以外の例としては、テネシー州のHCAヘルスケア、テキサス州のTenet Healthcare、テキサスとテネシーのAscension、 ニューヨークのマウントシナイ、ノースウェルヘルス、モンテフィオールメディカルセンター、カトリックヘルスサービスなどが挙げられる。
 
プロバイダーウェブアプリ
オスカーは医療プロバイダー向けにも使いやすいツール、アプリを提供している。シンプルで使いやすい便利なツールがあると、プロバイダーは、メンバーのケアに集中できる上、ツールの提供者への帰属意識も強まるからである。オスカーが医療プロバイダーに提供しているプロバイダーウェブアプリでは、
 
  • ストレスのかかる保険会社とのやり取りが極力取り除かれた。例えば、事前、事後のファックスは文書のアップロードだけに改められた。2017年には、プロバイダーによる事前承認申請の約19%がプロバイダーウェブアプリを通じて送信された。
     
  • 臨床ダッシュボードもある。これは画面上で、処方箋、アプリのログイン情報から、病院や遠隔医療セッション関係の通知まで、メンバーの健康歴を鳥瞰することができる仕組みである。また臨床履歴や各種データからアルゴリズム的に生成された彼らの健康上の懸念に関するフラッグを見ることもできる。
5|すべての主要なテクノロジーをインハウスで構築し、比類のない機能を促進する。また、より大きな規模拡張性と透明性を実現する
オスカーは、「ヘルスケアにおける非効率、無駄、遅れの最大の要因の1つは、ほとんどの保険会社が使用しているレガシー(時代遅れの)保険金支払いシステムである。」、「既存のテクノロジーを再構成したり他の保険会社が使用しているのと同じベンダーと協力するだけでは、米国の壊れたヘルスケアの問題を解決することはできない」、「この技術を再構築することがフルスタックの保険会社としての成長に不可欠である」として、「レガシーシステムに惑わされることなく向上させることができる、独自のシステムをゼロから構築し、すべてのデータとツールを所有、更新できるようにする」ことに取組み、保険金請求の処理と支払いに関するテクノロジーとオペレーションを自前で構築した。オスカーは他社のシステムを「ファックスで請求を送りあう80年代のままのシステム」と酷評している。

これにより、オスカーはクラウドベースのシステムを持つ最初の保険会社となり、保険支払プロセスをより強力にコントロールすることができるようになった。自前の保険金請求処理システムを構築したことにより、従来は考えられなかった、夜間のMRI検査受検やピーク時を過ぎた時間帯に医師の診察を受けること等への割引きの提供等にも、オスカーは取り組もうとしている。

また新しい保険金請求処理と支払いのシステムは、機械学習を用いて詐欺を検出する機能も有している。全ての保険金請求が潜在的な悪用や過払いをアルゴリズム的にスクリーニングするシステムでチェックされ、フラグが立てられた場合には、請求は集中審査チームに送られる。

改善は、オスカーがプロバイダーに支払う速さに最も反映されている。自前のシステムを構築したことにより、オスカーでは2018年、請求の約93パーセントが自動裁定によって支払われることとなり、ほとんどの保険会社が2週間~1か月での支払いを行っているのに対して、オスカーは平均6日での支払いを達成することとなった。保険金支払の正確さは99%のとのことである。
 
オスカーが目指す次世代保険金支払いシステムの機能
オスカーはさらに、よりスマートな次世代保険金支払いシステムの開発にも取り組んでいるが、こちらはまだ道半ばであるようだ。オスカーは次世代システムを、仮説処理と見込み処理を可能にするように設計し、以下のような機能を組み込むとしている。
 
  • 保険金請求をリアルタイムで処理
  • 適格性処理プロセス(登録処理や請求書発行等)をリアルタイム処理で自動化
  • 保険金請求処理の可視性を向上
  • 対象サービスとその正確なコスト見積もりをメンバーに提供
  • 設定や構成を任意に変更できるようにし、新商品・市場等への展開を迅速に開始したり、他社のプラットフォームと容易に統合できるようにする。
  • 拡張性があり、新しい市場に拡大し、何百万というメンバーに到達することを可能にする。
 

さいごに

さいごに

以上見てきたように、オスカーは、データを活用し、全てがスマホでできる等、いかにもインシュアテック、デジタルヘルスらしい特徴を備えている。しかし、単なる技術偏重の保険会社では終わっておらず、同時にコンシェルジュチームの設置や医師による24時間遠隔医療対応など、人海戦術的で、かなり人間味のある事業にも深く取り組んでおり、総合的な保険会社としての完成度が高い。

オスカーの事例は、インシュアテック、データヘルスの時代の中で、在り方を模索しているわが国生保会社にとっても、参考になる点が多いように思われる。
 
なお、冒頭、グーグルによるオスカーへの出資の話題に触れたが、オスカーが事業を拡大して行くにつれて、既成の保険会社やヘルスケア組織とオスカーが戦略的に提携する事例が増えてきている。

主な提携事例は以下の通りである。
 
  • 2017年6月、医療保険大手のヒューマナとテネシー州ナッシュビルでの中小企業向け商品で戦略的提携
     
  • 2018年1月、フランスの大手保険グループのアクサと再保険契約の締結に合意し、戦略的パートナーシップを形成
     
  • 2019年7月、ニューヨークでのメディケアアドバンテージ事業に関して、モンテフィオーレヘルスシステムと提携
     
  • 2020年1月、医療保険大手のシグナと一部の地域で中小企業を対象にCigna + Oscarブランドでサービスを提供する戦略的パートナーシップを発表
 
さらにオスカーは2020年1月1日より、薬の宅配を行う薬局スタートアップのカプセルファーマシーとの、ニューヨークにおける提携を開始した。これによりニューヨークのオスカーメンバーは、カプセルを活用することによって、処方箋を転送するだけで、当日のうちに無料で医薬品を受け取ることができるようになった。なお2016年創業のカプセルの資金調達にはオスカーの共同創業者であるジョシュア・クシュナー氏が立ち上げたベンチャーキャピタルが大きな役割を果たしている。

オスカーとグーグルの関係につき付言すれば、オスカーは設立以来、グーグルグループからベンチャーキャピタル子会社(Capital G)による投資等を受けてきたが、2018年にはついにグループ中核会社から出資を受け入れたことで注目が高まったものである。ただしグーグルのオスカー持株比率は10%程度と低い。出資とあわせてグーグルの初期設立メンバーであり、ユーチューブの前CEOでもあるSalar Kamangar氏がオスカーの取締役に就任した。グーグルもヘルスケア関連事業への取組を強めつつある中、両社の今後の関係が注目される。
 
2020年初頭の新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響がオスカーにどのように現れるのかは今後の動向を見なければならない。

米国ではパンデミックの中、当局の要請を受けて、医療保険各社は、本来の契約条項では患者負担になるはずであったかもしれないコロナ関連のPCR検査料やその後の入院費用等について、患者に負担を請求することを放棄し、自己負担ゼロでの検査と治療に協力している。これは医療保険会社にとって負担である。一般に新興企業は資本蓄積が薄いはずなので、今回のような非常事態には抵抗力がなく、経営上の問題を抱えるインシュアテック医療保険会社が現れることは予想される。しかし、オスカーについては、多くの投資家から得た厚い資本がある上、アクサとの再保険契約もあるので、無理なく乗り越えられる可能性が高いのではないかと思われる。

なお、コロナ禍を機にテクノロジーや遠隔医療に対する注目が高まっている状況は、これらにいち早く取り組んできたオスカーを後押しすることになるかもしれない。
 
新興企業オスカーの事業展開速度はたいへん速い。事業方向性の転換もダイナミックである。スタート当初は「スマホで手続きができ、歩くと報酬がもらえる」といった点がアピールポイントの、おもしろい医療保険会社という程度のイメージだったが、年を経るにつれ、コンシェルジェチームの発足など、事業の厚みを増し、充実度を上げてきた。もはやスタートアップという言葉はそぐわないようにも感じられる。

これからもオスカーはその姿を頻繁に変えるはずである。その動向を注視していきたいと考える。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2020年07月16日「ニッセイ基礎研所報」)

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【インシュアテック企業「オスカー」は米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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